配信日時 2020/12/22 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(17)】「最近のモンテネグロ・セルビア情勢 ―2016年「ハイブリッド戦争」の延長戦―」  志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

近未来の世界の安保、防衛をめぐる課題、問題のすべ
ては中東欧にあらわれている感を持ちます。

中東欧における事象ときちんと向き合い、
そこから自国に活かせるものを抽出できる器量と知
性が、これからの日本人には不可欠でしょうね。

きょうの記事も重要です。
さっそくどうぞ。

エンリケ


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ハイブリッド戦争の時代(17)

最近のモンテネグロ・セルビア情勢
―2016年「ハイブリッド戦争」の延長戦―

志田淳二郎(国際政治学者)

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□はじめに

 皆さん、こんばんは。寒くなってきましたね。お
元気ですか。前回の予告でお伝えした通り、本メル
マガで、何回か紹介した、クリミア後のヨーロッパ
におけるロシアの「ハイブリッド戦争」の延長戦が
、今年の11月から12月はじめにかけて、モンテネグ
ロとウクライナ西部で発生しました。モンテネグロ
では、隣国セルビアとの間で、大使追放合戦にまで
発展しました。ウクライナ西部の問題をめぐっては、
隣国ハンガリーが引き続き、ウクライナに抗議をし、
いつものように、「ウクライナのNATO加盟など認め
られない」と主張しています。

 一体、何が起きたのでしょうか?

本メルマガでは、モンテネグロ・セルビア情勢につ
いてレポートします。


▼2016年「ハイブリッド戦争」のおさらい

 まずは、ここで復習をしておきましょう。セルビ
アとモンテネグロは1つの国でしたが、2006年にモン
テネグロは独立します。NATOに敵対的なセルビアと
は異なり、独立後は、モンテネグロはNATO加盟を目
指します。2014年のウクライナ危機は、モンテネグ
ロ政府にとって、NATO加盟を急がせる一大事件でし
た。

 そうしたなか、2016年10月に4年に一度の議会選挙
が行なわれました。このとき、NATO加盟を目指して
いたジュカノビッチ首相を暗殺し、モンテネグロに
親露派政権を樹立しようとするクーデターが発生し
ました。首謀者は、ロシアの情報機関(GRU)工作員
2名、セルビア人野党政治家指導者2名、セルビア人
民族主義者9名、そしてモンテネグロ人1名の合計14
名でした。

 ロシア政府は、関与を否定していますが、ロシア
の情報機関の支援を受けた現地の過激民族主義者た
ちが、実力を行使して、政権転覆を目指した、クリ
ミア併合とは異なる、ロシアの仕かけた「ハイブリ
ッド戦争」のオペレーションでした。

 結局、このたくらみは失敗に終わり、2017年にモ
ンテネグロはNATOに無事加盟します。この事件をき
っかけに、モンテネグロ政府は、ロシアやセルビア
が関与する「ハイブリッド戦争」への備えの重要性
を教訓とします。

 NATOも、カウンター・ハイブリッド・サポートチ
ーム(CHST)をモンテネグロに派遣します。その目
的は2020年に控えていた議会選挙で、4年前と同じ
ような「ハイブリッド戦争」が遂行されるのを予防
することでした。

▼セルビア正教会問題

 2019年12月27日、モンテネグロ政府は、国内各州
がセルビア正教会の財産を制限・押収することを可
能にする法案を通しました。もともと、セルビアと
1つの国だったモンテネグロ国内には、セルビア正
教会のネットワークがたくさんありました。厄介な
ことに、セルビア正教会のネットワークは、セルビ
ア民族主義団体とのつながりや、セルビア政府の情
報機関とのコネクションが疑われています。

 モンテネグロとしては、表立ってこんなことを言
っていませんが、2019年12月の法案の目的は、国内
にあるセルビア正教会が、セルビアやロシアからの
影響力工作の前線基地として活用されることへの、
強い危機感がありました。

 これにモンテネグロ国内のセルビア系住民やセル
ビア政府が大反対。大規模なデモが発生します。2
020年1月2日には、セルビアの首都ベオグラードの
モンテネグロ大使館前でフーリガンによるデモが発
生します。当日は、ベオグラードで、バスケットボ
ールの試合がありました。レッド・スター(セルビ
ア)とバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)です。試
合の観客のなかには、レッド・スターのサポーター
「Delije」(タフな若者)が多数参加していました。
「Delije」は、セルビア政府や情報機関とのつなが
りが疑われています。
 
 1月12日には、モンテネグロの首都ポドゴリツァ
で1万人規模の反政府デモがありました。
 
 こうしたなか、COVID-19が、モンテネグロを襲い
ます。政府は外出禁止令・集会禁止令などで、
COVID-19に対抗します。

 5月12日、集会禁止を遵守しなかったとして、モ
ンテネグロ国内でセルビア正教会の司祭8人が、当
局に拘束されました。検察は、最大12年の禁固刑を
言い渡します。これはチョットやりすぎですね。

 これに反対するデモがモンテネグロ各地で6月下
旬まで発生します。モンテネグロ政府は、デモが組
織的なものであることから、セルビアやロシア政府
の関与を疑いました。

▼2020年議会選挙

 8月30日、議会選挙が行なわれました。結果、ジュ
カノビッチ首相率いる与党が敗北し、親セルビア派
の新たな連立政権が発足しました。米欧の安全保障
専門家のなかには、NATO加盟国であるモンテネグロ
に、セルビアやロシアの影響力が増大し、同盟の一
体感が内部から揺らぐのではないかと懸念が示され
ています。

 NATOの派遣したCHSTは、議会選挙に際して、セル
ビア発の「ハイブリッド戦争」の報告はしていませ
んが、モンテネグロは、引き続き、セルビアを「デ
モなどを動員し、組織的に選挙干渉した」と疑って
います。

 かくして、モンテネグロ政府は、この不満をセル
ビア側へ伝えます。セルビアはこうした関与を否定。
11月28日、モンテネグロ政府は、セルビア大使を召
還し、「好ましからざる人物」(ペルソナ・ノン・
グラータ)を言い渡しました。対するセルビアもモ
ンテネグロ大使を国外追放に処しました。にわかに、
モンテネグロ・セルビア間での外交的緊張が高まる
結果になりました。

▼次回予告

 皆さん、いかがだったでしょうか。今回の事件は、
メルマガで紹介したモンテネグロにおける2016年
「ハイブリッド戦争」の延長戦として理解できます
ね。

 モンテネグロにおける親セルビア派の政権発足は、
セルビアとの仲が良い中国の浸透工作の増加も意味
します。「バルカンは遠いから関係ない」と日本と
しても他人事ですませることはできません。

 歴史を振りかえりましょう。かつて、バルカン情
勢をめぐって第1次世界大戦が起こりましたね。バ
ルカンを含めた中東欧は、米中パワーシフトの草刈
り場であり、国際秩序を大きく左右する展開軸でも
あるのです。

 次回は、ウクライナ西部情勢を、今回のメルマガ
と同じように、ザカルパッチャ州をめぐる「ハイブ
リッド戦争」の延長戦と捉えながら、レポートしま
す。



(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in Political
Science with Merit、中央大学大学院法学研究科博
士後期課程修了、博士(政治学)。中央大学法学部
助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)客員準
研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生教育セ
ンター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学研究科
非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―ジョー
ジ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、
2020年)。研究論文に「クリミア併合後の『ハイブ
リッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケドニア、
ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際安全保障』
第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。「アメリカの
ウクライナ政策史―底流する『ロシア要因』」『海
外事情』第67巻、第1号(2019年1月)144-158頁ほか
多数。



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