こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは13回目です。
武芸者ならではの
「柔らかい智慧」
を毎回楽しんでいます。
武道や武術の意味が、
外国を通してよく把握できました。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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サムライ先生、日本語を教える(13)
遠足──経費がほとんど認められない
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
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□はじめに
現在教えている留学生のほとんどは中国人であり、
おしなべて筆記試験には強いのですが、会話力は
今一つです。
会話練習では、発音の矯正はもちろん、リズムも
重要。
多少のミスがあっても、リズム感のある言葉は上
手に聞こえます。
このリズム感を磨くべく、この間の授業では「早
口言葉」を練習しました。
が、教壇に立っている私のほうが四苦八苦した次
第。
「かえるピョコピョコみピョコピョコ、合わせてピ
ョコピョコむピョコピョコ」
この「むピョコピョコ」が、どうしても滑らかに
いえませんでした。
ありきたりではありますが、「東京特許許可局」
も難しい。
一方、学生たちは案外上手で……脱帽しました。
▼近所だし、入館料も高くない
留学生は、大学進学において「日本留学試験(E
JU)」と呼ばれる校外試験の成績を求められるこ
とが多い。一方、専門学校においては、「日本語能
力試験(JLPT)」という日本語検定の合否判定
をたずねられるのが常だ。これらのテストは年2回
ずつしかおこなわれない。それゆえに日本語学校で
は、両試験の実施時期に合わせて試験対策講義や模
試をカリキュラムに組み込んでいる。
着任して間もないころの西丘日本語学園には、大
学志望者がいなかったので、EJU対策は不要であ
った。JLPTを考慮したスケジューリングのみで
充分だったため、テキストの選定やカリキュラムの
立案が思ったより早く終わった。その結果、ようや
く私は課外活動を企画する余力を持ったのだった。
課外活動とは、遠足やパーティーのたぐいの学校行
事で、この時まで手つかずとなっていた。そのせい
で学生たちからは不満が噴出しており、授業のたび
に「知り合いが通う日本語学校は浅草で浴衣体験を
した」だの、「ネットで見た学校は日光にいってい
た」だのとやかましく、私も何とかせねばと焦って
いた。
しかし、いざプランニングに取りかかろうとする
と、社長の承認をとるのが困難で、思うように計画
がまとまらなかった。「卒業遠足のディズニーラン
ド以外は、経費がほとんど認められない」という田
中さんからの助言もあり、企画は二転三転した。私
は、お金のかからない遠足を考えねばならなかった
のである。
日本語学校の遠足をインターネットで調べてみる
と、鎌倉旅行、川越散策、動物園見学などの様子が
紹介されていたが、どれも一度はプランニングした
プログラムで、「遠い」「お金がかかる」と却下さ
れたものばかりだった。
「どういうプランなら稟議が通るんだろう?」と頭
を抱えていた矢先、非常勤の神田先生から「川口市
にある映像ミュージアムはどうですか?」と、すす
められた。そこはテレビ放映作品や映像技術の展示
が見学できる施設で、本番さながらにスタジオ収録
体験もできるのだという。
なるほど、近所だし、入館料もさほど高くない。早
速、そのミュージアムに連絡してみると、私がニュ
ースキャスター役、学生たちがゲストコメンテータ
ー役を務めるという仮想番組づくりの体験コースを
提案された。スタジオで生徒が日本について意見し
たり、感想を述たりする様子をテレビカメラで収録
し、それをDVDにも焼いてくれるというのだ。
シブちんの社長もこの内容は気に入ったらしく、す
ぐにゴーサインが出た。
かくして田中さん、金さん、私の3人で、全校生
徒70人ばかりを引きつれて遠足へ出かけることに
なった。
▼私たちに手裏剣を教えてください
団体行動が苦手な外国人を引率するのは、手綱を
つけずにイヌの散歩をするようなものである。神経
をすり減らしてヘトヘトになったが、そういう苦労
のわりには、この課外活動に対する学生からの評価
は今一つだった。
彼らは、あこがれの東京名所をめぐったり、ディ
ズニーランドのような大型娯楽施設で発散したいの
である。学校とアルバイト先を往復するだけの毎日
を送っている貧しい学生ほど、課外活動への期待は
大きかったが、そのニーズから外れていたらしい。
むろん、生徒の願いに応えてやりたいものの、出費
のかさむ企画は経営サイドが許可しないのだからし
かたがない。私は「やれることはやったぞ」と、開
き直るしかなかった。
課外活動の翌週、ウズベキスタン人学生のルスタ
ムと、入学して間もないスリランカ人のナサルが連
れだって教務ブースに顔を出した。そして彼らは、
改めて課外活動へのグチをこぼし始めた。
「先生、この学校はケチだから、おもしろくない。
遠足もガッカリした」
眉根にしわを寄せたルスタムが、まず口を開いた。
「学校は勉強するところだぞ。おもしろくなくても
結構だね。いいか、おもしろいモノってのは、自分
で探すんだよ。私は毎週、刀や手裏剣を練習してい
るけどさ、コイツは学校よりも楽しいぜ」
それを聞いたナサルが、わが意を得たりとばかり「
それです!」と手を叩いた。
「先生。私たちに手裏剣を教えてください。オレと
ルスタムだけでいい。強くなりたいです」
ちょっと面食らったが、「う~ん、なるほどね」
とうなった。ルスタムは、私の武術動画を見てクギ
づけとなっていたし、ナサルも「武道を学ぶにはど
うすればいいですか?」と何度かたずねて来ていた
のだ。2人とも武術に関心があるのは知っていたけ
れども、私に習いたいと申し出たのは初めてだった
。
私は郊外の空手道場を間借りし、古流武術の稽古会
を開いている。武士が「(とのもの)」として学ん
だ棒手裏剣術も教えていたが、初心者が飛び道具を
扱うのはかなり危険だ。しかし、「木刀を用いた素
振りなら教えてもいいな」と、瞬時にひらめいた。
私が教えている新陰流系の剣術は極めて技巧的で、
習得には相当の時間がかかるため、「あきっぽい彼
らには無理」という気がしたが、一応、やらしてみ
るのもいいかも知れない。幸いにも、デモンストレ
ーション用に持ってきた木刀がロッカーに置いたま
まだったので、すぐにでもレクチャーできる。
「よし、授業が終わったら、非常口前の休憩スペー
スに来なさい。刀の使い方を教えてあげるよ」
そう指示すると、2人は「はい」と即答した。
なお、私が修練している古流剣術についてもう少
し説明すると、まず、その操刀法は現代剣道におけ
る竹刀のあつかいとずいぶん異なる。最初、柄の下
にそえた左手をはずし、右手で剣を一旦ダランと垂
らしながら振りかぶるのである。振りかぶった際は
、垂らした剣が左肩にのる格好とならねばならない
。そこから剣を振りおろしつつ、左手は再び柄頭を
にぎるのである。一連の動作において、肘は一切曲
げないようにする。
この操刀には右肩に剣をのせる逆バージョンもあり
、この2パターンのくり返しが、8の字を横に倒し
たメビウスの輪のごとき無限軌道の刃筋を生み、受
け流しと攻撃の連動を可能とするのだ。
昔のサムライは、この素振りが3年で会得できれ
ば一人前とされたらしいが、私の場合は10年くら
いかけてようやく形になった。そして、その倍以上
の時間を費やしても、いまだに未熟を痛感している
のだから、根気のない彼らがどんな反応を示すのか
……これはちょっとした見ものだった。
▼私は、血なんか怖くない
約束どおり、素振りのレクチャーを自動販売機わ
きでおこなった。
「腰は居合腰といって、前足を深く屈し、後ろひざ
が床につくまで落とすんだ。苦しいかも知れないけ
れど、バランスがとれれば楽になるぞ」
「ひじは伸ばしたままにする。絶対に曲げない。刀
を動かす時は、速くしたり、遅くしたり、止めたり
しない。同じ速さにすることが大事だ」
「刀はナイフと同じだ。たたいちゃダメだ。大きく
すべらせて使うんだ」
「無駄な力はブレーキにしかならないぞ。力を抜く
ほど、力が伝わることを学ぶんだ」
2人とも成績はそこそこだったので、私の説明は
理解できているようだったが、どうしても力まかせ
のぶん回しとなった。入門したばかりの道場生にす
るのとまったく同じ注意をしたのだけれど、日本人
のような丁寧さというか、慎重さが露ほども見受け
られなかった。がさつな我流におちいるばかりで、
やればやるほどメチャクチャになっていった。
「ダメ、ダメ。あなたたちの動きは固い。美しくな
いんだよ」
「先生、オレは強くなりたい。美しいのはいらない
です」
早くも退屈し出したルスタムがこぼした。ルスタム
ほどではなかったが、ナサルも思ったようなストレ
ス解消ができず、納得のいかない様子だった。
「これを見てくれ」といってルスタムが腕たてふせ
を始めると、ナサルも一緒にやり出した。「こんな
トレーニングをしなくても体力は充分にあるんだぞ
」という力自慢のつもりらしかった。
「わかった。わかった。でも、いま学ぶのは、パワ
ーじゃなくて、テクニックなんだ。テクニックのあ
る強さは美しい。血だらけになって勝つよりも、指
一本で相手を負かしたほうがエレガントだろ? 日
本人はそういう強さを大事にするんだ。それがわか
らないと、練習しても意味がないよ」
ナサルはあいまいにあいづちを打ったが、ルスタ
ムは目の色を変えて首を横に振った。
「日本人は勇気がない。私は、血なんか怖くない。
それが強さでしょ!」
ウズベキスタンも、スリランカも、近年までテロ
や内戦が続いていた国だ。彼らからすれば「活人剣
」の思想など、平和ボケした愚か者のたわごとなの
かも知れない。私は戦争経験がないし、戦場を経験
したいとも思っていないが……ルスタムの表情は、
「そんな人間に武術を語る資格はない」といってい
るようだった。
まぁ、それも正論だろう。しかし、私は胸を張って
答えた。
「勇気がなくても平気だね。私は血を見るのが怖い
ぞ! 文句あっか?」
するとルスタムはちょっと考えてから、再び口を
開いた。
「じゃあ、先生はもっと大人しくしたほうがいいで
す。あなたは危険だ」
それを聞いたナサルがプップッと吹き出し、額に
手を当てて大笑いした。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
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