配信日時 2021/01/26 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(21)】「中国におけるハイブリッド戦争研究動向(2)」  志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の第21回です。

こういういい方はあれですが、
現在進行形の戦い・紛争の核心である

「ハイブリッド戦争」

について正確に把握したい、理解したいなら、
この連載を読むことです。

心からそう思っています。


さっそくどうぞ。

エンリケ


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ハイブリッド戦争の時代(21)

中国におけるハイブリッド戦争研究動向(2)

志田淳二郎(国際政治学者)

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□はじめに

 皆さん、こんばんは。原稿執筆時(2021年1月20
日)は、アメリカの大統領就任式の様子とその後の
アメリカ国内の混乱について、まだ把握できており
ませんが、メルマガで何度も指摘しているように、
アメリカ国内の分断が固定化すると、外部勢力から
これらの分断を刺激することで、分断がさらに深刻
化し、結果、「弱いアメリカ」が誕生することを意
味します。外部勢力とは、中露であることは、言う
までもありません。

 トランプ政権は、2017年末から、中露との「大国
間競争」の時代を宣言しましたが、果たして、バイ
デン新政権下の「弱いアメリカ」は、「大国間競争」
の時代を生き残れるのでしょうか。同盟国・日本は、
どう備えればいいのかなど、2021年も、安全保障問
題で考えなければならないことが、多々あります。
 
 前回から2回にかけて連載している中国における
ハイブリッド戦争(中国語:混合戦争)の議論を知
ることも、今後の国際情勢を考えるうえで、お役に
立てる知識になると確信しています。今日のメルマ
ガも、どうぞご笑覧ください。

▼米中関係の悪化

 2014のウクライナ危機以降、米欧では急速にハイ
ブリッド戦争に関する研究が進みましたが、中国で
は、表立って積極的に学者や軍人を動員した研究活
動がおこなわれませんでした。

 そんななか、2019年から、中国でも混合戦争論が
登場します。その背景としては、トランプ政権発足
後の米中貿易戦争や、中国国内のチベット、ウイグ
ル人への人権弾圧や香港における逃亡犯条例改正
(2019年)や国家安全維持法導入(2020年)をめぐ
る米中関係の悪化がありました。

 私たち、西側諸国の人間の感覚では、チベット、
ウイグル、香港における北京の強硬姿勢は、普遍的
な人権に対する深刻な侵害であることは、言うまで
もありません。日本国内で、盛んに人権を振りかざ
している「リベラル」な方々が、中国の問題に口を
つぐんでいることは、由々しき問題ですが、メルマ
ガでは特にこの点は触れません。

 西側(といってもほとんどの場合、トランプ政権)
が、チベット、ウイグル、香港、そして、台湾問題
について、北京で対立姿勢を示していることは、
北京の視点に立てば、「中国の主権を侵害している!
内政干渉だ!」となるわけです。以下に紹介する議
論にもあるように、中国は、トランプ政権の対中政
策を、混合戦争、と捉えています。


▼中国における混合戦争論

 中国社会科学院、中国国際問題研究所とともに、
「中国三大シンクタンク」の一つである中国現代国
際関係研究院の宿景祥は、2019年の香港における逃
亡犯条例改正案反対デモは、アメリカが中国にしか
ける混合戦争の一部の「カラー革命」(中国語:
「顔色革命」)の典型と指摘しています。

 宿によると、冷戦が終結してから過去30年にわた
り、アメリカは、武力の使用を隠蔽する「非伝統的
な戦争」と非軍事的手段「顔色革命」を、軍事介入
と組み合わせることで、ユーゴスラビア、リビア、
イラク、アフガニスタン、ウクライナ、シリア、ベ
ネズエラ、イランに介入してきました。香港におけ
る「顔色革命」は、アメリカが中国に混合戦争をし
かけている否定できない事実である、と宿はアメリ
カを糾弾しています(『China & USFocus』2019年8
月19日付)。

 同じように、中国人民解放軍軍事科学院戦争研究
院の于淼も、2019年以降、アメリカが中国に対し、
政治、経済、貿易、科学・技術、金融、軍事など多
くの分野で中国に圧力をかけ、「全政府的」な混合
戦争をしかけていると捉えています(『光明日報』
(2020年1月5日付)。

 1999年に『超限戦』を発表し、現在、北京大学航
空航天大学教授の王は、自分の著書『超限戦』が、
フランク・ホフマンをはじめとするアメリカの軍事
専門家の間で参照され、その後の混合戦争研究につ
ながったことについて、「興味深いことである」と
述べています。

 元海兵隊員のホフマンについては、復習ですが、
ずっと前のメルマガでハイブリッド戦争概念の生み
の親であることは紹介しましたね。

 王は、また、アメリカの戦争思考の根源には、混
合戦争の発想があるとし、混合戦争が、今後の戦争
形態として、ますます目立つようになると展望して
います(『解放軍報』(2019年5月23日付)。

 このように、中国はアメリカのトランプ政権がし
かける混合戦争の脅威にさらされていると認識して
いるのです。そういう意味においては、トランプが
退いたことは、北京にとって、有利な国際環境が生
み出されたといえるでしょう。バイデン新政権が、
トランプ政権の対中政策を継承するのか、なかでも、
安倍前首相のイニシアティブで進められた日本、ア
メリカ、インド、オーストラリアの間の「自由で開
かれたインド太平洋戦略」(FOIP)を継承するのか、
目が離せません。

 バイデン新政権の閣僚人事が、「多様性」を尊重
するという「ポリコレ満載」な点、そして、オバマ
前政権の閣僚が再任されていることも気がかりでは
ありますが、日本としてできることは、しっかりと
アメリカとの同盟関係をマネージしつつ、自由、民
主主義という共通の価値観を共有するパートナー諸
国との連携を強化し、そして、何よりも、日本独自
で防衛力を整備し、中国という国の本質について、
しっかりと理解していくことが、大切です。
(ポリコレ:ポリティカル・コレクトネス)

▼次回予告

 日本のパートナー諸国といった場合、有力なのが
、NATO(北大西洋条約機構)です。実際、NATOはイ
ンド太平洋への関心を強めており、中国のことを、
しだいに、ハイブリッド脅威と認識しています。
次回のメルマガでは、NATOが中国のことをハイブリ
ッド脅威と認識するにいたった経緯について、考え
ていきたいと思います。キーワードは、以前のメル
マガで紹介した、中東欧での中国主導の経済協力枠
組み「17+1」を使ったヨーロッパに対する中国発の
「エコノミック・ステイトクラフト」、そして、
ファーウェイ問題に代表される「5G安全保障」です。

 NATO・中国関係も、ほとんど研究が未開拓の領域
ですので、このメルマガで最新の情報をお届けでき
ればと思っています。

 今後とも、御贔屓のほどよろしくお願いします!


(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in Political
Science with Merit、中央大学大学院法学研究科博
士後期課程修了、博士(政治学)。中央大学法学部
助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)客員準
研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生教育セ
ンター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学研究科
非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―ジョー
ジ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、
2020年)。研究論文に「クリミア併合後の『ハイブ
リッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケドニア、
ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際安全保障』
第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。「アメリカの
ウクライナ政策史―底流する『ロシア要因』」『海
外事情』第67巻、第1号(2019年1月)144-158頁ほか
多数。



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