配信日時 2021/03/31 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(19)】 暴言──仕事しない職員は給料ドロボウだ 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは19回目です。

武芸者ならではの

「柔らかい智慧」

を毎回楽しんでいます。

映像で見たい内容です。


さいきん、

「サムライ先生、面白いですね。
毎週楽しみです」

と言われることが多くなりました。


耳にはするけど中身を見ることは
ほぼできない日本語学校の内側の世界。

学校に通っている外国人生徒たちの実際の姿

日本語学校教師の姿

が、笑いとともに、読み手のあなたに伝わって
るんだろうな、とうれしくなります。


さてきょうは、

「どうぶちゅです」

にリアルを覚えましたw


さっそくどうぞ。


エンリケ


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サムライ先生、日本語を教える(19)

暴言──仕事しない職員は給料ドロボウだ

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

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□はじめに

 もうすぐ新年度がスタートします。
 コロナ騒動の影響で新入生はわずかとなる見込み
ですが、今春は例年どおりに入学式をおこなう予定
です。
 学生数の激減により、事務員のほとんどが解雇さ
れました。
 教員には休業要請が出されており、今後、勤務体
制が大きく変わります。
 見知らぬ国へやって来る留学生と同じくらい、職
員たちもまた不安を抱えているわけです。
 根無し草みたいに生きてきた私は、「まぁ、やむ
なし」と開き直っておりますけれど……緊張と弛緩
が渦巻く職場の雰囲気に、ややストレスがたまり気
味。
 ともあれ、春爛漫です。


▼「あの先生はどうぶちゅです!」

 タレントの水着姿にうつつを抜かす古川先生や、
美人だけれど気ぐらいの高い伊藤先生に対して、私
は没交渉となりつつあった。

 古川先生は、自分が嫌う学生のいるクラスに入る
ことを断固拒否していたし、伊藤先生は私との意見
対立があって以来、主任としてのイニシアチブを投
げ出してしまっていた。私は、そんな彼らと目を合
わさぬようにして、職務にうち込んでいたけれど、
当然ながらフラストレーションはたまる一方だった。

 さらに、古株である中原先生と私の溝も、抜き差
しならぬくらいに深まっていた。中原先生はうわさ
以上にチャランポランな人で、教室に入ってもほと
んど講義をせず、弁当を食べたり、居眠りをしたり、
携帯電話で遊んだりと、わがもの顔に振る舞って
いた。幾度となく注意をうながしたものの、反省の
色はなく、生徒からの苦情も途絶えることがなかっ
た。

 中原先生の居眠り動画を学生から突きつけられた
のを機に、「いい加減、何とかしないとマズいです
よ」と、伊藤先生に訴えた。彼女はとりあえず中原
先生を呼び出したが、「居眠りは芝居です。学生た
ちの反応を調べたんですよ」という愚にもつかない
彼の釈明をスンナリと聞き入れてしまった。伊藤先
生は面倒ごとに関わりたくない様子で、「あのかた
はベテランでいらっしゃるし、後はお任せするしか
ありませんね」といい捨て、それ以上の追及をしな
かったのだ。

 ところで、中原先生をもっとも嫌悪した学生が、
ギエムという1年生だった。

「食べたい時に食べる。寝たい時に寝る。あの中原
先生は、人間じゃありません。イヌです。ネコです。
どうぶちゅです!」

彼は何度も、教務ブースでそう愚痴った。

なお、ギエムはクラスの成績上位者ながらも「つ」
の発音がヘタで、「ちゅ」になってしまうクセがい
つまでも抜けなかった。「つ」は、ローマ字表記に
すると「t」と「u」の間に「s」が入るやや変則
的なタ行音であり、ギエムのようなベトナム人学生
には発音が難しいのだ。

「何がどうぶちゅよ! ギエムさんだって、よく居
眠りをしてるじゃない!」

田中さんは彼の抗議を一蹴したが、私はそれを情け
ない気持ちで聞いていた。たとえば、タクシーで乗
客が眠ったら、運転手の居眠りも許されるだろうか
? いや、大問題だろう。同様に、学生がどうであ
れ、教師が授業中に居眠りしていいはずがないのだ
。ただし、それは口にせず、さりげなくギエムに声
をかけた。

「イヌやネコもガマンをするんだぜ。必ずしも、人
間のほうが行儀いいとは限らないよ。それとさ、『
どうぶちゅ』じゃなくて『どうぶつ』だぞ。『つ』
は、上の歯の裏に舌をつけたままいうんだ。何度も
教えたよな?」

 それを聞いたギエムは、「だはははは」と照れ笑
いを浮かべて、教室へと戻っていった。

▼「もらった給料を学生に返しなさいよ」

 中原先生の傍若無人さは、さらにエスカレートし
ていった。

彼はその日も教壇に立とうとせず、講師用テーブル
の前でダラダラと時間をつぶしていた。ついに私は、
教室へ入るようにと厳しく伝えた。中原先生は一
瞬ムッとした表情を浮かべたが、背中を丸め、黙っ
て教室に入っていった。

 しかし、その後しばらくして、「メガネ先生が居
眠りをしています」と学生が報告してきたため、私
は意を決し、中原先生を教室の外へと連れ出した。

「アンタ、給料をもらってここにいるんだよな? 
それなのに、何で仕事をしないんですか? どう考
えてもおかしいでしょう」

「いやね。ここの学生、オレの授業なんざ、聞きや
しないんだよ。やってもムダなんだよね。わかるだ
ろう? 山下さん」

気安く笑いかける彼に、私は無性に腹がたった。

「学生が授業を聞かないのは、アンタの能力不足じ
ゃないですか? そう考えりゃあ、ムダなのは、中
原先生自身ですよ。授業しねえってんなら、もらっ
た給料を学生に返しなさいよ。それがスジってもん
でしょう」

私は、べらんめえ口調になって彼をにらんだ。する
と、「じゃあさ、あとは山下さんに任せるよ」とい
って、中原先生はプイと顔をそむけてしまった。

「へぇ、気楽なご身分ですね。そうはなりたかねぇ
けどさ。大したもんだわ」

そういって私は、彼が放り出したクラスへズカズカ
と入っていった。

「オイ、勉強するぞ! 安くねぇ授業料をとりかえ
せ! 寝てんじゃないよ!」

「ウフフフフ……山下先生。メガネ先生とケンカし
たの?」

 ウズベキスタン人学生らは、私と中原先生のやり
取りに耳をすましていたらしく、ワクワクした顔で
のぞき込んできた。

「うるせぇ! 教科書を開きなさい。オメェらは、
ナメられてるんだぜ。悔しくねぇのか!」

 そう叫ぶ私自身が、なぜか悔しくてたまらなかっ
た。そして放課後、眉間にシワを寄せた金さんに、
私はながながと説教されていた。

「先生同士でのケンカは困りましゅよ。山下先生、
仲よくやってくださいね」

「仲がいい、悪いの問題じゃないでしょう? あの
オヤジ、ずっと放ったらかしじゃないですか。これ
で本当にいいんですかね?」

私は納得できず、噛みつくようにいい返した。

「もちろん、よくないですよ。でも、あの人は社長
と仲がいいからね。あなたに罵倒されたと、早速社
長に電話を入れたらしいよ。中原先生はそういうと
ころ、実にシッカリしているからね。本当に気をつ
けないとダメでっしゅ!」

金さんは声をひそめて、人差し指をビシッと突きた
てた。

いわれるまでもなく、社長と中原先生が、持ちつ持
たれつの関係なのは知っていた。中原先生は名義上、
グループ校の校長や教務主任を兼任しており、な
かなか処罰できないという内情があったのだ。「と
はいえ、それとこれとは話が別でしょう!」といい
かけた矢先、今度は本部の竹村さんから電話がかか
ってきた。

「山下先生、中原先生に暴言を吐いたという話は事
実ですか?」

 竹村さんらしからぬ語気の強さに、ちょっと驚い
た。それだけ、今回の件は波紋を呼んでいるのだろ
う。だが、そんなことよりも、彼の「暴言」という
いい回しが聞き捨てならなかった。

「暴言というのは、『仕事しない職員は給料ドロボ
ウだ』って指摘したことですか? でも、それ、社
会常識でしょう?」

私は、またもや食いさがった。竹村さんは少し黙っ
ていたが、やがて言葉を選ぶようにゆっくりとしゃ
べり出した。

「山下先生、ダメですよ。あのですね、先生の熱意
はわかるんです。しかし、ほうぼうから『山下先生
はパワハラが過ぎる』って声もあがっているんです
よ」

「えっ、パワハラ?」

「周囲の先生に対する言葉づかいがよくないとか、
配慮が足りないといった……まぁ、そういう苦情で
す。ご存じないですか?」

「まさか……それって……伊藤先生や古川先生の話
ですか? だとしたら、配慮が足りないのはあの二
人のほうですよ! 自分の仕事ぶりを棚にあげて、
何がパワハラですか? 冗談じゃない!」

 みっともないとは思ったが、「彼らの肩代わりで
忙しく、昼食もとれないのだ!」といった不満を洗
いざらいぶちまけた。もう我慢の限界だった。しか
し、竹村さんは「まぁ、まぁ」とさえぎり、さらに
落ち着いた口調でとりなした。

「ですからね、山下先生のご苦労は重々承知してる
んです。しかし言葉は、くれぐれも慎んでください
よ。理由はともあれ、口に出してしまったほうが悪
者になるんです。いいですか?」

 この一言で、職場の人間関係が、改めて重苦しく
のしかかってきた。田中さんしか正社員のいなかっ
た半年前には、予想だにせぬうとましさだった。


(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





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