配信日時 2021/02/09 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(23)】「ハイブリッド脅威としての中国―NATOの動向(2)」  志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の第23回です。


冒頭のミャンマー情勢分析は必読。
志田さんにとっては本業でなく枝の論ですが、
国際レベルで一級の内容と感じます。

民政移管後のミャンマー軍の教育を、誰が行なっていたか?

は、今回のクーデタの意味を読み取る補助線として
極めて重要です。

その答えが文中にあります。


本文も読み応えあり。

記事を読み、
「5G安全保障問題」への正鵠を射た認識をつけてく
ださい。そうしないと、いまの国際情勢の意味が読
み取れなくなります。


さっそくどうぞ。

エンリケ


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ハイブリッド戦争の時代(23)

ハイブリッド脅威としての中国―NATOの動向(2)

志田淳二郎(国際政治学者)

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□はじめに

 皆さん、こんばんは。2月1日、ミャンマーでク
ーデターが発生しました。本メルマガ脱稿時(2月
3日)で、ミャンマー情勢の行方は定かではありま
せんが、今回のクーデターは、インド太平洋の国際
政治にも大きな影響を与えるものです。

 二点ほど考えてみたいことがあります。

第一に、軍事政権が復活すると、欧米諸国はミャン
マーに経済制裁を課し、経済的に困窮したミャンマ
ーは中国に接近するという力学が生まれます。201
1年の民主化以前は、ミャンマーでは軍事政権が続
き、民主政権ではないとの理由から、欧米諸国はミ
ャンマーに経済制裁をかけていました。この状況が、
今日のミャンマーと中国の「蜜月関係」を生み出す
ことにつながります。ミャンマーの中国接近は、す
ぐさま、中国がミャンマーを「勢力圏」に組み込む
ことを意味します。欧米諸国が経済制裁を課すかが
焦点の一つです。

 第二に、ミャンマー軍の狙いを正確に理解する必
要があります。実は、私は、今から4年ほど前にワ
シントンのシンクタンクに在籍していました。この
とき、日米同盟の枠内で、ミャンマーの民主化をど
う支援するかというプロジェクトに参加していまし
た。ここで知りえた情報の一つに、民政移管後のミ
ャンマー軍の教育を、アメリカの太平洋軍(現在の
インド太平洋軍)が行なっていたということがあり
ます。「民主的な国家の軍隊は、国民に銃口を向け
ないものなのだよ」と米軍がミャンマー軍を教育し
ていたのです。

 この情報をわたしは知っていたので、今回のクー
デターが、中国と「蜜月関係」を築いているアウン
サンスーチーをターゲットにしたものであれば、ミ
ャンマー軍は、実力行使という強権を発動してしま
ったものの、「真に民主的な」ミャンマー国家の運
営を目指している可能性も否定できないとも考えて
います。実は、アウンサンスーチーの肩書は「国家
顧問」というもので、このポストはミャンマー憲法
に規定されていません。憲法の「枠外」に存在して
いる「超法規的存在」なのですから、「民主的」な
指導者とは言いがたいのです。

 そんなアウンサンスーチーが中国と経済協力をし、
ミャンマーが中国の「勢力圏」に組み込まれるの
に、軍の内部で警戒感があったことも考えられます。
さらに、ミャンマー北部における分離主義勢力に
対して、中国が軍事的支援をしている事実もあるこ
とから、分離主義勢力と血みどろの戦いを強いられ
ているミャンマー軍にとってみれば、中国が面倒な
存在であることは容易に想像できます。

 情勢は依然、判然としませんが、「軍=悪」と決
めつけたうえで、ミャンマー情勢をみると、今後の
動向を大きく見誤る可能性があります。冒頭で述べ
たように、ミャンマー情勢の行方は、インド太平洋
の国際政治を左右する可能性を秘めています。

 皆さんも、注目して、動向をウォッチしましょう。

 旧イギリス植民地のミャンマーで政変が起きる中、
イギリスが、TPPへの参加を表明し、さらには、日本、
アメリカ、インド、オーストラリアからなる安全保
障協力枠組み、通称、「クアッド」への参加も検討
していることが報じられています。核や通常戦力に
よる脅威、さらにはハイブリッド戦争の脅威を、周
辺諸国に与えている中国をけん制する意味では、イ
ギリスのこうした動きは、日本としても歓迎すべき
です。

「弱いアメリカ」が誕生したいま、日本は、価値観
を共有するパートナーをインド太平洋の安全保障に
コミットさせるよう、知恵を振り絞るべきです。

 価値観を共有するパートナーとして、NATO(北大
西洋条約機構)もあります。今回のメルマガでは、
NATOが中国を経済的パートナーではなく、ハイブリ
ッド脅威ととらえるようになったプロセスを、
「5G安全保障」の観点から紹介したいと思います。

▼中東欧でたかまる懸念

 以前のメルマガで紹介したように、中国べったり
のハンガリーを除けば、中東欧のNATO同盟国は、中
国のことをハイブリッド脅威と認識しはじめていま
す。

 きっかけは、ファーウェイに代表される5G安全
保障問題でした。

 2019年1月、ポーランド当局は、スパイ容疑でフ
ァーウェイ現地支店幹部の中国人1名と元情報機関
職員でポーランドの通信会社に勤務していたポーラ
ンド人1名を逮捕しました。同年9月2日、マイク・
ペンス副大統領とポーランドのモラヴィエツキ首相
は、ポーランドの首都ワルシャワで会談し、5G技術
による破壊工作や情報操作から米国と同盟国の市民
を守るとした「5Gに関するアメリカ・ポーランド共
同宣言」に署名しました。

 チェコも同様です。2019年7月22日、チェコ放送
ラジオジャーナルは、国内のファーウェイ子会社の
社員が、顧客の個人情報をチェコの中国大使館に提
供していることを報じました。チェコのバビシュ首
相は、2020年5月6日、ポンペイオ国務長官との電話
会議で、信頼できるサプライヤー選択を盛り込んだ
「5Gに関するアメリカ・チェコ共同宣言」に署名し
ました。

チェコといえば、2020年9月1日、ビストルチル上院
議長が代表団を率いて台湾を訪問し、台北の立法院
で演説し「私は台湾人だ」と述べ、拍手喝さいを浴
びたことで有名になりましたね。チェコ国内では、
2020年1月に死去したクベラ前上院議長は、中国大
使館からの圧力にさらされていたとの報道があり、
対中警戒感が強まっているのです。

▼リムランド諸国との「5G安全保障ネットワーク」

 5G技術は、中国にとってみれば、中国とヨーロッ
パを接続する「デジタル・シルクロード」構想の目
玉でもあります。この意味で、中国は、「ネット先
進国」エストニアに目をつけました。2017年11月末、
エストニアは中国と「シルクロード・イニシアティ
ブ覚書」などに署名し、2019年11月には、ファーウ
ェイとエストニアのタルトゥ大学が、研究・開発で
の協力についての覚書に署名しました。

 ところが、2020年2月にタルトゥ大学が発行する
学術誌に、覚書の利益とリスクを考察した論文の掲
載がリジェクトされると、ファーウェイによる
「学問の自由」の侵害が懸念されはじめます。2020
年5月12日、エストニアは通称「ファーウェイ法」
を採択し、エストニア政府が、5Gを操業する企業に
対し、ネットワークで使用されているハードウェア
とソフトウェアに関する情報を提示する義務を課せ
るようになりました。ポーランドやチェコと同じよ
うに、エストニアをはじめ、ラトビア、リトアニア
も、アメリカと「5Gに関する共同宣言」に署名して
います。

 直接的には表記されていませんが、実質的にはフ
ァーウェイ排除を想定しているアメリカとの「5Gに
関する共同宣言」は、アメリカと、ルーマニア、ス
ロバキア、ブルガリア、北マケドニア、そして台湾
と結ばれています。台湾が入っているのが、面白い
ですね。

 何度もメルマガで指摘していますが、ハイブリッ
ド戦争は、ランドパワー(中露)が外へ膨張してい
く先にある「リムランド」で頻繁に発生する傾向が
あります。トランプ政権は、中国発のハイブリッド
脅威に対抗するための「5G安全保障ネットワーク」
をリムランド諸国である中東欧と台湾と相次いで結
んでいったわけです。

 (同業者なので大きな声で言えませんが)大多数
の国際政治の専門家は、「トランプ政権で同盟関係
はめちゃくちゃになった」と解説していますが、あ
れ、5G安全保障に関しては、これまでアメリカの政
権が重視してこなかったリムランド諸国と、しっか
り協力関係を結んでいるけど、といつも感じていま
す。オバマ政権が、中東欧を完全スルーしていた事
実は、以前のメルマガで、ご紹介した通りです。

 前回のメルマガで紹介したように、気がつくとヨ
ーロッパの周辺では、中国の軍事プレゼンスが高く
なるという地政学的変化がおき、ヨーロッパ社会に
ファーウェイの技術が導入され、社会のレジリエン
ス(強靭性)にも深く関係する「5G安全保障」が、
ヨーロッパにとっての喫緊の課題となりました。

 かくして、2019年12月のNATOロンドン首脳会議で
採択された宣言で、NATO史上はじめて、「中国」と
いう単語が挿入され、NATOが、中国をハイブリッド
脅威と認識しはじめるにいたったのでした。

□次回予告

 このように、中東欧も、実は、トランプ政権のア
メリカと中国の間のハイブリッド戦争の「戦場」で
あったわけですが、なんといっても、米中ハイブリ
ッド戦争の「主戦場」はインド太平洋、それも、台
湾・尖閣であることは言うまでもありません。

 脅威は「意図と能力」によって規定されるといい
ますが、まさに中国は、領土的野心という「意図」、
そして、ハイブリッド戦争を遂行する「能力」をす
でに有しています。次回のメルマガでは、中国のハ
イブリッド戦争遂行能力について紹介していきたい
と思います。



(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in Political
Science with Merit、中央大学大学院法学研究科博
士後期課程修了、博士(政治学)。中央大学法学部
助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)客員準
研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生教育セ
ンター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学研究科
非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―ジョー
ジ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、
2020年)。研究論文に「クリミア併合後の『ハイブ
リッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケドニア、
ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際安全保障』
第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。「アメリカの
ウクライナ政策史―底流する『ロシア要因』」『海
外事情』第67巻、第1号(2019年1月)144-158頁ほか
多数。



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