配信日時 2021/02/10 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(12)】 試験──それでも赤点は減らない 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは12回目です。

武芸者ならではの

「柔らかい智慧」

を毎回楽しんでいます。


さっそくどうぞ。



エンリケ


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サムライ先生、日本語を教える(12)

試験──それでも赤点は減らない

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

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□はじめに

 先日、「です・ます調」と「だ・である調」の講
義をしたところ、学生たちが「日本語は敬語が面倒
くさいので困ります」と嘆かれました。
「第一、あれこれと言葉を飾るのはウソですよ! 
大事なのは心でしょう?」
 そうつめ寄る留学生に、「社会に出れば、自分の
心と違うことを言わねばならないことがある。たと
えば、自分が悪くないと思っても、謝らなければな
らない時、敬語ってのは便利なんだよ」と説得しま
した。
 さらに、「内心では不満があっても、丁寧な言葉
で衝突を避けようとするのは『ウソ』じゃない。知
恵ってもんだぜ」とも、さとしました。
 まっ、確かに日本語の……というか、日本人のそ
ういう体裁主義は、面倒くさいといえば面倒くさい
かも知れません。


▼一夜漬けの勉強すらする気がない……

 日本語学校では、学期ごとに校内テストを行なう。
これを基準にしてクラス分けを行なったりするの
だが、西丘日本語学園は学級数の少ない学校なので、
学生のクラス移動はほとんどなかった。

 ただし、この試験結果は、大学や専門学校に進む
際の内申点ともなるから、学生たちにとっては非常
に大事なテストとなる。けれども、彼らにはそれが
今一つピンときていないようで、しっかりと試験勉
強をして臨む者はマレだった。

 前任者が定めた方針を踏襲して、成績評価はA、
B、C、Dの4段階にわけ、40点未満となる「D
評価」をとった学生には再試験を課した。再試験者
には1科目ごとに千円の手数料を徴収するから、何
科目も落第点をとった学生は結構な出費となってし
まう。

 赤点をとる者が1人でも減るようにと、あらかじ
め出題する問題とその答えを教えてやるのだが、そ
れでも赤点は減らなかった。試験制度のぬるい社会
で育った留学生たちは、一夜漬けの勉強すらする気
力がわかないみたいだった。

 再試験者の続出により、私は昼休みや放課後を割
いて再試験の監督を務めねばならず、定期試験シー
ズンは生徒たちよりもテストづけで大変だった。

 西丘日本語学園の定期試験は、「文字語彙」「文
法」「読解」「聴解」の4科目のみだったけれど、
これに「作文」や「会話」のテストを加える学校も
ある。私はたった一人で、この4教科のテストを3
クラス分作成し、加えて新入生の学力考査をするプ
レイスメント・テストも作ったりしたから、連日か
なり残業せねばならなかった。授業で学習した範囲
から、1科目40分の試験時間に適した問題量を考
えて、ぴったり50点満点になるようにまとめる作
業は、編集部に勤めていた私でもずいぶんと手間ど
った。

 テスト実施後は、採点結果をクラスごとにデータ
保存し、各学生に配る成績表を作る必要があった。
授業で怒鳴り散らして体力を消耗した後、こういっ
た神経を使う仕事に没頭するのはしんどかったけれ
ども、徐々に慣れていった。

▼「おい、携帯はダメだ」

 最初の定期試験は6月だった。

 テスト当日は、教室への携帯電話の持ち込みが一
切禁止されていた。すべてのケイタイは、事務カウ
ンターに預けるのがルールになっていた。

 また、試験中のカンニングはもちろん、私語厳禁、
遅刻による途中入室も認められず、これらの規則
をやぶった者はその場で失格、再試験の対象者とな
った。再試験の場合、どんなに高得点をとっても、
C評価しか与えられない。

 が、ルーズな留学生らは、このペナルティをもの
ともせず、平気で私語を交わしたり、母国語で答え
を教え合ったりする……との実情を田中さんから聞
いていたので、私は鬼のような形相で試験監督にの
ぞんだ。問題児の多い2年生クラスを担当し、他の
クラスは非常勤講師に受け持ってもらうこととした。

 さて、私が監督したクラスは1限目まで順調だっ
たものの、2限目でトラブルが発生した。何かと横
車を押したがるルスタムが、禁止されている携帯電
話を持ち込み、堂々といじり始めたのだ。前の晩は
相当に酒を飲んだらしく、彼の顔はずいぶんとむく
んでいた。

「おい、ケイタイはダメだ。今すぐ田中さんに預け
てこい!」

私が鋭く注意すると、それを待ってましたとばかり
に彼はゴネ出した。

「イヤです。テストを解く時はケイタイを見ない。
終わったら、また見る。それなら問題ありません。
これは私の自由だ」

「バカヤロー! ルールを守らないヤツに自由なん
てねぇんだ。0点になるだけぞ、タコ。千円払って
再テストか、とっととケイタイを田中さんに預けて
くるか、どっちか選べ!」

そう厳しく言っても、この日のルスタムはことのほ
かガンコだった。

「あなたの言うことは、意味がない。テストが始ま
ったら見ないと約束しているのに、なぜダメなのか?
 こんなテスト、オレは簡単にわかる。信じてく
ださい」

「アホタレ。じゃあ、『オレは人を殺さない』とい
ったら、ピストルを持って歩いてもいいのか? 警
察につかまるに決まってんだろが、マヌケ!」

 私はそうタンカを切りつつも、かたくななルスタ
ムの様子から「いくら説得してもムダみたいだな」
と冷静に見極めていた。

「ルスタムさん。どうしてもケイタイを渡さない、
この教室からも出ていかないというんだな?」

「そうです。しつこい!」

「よし、ルスタムさん以外の学生は全員、D教室に
移動! ルスタムさん、オマエはここにいろ。試験
は受けられないよ。あとでお金を払って再試験だ。
わかったか?」

「イヤだ!」

「じゃあ、学校はクビだ。あばよ」

ぞろぞろと移動を始めたクラスメイトに、ルスタム
はキョロキョロとしつつも虚勢を張り続けた。

「私は再試験を受けない! お金も払わない!」

「オレにゃあ、関係ないね。アンタは卒業できない。
専門学校にも行けない。留学ビザもなくなる。そ
ういうワケだ。バイバイキーン!」

私は、わざと軽い調子で言って手をふった。

「何があったんですか」と心配そうに顔をのぞかせ
た田中さんへ、あらかたの事情を話すと、私は教室
を後にした。田中さんは、例のごとく「まったく、
もう!」という苦々しい顔をしたけれど、「まぁ、
ルスタムにはいい薬でしょう」とつぶやき、小さく
うなずいた。

 ルスタムが「再試験を受けます」とやってきたの
は、5日後のことだった。

 金さんや田中さんにかなり油をしぼられたらしく、
めずらしくショゲていたが、それでも彼の鼻っ柱
は強かった。

「先生、ごめんなさい。でも、先生にも問題があり
ます。学生をボイコットするのは、本当によくない
ことです」

「そうだ。学生をボイコットする先生はルール違反
だ。なっ、やっぱりルールは大事だろ? 守んなき
ゃダメなんだよ」

そう言って笑う私に、ルスタムは「フン!」とうざ
ったそうに鼻を鳴らして目をそらした。



(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





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