こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえるドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは5回目です。
思わずクスリと、、、
思わず目頭が熱く、、、
なりました。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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新シリーズ!
サムライ先生、日本語を教える(5)
始業──あなたはいい先生だ。ありがとう
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
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□はじめに
カレーにしても、ラーメンにしても、もとは外国料
理ですが、今や国民食となっています。
が、本家からやってきた人たちにすると、「日本の
カレーは味がキツい」とか「日本の中華料理はアブ
ラっこい」といった不満があるようです。
「たいがいは、日本風にアレンジした料理のほうが
マイルドなんじゃないの?」と思いますが……日本
語学校に勤めていると、時どきそんなお国自慢で盛
りあがったりします。
そして、「母国と同じ味が楽しめる」という専門店
を紹介されたりもするのです。
私たちの舌に合うかどうかは別として……「留学
生オススメの本格料理店」をまとめてみるのも面白
いんじゃないか? などと考えている今日このごろ
です。
▼本人は異臭に気づいてないのだろうか?
事務長の金さんは朝鮮系中国人ということもあり、
家ではやたらとニンニク料理を食べているようだっ
た。そのため、私たちはほぼ毎朝、彼の強烈な口臭
に耐えねばならなかった。私が初授業を迎えた朝も、
目の奥までしびれるようなニンニク臭が、新学期の
空気を濁らせていた。
ちなみに、日本語学校にはさまざまな「臭い」が
充満している。西丘日本語学園の上階には学生寮が
あったから、学生らが自炊するウズベキスタン、ベ
トナム、スリランカといった郷土料理の匂いが、朝、
昼、晩と無国籍に漂ってきた。
また、人種的に体臭の強い学生はオーデコロンを
使っていたので、そのドギツイ刺激にも最初はかな
り戸惑った。とはいえ、金さんが放つ加齢臭混じり
のニンニク臭がダントツに凶悪だった。
「これほどの異臭に、本人は気づいてないのだろう
か?」
私は心底、不可解に思っていた。
▼名前と顔を一致させるのにひと苦労
匂いのカオスと同じくらいに面喰ったのが、出席
簿にならんだ外国人の名前であった。カタカナばか
りの羅列を初めて見た時は、本当に目がかすんだ。
とりわけスリランカ人は、ファーストネームとフ
ァミリーネームに加え、宗教や出身に関するミドル
ネームがゴチャゴチャとつくので、フルネームとな
ると30字前後となる学生も少なくなかった。それ
ゆえ、学生1人ひとりの名前と顔を一致させて覚え
るのが、最初の試練になった。
クラスの大半を占めたウズベキスタン人学生は、
全員が男子でイスラム教徒だったが、その3分の1
くらいは飲酒もすれば、豚肉も食べるようだった。
ウズベキスタンは中央アジアに位置するけれど、彼
らの容貌や気質は、東洋よりも西洋に近い。体格が
よく、考え方もイエス・ノーのはっきりした理屈屋
が目立った。
クラスの4分の1ほどいたベトナム人学生らは、
比較的大人しく、イージー・ゴーイングな学生ばか
りだったが、彼らはたいてい居眠りをしていた。
残りのスリランカ人学生たちは、ベトナム人以上
にのんびりした性格で、とりわけ陽気だった。ただ
し、ウソやデタラメを調子よく口にするという困っ
た一面もあった。
▼演劇仕込みの声量で始礼の号令
そんな人種のるつぼでおこなった初めての講義は、
想像した以上に緊張した。本来、1学級の学生数
は20名までなのだが、そのクラスには25名もの
学生が詰め込まれており、たじろぐほどの熱気がこ
もっていたのだ。
「起立! 気をつけ! 礼! 着席!」
演劇でつちかった声量をふり絞って始礼の号令を
かけると、机の上で突っ伏していたベトナム学生ら
はかなりビックリしたようだった。そのうち1人は
慌てて立ちあがり、イスを思いっ切り後ろへ倒して
しまった。
「教科書は? 鉛筆は? 教科書と鉛筆は、学生の
魂だぞ。サムライの刀と同じだ。服を着るのを忘れ
ても、教科書と鉛筆は持ってこなきゃダメだ!」
そんな具合に、まずは手ぶらで来ている学生らを
厳しく注意した。
「サムライ先生。声が大きくて、よく眠れないです」
筋違いな文句をつけてきたウズベキスタン人学生
のルスタムを無視して、携帯電話ゲームで遊んでい
る連中も片っ端からどやした。
「あなたたちは留学生なんだから、まずは勉強しな
さい! 若ければ、何でも覚えられる。おジイさん
やおバアさんになったら、覚えるのは大変だぞ。ゲ
ームなんて、いつでもできる。ゲームは、おジイさ
んやおバアさんになってからしなさい!」
どこまで言葉が通じているのか見当つかなかった
が、私は叱咤を続けた。
「そこ、授業中は帽子をかぶっちゃダメだ! とり
なさい」
「私は今日、髪の毛の形がヘンです。許してくださ
い」
真っ赤なアディダスの帽子をかぶったスリランカ
人学生が、たどたどしい日本語でいいワケをした。
「ダメだ! 髪なんざ、ハゲてから気にしなさい。
今すぐ脱ぐんだ!」と、私は自分の坊主頭を指さし
ながら強くにらみつけた。私自身は、頭頂部の薄毛
が気になり出した30代中ごろから、ずっと丸坊主
に刈りあげていたのだ。
すると、それを聞いていたルスタムが、こらえか
ねたように爆笑した。それにつられて、ほかのウズ
ベキスタン人学生らも大笑いをした。職員の一斉交
代という異常事態にナーバスになっていた学生たち
は、私のがむしゃらなイニシアチブを好意的に迎え
入れてくれたようだった。
その日、授業4コマを無事に終えると、ルスタムが
つっと前へ進み出てうやうやしく一礼した。
「みんな、この学校がどうなるか、とても心配して
いた。でも、山下先生が来たので本当に安心しまし
た。あなたはいい先生だ。ありがとう」
芝居がかったお辞儀する彼に、「調子のいいヤツ
だな」と苦笑すると、ほかのウズベキスタン人学生
が盛大な拍手をし、それをあおるようにスリランカ
人勢も口笛を吹いた。ベトナム人学生らはほおづえ
をつきながらニタニタ笑っていたが、いつの間にか
ルスタムと私のやりとりを携帯電話で撮影しており、
その動画を私に見せつけて親指をピッと立てた。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
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