配信日時 2021/03/03 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(15)】反乱──あの先生を変えてほしい 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは15回目です。

武芸者ならではの

「柔らかい智慧」

を毎回楽しんでいます。

今回の記事では、
「あの人は、山下先生みたいに勇気がない」と、ベ
トナム人学生さんがいったこところが印象に残りま
した。ウズベクの人じゃなかったところに興味深さ
を覚えています。

強い弱い、有名無名関係なく、
武道の修練そのものに、人としての魅力を生み出す
価値があるのかもしれない、と感じた次第です。

心ある日本男児はすべからく武道を修行し、魅力を
蓄えておかなきゃいけないのでは?改めてそう感じ
ました。

さっそくどうぞ。



エンリケ


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サムライ先生、日本語を教える(15)

反乱──あの先生を変えてほしい

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

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□はじめに

 ハタチ前後の学生たちを「あの子〜」といった具
合に、子ども呼ばわりする教職員の態度に違和感を
抱いてしまいます。
 私が教わった武芸の恩師は、どんな年若い門人に
も「さん」付けで対応していました。
上下関係に甘んじれば、武人としてある種の隙を生
むからでしょう。
 人づき合いというのは、無差別級の真剣勝負。
そんな緊張感を持って授業に臨んでいるつもりです
けれども……最近は、どうもたるんでいるようです

Web授業の導入などもあり、テンヤワンヤの一年
でしたが、この週末はいよいよ卒業式。
これを機にネジを巻きなおそうと思います。


▼不吉な予感

 西丘日本語学園は、午前クラスと午後クラスの2
部制であった。夏休み明け時点では、午前部1クラ
ス、午後部2クラスの合計3クラスで運営していた


 1クラスあたりの授業数は1日4コマで、1コマ
が45分。授業内容は、文字や文法の学習、長文読
解、聴解練習、会話、作文などである。

 私が担当した授業は、シフト上だと週5回の計2
0コマだったが、実際は週6回から7回の計24コ
マないし28コマだった。法務省の告示基準では、
1教員の担当授業は週あたり25コマが上限で、教
員歴が1年未満の場合は20コマまでである。つま
り、私は相当こき使われていたのだ。

 社長の約束してくれた教務主任は、条件のすり合
わせに手間どっているらしく、就任が先延ばしとな
っていた。

そんな矢先、「経験豊かな専任教員を採用しました
」という連絡が、本部の竹村さんから伝えられた。

「山下先生、来週から専任がそちらに行きます。よ
ろしくお願いします!」
「本当ですか? いや、有難うございます。助かり
ますよ! それで、その先生はどんなかたですか?

「教員歴はずいぶんと長いらしいです」
「じゃあ、これからは、その先生が教務主任代わり
となりますね?」
「いや、それはどうでしょう? まぁ、状況が状況
なんで……こちらも、あまりゼイタクはいえないか
なぁ……と、そんな印象の方なんです」
「ん?」
「ですので、現場の采配は今までどおり、山下先生
にお願いします」
 よろこんだのもつかの間、竹村さんの奥歯にモノ
がはさまったようないい草に、何やら不吉なものを
感じていた。

▼「こりゃダメだって、一目でわかりましたよ」

 新しく入ってきた専任教員は、古川先生という5
0代半ばの男性だった。

 海ガメのような目つきをした冴えない風貌で、ヘ
リウムガスを吸ったようなカン高い声をしていた。
相手の目を見てしゃべろうとしない人だったから、
「学生とコミュニケーションがとれるのかな?」と
、私は不信感を抱いた。

 事務の田中さんも彼のいないところで、「こりゃ
ダメだなって、一目でわかりましたよ」と、あけす
けに本音をうち明けた。そして、事実「こりゃあダ
メだ!」ということが、日を待たずして判明したの
である。

 まず、古川先生はパソコン操作が不得手だった。
携帯電話も持っていない機械オンチの私がいうのも
なんだけれども、彼はマウスのダブルクリックすら
満足にできなかった。リズム感がないため、何度教
えても「カチカチ」が「カッチ。カッチ」となって
しまい、思うようにデータファイルが開けなかった
のである。

 また、学期テストを作らせても、50点満点の問
題を62点とか83点満点にしてしまうというテイ
タラクだった。試験日ギリギリに完成させるので、
私が手直しするヒマもなく、そのまま実施せざるを
得なかったが、その中途半端な配点のせいで、成績
評価を出す際にかなりの混乱が生じた。

 その他にも、担任クラスの通知表を作らなかった
り、成績データの入力をサボッたりと、その働きぶ
りは絶望的だった。「成績表は進学先にも提出する
重要なものだから、必ず処理しておいてください」
と何度注意しても、「今は忙しいので後でやります
」といいワケし、結局は放置していた。

 忙しいといっている時の彼は、パソコン画面をジ
ッとにらんでいることが多く、ある時「いったい何
をやってるんだろう?」と後ろからソッとのぞき込
んでみると、あろうことか……そのディスプレイに
は水着姿のタレントの写真が大きく映し出されてい
た。

「えっ? ちょっと、何を見てるんですか!」

「ははははは。私ね、クマヨウが好きなんですよ。
クマダヨウコってグラビアアイドル、ご存じないで
すかね?」

 そういって照れ笑いする彼に、さすがの私も絶句
してしまった。

▼「私たちは、あいつの授業を受けない」

 古川先生は、かようにポンコツな教員だったが、
いちばん参ったのは、彼が生徒たちから異様に毛嫌
いされている点だった。彼は教壇に立つと態度が一
転して横柄になるらしく、「あの先生を変えてほし
い」という学生の訴えが日に日に増えていった。し
かし、ヒラ教員の私には何の権限もなく、しばらく
は静観するしかなかった。

それから間もなくして、とうとう2年生のおもだっ
た連中が職員ブースに押しかけてきた。「古川先生
を辞めさせろ!」と騒ぎたてたのである。扇動者は
、いわずと知れたルスタムだった。

「私たちは、あいつの授業を受けない。山下先生の
授業だけでいい!」

「先生に対して、あいつとは何なの! ダメでしょ
う!」

まずは田中さんが矢面に立ち、声をあらげた。

「うるさい、ブス! 大事な話をしている。あっち
いけ!」

その一言を聞いて、私が立あがった。

「田中さんがブスなら、オメエはバケモンだ! ま
ずは謝りなさい!」

「……ゴメンなさい。でも、新しい先生はダメです
。みんなもイヤだといっている」

「ウソだね。ルスタムさんがイヤなだけだろ? み
んなを巻き添えにするな!」

「違う! イスラム教はヘンだ、おかしいと、あの
先生は何度も言った! ベトナムのファムさんもバ
カにされたと怒っている。あいつは、とても悪い言
葉を使う先生だ。みんなも嫌っている」

 腑に落ちない私は、古川先生のほうをふり返った
。古川先生は固い表情でパソコン画面をながめてい
たが、「古川先生。そんなこと、言ったんですか?
」と声をかけるなり、「いや、ヘンだという言いか
たはしていません!」とはじかれたように即答した
。彼のいい回しに微妙なニュアンスを感じた私は、
少し考えてからルスタムに向き直った。

「いいか。バカにされて怒るのは、それを本当のこ
とだと思うからだ。相手が間違っているとわかって
いれば、まったく気にならない。違うか?」

「間違いでも、悪い言葉は許せないです!」

「私だって、あなただって、悪い言葉はたくさん使
っているじゃないか。だからさ、みんな一緒に反省
して、今後は気をつけようぜ」

 そういうやいなや、今度はベトナム人学生のファ
ムが、「山下先生は全然ひどくない!」と、いきり
たった。ファムの言うところによると、古川先生は
ベトナム人学生にやたらと厳しい反面、ガタイのい
いウズベキスタン人学生に対しては見て見ぬフリを
するのだそうだ。「あの人は、山下先生みたいに勇
気がない。正しくない先生です」と、ファムは真っ
赤になって怒った。

「わかった。古川先生とよく話すから、もう今日は
これで終わりにしよう」

私はお開きとばかりに手をたたいて、連中を追い払
おうとした。が、ウズベキスタン人学生のロボフが
さらにゴネて、一旦は解散しかけた学生たちの足が
止まってしまった。ロボフとルスタムは、「古川先
生を教室に入れないと約束しろ!」と、再びしつこ
く迫った。

「おう、ロボフさん。ずいぶんと興奮してるなぁ。
リラックスする必要があるんじゃないの? 今ここ
で、オレと一緒に調息法をやるか?」

そうにらむと、ロボフは急にヘラヘラと笑い出した


 調息法とは、古流武術における準備・整理体操み
たいなもので、息があがった際や心を落ち着かせた
い時におこなう呼吸法の一種である。「一文字腰」
というガニまたの腰構えでおこなう。下腹に重ね置
いた両手を大きく上へ開きあげながら鼻で息を吸い
、そこから両腕を下腹に回し戻しつつ口より息を吐
き出す。それをくり返すだけなのだが、留学生には
これが珍妙と見えるらしく、やって見せるとみな大
笑いをした。そして逆にやらせようとすると、とて
つもなくイヤがったのである。

「調息法を強要されてはかなわない」とばかりに、
ロボフは一目散に逃げ出した。それを機に、他の学
生らも引きあげていった。

一方、古川先生は微動だにせず、クマヨウの水着姿
を無心に眺め続けていた。



(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





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