こんにちは、エンリケです。
<中東欧、とくにハンガリーは国際情勢やパワーバ
ランスをも左右する地政学上の展開軸である>
21世紀の世界を、一歩先ゆく形でつかむための
核心を抉り出したことばといえるでしょう。
この連載を読んでいて、ほんとよかったです!
エンリケ
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ハイブリッド戦争の時代(16)
地政学上の展開軸ハンガリーと
バイデン新政権下のシナリオ
志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに
皆さん、こんばんは。過去2回にわたって、ハン
ガリーの政治情勢についてレポートしてきました。
まず、ハンガリーのオルバーン政権の「非リベラル
民主主義」の特徴をみたあとに、オルバーン政権下
のハンガリーが「一帯一路」に積極的に参加してい
ることを確認しました。
「17+1」という中国と中東欧諸国の経済的枠組
みにもハンガリーが極めて積極的に貢献しているこ
とについても紹介しました。
それでは、「ハンガリーはNATO加盟国であるのに、
こんな状況だ。だとしたら、ハンガリーは、アメリ
カの重要な同盟国の一つではなくなったのか。ハン
ガリーはアメリカを信用しなくなったのか?」とい
う問いが頭のなかに浮かんできます。
この問いについての答えは、ずばり、ハンガリー
は「オバマのアメリカ」には批判的で、「トランプ
のアメリカ」には好意的だった、と答えることがで
きます。
なぜか。それは、すでに何度もお伝えしている通
り、オバマ政権は「ロシア第一主義」の欧州政策を
展開しましたので、そもそも、中東欧諸国の抱えて
いた対ロシア脅威認識を、的確に捉えることができ
ませんでした。中東欧諸国の首都もオバマ政権の政
府高官が訪問することはほとんどなく、中東欧諸国
の首脳との首脳会談もオバマはほとんど開催しませ
んでした。
「アメリカの同盟国を大切にしてくれないなら、
自分の国益を追求する外交を追求する。いいよね?」
ということで、「フリーランス外交」を展開した
のが、ハンガリーで、そのなかの一つの成果が、中
国とハンガリーの経済協力強化でした。
ハンガリーの中国傾斜は、オバマ要因もあったと
いうことです。
そんななか、「アメリカ第一主義」を掲げるトラ
ンプが2017年にアメリカ大統領に就任すると、オル
バーン首相は、トランプの熱烈なサポーターになり
ます。オルバーンも、しばしば、「マジャールを再
び偉大に!」というスローガンを、たびたび演説で
使用しました。マジャールとは、ハンガリー人の民
族を指し、ハンガリー語では、「ハンガリー」を意
味します。
本メルマガでは、オルバーンとトランプの蜜月関
係について考えたあとに、「バイデン新政権」が誕
生した場合の、アメリカの中東欧諸国への政策シナ
リオについて考えたいと思います。
▼オルバーンとトランプの蜜月関係
オルバーン首相は「非リベラル民主主義」という
概念を掲げたことは、2回前のメルマガでお伝えし
ました。なぜ「非リベラル」だったかというと、オ
ルバーンによれば、行き過ぎたリベラリズムによっ
て、キリスト教世界としてのヨーロッパに、イスラ
ム教徒の数が激増し、治安が悪化した、LGBTQ(性
的マイノリティ―)の権利保護を重視するあまり、
男性と女性の結合をベースにする伝統的な家族観が
崩れてしまったわけです。
さらには、EUという超国家的機関が、加盟国内部
の政治状況に対し、改善を要求するという「主権侵
害」のような内政干渉を起こすようになった、とオ
ルバーンは考えたわけです。だから、「リベラル」
はだめで、「非リベラル」こそが、「真の民主主義」
に近づくと何度も繰り返しています。
このように主張するオルバーンは、EUからすれば、
「民主主義を後退させている人物」として批判の的
になっています。日本の報道でも、こうしたEU側の
主張を伝えています。
ですが、ヨーロッパの保守業界では、オルバーン
は「スター的存在」です。たとえば、エドモンド・
バーク財団が定期開催している「国家保守主義会議」
で発言するオルバーン首相は、発言するたびに、
参加者からの拍手喝さいを浴びています。
「アメリカ第一主義」を訴えたトランプ大統領も、
オルバーンを絶賛しています。トランプ大統領は、
中南米系不法移民対策として「メキシコの壁」を建
設するとし、リベラル勢力から何度も叩かれていま
した。
実は、この先例になっていたのが、ハンガリーで
した。シリア内戦の影響で、2015年に中東系移
民・難民が大挙してヨーロッパに押し寄せるヨーロ
ッパ難民危機が起きました。ハンガリーの首都ブダ
ペストは、バルカン方面から中東系移民・難民が押
し寄せ、ドイツへと抜ける中継地点となってしまい
ました。
平穏な日々が、突如「非常事態」になってしまい
ました。オルバーン首相は、すぐさま、「バルカン
の壁」を作り、ハンガリーの治安を守ることを宣言
しました。ハンガリーとセルビア国境に鉄条網を張
りめぐらせ、警官隊も配置し、バルカン・ルートか
ら中東系移民・難民のヨーロッパ流入を防ぎました
。
「バルカンの壁」にEU、とりわけドイツは「人道的
でない」とオルバーンを非難しましたが、ヨーロッ
パの保守勢力は、「ヨーロッパ文明を守っているオ
ルバーンは英雄だ」と、絶賛しました。「メキシコ
の壁」を建設したトランプ大統領もオルバーンを絶
賛しました。2019年5月13日に、ホワイトハウスで
の首脳会談で、トランプはオルバーンを「双子の兄
弟」と表現し、「首相はとてもいい仕事をしてい
る!」と記者団に答えました。
同じ悩みを抱えている者同士の蜜月関係が、こう
して築かれました。
▼ウクライナ・ハンガリー関係悪化とアメリカの仲
介
トランプ・オルバーン政権下で発生したのが、何
度もお伝えしているウクライナ西部のザカルパッチ
ャ州をめぐるロシア発の「ハイブリッド戦争」と、
それにともなうウクライナ・ハンガリー関係の悪化
でした。この出来事をきっかけに、「ハンガリーは
ウクライナのNATO加盟など支持しない」とハンガリ
ー政府は表明するにいたりました。
こうした事態に際し、もちろんNATOの盟主として
のアメリカは仲介に乗り出します。2018年5月、オ
ルバーン首相の外交政策顧問の訪米に際し、ジョン・
ボルトン大統領補佐官(当時)は、今回の一件はウ
クライナのNATO加盟問題と関係ない、としましたが、
ハンガリー側はこうした意見を飲みませんでした。
今度は、A・ウェス・ミッチェル国務次官補(ヨ
ーロッパ・ユーラシア担当)がブダペストを訪問し
ましたが、やはり、ハンガリー側の主張は変わるこ
とはありませんでした。ミッチェルは、前のメルマ
ガ(グランド・バーゲン理論)で紹介した人物でも
あります。ポンペイオ国務長官とハンガリー外相と
の外相会談も開催されましたが、結局、物別れに。
トランプ政権内では、「オバマ政権のときに、ず
っと無視されてきたハンガリーに、いまさらアメリ
カがああだこうだ言っても、うるさいだけだよね」
「地政学的状況から考えてみても、国内のハンガリ
ー系住民を大切にしないウクライナ政府のNATO加盟
は支持したくないよね、分かるよ」というハンガリ
ー側の意見に対する理解もあったことから、アメリ
カの仲介努力は、これで終わりました。
オルバーン首相としては、「上から目線で色々口
出ししてこないトランプ政権はいい政権だ」と考え、
蜜月関係はずっと維持されました。
こうしたこともあり、「不正投票疑惑」で揺れる
2020年アメリカ大統領選の結果に際し、一応、バイ
デンへの祝意をオルバーン首相は表明してはいます
が、本音は、トランプに勝ってほしいという願いが
強いのです。オルバーンがヨーロッパにおける「保
守業界のアイドル」であるのと同じように、トラン
プは、国益を最重視したい世界のすべての国々の指
導者や保守派にとってみては「スター」なのです。
▼「バイデン新政権」発足と中東欧情勢シナリオ
ここまでお読みいただいた読者の方は、「バイデ
ン新政権」発足がオルバーンのハンガリーに与える
影響は、もうお察しですね。
そうです。「ああ、また上から目線で色々言って
くる政権の誕生だよ」とハンガリーは思っています。
「バイデン新政権」が、就任1年目に「民主主義サ
ミット」を開催するとしているのも、無視できませ
ん。バイデンは何度か、世界的な「民主主義の後退
」を懸念する演説のなかで、ハンガリーを、中国、
ロシア、ベラルーシなどと同列で発言したこともあ
り、ハンガリーから強い反発を招いたことがありま
した。
「バイデン新政権」がこうした価値の議論を外交で
持ち出してくれば、「非リベラル民主主義」を実践
するオルバーン政権にしてみれば、「面倒くさい政
権」であること間違いなしです。「面倒くさい政権」
に嫌気がさし、いっそ、中国やロシアとの関係を
強化していこうと思い切った「フリーランス外交」
をハンガリーが展開する可能性も否定できません。
そうなると、ハンガリーを起点とした中東欧情勢
も大きく動くことも予想され、こうした地域情勢の
動揺は、結果的に中国の浸透工作に利する形となり
ます。
前回もお伝えしたように、中東欧、とくにハンガ
リーは国際情勢やパワーバランスをも左右する地政
学上の展開軸であることは、皆さんぜひ理解してほ
しいところです。
▼次回予告
最近、中東欧情勢で無視できない出来事について
の情報に触れる機会がありました。
一つは、さらなるハンガリー・ウクライナ関係の悪
化です。11月末から12月はじめにかけて、ウク
ライナのザカルパッチャ州にあるハンガリー文化協
会に対し、ウクライナ情報機関(SBU)が強制捜
査を行ない、ハンガリー政府が激怒することがあり
ました。これは、メルマガでお伝えした、クリミア
後の「ハイブリッド戦争」の3つ目の事例の延長線
上に位置する出来事です。
もう一つは、11月28日にモンテネグロとセル
ビアがお互いの大使を「好ましからざる人物」とし
て追放する大使追放合戦を行ないました。実は、こ
れも、本メルマガでお伝えした、クリミア後の「ハ
イブリッド戦争」の1つ目の事例の延長線上に位置
する出来事なのです。
日本ではまったく報じられないこれらの出来事に
ついて、随時、「ハイブリッド戦争」の観点から、
解説していきたいと思います。
寒くなってきましたので、皆さんお体をご自愛の
うえ、今後ともよろしくお願いします。
(つづく)
(しだ・じゅんじろう)
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【著者紹介】
志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)
国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。
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