配信日時 2021/04/20 20:00

【短期5回連載:情報分析官が見た陸軍中野学校(4)】「なぜ情報勤務者に「精神教育」が必要か?」 上田篤盛(インテリジェンス研究家)

こんにちは、エンリケです。

元防衛省情報分析官・上田篤盛さんの、
「短期5回連載:情報分析官が見た陸軍中野学校」
の4回目です。

こんかいのテーマは、
「なぜ情報勤務者に「精神教育」が必要か?」です。

戦後日本、いや明治の文明開化以降のわが国で
忌避されている「精神教育」。

じつはこれこそが、中野学校に関する
最も大切な核でした。
ここをこそ、学び実践しなきゃいけないのでは
ないでしょうか?
それを知る人はほとんどいないようです。

精神教育を忌避する唯物主義オンリーから
もたらされるものは、大したことないのです。

さて、
上田さんの新刊
『情報分析官が見た陸軍中野学校』
の著者サイン本予約受付を、今週金曜日23日20時から
26日まで行います。著者サイン本を、本屋に並ぶ前に
読みたい方は楽しみにどうぞ。またメールします。

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さっそくどうぞ


エンリケ


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短期5回連載:情報分析官が見た陸軍中野学校(4)

なぜ情報勤務者に「精神教育」が必要か?

  インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回は、中野学校での教育について解説しました。
今回は、その中でも精神教育に焦点を当てて、『情
報分析官が見た陸軍中野学校』の読みどころを解説
します。

▼中野学校とスパイは映画の幻影

 中野学校の精神綱領には次のように書かれていま
した。

 「秘密戦士の精神とは、尽忠報国の至誠に発する
軍人精神にして、居常積極敢闘、細心剛胆、克く責
任を重んじ、苦難に堪え、環境に眤(なず)まず、
名利を忘れ、只管(ひたすら)天業恢弘(てんぎょ
うかいふく)の礎石たるに安んじ、以て悠久の大義
に生くるに在り」(本書引用)
 
 中野学校の教官であった伊藤貞利は精神綱領を次
のように解説しています。
 
 「精神綱領による秘密戦士の精神とは君国に恩返
しをするために私心をなくして命を捧げるという『
まごこころ』から出る軍人精神である。常日頃、こ
とを行うにあたっては積極的に勇敢に、こまかく心
をくばると同時に大胆に、責任を重んじ、苦難にた
え、自主性を堅持し、物心の欲望を捨て去り、ひた
すら世界人類がそれぞれ自由に幸せに生きることが
できる世界をつくるという天業を押し広める土台石
にとなることに満足し、たとえ自分の肉体は滅びて
も、精神は普遍的な大きな道義の実現を通して悠久
に生きるということである」(本文引用)

太平洋戦争の中期以降、中野学校の教育は秘密戦士
から遊撃戦士の育成に大きく舵を切ることになりま
すが、「秘密戦士として名利を求めない」という一
期生の精神は代々受け継がれ、中野教育の伝統にな
りました。
秘密戦も遊撃戦も突き詰めれば孤独な戦いです。だ
から、人間の真心の交流という精神要素が求められ
るのです。
 
軍人には命を賭して国家・民族の自主自立を守ると
いう崇高な使命があり、それにふさわしい栄誉が与
えられます。

しかし、秘密戦士には軍人としての栄誉は与えられ
ず、任務の特性上、その功績を表に出せず、時とし
て犯罪者の汚名を着せられ、ひそかに抹殺される可
能性すらあります。

 さらに中野出身者には残置諜者として、「外地に
土着し、骨を埋める」ことが求められました。親の
死に目にも遭えず、自身も人知れずに死んでいく運
命にあったのです。

 だから、精神綱領では「環境に眤まず、名利を忘
れ」の精神が謳われました。
 
戦争末期の学生が受けた精神教育の大綱は「一、謀
略は誠なり」「二、諜者は死なず」「三、石炭殻の
如くに」の三つでした。

 まさに「石炭殻の如く」人知れず、「悠久の大義
」に生きるための精神を涵養する教育が行なわれた
のです。

▼生きて生き抜いて任務を果たす

上述の「諜者は死なず」について解説を加えます。

戦陣訓では、「生きて虜囚の辱めを受けず」と述べ
られています。しかし、秘密戦士は任務を達成する
ために「生きて生き抜かなければならない」と教え
られました。これは武士に対する忍者の心構えと類
似しています。
 
一期生に忍術を講義した藤田西湖は次のように語っ
たといいます。

 「武士道では、死ということを、はなはだりっぱ
なものにうたいあげている。しかし、忍者の道では
、死は卑怯な行為とされている。死んでしまえば、
苦しみも悩みもいっさいなくなって、これほど安楽
なことはないが、忍者はどんな苦しみをも乗り越え
て生き抜く。足を切られ、手を切られ、舌を抜かれ
、目をえぐり取られても、まだ心臓が動いているう
ちは、ころげてでも敵陣から逃げ帰って、味方に情
報を報告する。生きて生きて生き抜いて任務を果た
す。それが忍者の道だ」(本書引用)
 
 また、二期生の原田統吉は以下のように述べてい
ます。

「『生きて虜囚の辱めを受けず』という戦陣訓の言
葉を地上白昼の正規戦争の戒律だとすれば、秘密戦
の戒律はちょうどそれを裏返したものだと考えてい
いでしょう。『生きろ、あくまでも生きて戦え、虜
囚となろうとも生きて戦いの機会を狙え、恥を恐れ
るな、裏切者の汚名を着たまま野垂れ死することさ
えも甘受して、真の大目的のために戦い尽くせ、手
がなくなれば足で、眼がなくなれば歯で……命尽き
るまでは戦え』というふうに言っても言いつくせな
いような<強靭な戦いの精神>が要求されているの
です。(本書引用)

 このように、「生きて生き抜く」、これが中野学
校の精神教育の本質であったのです。

▼楠公精神の涵養

 精神教育は学生隊長や訓育主任などによる「精神
訓話」と「国体学」に分けられますが、主体は国体
学でした。その国体学とは、わが国の由緒正しい国
家の体制を歴史的に考察する学問です。

 国体学では以下の試みがなされました。

○楠木正成を秘密戦士の精神的理想像として、楠公
社を建て、朝夕ここに参拝し、自己反省する
○記念館(室)を設け、明治以来の先輩、秘密戦士
の遺品・遺影、その他の関係資料を掲げて、ここを
講堂にあてて、自習を促す
○教育に加えて、国事に従事した先烈の士の遺跡を
訪ね、現地で精神的結晶の総仕上げとする

 記念室は畳敷きで、学生たちはそれぞれ小さな机
に向かって、座布団なしで正座し、国体学を受講し
ました。吉田松陰が塾生に講義するスタイルがとら
れました。

 中野学校の国体学の教官であった吉原政已は「自
分は和服だし正座は慣れていたが、学生諸氏は窮屈
な背広を着用し、若くて張り切った大腿であったか
ら、不慣れな正座は苦痛そのものであったろう。…
…私は、何の躊躇もなく正座を要求した。正座の苦
痛のために、私の講義が耳に入らないこともあるの
は、十分考えられることであったが、それでもあえ
て正座講義を行った。人間の意志伝達は、耳や眼な
ど以上に、体全体で受け入れる方が大事と信じて疑
わなかったからである」(本書引用)と述べていま
す。

精神の鍛練は耳学、目学だけではなく体全体で受け
入れる。これは今日では物議を呼びそうですが、私
はわが国の修行の歴史などから深い意味があると思
います。

▼誠の精神の涵養

 現地研修では吉野、笠置、赤坂、千早、湊川、鎌
倉などの楠木正成のゆかりの地への訪問が実施され
ました。楠木正成は後醍醐天皇に仕え、鎌倉時代末
期の「建武の新政」に貢献した天才武将です。

正成の生き様を通して学ぶ精神とは「誠の精神」で
す。つまり、正成の嘘や混じりけのない、一途な天
皇への忠誠から誠の精神を学びました。

教官の吉原は次のように述べています。
 
 「防諜・諜報・宣伝・謀略などという、尋常でな
い工作だけに、これにたずさわる精神の純度が、問
われるのである。不純な動機による権謀ほど、醜く
して憎むべきものは無い。中野学校において、『秘
密戦は誠なり』と強調されたのは、まことに当然の
ことであった」(本書引用)
 
「誠」は秘密戦士に限らず、軍人全体に求められま
した。ただし、中野学校では次の点が異なりました。

 「(軍人教育で行なわれた)『誠』の発露は天皇
陛下に対してであり、拡大した場合でも日本国民が
最大範囲であったと思われるのに対して、8丙が教
えられた『誠』はその範囲が異民族まで拡大してお
り、一見『誠』とは正反対に考えられる謀略でも『
誠』から発足したものでない限り真の成功はないと
教えられた」(本書引用)
 
時代の要請により、中野出身者にはアジア民族を植
民地より解放し、その独立と繁栄を与えることが任
務に課せられため、「誠」の範囲は異民族まで拡大
されたのです。

中野出身者は、現地人への愛情と責任から、みずか
らの現地軍に身を投じる者すらあったといいます。
また、戦後になっても、インドや東南アジア諸国の
住民との交流が続いたといいます。

このことは、戦時中に異民族に示した行為や愛情は、
心底「誠」から出たもので、決して一片の謀略や
一時的な工作手段から出たものでなかったことを実
証して余りあるのではないでしょうか。

次回は本連載の最終回です。『情報分析官が見た陸
軍中野学校』で、私が強調したかったことを総括し
ます。


(つづく)




(うえだ・あつもり)


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【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語
学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年か
ら95年にかけて在バングラデシュ日本国大使館
において警備官として勤務し、危機管理、邦人
安全対策などを担当。帰国後、調査学校教官を
へて戦略情報課程および総合情報課程を履修。
その後、防衛省情報分析官および陸上自衛隊
情報教官などとして勤務。2015年定年退官。
現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情
報」に連載中。
著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、
2006年11月)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社、2008年9月)、
『戦略的インテリジェンス入門―分析手法の手引
き』(並木書房、2016年1月)、『中国が仕掛け
るインテリジェンス戦争―国家戦略に基づく分
析』(並木書房、2016年4月)、『中国戦略“悪”
の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
(並木書房、2016年10月)、『情報戦と女性
スパイ─インテリジェンス秘史』(並木書房、
2018年4月)、『武器になる情報分析力─イン
テリジェンス実践マニュアル』(並木書房、
2019年6月)、『未来予測入門 元防衛省情
報分析官が編み出した技法 』(講談社現代新
書、2019年10月)。近刊『情報分析官が見た
陸軍中野学校』




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『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
※女性という斬り口から描き出す世界情報史

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