こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは11回目です。
さっそくどうぞ。
きょうも思いましたが、
ドラマで見たい内容です。この連載。
関係者の方、ぜひご検討ください。
エンリケ
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サムライ先生、日本語を教える(11)
除籍──摘発された風俗店勤務の新入生
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
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□はじめに
感染者の過半数が、無自覚・無症状だという新型
コロナウイルス。
特に若者の重症化はマレだという話ですが、緊急
事態宣言の再発令によって日本語学校はWeb授業
の再開を余儀なくされており、実際に登校している
学生はほとんどいません。
そのため、引きこもり生活による学習意欲の低下
や、軽いウツに悩む学生を見受けます。進学にもさ
まざまな影響が出ています。
高齢者が自衛のためにこもるのは、当然の権利。
しかし、それに同調して社会全体の自由が奪われ、
若者の心身や将来がむしばまれていくのは悲しいも
のです。
私は……ほとんど効果がなく、逆に不安をあおって
いるだけの……緊急事態宣言が延長されることに反
対です。
▼マさんはリッパな犯罪者ですよ
上天気だったその日、田中さんから「摘発された
風俗店に、新入生のマさんが勤務していた」という
ショッキングな情報がもたらされた。
マは、2人しかいない中国人新入生の1人で、モ
デル体型をした背の高い美人だった。礼儀も正しく、
ふんわりとした優しさを持つ大人しい生徒だった
ため、最初は何かの間違いだろうと半信半疑だった。
が、警察に留置されて取調べを受けているとの続
報を聞くにいたり、もはや疑いの余地はなくなった。
留学生は、風営法にかかる店でアルバイトするこ
とが禁止されている。この規則をやぶった学生は、
大抵が退学処分となるのだが、マの件でも金さんの
決断は速かった。
「山下先生! マさんから、学校に残りたいとの連
絡がありました。けれどね、彼女は風俗店で働き、
警察にもつかまった犯罪者でしゅ。よって学校はマ
さんを除籍にする! それでよろしいですね?」
私は、たった一人しかいない教務課の代表者とし
て、意見を述べねばならなかった。
「マさん自身は『そういう店だと知らなかった』と
主張してるんでしょう? 『ルームメイトに紹介さ
れたアルバイトで、受付業務を手伝わされただけだ』
というから、まんざらウソじゃないのかも知れま
せん。書類送検されずに済みそうだし、もう少し様
子を見てみませんか?」
マは、入寮を免除された学生だった。年上の中国
人女性と一緒にマンション暮らしをしており、その
女性も風俗店の関係者として連行されたらしい。
「ナゼでしゅ!? マさんはリッパな犯罪者ですよ。
そもそも彼女はね、いつもイヤラしい服で、ヘラ
ヘラと学校に来てたでしょ? 私はずっと腹がたっ
ていたんですよ。本当にイヤラしいよな!」
そう激昂する金さんに、私はあ然としてしまった。
「マさんの出身校は、中国屈指の優秀校なんでしゅ」
だの「彼女は賢くて素直な生徒でしゅ」だのと、
金さんはマをさんざんホメちぎっていたのである。
何という手のひら返しだろうと、彼の顔をまじまじ
と見た。それにマは日ごろ、どちらかというと清楚
で落ちついた服装をしており、決してイヤらしい格
好などしていなかったのだ。その場その場の気分で、
自分の記憶すらもねじ曲げてしまう金さんの思考
回路に、私が最も軽べつする愚かさの一つを感じ取
った。
「ともかく、金さん。警察で取調べを受けたとか、
留置されたとかだけで犯罪者とは決めつけられませ
んよ」
「どうしてでしゅか! 犯罪者だから警察に留置さ
れたんでしょ?」
「そうとは限りません。たとえば、金さんを疑った
警察が、金さんを留置して調べたとします。けれど
も、犯人だという証拠が見つからず、金さんを釈放
しました。これで金さんを犯罪者といえますか?
違うでしょう? さしあたってマさんは、それに近
い状況ですよ。まぁ、まったくのお構いなしでもな
いから、次のビザが通るかどうか微妙でしょうけれ
どね」
「そうでしょう! そうですよ。だから、彼女を呼
び出して話は聞いてあげます。でも、退学は決定で
す。つまり、山下先生のいいたいことは、そういう
ことでしょう?」
暴力的なニンニク臭を発散してつめ寄る金さんに、
私はやむなくいった。
「違いますけれど、勝手にしてください」
▼あなたを助けることはできない
マの面談には、金さんと私が応じた。本当は同席
したくなかったのが、「担任教員がいなきゃ困るで
しょ?」と金さんに強要されて、断り切れなかった
のだ。
マは、顔が真っ白になるほど憔悴し切っており、
済まなさそうに菓子折りを差し出した。その後はひ
たすら「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣いて謝
っていた。
私はますます同情したが、気に入らなかったのは、
入れ代わり立ち代わりする彼女の付き添いと称す
る若い連中であった。風俗店勤務を勧めたというル
ームメイトの女性や、その親戚だという男らは、髪
を赤や黄色にそめたうさん臭いチンピラたちだった。
史上空前のバブル経済にわいた中国は、日本人の
想像を絶する成り金がゴロゴロする一方、豊かさに
とり残された貧困層もあふれているという。成人し
たわが子に一軒家や高級マンションをプレゼントす
る親がいる反面、学費支援すら満足にできない家庭
もあるのだ。
マの詳しい生いたちは知らなかったが、こういう
ヤカラに囲まれてしまうような事情があったのだろ
う。私の気分は果てしなくふさいだ。
マの付添人は、「どうしても退学ならば、ほか
の日本語学校に転入する手助けをしてほしい」と訴
えてきた。が、トラブルを起こした学生を受け入れ
てくれる学校を探すのはホネだし、今回の一件を隠
して転入させれば、バレた時に大問題となってしま
う。状況からして、彼女の受け入れ先を探すのは、
西丘日本語学園に留まるよりもハードルが高かった。
ともあれ、金さんが冷淡な態度に徹していること
もあって、話し合いは平行線をたどった。
「マさん、残念です。あなたより悪い人は、とても
たくさんいる。しかし、ルールを破ってしまうと、
そういう悪い人たちの仲間になっちゃうんだ。あな
たを助けることはできない」
私はそういいながら、「あれれっ?」とひるんで
いた。いつの間にか自分の両目から涙がボロボロと
流れ出して、止まらなかったからだ。
「マさん、中国に帰っても必ずチャンスはあるよ。
自信をなくしちゃダメだ。自分を大事にするんだ。
大丈夫、間違いなくいいことがあります」
金さんは、ハブと闘うマングースのような目つき
でマを見すえ、私の言葉を中国語に訳して伝えてく
れた。それが聞こえているのかいないのか、マは
「ごめんなさい、ごめんなさい」といつまでも泣き
じゃくっていた。
結局彼女は、在籍期間1か月ほどで退学となって
帰国した。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
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