配信日時 2021/01/19 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(20)】「中国におけるハイブリッド戦争研究動向(1)」  志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の第20回です。

志田さんが、まことに卓越した能力をお持ちである
ことがよくわかる記事です。

世界はもちろん、
わが国でも初めて見る内容のはずです。

さっそくどうぞ。

エンリケ


ご意見・ご感想はコチラから
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ハイブリッド戦争の時代(20)

中国におけるハイブリッド戦争研究動向(1)

志田淳二郎(国際政治学者)

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□はじめに

 皆さん、こんばんは。新型コロナウイルスの感染
拡大に関連する連日の報道で、暗澹たる気持ちにな
られている方も多いと思います。何か、良いニュー
スがないか、と思いますが、前回のメルマガでお伝
えした通り、国際情勢に関していえば、中国共産党
結党100周年の今年に台湾有事の可能性も高まっ
ていることをお伝えしました。

 冷戦後、日本を取り巻く安全保障環境は、いちば
ん苦しいときを迎えています。

 これは、良いニュースではないことは明らかです。
しかし、私たちは、日本の安全保障を、一人一人が
真剣に考えなくてはいけないと思います。

 なぜか。それは、一国の安全が保障されてはじめ
て、国民一人一人が、安寧に暮らすことができるか
らです。家族と会うのも、友人と語らうのも、仕事
の仲間と汗を流すのも、日本の美しい四季や料理を
楽しむのも、国の安全があってこそです。

 このメルマガが、皆さん一人一人が、日本の安全
保障について考える機会を提供できればと思ってい
ます。

 皆さんに一つ告知をさせてください。昨年末、ネ
ット上で、ハイブリッド戦争に関する論考を発表し
ました。詳細は以下のURLからご覧いただけます。
本日のメルマガにも記載した読者のご質問へのご
回答と合わせてご覧いただくと、より立体的にハイ
ブリッド戦争の理解が深まるかもしれません。どう
ぞご笑覧ください。

「ハイブリッド戦争」と動揺するリベラル国際秩序 /
志田淳二郎 / 米国外交論・国際政治学| SYNODOS -シ
ノドス-
https://synodos.jp/international/23932


▼読者のご質問へのご回答

 読者のSさんから、以下のご質問をいただきまし
た。いつも購読してくださり、ありがとうございま
す。「通州事件はハイブリッド戦争と捉えられるの
でしょうか」。

 まず、ご回答を手短に。「そうとも言えるし、そ
うでもないとも言えます」。でも、私の意見として
は、ハイブリッド戦争という概念を使わなくてもい
いかな、と思っています。

「何ですか、それ!」と突っ込みの声が聞こえてき
そうですが、なるべく簡潔に、以下、その理由をお
答えします。

 皆さん、通州事件はご存知でしょうか。通州事件
とは、1937年7月29日未明、北京郊外の通州で、
「冀東(きとう)防共自治政府」(=実質的な日本
の傀儡政権)の保安隊(中国人部隊)が、日本人居
留民を、極めて残虐な方法で殺害した事件です。通
州事件を知る社会人や大学生が少ないことは、日本
の歴史教育の偏りであることは言うまでもありませ
んが、今回のメルマガでは、この点は触れません。

 まず、「通州事件がハイブリッド戦争と言える」
とする理由について。それは、ハイブリッド戦争の
定義に挙げた、(1)宣戦布告がなされる敷居よりも
低い状態で、(2)特定の目標を達成するために、
(3)国家・非国家主体が協働で行なう破壊活動、の
要件を満たしているからです。

 (1)通州事件が発生したのは、1937年7月29日。同
年7月7日には、「シナ事変」(いわゆる日中戦争)
が発生しています。当時の日本政府も国民党政府も、
宣戦布告をせず、日本は、これはあくまで自衛のた
めの戦いということを示すため、「戦争」といわず、
「事変」と言っていました。そのため、宣戦布告が
なされたわけではありませんでした。

 (2)(3)これまでの研究では、冀東防共自治政府
の中国人保安隊は、国民党政府と接触していたこと
が明らかになっていますが、近年の研究では、さら
に、中国共産党の工作員による影響工作があったこ
とも判明しています。

 7月29日の段階では、対日戦線のための「国共合作」
が成り立つ前ですが、国民党政府や、中国共産党の
工作活動のせいで、本来は、日本人居留民を守らな
ければいけなかった冀東防共自治政府の保安隊が、
日本人を虐殺したと解釈できます。つまり、日本と
の戦いに勝利するという特定の目標達成のために行
なった作戦だったと解釈できます。

 とはいえ、私はハイブリッド戦争という概念を使
わなくてもいいかなと思っています。なぜかという
と、まず、当時の日本政府は「事変」という言葉を
使っていましたが、実質的には、日中全面戦争がは
じまっており、通州事件は、そうした戦争のさなか
に起きた悲劇であったという点です。

 やや分かりにくいかもしれませんが、たとえば、
クリミア併合後のウクライナ東部は、いまなお、ロ
シアが関与する紛争が続いており、なかには、ウク
ライナ系・ロシア系ともに、住民の殺害事例は発生
しています。ただ、こうした悲劇を一つ一つハイブ
リッド戦争と表現している人はいないのです。

 また、これは私の研究スタンスですが、ハイブリ
ッド戦争など、現代に生まれた概念を歴史の事例に
あてはめれば、要件を満たしていれば、その概念で
表現できるわけですが、果たして、そうした営みに、
どれほどの意味があるかという点です。

 たとえば、「冷戦」。これは、20世紀後半の米ソ
関係を表す言葉ですが、「戦争には至っていないけ
ど、緊張が続いている状態」とルーズに「冷戦」を
定義すると、じゃあ、関ヶ原の戦いの前の、徳川家
康と石田三成の関係は「冷戦」だったとか、欲しか
ったプレゼントを彼氏がくれなくて、機嫌を損ねた
彼女が、彼氏のラインを既読スルーしているカップ
ルの状態も「冷戦」となってしまい、本来持ってい
た「米ソ冷戦」の意味が、見えにくくなってしまい
ます。

 私は、ハイブリッド戦争も、そのように考えてい
ます。むしろ、私たちが、この言葉を深く理解する
必要がある理由は、2014年のウクライナ危機以降、
国家の主権や安全保障を、いとも簡単にないがしろ
にできるオペレーションを、ロシアが提示してしま
ったこと、そして、中国が、それを学習し、台湾有
事で応用しようとしていること、です。

 ハイブリッド戦争という概念をしっかりと理解し
て、過去の戦史を紐解くのも、とても大切だと思い
ますが、それよりも、未来の国家の生存と繁栄を考
えていきたいと考えています。

 Sさん、ご質問いただきどうもありがとうござい
ました。


▼中国におけるハイブリッド戦争研究動向

 ご質問へのご回答で、たいぶ紙幅を割いてしまい
ましたので、2回にわたって、中国におけるハイブ
リッド戦争研究の動向をご紹介したいと思います。
今回お伝えする内容は、中国語のソースを分析した
ものになります。研究者による論文はもちろんのこ
と、類書もないので、これは重要な中国に関連する
インテリジェンス情報です。(笑)

 結論からいうと、中国はロシアと同じように、米
欧とは異なる形でハイブリッド戦争を理解していま
す。中国ではハイブリッド戦争(中国語:混合戦争)
という概念は、2014年のウクライナ危機以降、少し
ずつ広がっていきましたが、積極的にこの概念の研
究が進んだわけではありませんでした。

 ところが、2019年以降、中国の軍事評論家や
解放軍関係者、学者などが、混合戦争についての論
評を発表していきます。きっかけは、2019年の
香港における逃亡犯条例をめぐる国際社会からの批
判で、その目的は、混合戦争を中国にしかけ、中国
の主権を脅かしているアメリカを糾弾することでし
た。

 一人の人物の論評を紹介しましょう。

 中国人民解放軍第二砲兵(現在のロケット軍)工
程学院を卒業した軍事評論家である宋忠平は、『連
合早報』(2020年5月29日付)で、現在のト
ランプ政権下の米中関係は、「新冷戦」ではなく、
「混合戦争」だと指摘しました。宋は、トランプ政
権と習近平政権下の米中関係は、力が不均衡で、二
極を構成しておらず、かつてのソ連ブロックのよう
に、イデオロギーを背景にした中国ブロックは存在
しないため、「新冷戦」ではないといいます。

 そうではなくて、香港や台湾情勢をめぐって、ア
メリカが、中国国内の分裂分子、テロリスト、反体
制派、さらには武装暴動を通じた「準軍事行動」を
しかけている。中国は、アメリカによる「混合戦争」
に巻き込まれているという見解を示した。

 これって、ずっと前のメルマガで紹介したロシア
の「カラー革命」(中国語:顔色革命)をハイブリ
ッド戦争と理解しているのと似ていますね

 今日ご紹介した宋の混合戦争論は、中国語のみで
配信されている点で「国内消費用」の議論であるこ
とは言うまでもありません。ただ、私たちが、中国
発の台湾へのハイブリッド戦争を警戒しているのと
同じように、中国もまた、西側初の中国への混合戦
争を警戒していることは重要ですね。

 まさに世界はハイブリッド戦争の時代に入った、
ということです。

▼次回予告

 次回は、今回のメルマガの続きで、中国のシンク
タンクや人民解放軍関係者の混合戦争に関する論評
を紹介していきたいと思います。今後ともどうぞよ
ろしくお願いします。皆さん、コロナに負けず、お
元気で!



(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in Political
Science with Merit、中央大学大学院法学研究科博
士後期課程修了、博士(政治学)。中央大学法学部
助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)客員準
研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生教育セ
ンター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学研究科
非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―ジョー
ジ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、
2020年)。研究論文に「クリミア併合後の『ハイブ
リッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケドニア、
ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際安全保障』
第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。「アメリカの
ウクライナ政策史―底流する『ロシア要因』」『海
外事情』第67巻、第1号(2019年1月)144-158頁ほか
多数。



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