配信日時 2020/12/29 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(18)】「最近のハンガリー・ウクライナ情勢 ―2018年「ハイブリッド戦争」の延長戦―」  志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の第18回です。

ことしの配信はこれが最後です。
来年の配信は、12日からの予定です。

さっそくどうぞ。

エンリケ


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ハイブリッド戦争の時代(18)

最近のハンガリー・ウクライナ情勢
―2018年「ハイブリッド戦争」の延長戦―

志田淳二郎(国際政治学者)

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□はじめに

 皆さん、こんばんは。2020年ももうすぐ終わりで
すね。思い返せば、2020年は色々なことがありまし
た。年明け早々には、アメリカによるイランのソレ
イマニ司令官の暗殺事件、中国湖北省武漢市から発
生したCOVID-19のパンデミック、2020年アメリカ大
統領選挙……。国内でも、COVID-19の国内対策、東
京五輪の延期、安倍晋三首相の辞任、日本学術会議
の「任命拒否問題」と呼ばれている問題……。数々
の話題があった2020年でした。

 こうした国内外の情勢を「解説」する「有識者」、
「専門家」が、日々、ワイドショーで、あるいは新
聞各紙で、場合によっては、インターネットメディ
アなどで、たくさん「ご活躍」されていました。

 わたしは、研究者の端くれなので、大それたこと
を言う資格も能力もありませんが、2020年以上に、
「専門知」に対する信頼が著しく低下した年はなか
ったのではないかと感じています。はたして、彼ら
の「解説」は、わたしたちの生活や国際情勢を見る
目に、どれほど役に立ったのでしょうか。答えは、
否、ではないでしょうか。

 そして、こう、思うのです。やはり、国民一人一
人が、しっかりとした知識を身につけ、自分の頭で
考えることの大切さを。

 それでは、こうした力は、どのように身につける
ことができるでしょうか。

 わたしもはっきりとした答えがありません。です
が、わずかながらの研究活動を通して感じたことは、
やはり、一定の価値基準や思い込みにとらわれる
ことなく、現実を現実として処理しようとする姿勢
だと思います。

 メルマガの連載を担当させていただいて、数ヵ月
が経とうとしています。本メルマガで紹介している
ハイブリッド戦争や中東欧情勢、大国間政治などは、
いま、そこで起きている現実です。

こうした現実をつぶさに見つめ、日本が歩むべき理
想の国家像や針路を考えていくヒントを、少しでも
提供できているとすれば、これに勝る喜びはありま
せん。

 2020年最後のメルマガは、前回のメルマガで予告
したように、ハンガリーとウクライナの間の関係悪
化を、2018年に発生した「ハイブリッド戦争」の延
長線上に捉えて、報告したいと思います。


▼カルパチア山脈のこちら側はハンガリーのもの?

 まずは、ここで復習をしておきましょう。ウクラ
イナ西部にはザカルパッチャ州があります。複雑な
歴史がありますが、ざっくり話しますと、ここは、
かつては、ハンガリー王国の一部でした。第一次世
界大戦でハンガリーがオーストリア帝国とともに敗
北すると、ザカルパッチャ州は、チェコスロバキア
のものに。やがて、ソ連が当地を併合します。

 こうした経緯から、ザカルパッチャ州は、現在は
ウクライナ領内にありますが、いまでも多くのハン
ガリー系住民が住んでいます。

 ちなみに、「ザカルパッチャ」の「ザ」はロシア
語で「向こう側」という意味です。つまり、ソ連・
ロシアから見て、「カルパチア山脈の向こう側」と
言います。英語表現だと、「トランスカルパチア」
とも言います。

 実はこの名称が重要です。地図をご覧になれば分
かるのですが、カルパチア山脈は、現在のウクライ
ナ領内の西の先っぽを「分断」するように走ってお
り、「カルパチア山脈の向こう側(=西側)」には、
ハンガリーがあります。このカルパチア山脈から
西に広がる盆地は、ハンガリー大平原、カルパチア
盆地とも呼ばれ、すべて、かつては、ハンガリー王
国の版図でした。

 実に、現在のハンガリーは、かつてのハンガリー
王国の3分の1の大きさにまで縮小しているのです。
なぜかというと、第一次世界大戦による敗戦があ
りました。1920年に締結されたトリアノン条約
で、ハンガリーは、領土の大半を喪失するのです。

 トリアノン条約は、ハンガリー国民であれば、タ
クシーのおっちゃんでも知っている常識です。それ
も無理のない話です。偉大なハンガリー王国の領土
を縮小させるようハンガリー人に迫った屈辱の条約
なのですから。

 このようなことから、ハンガリー人のメンタリテ
ィーには、「ザカルパッチャ州はウクライナにある
けど、あそこはもともと自分たちの土地だった。現
在だって、たくさんハンガリー系住民が住んでいる
じゃないか。祖国ハンガリーと政治的・文化的に統
合していきたい」と考えているのです。

 かくしてウクライナのザカルパッチャ州には、K
MKS(ハンガリートランスカルパチア文化協会)
という施設があり、当地のハンガリー人の心のより
どころになっています。

▼2018年「ハイブリッド戦争」

 2017年秋、ウクライナ政府は、新しい教育法
を採択し、教育課程のなかで、ウクライナ語以外の
言語で教育することを禁止しました。背景には、い
つも「ハイブリッド戦争」を仕掛けてくるロシア語
を排除するという狙いがありました。

 これに予想外のところから反発がありました。ハ
ンガリーです。ハンガリー政府は、「ハンガリー系
住民の人権を弾圧するな!」とウクライナ政府に強
く抗議します。このときの首相は、以前のメルマガ
で紹介した、「マジャールを再び偉大に」したいオ
ルバン首相です。

 そして2018年2月、KMKS襲撃事件が発生します。
犯人はポーランドの極右過激民族主義団体構成員の
3人で、彼らを雇ったのは、ドイツ人ジャーナリス
ト。このジャーナリストは、AfD(ドイツのための選
択肢)議員の事務局スタッフを経験しており、とも
に、ロシアのプーチン政権や、プーチンのイデオロ
ーグであるドゥーギンの思想に近い人物でした。

 KMKS襲撃事件は、ウクライナの過激民族主義団体
による犯行に見せかける偽装工作があったことから、
ハンガリー政府はウクライナにおける過激主義の台
頭を強く非難、一気に関係が悪化し、ウクライナの
NATO加盟をハンガリーがずっとブロックする行動に
でます。

 両国間関係を悪化させるよう、メディアキャンペ
ーンを行なったのが、ロシアでした。

 当然、ハンガリー政府は否定していますが、ウク
ライナにしてみれば、「自分たちのNATO加盟を阻止
するハンガリーは怪しい。ロシアとグルなのではな
いか」と疑っています。

▼ウクライナ情報機関

 2020年11月末、ウクライナ情報機関(SBU)が、ザ
カルパッチャ州のKMKS施設の捜査を行ないました。
ウクライナにしてみれば、「ロシアとハンガリーが
結託して、ウクライナ西部のザカルパッチャ州の自
治権を拡大させ、独立させ、ハンガリーに併合させ
ようとしているのではないか」とつねに、疑ってい
るのです。

 それも無理はありません。南部クリミアをロシア
に併合され、東部は勝手に親露派政権を樹立し、今
度は、西部まで……。対ウクライナ「ハイブリッド
戦争」の仕掛け人であるプーチンの元補佐官のスル
コフに関するリーク文書(スルコフ・リークス)の
なかでも、「ザカルパッチャ州分離作戦」がクレム
リンのなかで計画されていたことが明らかになって
います。

 さらに、厄介なのは、今年はトリアノン条約から
100周年で、オルバン首相は、かつてのハンガリーの
偉大さを強調する「大ハンガリー主義」をたびたび
強調し、古い地図をわざとメディアに露出させるな
ど、ザカルパッチャ州も、そもそもカルパチア山脈
のこちら側は、もともとハンガリーのものだったこ
とを示していました。

 SBUによるKMKS捜査に、ハンガリーは猛反発。前回
のセルビア・モンテネグロのように、大使追放合戦
にまでは至っていませんが、引き続きハンガリーは、
「ウクライナのNATO加盟など認められない。認めて
ほしければ、ウクライナ国内のハンガリー系住民の
人権をしっかりと保障するように」とウクライナ政
府に注文をつけています。

 この状態をもっとも喜んでいるのは、誰か。

ロシアです。

ハンガリーがウクライナとの関係を悪化させ続けて
くれれば、ウクライナのNATO加盟は実現せず、
ウクライナをロシアの緩衝地帯にずっとできる。き
っと、プーチンは、このように考えて、クレムリン
で年を越すことでしょう。

▼次回予告―2021年に向けて

 今年のメルマガは、ハンガリー・ウクライナ最新
情勢をお伝えして、終わりにしたいと思います。メ
ルマガで紹介してきた「ハイブリッド戦争」の事例
の数々に、共通していることがあります。

「歴史の復活」です。

 それぞれの国家の政治体制にとって意味のある「
歴史」が「復活」し、対外政策にフル活用されてい
ます。

 2021年は中国共産党が結党して100周年です。記
念すべき2021年に、中国はなにを仕掛けてくるか。
「毛沢東を超えよう」とする習近平国家主席が、毛
沢東が達成できなかった一大事業を仕掛けてくる可
能性は大きいです。

 台湾です。

 中国が台湾併合に乗り出すとすれば、直接的な武
力行使や、軍事力を使用しない「民主的な方法」が
まず考えられますが、これらはどちらも考えにくい
です。前者については、武力不行使原則を謳った国
連憲章違反に明確に該当し、制裁の対象になります。
後者については、蔡英文政権を民主的プロセスで野
党の座に引き下ろすことも、台湾世論を考えれば、
難しい。

 では、どのような手段をとるのか。

「ハイブリッド戦争」です。

 2020年アメリカ大統領選挙を経て、国内に深刻な
分断を抱える「弱いアメリカ」が露呈しているので、
この状況を利用して、中国が台湾に対して「ハイブ
リッド戦争」を仕掛け、中国共産党結党100周年に
あわせ、台湾併合に乗り出す可能性は大いにあるの
です。

 2021年、年明けのメルマガでは、「ハイブリッド
戦争」の総復習をし、続いて、中国国内における
「ハイブリッド戦争」の研究状況、「超限戦」との
違い、国際法との関連、インド太平洋戦略、日本の
防衛政策にいたるまで、「ハイブリッド戦争」の観
点から、「アジアの自由」「日本の生存」について、
皆さんとともに考えていきたいと思います。

 メルマガ開始冒頭に書きました。「ハイブリッド
戦争」について、国民一人一人が正確な理解をする
ことこそが、抑止力の一歩、社会のレジリエンスを
高める一歩だということを。

 今年、メルマガを連載するという機会に恵まれた
ことをうれしく思います。

皆さまにメルマガを読んでいただけたことに感謝い
たします。

 どうぞ良いお年をお迎えください。来年もよろし
くお願いします。


(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in Political
Science with Merit、中央大学大学院法学研究科博
士後期課程修了、博士(政治学)。中央大学法学部
助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)客員準
研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生教育セ
ンター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学研究科
非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―ジョー
ジ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、
2020年)。研究論文に「クリミア併合後の『ハイブ
リッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケドニア、
ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際安全保障』
第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。「アメリカの
ウクライナ政策史―底流する『ロシア要因』」『海
外事情』第67巻、第1号(2019年1月)144-158頁ほか
多数。



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