こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは10回目です。
きょうも
「異文化理解、把握」
という点で、実に役立つ内容です。
異文化なんちゃら
という言葉はあちこちからよく耳にしますが、
ご大層でご立派な
「ハード」
じゃなくて、
この連載で描かれているような
ごちゃごちゃドロドロした
「ソフト」
に目を向け、現実を正確に把握・理解し、
活かすことがキモであり、一番大事なと
ころと感じますね。
さっそくどうぞ。
エンリケ
ご意見・ご感想・ご要望はこちらからどうぞ。
↓
https://okigunnji.com/url/7/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
サムライ先生、日本語を教える(10)
圧力──クビにしたけりゃしろ!
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□はじめに
日本語教員は、大学や専門学校に進学するための
指導もします。
先日は「滑り止め」についてレクチャーしました。
「入りたい学校が不合格だった場合を考えて、別の
学校も受験する。それが『滑り止め』だ。では、た
とえば、東京大学を受けた人は、どんな大学を滑り
止めにすればいいでしょう?」
留学生らはこの質問に「京都大学!」と即答。
「それじゃあ、滑り止めにならないよ。東京大学と
京都大学じゃあ、レベルがほとんど同じだろう?」
そう話すなり、生徒たちから大ブーイングが起こ
りました。はるばる日本に留学して、ランクを落と
した受験など、まっぴらゴメンだというのです。
「最低でもMARCH(マーチ:明治大学、青山学
院大学、立教大学、中央大学、法政大学)じゃない
とイヤですよ」とシカメッ面をする学生らに、「オ
レはそのはるか下の大学出身だぞ!」と目をむくと、
彼らは机をたたいて大笑いしていました。
こんなたわいもない雑談を重ねながら、いざとな
れば挫折に弱い青年の心を解きほぐしておくのです。
▼「どうにもならないみたいです」
西丘日本語学園には、都内に2つ、栃木県に1つ
の系列校があった。西丘日本語学園をふくめて、ど
の兄弟校も新しく、どこも3年以下の歴史しかなか
った。グループを束ねていた統括部長は、吉川とい
う中国人女性で、彼女はふだん三鷹市にある三鷹国
際スクールに勤務していた。
ところで、日本語学校のスタッフには、中国人や
韓国人が少なくない。そして彼らは、なぜか日本名
を名乗っていることが多かった。吉川さんはセカセ
カとしゃべるヒステリックな女性で、グループ各校
を見回っては「両面印刷以外では、裏紙を使いなさ
い!」とか「ゴミ袋の交換は1週間1回にすること
!」といった、みみっちい小言をまき散らしていた。
彼女の采配でもっとも途方に暮れたのは、学生が
使用する教科書の購入費を一切認めてくれないこと
だった。そのせいで、学校の書架にある蔵書を毎回
コピーして学生に配らねばならず、私は何かという
とコピー機の前に立っていた。
ともあれ、生徒から徴収した年間2万円の教材費
は使途不明で、学生からも疑問の声があがっていた。
また、会話学習に使うCDやDVDといった副教
材の補充も許可されず、大変に困っていた。非常勤
講師から「どうにかなりませんか?」との不満が噴
出していたけれど、私は「どうにもならないみたい
です」と答えるしかなかった。
交渉の末、DVDプレーヤーの稟議は通ったが、
その一方でDVDソフトの購入は認められなかった。
というのは、ポータブルプレーヤーはネット通販
で1台3千円くらいで買えるのだが、DVD教材は
1枚1万円近くもしたからだ。プレーヤーがあって
もソフトがなくては無意味である。
結局、数少ない音声教材は非常勤講師に優先して
使ってもらい、私自身は音声教材のスクリプトを自
分で読みあげて授業をした。その結果、「人物Aは
男性の低い声色で、人物Bはかん高い女性の声色で」
といった、一人二役や三役の読み分けがずいぶん
上手くなった。特に女性の声色は、「先生、アニメ
みたい!」と学生から絶賛されるほどまでに磨かれ
ていった。
▼日本語学校の生命線
この吉川さんの評判は、他のグループ校でも芳し
くなかったらしい。彼女の横柄な態度には、社長も
手を焼いているという話だった。それでも吉川さん
がグループに君臨し続けていた最大の理由は、彼女
が新入生募集のポストを掌握していたからだ。
日本語学校の生命線をにぎっているのは、「エー
ジェント」と呼ばれる留学生の仲介業者である。エ
ージェントがかき集めた学生の質と量により、日本
語学校の経営は浮き沈みする。それゆえに各国のエ
ージェントはもちろんのこと、エージェントとやり
取りする担当職員も、経営者ですら頭があがらぬほ
どの発言力を持つようになる。吉川さん独裁の下地
には、そのような内情があったのだ。これはどこの
日本語学校でも、大なり小なり同じことだろう。
しかし、その春から、吉川さんとは異なる独自の
エージェントパイプを持つ金さんが入社したことで、
新入生募集は吉川さんと金さんの2人体制に改め
られた。これが吉川さんのシャクにさわったようで、
彼女は常にイラ立っていた。
そのため、金さんが所属する西丘日本語学園に対す
る吉川さんの嫌がらせは、日を追うごとにエスカレ
ートしていった。
グループ共催の運動会や修学旅行といった企画から
西丘日本語学園だけをしめ出したり、西丘日本語学
園の事務職員に30分ごとの業務報告書を提出させ
たりと、彼女は思いつく限りの圧力を露骨にかけて
きた。
課外活動に参加する余裕がなかった当時、運動会
や修学旅行からの除外はかえって助かったが、30
分に1回の業務報告命令は、田中さんら事務員を追
い込むにはうってつけの仕打ちであった。
日本語学校の事務員は、授業欠席者への電話連絡、
寮の見回り、出納業務、校内備品管理といった通
常業務のほかに、ビザ申請、新入生の住民登録や銀
行口座開設のつき添いなど、多岐にわたる仕事を抱
えている。そこに「半時間ごとの詳細な報告書をあ
げろ」というのは、とんでもないプレッシャーだっ
た。
「報告書が短い! すべてが把握できるようにくま
なく記入しなさい!」
吉川さんの理不尽な要求に堪えかねて、田中さん
の顔は見る見るやつれていった。私は見るにしのび
ず、ある日とうとう「あのクソババア。根性までク
ソババアだな!」といきり立って机をたたいた。
すると金さんが、近所のスーパーで特売されていた
コーラ味のグミを私と田中さんに一袋ずつ手渡しな
がら、余裕の笑みを浮かべて「まぁ、まぁ」と抑え
た。
「山下先生、大丈夫でしゅよ。今ね、社長と色いろ
相談しているんです。何とかなりそうなんでね、問
題はないっしゅよ」
彼の異様な落ち着きぶりに、私と田中さんは顔を
見合わせた。
「このグミ、一袋30円なんでしゅよ。日本のお菓
子は中国のと違って、甘みがぱぁーっと口に広がる。
本当においしいですね。さぁ、召しあがってくだ
さい」
金さんはグミをほおばって、うれしそうにグニャグ
ニャとかんだ。そしてまた「心配ないよ、心配ない」
と、おごそかにうなずいた。
ちなみに、そのグミのパッケージ裏面には「製造元・
チャイナ」と記載されていた。
▼中国人同士のパワーゲーム
翌週、「西丘日本語学園の職員を全員解雇するよ
うにと、吉川さんが社長へ進言した」とのウワサが
舞い込んできた。私は「クビにしたけりゃしろ!」
と開き直っていたが、それから間もなく、本当に社
長がやってきた時には、さすがにドキリとした。
私は社長と初対面だった。彼は私より一回り若い
青年実業家で、最初は「飛び込みの営業マンかな?」
と思ったくらい、貫禄には欠けていた。しかし、
中国人と知らなければまったく分からないほどに日
本語がりゅうちょうだった。
早速、彼を囲んだ臨時会議が開かれた。
「山下先生、はじめまして。私がこの学校の経営者、
谷川です。色いろと大変な状況ではありますが、
山下先生、金さん、そして田中さんには本当に頑張
っていただいております。本日はその感謝を申しあ
げるべく、遅ればせながら参った次第です。私の本
業は不動産屋ですので、学校経営にはうといところ
があります。しかし、私自身も日本語学校で学んだ
留学生でしたから、この事業には深い思い入れがあ
ります。今後とも、ぜひお力添え願います。なお、
吉川さんの件ですがね……とにかく彼女のいってい
ることはメチャクチャなんで、いっさい気になさら
ないでください。その点は、本当に心配ありません
から」
手短にそれだけいうと、彼は白い大型SUVに乗
り込んで、あっという間に去っていってしまった。
さらに1週間後。
金さんから吉川さんが退職したことを聞かされた。
金さんという新しい募集係を得たこともあって、
谷川社長は彼女にお役ご免を言い渡したらしい。
「えっ! ずいぶん急な話ですね?」私は、あきれ
果てて言った。
「まぁ、そういうもんでしゅよ」
金さんはそう言って、例の一袋30円グミをポイっ
と口に放り込んだ。彼のロッカーには箱買いしたグ
ミが山のようにストックされており、相当に気に入
っているようだった。
「あっ、コレ……山下先生も食べますか? たくさ
んあるよ」
「いえ。今は結構です」
中国人同士のあからさまなパワーゲームを目の当た
りにし、私はちょっと恐ろしくなっていた。
日本人だけの企業とは、やはり勝手が違う気がした。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
http://kenryu-shuriken.jimdo.com/
▼きょうの記事への、あなたの感想や疑問・質問、
ご意見は、ここからお知らせください。
⇒
https://okigunnji.com/url/7/
PS
弊マガジンへのご意見、投稿は、投稿者氏名等の個
人情報を伏せたうえで、メルマガ誌上及びメールマ
ガジン「軍事情報」が主催運営するインターネット
上のサービス(携帯サイトを含む)で紹介させて頂
くことがございます。あらかじめご了承ください。
PPS
投稿文の著作権は各投稿者に帰属します。
その他すべての文章・記事の著作権はメールマガジ
ン「軍事情報」発行人に帰属します。
最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝し
ています。
マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感
謝しています。
そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、
心から感謝しています。ありがとうございました。
●配信停止はこちらから
https://1lejend.com/d.php?t=test&m=example%40example.com
-----------------------
発行:
おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)
メインサイト
https://okigunnji.com/
問い合わせはこちら
https://okigunnji.com/url/7/
-----------------------
Copyright(c) 2000-2020 Gunjijouhou.All rights reserved