こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは21回目です。
武芸者ならではの
「柔らかい智慧」
を毎回楽しんでいます。
映像で見たい内容です。
きょうもいい話ですね。
ジーンときました。
さいごには、
「ファム、ちゃうって!」
と、思わず口に出てしまいましたw
さっそくどうぞ。
エンリケ
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サムライ先生、日本語を教える(21)
年末──大盛況だったクリスマス会
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
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□はじめに
最近、若者の「恋愛離れ」が進んでいるそうです。
私は、その理由のひとつとして、仮想現実の発達
があげられると思います。
アニメやゲームに登場するキャラクターを理想と
し、現実の異性は不完全だとして目をそむける……
そんなオタクさんが、留学生にも多いのです。
オシッコもウンチもしないバーチャルな恋人は、
確かに完璧かも知れない。
「しかし、そんな彼氏や彼女に恋しても、人間的な
成長は得られないよ」
私は学生たちの前でそう意見しましたが、彼らは
馬耳東風でした。
なぜなら、彼らが求めるのは、成長も老化も超越し
た「純愛」だからだそうです。
純愛か……返す言葉が見つかりませんでした。
▼そういうのを泥沼っていうんだぜ
あっという間に12月をむかえた。進学先が決ま
った2年生はほとんどいなかったが、私も学生も「
なるようになれ」と開き直り始めていた。そのため
、毎日の授業はそれまでどおり、いたって平穏だっ
た。
「扇子とは、棒みたいになるハンドファンだ。みん
なの国にもあるだろう?」
そうたずねると、ウズベキスタン人学生たちがゲ
ラゲラと笑い出した。
「あれは女が使うものです。男は使いません」
「そうなの? 日本ではサムライも使ったんだぜ。
鉄で作った扇子もある。鉄扇といって、それで刀と
闘ったりもしたんだ」
「えぇっ、ウソよ! それは無理でしょう?」と目
を丸くする学生らに、「無理でもないんだよ」と答
えて、私は鉄扇術の説明を始めた。
小太刀、十手、鉄扇といった小器を用いて、大刀
と渡り合うのはたしかに難しい。ただし、油断なく
間合いをはかり、ギリギリまで身を沈めれば、太刀
を受け流すことも不可能ではない。相手の攻撃を無
力化するには、後ろに下がって避けるだけでなく、
逆に間をつめて敵の足もとに低く沈み込むのも有効
なのだ。
そんな話を熱中して語ったが、途中で「アレッ」と
違和感を覚えた。この手の話を誰よりも好むルスタ
ムが、窓の外をボンヤリ眺めていたからだ。
その様子を見ているうちに、すぐさまピンとくるも
のがあった。
ルスタムの親族は会社経営をしており、彼もビジ
ネスに明るかった。来日した直後、ルスタムは中古
の自動販売機を本国に転売し、結構なお金を手にし
たこともあったらしい。だが、自国の留学生にアパ
ートをサブリースする計画を立てたのが運の尽きで、
見込んでいた学生が入国せず、大赤字を出したと
聞いていた。
授業終了後、ルスタムは学費滞納の件で、事務の
田中さんに呼び出されていた。彼は父親がいないた
め、経費支弁者である叔父が、滞納金を送ってくれ
るはずだった。しかし、それが延びのびになってい
たのだ。
「叔父さんからの送金っていつになるのよ?」
「わからない。でも、必ず払う。何度もいったでし
ょ? どうして田中さんは信じないのか!」
「もう、とっくに期限を過ぎているからよ」
「今は持っていない! 用意ができたら払う! な
ぜ、それが理解できない?」
「私じゃないの! 会社が納得しないのよ」
田中さんはウンザリしながらも、しばらく押し問
答を続けていた。二人の話が済んだのを見計らい、
私はブスッとしているルスタムに近づいた。
「ルスタムさん、元気ないね。どうした?」
私に気づくとハッとした表情を浮かべたが、彼は強
気をよそおい、すました返事をした。
「何の問題もないです」
「めずらしいね。ルスタムさんは、いつだって問題
だらけだろう?」
「問題だらけじゃない! でも、日本人は心がない
です。お金、お金、お金のことばかりいう。『お金
よりも大事なことを知っているのがサムライだ』と、
山下先生はいったでしょ? でも、サムライなん
てどこにもいないよ」
筋金入りの拝金主義者である彼が、ずいぶんと身
勝手なことをいうものだと、私は思わず吹き出して
しまった。
「サムライだってお金は必要だよ。だから、約束し
たお金は払わなきゃダメだ。それとさ、あなたが『
お金、お金』っていわれるのは、あなたも、お金、
お金の人だからじゃないの? そういうのを泥沼っ
ていうんだぜ」
ルスタムは「泥沼」という言葉に、ちょっと首を
かしげた。携帯電話でササッと検索した後、「あぁ」
とうなずき、ひょいと肩をすくめた。
「山下先生はサムライかも知れない。日本語学校の
先生は給料がよくないから、お金、お金の人じゃな
いと思う。でも、私はお金が重要です。なぜなら、
誰もが信じるのは、結局お金だから。貧乏な人間は、
生きている意味がない」
それを聞いた私は「すげぇ極論だな」と感心しつ
つも、すぐさまキッパリと否定した。
「いや、違うね。それはやっぱり泥沼っていうんだ。
オレは感心しないな」
▼いい先生だなって思っていたのに……
学生から総スカンを食らっていた古川先生は、よ
ほど教え子が憎いのか、職員ブースで四六時中、生
徒たちの悪口をまくし立てていた。
「新入生が書いた志望校アンケート、伊藤先生は見
ましたか? 1位が早稲田大学、2位が青山学院、
3位が上智だって。ねっ? もう、おそれ入っちゃ
いますよ。入れるもんなら、ぜひ入ってもらいまし
ょう!」
彼は、アニメに登場する昆虫みたいな声で「カカカ」
と笑った。そういう古川先生につられるようにし
て、教務主任の伊藤先生も毒舌をふるった。
「留学生といってもね、家族の厄介者が島流しされ
てきたようなもんなんです。ちょっと見たって、ろ
くでもない子ばっかりでしょう? 小学生のウチの
娘だって、もう少しシッカリしていますもの」
こういう会話の間、私はまったく口をきかなかっ
た。堪忍袋の緒が切れそうだったからである。
ところで、師走に入ってからというもの、出入口
近くに座っている古川先生は、扉をしっかり閉めな
い学生たちに、何度もカンシャクを起こしていた。
冷たい外気が入って辛いとのことで、業を煮やした
彼は「寒いです。必ず閉めましょう」という手書き
の注意書きをドアに貼った。しかし、その文面にあ
る「寒」の横棒が1本余計なのに私は気づいた。
「何が『ぜひ入ってもらいましょう』だ。この程度
の漢字が書けないテメェこそ、早稲田も青山も無理
だっての!」
私はどす黒い怒りにまかせて赤ペンをとり、その誤
字に大きなバツをつけた。また、これ見よがしに正
しい字も書き足してやった。
翌朝、出勤したばかりの私のもとへ、田中さんが
厳しい表情で近づいてきた。
「この赤字を書いたの、山下先生ですか?」
彼女の手には、古川先生の貼り紙があった。私は、
母親に叱られる直前みたいな緊張を感じつつも、「
ちょっと手直しをしてあげました」とおどけてみせ
た。
「どういうことですか?」
「は?」
「山下先生は学生にも好かれているし、いい先生だ
なって思っていたのに……悲しいですよ。字を間違
えるよりも、こういうのをあげつらうほうが本当に
恥ずかしいです。新しい先生がたとうまくいってい
ないのは知っていますよ。でも、こんなの絶対よく
ないです」
田中さんからは、しょっちゅう説教をくらってい
たが、ここまで厳しく苦言を呈されたのは初めてだ
った。私は考え込むふりをしたまま、顔をあげられ
なくなっていた。
すると、そこへ当の古川先生が出勤してきた。
「階段の下で転んじゃった! ヌルヌルしているん
だけど、何でしょうね?」
彼は自分のズボンをハンカチで必死にぬぐっており
、その場の重い空気にはまったく気づいていない様
子だった。
「あっ、それと、学期末にやるクリスマス会ですが、
当日は、机のセッティングやケーキを運ぶのをお
願いしますね」
田中さんは口調を一転させていった。
「えっ……はい。もちろんです」
「古川先生もですよ」
「はぁ、何ですか?」
「山下先生に聞いてください。じゃ、山下先生、こ
れ、捨てておきますからね」
彼女は、さり気なく貼り紙をたたみ、自席へと戻
っていった。
▼不器用なだけかも知れないな
田中さんが音頭をとったクリスマス会は、大盛況
だった。
教員のプライベートを暴く「西丘クイズ」では、「
古川先生が今までにつき合った女性は何人でしょう
?」といった出題もあり、学生たちは「0人! 0
人!」と満場一致で正解した。
伊藤先生は相変わらず強情で、「電話番をします。
パーティーには参加しません」といい放ったけれ
ど、休憩時間にフラッと顔を出し、生徒一人ひとり
に手作りのメッセージカードを手渡していた。伊藤
先生の高飛車な態度にはずっと引っかかっていたが、
その照れくさそうな様子を見て「あの人は不器用
なだけかも知れないな」と、何だか急にいじらしく
なった。
「山下先生、軽食タイムです。お運び、お願いしま
す!」
田中さんの指示で、私はスナック菓子、ジュース、
ケーキを、テーブルの上にガンガン並べた。学生
らはムシャムシャとむさぼり、実に満足そうだった。
日本語学校で食べ物を提供する場合、それが生徒
たちの宗教的タブーに触れないかどうかをチェック
しておく必要がある。しかし、そういう面倒は田中
さんと林さんが事前にしておいてくれたので、トラ
ブルは一切なかった。
ビンゴゲームの当選者に手渡されるプレゼントは、
教員一同の持ち寄りであり、その中には、私が手
裏剣道場を開くまでの経緯を題材にした『ある日突
然ダンナが手裏剣マニアになった。』という妻のコ
ミックエッセイもあった。
それをひき当てたベトナム人学生のファムは、マン
ガをパラパラとめくりながら「全然わからない。難
しいです」といって顔をしかめた。わからないのも
当然で、彼は左開きの教科書と同じつもりで、右開
きのマンガを逆側から読んでいたのだ。林さんはク
スクス笑って、正しい読み方を教えてやっていた。
お開きの段になると、誰からともなく自国の国歌
を熱唱し始めた。それは歌合戦の様相を帯び、私も
請われるままに調子外れの君が代をシャウトしてい
た。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
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