配信日時 2021/02/24 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(14)】 会議──何とか急場はしのげるかも知れない 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは14回目です。

武芸者ならではの

「柔らかい智慧」

を毎回楽しんでいます。

どんな分野もそうですが、
人材の質でその業界は見えますね。


さっそくどうぞ。



エンリケ


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サムライ先生、日本語を教える(14)

会議──何とか急場はしのげるかも知れない

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

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□はじめに

 担当クラスの卒業文集づくりで四苦八苦していま
したが、ようやく完成のメドがたちました。
 正直、外国人が書いた作文のチェックほど、面倒
なものはありません。
 しかし、つたない言葉で懸命につづられた「将来
の夢」や「望郷の念」、日本に対する親愛または疑
念などを読み進めていると、思わず涙ぐんだりもし
ます。
 彼らを裏切らない日本人でありたい。
 彼らに敬愛される日本であって欲しい。
 そんな思いがよぎる、今日このごろです。


▼学生らと四つに組むだけの度量があるのかな

 あっという間に夏休みが来た。

 学生の休みは3週間ほどもあるが、職員の盆休み
は土日を含めた5日間だけで、他日は通常どおりに
勤務しなければならなかった。授業のない期間の教
員はヒマだと思われがちだけれど、たまった業務デ
ータの処理や新学期の準備を集中してやるため、む
しろ気が張る。この時期に雑務を片づけておかねば、
通常授業に戻った後にサービス残業で苦しむこと
となる。

 長期休暇中は、大掃除もおこなう。床、窓、机を
拭いたり、天井の蛍光灯を磨いたり、さらにエアコ
ンのフィルターやダクトの洗浄までするのだ。また、
休暇中にも病気や事故に見舞われる学生がいるの
で、そのへんの対応も心がけておかねばならない。

 いちばん悩ましかったのは、新学期から本格化す
る進学指導の用意だった。この年の学生は全員が専
門学校進学を志望していたが、私は留学生対応に定
評のある専門学校をまるで知らず、どう対処すべき
かを考えあぐねていた。

 学生たちが望む学校は、「首都圏に位置し、学費
は年間70万円以下」「ビザ更新のサポートが万全」
「筆記テストが悪くても簡単に入学できる」とい
った、むしのよすぎる条件ばかりだった。そんな彼
らの相談に粘り強く応じるには、充分なキャリアが
ないと難しい。指導経験のまったくない私には荷が
重すぎたが、とにかく、専門学校の入学担当者を招
いた進学説明会を開催したり、手当たり次第に学校
案内をとり寄せたりと、ささやかな努力を積み重ね
ていた。

 手をこまねいている私を見かねた事務の田中さん
は、「職員合同会議」という、グループ職員の親睦
を兼ねた全体会議を社長に進言してくれた。系列校
の職員を池袋本部に終結させて、各校の取り組みや
問題点を報告し合い、進学情報の共有や意見交換を
し合うという試みである。

 それが実現したのは、夏休みが終わる寸前の猛暑
日だった。池袋本部を訪れたのは初めてで、私は道
に迷ってしまい、オフィスに着いたころには全身汗
みずくになっていた。

 集まった職員は10人強。会議室には、やけにハ
シャいでいる教員や、つまらなそうに窓の外を眺め
ている教員などがいて、その落差が印象的だった。
教員のほとんどは、「学校というアカデミックな雰
囲気にひたりたいオタクさん」といったオーラを身
にまとっており、「フワフワした人が多いな」とい
う感触を得た。早い話が、ひ弱なタイプが目につき、
「若さを持て余した学生らと四つに組むだけの度
量があるのかな」と、ちょっと疑わしく感じたので
ある。

 種々の資格検定を受験するのが趣味だという教員
たちのシマでは、カウンセラー資格の話題で盛りあ
がっており、また、方々の教育セミナーに参加して
いるという教員たちは、各種プログラムの評価を語
り合っていた。どの道、私にはチンプンカンプンだ
ったので、黙って聞き耳を立てていた。

 ちなみに、日本語教師になる道は「日本語教育能
力検定試験」に合格するか、420時間の「日本語
教師養成講座」に通うかの2通りが多いようである。
私みたいに大学で必要単位をとって資格取得した
教員はほかにおらず、彼らは自分が受講した養成講
座についても楽しそうに感想を述べ合っていた。

 さて会議本番になると、どこの学校からも経費不
足や人不足にあえいでいるという報告が延々と続い
た。早々に退屈したが、この会議中に配布された「
グループ校内進学先大学・専門学校一覧」は非常に
よくまとまっており、それこそが私の求めていた情
報であった。系列校を卒業した学生の進学先、学部
学科、納入金、出願条件、入試内容が細かく記載さ
れていて、備考欄には合格者の学力や所見もメモさ
れていた。

「これを頭に入れれば、何とか急場はしのげるかも
知れない」

 会議の切り盛りをしてくれた田中さんに、私は改
めて感謝していた。

▼日本語学校にいると、だんだんおかしくなります
から

 一日がかりだった会議の終了後、谷川社長が「山
下先生、この後のご都合はいかがですか?」と耳打
ちしてきた。そして「食事でもしながら少しお話し
ませんか?」と誘ってきたのである。

 声をかけられたのは、私と田中さん、それと宇都
宮校の新任校長だった。「何でオレが声をかけられ
たのだろう?」とけげんに思ったが、うながされる
ままに社長が運転するSUVに同乗した。

 すきあらば車線変更をくり返し、前方の車を強引
に追い越していく乱暴な運転にヒヤヒヤしていると、
ハンドルをにぎった社長が「山下先生。ほかの学
校の先生がたと会われて、どうでしたか?」と話し
かけてきた。

「えっ……趣味人が多いみたいですね。他校の先生
がたとお話をしたのは初めてだったので、いい刺激
を受けました」

 私は慎重に言葉を選んで、当たりさわりのない返
事をした。

「一般企業で働くサラリーマンとは、ちょっと違う
でしょう? 山下先生も気をつけてくださいね。日
本語学校にいると、だんだんおかしくなりますから。
社交性とか、協調性とかね。普通の社会人とはど
こかズレていくんですよ」

 冗談をいっているワケでもなさそうな社長の口調
に、私は戸惑ってしまった。私も、一般人とはズレ
た感覚の持ち主である。「社長の目に、私はマトモ
に映っているのだろうか?」と、引っかかりを覚え
た。

「ところで山下先生。先生の血液型は何ですか?」

これまた、唐突な質問だった。

「はっ? A型ですけれど。日本人にいちばん多い、
ありふれた血液型です」と答えたところ、彼は
「あぁ、ならば自制心のあるタイプだから大丈夫でし
ょうね」と、不可解なコメントをした。そして、そ
れっきり会話は途絶えた。

 新宿で車をおりると、私たちはラブホテル街へと
案内された。建ちならぶホテルの一つを指さした社
長は、「あれとアレがうちの経営しているホテルで
す。外国人客を呼び込んでいるんです。業務は、私
の父と母に任せています」といった。

「今日はね、その両親を住まわせるマンションを探
しにきたんです。少しつき合ってくださいね」

 答える間もなく、そのホテルの一つへ連れていか
れ、フロントにつめていた彼の父母にひき合わされ
た。父親はスエットとジーパン、母親はベージュの
カーディガンをはおっており、二人とも地味なスタ
イルをしていた。

 ホテルを出ると、近所のマンションを2件内覧し、
谷川社長は「こんなもんかなぁ」などと、ブツブ
ツつぶやいていた。私は彼の意図がまったくつかめ
ず、「マンションの検分につき合うのって、何か意
味があるんですか?」と、タイミングを見計らって
田中さんにたずねた。

「あぁ、物件の内覧って、社長の趣味みたいですよ。
前にもこういうことがありましたから」

田中さんは何の疑問も抱かぬようで、実にあっけら
かんとしていった。

 そうやって合点のいかぬまま、社長のいきつけだ
という駅ビルの定食屋へと移動した。席に着くなり、
社長は箸やおしぼりをパッパッと全員に配り、し
ょう油やソースを、私たちの手の届く場所にずらし
て置いた。「やけに目端の利く人だな」と感心して
いると、向かいに座った社長は、思い出したように
私の経歴をたずねてきた。

舞台演劇や編集の仕事をやっていましたと話したら、
「あぁ、それでか! 大した目力だと思っていた
んですよ」と大きくうなずいた。それから彼は、自
分が美大をめざしていた話などを語ってくれた。そ
れに合わせて私は「中国人の書はやはり面白いです
ね。康有為の字なんて、丸っこいのにビシッとした
芯が感じられて、私は好きですよ」といったけれど
も、社長は「いや、近現代の中国書道はダメです。
日本人のほうが上ですよ」と不機嫌そうに顔をしか
めた。

 お開きとなる寸前、谷川社長は出し抜けに、「山
下先生。西丘の教務主任がやっと見つかりました。
紹介してもらうのに100万円もかかりましたけど
ね。あっ、それと、専任の先生も増やします。申し
訳ありませんが、もうちょっとだけ辛抱してくださ
いね」と早口で告げてきた。

 私が食事に誘われたのは、そのことを伝えるため
だったらしい。

しかし、その話が本当ならば、進学指導の音頭はそ
の教務主任がとるだろう。私は重責から解放される
ことになる。

うれしさと同時に、軽い拍子抜けを味わっていた。


(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





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