配信日時 2020/12/23 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(6)】 喧嘩──山下先生はやっぱり日本語が上手ね 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえるドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは6回目です。

ことしの配信は今号が最後です。
年明け最初の配信は6日になります。

さっそくどうぞ。


エンリケ


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新シリーズ!

サムライ先生、日本語を教える(6)

喧嘩──山下先生はやっぱり日本語が上手ね

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

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□はじめに

「アニメをきっかけにして日本への関心を深めた」
という留学生が非常に多いのですが、現在勤務して
いる日本語学校には、「坂口安吾と宮沢賢治が好き
で日本も好きになった」という文学青年もいます。

「覚せい剤中毒だった無頼派と、農耕雨読の理想主
義者とは、ずいぶん両極端な趣味だね」とコメント
したところ、彼の目がキラキラと輝き出しました。

「先生が好きな作家も教えてください」と言われた
ので、とりあえず、マタギを描いた小説『邂逅の森
』(熊谷達也)を推しました。

すると、「それってメルヴィルの『白鯨』みたいな
物語でしょうか?」などと、矢継ぎ早に質問されて
しまいました。

先週は、彼に推薦された『火花』(又吉直樹)とい
う芥川賞受賞作品を読破。今週は、同留学生に続け
て薦められた『流』(東山彰良)を通勤中に読んで
います。

というワケで、教師も学生に感化されて、いろいろ
と勉強しております。


▼「日本」も「目木」もだいたい同じです

 ウズベキスタン人学生は、会話練習には積極的で
、特に雑談を喜んだ。フリートークになると、あれ
やこれやと質問を浴びせてきて、携帯電話で言葉を
調べながら懸命に自論を展開した。

 そういった点はとても模範的だったが、一方では
読み書きが絶望的だった。ひらがなとカタカナを満
足に読める学生は2人くらいしかいなかった。

 そこで私は五十音図を貼り出し、かな文字の復習
をくり返したけれども、その効果は一向にあらわれ
なかった。

 単語もなかなか覚えられない様子だったが、語彙
説明は結構真面目に聞いていた。クラスでいちばん
子どもっぽいブーミンというウズベキスタン人学生
に「交差点って何だ?」とたずねた時、彼は「コー
ヒーを飲むところです」と即答した。

「そりゃあ、喫茶店だよ。さっき、教えただろう?
 交差点とは、道と道が重なるところだ。車がたく
さん走る交差点でコーヒーなんか飲んでいたら、死
んじゃうよ」

 ホワイトボードに「交差点」「喫茶店」の字を書
き並べてみせると、ほかの学生たちが大笑いした。
とはいえ、彼らもどこまでわかっているのか、かな
りアヤしかった。漢字の小テストもお先真っ暗で、
「日本」と書くべきところを「目木」と書いたりし
て、完璧な正解が一つも見当たらなかった。

「漢字には似ている文字がたくさんあるけど、棒が
一本多かったり、少なかったりするだけで、まった
く違う字になっちゃうんだ。だから、正しく覚えな
きゃダメだぜ」

 そうダメ出しすると、「『日本』も『目木』もだ
いたい同じです。80パーセントくらいは正しい。
だから、バツではないのです。前の先生はサンカク
をくれました」などと、口角泡を飛ばす学生もいて
困った。

 また、テストの氏名欄をチェックすると、自分の
名前すらカタカナで書けない学生がいた。

「ギンって誰よ? このクラスにギンって名前の学
生、いなかっただろ?」

「それ、クムシュさんのですね。『クムシュ』はウ
ズベク語で『銀』の意味。だから、クムシュはギン
です。ギンなら書くのが簡単。クムシュは書くの難
しい。それでギンと書いています。クムシュさんは
賢いのです」

 先述のブーミンがクスクスと笑っていった。

「バカヤロウ。テストには本当の名前を書かなきゃ
ダメだ。ニックネームを書いたら0点だぞ!」

 そう怒鳴りつけても、当のクムシュは、「そのテ
スト、全然わからなかったよ。名前を書いても0点
でしょ?」と、落ち着き払ったものだった。

▼えっ、セックスの意味?!

 ところで留学生は、留学前に日本語能力試験5級
レベルを習得しておかねばならないという建前があ
る。5級とは、「日常生活に支障のない読み書きが
できる」程度の学力だ。が、この水準に達している
学生は少なく、外国人観光客程度の語学力しかない
学生がほとんどだった。

 何度教えても「あ」と「お」の識別すらできない
落ちこぼれがひしめいていたのだ。けれど、それを
恥じたり、反省する気配はつゆほども感じられなか
った。

 ただし、できないなりにも勉強熱心な学生はおり
、190センチ以上の大男だったアバロフは、「漢
字の成り立ち」を学ぶのをいつも楽しみにしていた


 たとえば「色」という字には、「後背位でセック
スする男女の姿から生まれた」との字源があるのだ
が、それを話すと彼は「えっ、セックスの意味?!
」と大喜びしてメモをとったりした。「色恋」とか
「色道」といった言葉が示すとおり、色にはカラー
の意味合いだけでなく、濡れごとのニュアンスも多
分に含まれている。アバロフにはそれが衝撃的だっ
たらしい。

 その翌日、「私がアルバイトしているコンビニで
〈色〉の話をしました。でも、店長も日本人のアル
バイトも、セックスの意味を知らなかった!」と、
アバロフは大きな目を見開いて私に報告してきた。
彼はよほどうれしかったのか、足をバタバタさせな
がら大笑いをしていた。

 が、こういうクラスメイトの学習熱にケチをつけ
たがるのが、自己顕示欲の強いルスタムであった。
ルスタムは、勤勉な級友をおちょくっては、クラス
における自分の存在をアピールするようなアマノジ
ャクな一面があったのだ。

▼男のケンカに口を出すな

「ケンカできない男はみっともない」という前時代
的な矜持を持つウズベキスタン人学生らは、時たま
激しい内輪もめを起こした。

 そのいさかいをなだめるには、並みならぬ気力や
体力を要したけれど、私の一喝は、興奮した彼らを
もひるませるだけの声量があった。また、聞きわけ
のない学生は教室から引きずり出して叱ったので、
たいていの騒ぎはすぐに収まった。が、問題は、私
の目の届かぬところでの悶着だった。

 男尊女卑が根強く残っているウズベキスタン人学
生たちは、ケンカで頭に血がのぼると、女性職員の
制止を無視したり、時には彼女らを罵倒したりもし
た。

「女ごときが男のケンカに口を出すな」といった暴
言を、事務の田中さんや女性講師らに反射的に吐い
たのである。

 私の休憩中に起こった殴り合いの一つも、ルスタ
ムがアバロフにちょっかいを出して起こった。大慌
てて駆けつけてみると、ケンカの仲裁に入った田中
さんに対して、ルスタムが「オマエ、うるさい。女
は黙っていろ!」と叫んでいるところだった。

「田中さんにオマエとは何ごとだ!」私は彼の前に
進み出て、声を荒げた。

「オマエという言葉は悪くない。昔は偉い人に使っ
た言葉だと、山下先生は言いました! そうでしょ
?」。ルスタムは悪びれることなく、こしゃくな屁
理屈をこねた。確かに「御前」は、おんまえ、みま
え、ごぜんとも読み、貴人や君主に使う言葉でもあ
った。

「おう、そうか、わかった。じゃあオマエ、オマエ
の母親をここに呼んで来い。そうしたら、オマエの
母親にこう言ってやる。『オマエ、オマエ』と言う
オマエの息子を、オマエの国へ連れて帰れ。オマエ
の息子は、オマエが面倒見ろっての。いいか、オマ
エ! わかったか、オマエ!」

 私が息もつかずに早口でまくしたると、それを聞
いたルスタムは顔を真っ赤にして、黙りこくってし
まった。

 実は、女性べっ視の強いウズベキスタン人でも、
母親という存在は別格のようなのだ。家族を大切に
する彼らにとって、その中核となる母性は絶対的な
地位にあるらしい。「どんなに愛している女性でも
、お母さんが気に入らなければあきらめる」と、ほ
とんどのウズベキスタン人学生が言い切るのだ。

私はそれを逆手にとってやったのである。

 ルスタムと私の舌戦を一部始終見ていたスリラン
カ学生のブラハトが、「山下先生は、やっぱり日本
語が上手ね。すごく速い。すばらしい!」といって
、ガッツポーズをとった。

 遠巻きに見ていたほかの学生らも、大爆笑ととも
に拍手喝采をした。アバロフのパンチを食らって左
目をはらしたルスタムだけが、ブスッとした顔をし
て席に戻った。

「やれ、やれ」と一安心して職員ブースにひき返す
と、後からついてきた田中さんが硬い表情で私の前
に立った。

「山下先生。さっきのは、ずいぶん大人げなかった
ですよ」

 予期せぬ小言にビックリしてしまった。そんなこ
とをいったって、あの状況では仕方なかったではな
いか? そもそも私は、田中さんをかばったつもり
だったのだ。

私は、まったく立つ瀬がなかった。



(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





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