配信日時 2021/01/13 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(8)】 入学──その学校、本当に大丈夫なのか? 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは8回目です。

こんかいも面白いですね。

さっそくどうぞ。


エンリケ


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サムライ先生、日本語を教える(8)

入学──その学校、本当に大丈夫なのか?

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

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□はじめに

 学校というのは、閉鎖的な環境です。そのため、
学生は教員の一挙手一投足に注目し、われわれのプ
ライベートについてもいろいろなウワサを流します。

 先日、面識のない学生から「先生は、有名なユー
チューバーなんでしょう?」と声をかけられてビッ
クリしました。

手裏剣術入門書を発刊するにあたって制作した私の
プロモーションビデオをネット上で見つけた生徒ら
が、ゴシップを広げたらしい。

ちなみに、ネット動画投稿で収入を得る「ユーチュ
ーバー」という職業を、この時初めて知りました。
むろん、私はユーチューバーではありません。


▼急きょ駅前へ直行!

 西丘日本語学園は、4月期、7月期、10月期、
1月期の年4学期制で運営されていた。それに従い、
1年に合計4回の学期テスト実施を学則に定めて
いた。

 また、4月期と10月期を新入生の受け入れ時期
とし、毎年2回、入学式を執りおこなった。4月生
は2年間コース、10月生は1年半コースのカリキ
ュラムで、卒業時期はどちらも翌々年の3月である。

 4月中旬が過ぎたころ、「新入生がじきにやって
くる」と本部から伝えられた。しかし、入学式に間
に合う学生は、毎年だいたい半数程度だった。なぜ
なら、入国手続きに手間どる学生が多いからで、全
員がそろうのは5月の連休明けごろになるのだ。

 ともあれ、私が着任した3月下旬は在校生クラス
1つしかなかったものの、たった1か月後には新1
年生クラスが2つも増えるだから、現場はにわかに
忙しくなった。教務主任の配属される目途は一向に
たっていなかったし、全クラス分の授業を埋める教
員数も確保できていなかった。

しかし私は、新クラスのカリキュラムと教員シフト
表の作成や、教科書発注などを見切り発車で進め、
活気づく現場にワクワクしていた。

 事務の田中さんと金さんにとってはいちばん大変
な時期で、学生の空港出迎えなどで連日テンヤワン
ヤしていた。

 そんなさなか、デイアルというスリランカ人の新
入生が、空港での待ち合わせをスッポカし、学校の
最寄駅まで1人でやって来てしまった。駅から学校
へ来る途中に迷子となったらしく、彼は慌てふため
いて学校に電話をかけてきた。

田中さんと金さんがいなかったので、デイアルから
の連絡は私が受けた。日本語のあやふやな留学生と
通話するのは初めてで、「面と向かって話すより難
しいな」と閉口してしまった。

 とりあえず、いったん駅へ戻るように指示し、私
は急きょ駅前へ直行した。長い時間、学校を留守に
するのはマズかったし、次の授業が始まるまでさほ
ど猶予がなかったから、こちらも大慌てだった。

 結局、彼が肌の浅黒いスリランカ人だったのが幸
いし、すぐに落ち合うことができたが、もしも彼が
中国や韓国の学生だったら、見つけ出すのに苦労し
たかも知れない。デイアルを連れて歩きながら、「
現状の職員数で乗り切るのは、やはり厳しいな」と、
改めて頭を悩ませた。

 さて、その期の新入生は40人ほどで、スリラン
カ人、ベトナム人、ネパール人に加えて、中国人女
学生2人が入学した。彼女らの物腰はうやうやしく、
プレイスメントテストの成績は、ほぼ100点だ
った。また、ひょうきんなスリランカ人の急増によ
り、さらに雰囲気はにぎやかになった。

 比較的おとなしいベトナム人や、礼儀正しいネパ
ール人も一定数混じっていて、総じて新入生は在校
生よりもくみしやすい印象だった。入学したばかり
の生徒らは、学則の説明、在留カードという身分証
明必携の注意、アルバイト時間の上限厳守、万引き
などの犯罪行為のリスクなど、オリエンテーション
を受けるのだが、それらも静かに行儀よく聞いてい
た。

 新入生らの如才ない顔ぶれを見て、私はホッとし
ていた。

▼サムライ先生とも呼ばれているのだ

数少ない友人の1人に、佐藤という酒好きのフリー
ライターがいる。その佐藤と、近所の居酒屋で一杯
やる約束をした。彼は学生時代からの旧友で、いま
だに独身だった。

久しぶりに再会した晩の話題は、やはり私の近況報
告がメインになった。着任と同時に、それまでの職
員が煙のようにいなくなってしまったエピソードか
ら、佐藤そっくりのベトナム人学生がいるといった、
たわいのないことまで、酔いに任せてしゃべりま
くった。

「そのベトナム人学生がさ、授業中だってのに携帯
電話をやめないワケだよ。先生としては見すごせな
いだろう? それでね、そいつの携帯に向かってさ、
平井堅の『瞳をとじて』を熱唱してやったんだ。
そうしたら『何で歌うんだ!』ってブチ切れたんで、
こっちも『何で電話するんだ!』って切れ返して
やったの。で、それを聞いていた周りの生徒たちが
大笑いしてさ」

「山下みたいな先生1人で、その学校、本当に大丈
夫なのか?」

「大丈夫じゃないよ。私は未経験者なのです。誰が
どう考えたって、絶望的状況です!」

「オマエよ、学生のころと、ちっとも変わらないな」

「変わったよ! 今は学生どころか、先生様だぞ。
武術が特技だからな。サムライ先生とも呼ばれてい
るのだ」

「何がサムライ先生だ、バカバカしい。でもさ、学
生たちは面白いかもな」

 彼も私も、相当にろれつがアヤしくなっていた。

「山下よ、でもなぁ……面白いかどうかなんて、実
はツマんないことなんだぞ。会社勤めではな、ツマ
んない人間が重要なんだ。サムライだとか、平井堅
だとか、そういうのはさ、学生相手にしか通用しな
いことなんだぞ。オマエ、そこが全然わかっていな
いだろう? 日本語学校だって、しょせんは会社だ
からな!」

 佐藤は10年くらい前にうつ病となり、そのまま
会社を辞めてフリーのライターとなっていた。私の
仕事ぶりを聞いているうちに、サラリーマン時代の
苦い思いがよみがえったのだろう。ちょっと、ギス
ギスした空気を漂わせ始めていた。

 案の定、その夜の佐藤は、かつてないからみ酒だ
った。

「オレはな、先生っていわれる人種がいちばん信用
できねぇんだ」という彼の指摘に、私は黙ってうな
ずくだけだった。



(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





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