こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは16回目です。
武芸者ならではの
「柔らかい智慧」
を毎回楽しんでいます。
映像で見たい内容です。
さて、
授業の模様が毎回本当に面白いですね。
「プロポーズのたとえ」は、なんとも引きずる面白
さです。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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サムライ先生、日本語を教える(16)
逃亡──学費や寮費は未回収
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
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□はじめに
感染症の影響で留学生が激減しています。
現在勤務している日本語学校では、学生数がこの1
年で半数ほどになりました。
その結果、教員がダブつき……ほとんどの職員が
休業要請をのまざるを得ない状況です。
1、2か月程度の休業であれば持ちこたえられる
ものの、この状況はかなり長く続く見通し。
転職活動も視野に入れてはいるのですが、他校も
似たり寄ったりの窮状らしく、求人情報はわずかし
かありません。
とはいえ、武士は食わねど高楊枝。
慌てない。
騒がない。
浪人もまた……サムライの生き様でありましょう。
▼本当にわかってほしい時は、ウソでもいい
本格的な受験シーズンに入ってから、2年生クラ
スではひんぱんに面接練習をおこなうようになった。
ドアのノック、戸の開け閉め、直立、一礼、着席と
いった一連の入室マナーに始まり、自己紹介や質疑
応答練習、退室練習などを、くり返し練習したので
ある。
直立不動……いわゆる「気をつけ」ができない外
国人は結構多い。自分を立派にみせたいがためか、
仁王立ちとなって胸を反りかえらせて立つ男子学生
が目立った。そこでまず足のかかとをつけて立つこ
と、両手を体側につけること、あごをひいて背筋を
伸ばすことなどを一つひとつ教えていった。
「違う! のけぞらない、うつむいてもダメ。自然
に立つ。ニュートラルに立つんだ」
しかし、口やかましく指摘するほど、学生らはおち
ゃらけてしまった。
「コラッ! ペーパーテストがダメでも、面接がよ
ければ合格できるんだぞ。真面目にやりなさい!」
「先生、本当?」
「そうだ。出席率や授業態度の悪い留学生は、入管
のチェックが入る。そういう生徒は、どこの学校も
イヤなんだ。だから、真面目な学生かどうかを面接
で調べるワケだよ」
「私は勉強がダメですけど、真面目にやるのは上手
です」
「じゃ、上手にやってみろ。ハイ、座る時はひざを
直角にする。両ひざの間はグーひとつあけて、グー
にした両手は太ももの上にのせる。女の人は両足を
くっつけて、両手はももの上に重ねてのせる。面接
の時はスーツを着るんだぞ。Tシャツやサンダルは
ダメだ。髪の毛は短くして、ヒゲもキレイにそりな
さい」
スリランカ人のアディルは、最後の一言を聞いて
、「私、イヤ。ヒゲを切りたくないです」と、顔を
しかめた。
「アディルさん。あなたは筆記テストが悪いんだか
ら、面接が100点じゃないと、どこへも入れない
ぞ。ヒゲは必ずそりなさい」
「どうしてヒゲ、ダメですか? ヒゲは男の証拠で
す。あったほうがいいね」
「江戸時代、えらいサムライはみんなヒゲをそった
んだ。だから日本人は、ヒゲが伸びている人を見る
と、仕事がないのかな? ドロボウなのかな? 悪
いことをする留学生なのかな? って疑うんだ。わ
かったか?」
それを聞いたウズベキスタン学生らは、「そのと
おり。そのとおり」とはやしたてて笑った。ただし、
そういう彼らも無精ヒゲを伸ばし放題であった。
肝心の質疑応答練習では、まず「西丘日本語学園」
という校名と、各人が志望する専門学校の名称を
入念に暗記させた。ほぼ全員が、自分の通っている
日本語学校の名前すら、正しくいえなかったからで
ある。
「先生、西丘日本語学園って名前は長いよ。半分く
らいにしてください」
「バカヤロウ! 名前ってのはな、それを呼ぶ人た
ち全員のものなんだ。テメェ一人の都合で変えられ
るか! つべこべいわずにおぼえなさい」
さらに、志望動機の発表については、「異性への
プロポーズ」を例にして、重点的にレクチャーした。
「『何でこの学校に入りたいんですか?』と聞かれ
たら、『家から近いからです』なんて答えちゃダメ
だぞ。好きな女の子に『何で私が好きなの?』とい
われて、『近くにいたから』なんて返事をしたら嫌
われるだろう? 『君は世界で一番ステキだからさ』
とか『あなたより美しい人はいないからだよ』って、
相手のよろこぶことをいわなきゃダメだ。専門学校
の面接もそれと同じだぜ。『学校見学の時、先生が
たが親切で感激しました』とか『御校の就職サポー
トはとても丁寧で安心できます』とか、ウソでもい
いからたくさん、いっぱい、ホメるんだ」
するとブーミンが「わかりました!」と手をあげ、
「でも、本当にウソでもいいんですか?」と、うれ
しそうに叫んだ。
「いい。ホメるところが見つからなきゃ、ウソでも
いいよ。本当にわかってほしい相手には、ウソをい
ってもいいんだ。『ウソも方便』って言葉があるん
だぜ」
このひと言はアッという間に学校中に広まり、
「ウソでもいい!」は学生たちの流行語になってし
まった。でまかせやごまかしがバレるなり、「ウソ
でもいい。ウソも方便です!」などと開き直る学生
が急増したのである。
「山下先生はいいました。本当にわかってほしい時
は、ウソでもいい……これは素晴らしいアイディア
です! 日本に来て、一番感動した言葉です」
いつもはクールなボルタエフでさえ、そういっては
しゃぐ始末だった。私は「余計なことをいっちゃっ
たなぁ」とほぞをかんだが、後の祭りであった。
▼スリランカの乱ですよ!
ところで、宅配の荷わけアルバイトにいそしむス
リランカ人学生らは、よく腰痛を訴えてきた。長時
間の立ち仕事や、重い荷物をひっきりなしに運ぶ作
業が原因だった。
そこで私は、手のあいた休み時間に簡単な指圧をし
てやっていた。自分自身も体が固いので、こわばり
やすいポイントは心得ているし、整体術に詳しい道
場門下生からあんまを教わったりもしていたうえ、
毎晩妻をマッサージしていたので、ずいぶん手慣れ
ていたのである。
腰の痛みをやわらげたい時は、太もももほぐすと
いい。また、首まわりを楽にしたい場合は、股関節
を緩めるのも効果的だ……といった私の見立ては、
受診料を惜しんで通院しない学生たちからそこそこ
の信頼を得ていた。
スリランカ人学生のアガシが、酔っぱらって左足
を痛めたのは、受験シーズンに突入して間もないこ
ろだった。ミュージシャンのプリンスに似た彼は、
片足けんけんをしながら登校してきた。泥酔して公
園の遊具から飛びおりた際に足首をひねったという
話で、体重をかけただけでも激痛が走るらしかった。
私が見たところ、骨に異常はないようだったが、
じん帯を傷つけている可能性があった。じん帯のケ
ガは、骨折よりも厄介だったりする。とりあえず、
持っていたぬり薬を手渡し、「病院へいくように」
と重ねてアドバイスした。が、彼はそのまま放った
らかしにしてしまった。
案の定、炎症をこじらせ、アガシはアルバイトに行
けなくなってしまった。やがて学費や寮費の支払い
がとどこおり、専門学校への進学も絶望的になった。
ほどなくして彼は「就職するか、日本人と結婚して
ビザをとります」などと、ノンキなことをいい出し
た。
しかし、就職ビザの取得は、母国で大学を卒業して
いないと困難だし、国際結婚だって、そう簡単に相
手が見つかるはずもない。ちなみにこの年は、単純
労働者を受け入れる「特定技能」のビザ交付が、ま
だ始まっていなかった。
「大丈夫。私は日本人の彼女がいる。彼女と結婚す
るよ」
そんな調子のいい言葉を残し、彼は突如、学校から
姿を消してしまった。
アガシのその後が知れたのは、田中さんがたまたま
アクセスしたソーシャル・ネットワーキングサービ
スだった。
「アガシ、本当に日本人と結婚したみたいですよ!」
素っとん狂な声をあげた田中さんに見せてもらった
携帯画面には、サングラスをかけたアガシと若い女
性のスナップ写真があった。肩を組んだり、だらし
なくほおを寄せ合う画像が、何十枚も公開されてい
た。
追記を詳しく読んだ田中さんによると、彼は茨城県
在住の女の人と入籍し、身内を集めた披露宴もすで
に済ませたらしい。
「あのヤロウ……やるなぁ」
私は思わず感心してしまったが、事務長の金さん
は腹の虫がおさまらない様子だった。アガシの学費
や寮費は未回収のままであり、彼の居場所はようと
してつかめぬままだったからだ。
「山下先生。これは、スリランカの乱ですよ! そ
うでしょ? アガシは許せませんよ!」
金さんは怒号をあげて、何べんもコブシをふり回し
た。
私は、「まぁ、左足はよくなったみたいですね」
と、苦笑するしかなかった。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
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