こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえるドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは7回目です。
回を追うごとに惹きこまれていますね。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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サムライ先生、日本語を教える(7)
寮則──学校ってのは監獄なんだ
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
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□はじめに
新年おめでとうございます。今年もよろしくお願
いいたします。
現在勤めている日本語学校の学生は、ほぼ100
%が中国人です。この仕事につく前は、中国人に対
して「ガサツ」とか「わがまま」といった不信感や
警戒心をばくぜんと抱いていました。
しかし、生身の留学生と接して実感したのは、
「若者に国境はない」ということ。古今東西を問わ
ず、青年は不安で寂しがり屋、かつ生意気で強情、
そして限りなく繊細です。
留学するということは、大なり小なり、自国にな
い希望を求めて他国へ渡るということでしょう。そ
の希望を1ミリでもふくらませてやるため、本年も
奮闘して参ります。
▼ゲッ。先生は、ゲイですか?
教室でのケンカのみならず、学生寮でのもめごと
も何度か発生していた。寮トラブルをよく起こした
のは、パーティー好きのスリランカ人たちだった。
彼らは誕生日を迎えると、一口チョコレートやキ
ャンディーをクラスメートや職員に配って歩いた。
そして、それをもらった学生らは「ハッピーバスデ
ーツーユー」を、授業の初めや終わりに大合唱して
祝福するのである。
まぁ、それはほほえましい光景だったが、問題は、
寮に戻ってからくり広げられるバースディパーテ
ィーであった。夜通し続く宴会は、それに参加しな
い寮生を大いに困らせていた。
酒を飲んで奇声をあげる。フルボリュームの音楽
で踊りまくる。さらには、共用キッチンを使用して
いる女子生徒に近づき、お尻や胸を触るといった悪
ふざけもしているとの話だった。
学生指導をになう事務長は断固たる態度で対処す
べきだったが、どうも手をこまねいている様子だっ
た。というのは、スリランカ人学生のみならず、一
部のウズベキスタン人学生やベトナム人学生らも混
じっていたため、騒いだ学生の特定ができなかった
ためである。
もとを正せば、防犯カメラを1台も設置していな
い学校の警備体制に問題があったし、男部屋と女部
屋を混在させている寮の配置も悪いのだけれど、女
性専用フロアを設ける余裕など到底なく、抜本的な
解決はできないでいた。
私も、やり玉にあがった学生を呼び出して怒鳴り
つけたが、職員不在の時間帯のトラブルゆえ、決定
的証拠がそろわず、どうしてもイタチごっことなっ
てしまっていた。
「勉強とアルバイトで疲れて、すぐに寝たい学生も
いるんだ! 何度も言うけど、夜10時以降は静か
にしろ。次また騒いだら、トイレを掃除をさせるぞ
!」
「先生、私じゃないです。私、お酒が飲めない。い
つもすぐに寝ています」
「ウソつけ! 昨日、隣のスーパーで、アガシさん
とビールを買っていただろう。オレ、見てたんだぞ。
ありゃ、何だよ?」
ハンサムなネズミといった風貌のブラハトは人当
たりがよく、毎回オーガナイザーを務めているよう
だった。が、なかなか強情で、どんなに追及しても、
参加メンバーについては一切口を割らなかった。
オカマチックなしなを作って「ウフフ」と笑ったが
最後、ひたすら適当なウソをつき通したのである。
どんちゃん騒ぎなら居酒屋でやってほしい。しか
し、金銭的余裕のないスリランカ人学生にそれは難
しい相談だろう。心情的には理解できるのだが、女
子学生へのいたずらは放置できなかった。警察沙汰
ともなり得るため、甘い顔は一切見せられなかった。
「とにかく、女の子のオッパイとお尻は絶対触るな。
学校をクビになるぞ。いいか?」
「それ、私じゃないよ」
「うるせえ、誰でもいい! 触りたいヤツがいたら、
オレのオッパイを触れ。お尻も触っていい。わか
ったか? みんなにもそういうんだ!」
「ゲッ。先生は、ゲイですか?」
「はっ?」
ブラハトが珍しく真顔になったので、つい私もあ
せってしまった。
▼「ムチで叩かれないだけマシだと思いなさい」
西丘日本語学園の学生は、入学後6か月間は学校
寮に入るのを義務づけられていた。これは営利目的
もあったが、素行の知れない新入生をしっかり管理
する上でも都合のいい規則だった。授業を休んでい
る生徒の部屋をひとっ走りして様子を確認したり、
「1円も持っていない」という学費滞納者が、近所
でビールの箱買いをしているのを目撃できたりと、
労せず目が配れたからである。
なお、入寮義務は、不潔な学生寮を嫌う中国人留
学生の急増で有名無実化していったが、私が赴任し
た時点では厳守されていた。
さて、学生寮トラブルでは、「部外者の連れ込み」
も非常に目立った。アパート代を払えなくなった
他校の留学生を招き入れたり、バイト先で知り合っ
た日本人フリーターを寮にあげてしまうといった違
反がたび重なったのだ。
連れ込みが判明すると、事務長の金さんはヒステ
リックに逆上したが、いざ注意する段となると、そ
の役を私に回した。得体の知れない部外者を相手に
するのがイヤなのだろう。
私個人としては、困っている同胞や、仲よくなっ
た日本人を部屋に呼びたくなる寮生の気持ちが察せ
られた。しかし、「寮の治安が乱れます」という金
さんや田中さんの主張も無下にはできず、侵入者排
除に動かざるを得なかったのである。普段使われて
いないベッドにパンツ一丁で寝ていた、見も知らぬ
スリランカ人を追い出したこともあるし、部外者連
れ込みをくり返す違反者に、有無をいわさず便所掃
除をさせたこともあった。
そんなある日、ウズベキスタン人のボルタエフが、
授業中、寮則の締めつけに関する不満の声をあげた。
「あれはダメ、これもダメ。この西丘日本語学園は
監獄ですか?」
「監獄」という難しい言葉を使いこなすあたりは、
さすがにウズベキスタン勢きっての秀才だ。彼は大
人しいながらも相当な皮肉屋で、ルスタム以上に口
うるさい一面があった。彼のように弁が立つタイプ
はとり巻きができると厄介なので、私は「ここはビ
シッと抑え込むべきだな」と警戒して答えた。
「そうだよ、ボルタエフさん。学校ってのは監獄な
んだ。教えただろう? 教育の『教』は、子どもを
ムチでたたく絵からできた漢字なんだ。ムチで叩か
れないだけマシだと思いなさい」
この強弁にもひるまず、ボルタエフはさらに反論
してきた。
「では、私たちはお金を払って監獄にいるんですか?
ひどい話ですね?」
「ひどいと思うなら、学校を辞めればいい。監獄は
自由に出られないけど、学校は出ていくことができ
るんだ。自分の国に帰ってもいいし、別の日本語学
校に転校してもいいだろう。でもね、どこへいった
ってルールはあるよ。規則を守れない人間は、結局
ダメだぜ」
私は、わざと冷たく言い放った。
ボルタエフも「そうですか。わかりました」とい
って、ムスッと口を閉ざした。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
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