配信日時 2020/12/08 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(15)】米中パワー・シフトの時代のハンガリー  志田淳二郎(国際政治学者)



こんにちは、エンリケです。

じつにいい一文です。

とにかく読んでください


エンリケ


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ハイブリッド戦争の時代(15)

米中パワー・シフトの時代のハンガリー

志田淳二郎(国際政治学者)

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□はじめに

 皆さん、こんばんは。メルマガ軍事情報に登録さ
れている読者の方々は、国際政治や軍事、地政学な
どに強い関心がある方が多いと思います。

 ここで皆さんにお聞きします。

今後の国際政治上のパワーバランスを左右する地域
を、どこか1つ答えてくださいという質問を与えら
れたとしましょう。皆さんは、どの地域を答えます
か?

地政学に関心のある人は、「中東欧!」と答えると
思います。

ご名答です。

 著名な地政学者ハルフォード・マッキンダーは、
「東欧を制する者が、世界を制する」と格言を残し
ています。マッキンダー理論に詳しい方は、きっと
、「中東欧!」と頭のなかで答えが出たと思います。
 
 これは本当にその通りだと思っています。その理
由は、有名な地政学者の理論によるからではなく、
現実の国際政治では、まったくニュースになってい
ませんが、中東欧をめぐる大国間の競争が、熾烈を
深めているからです。

 前回のメルマガでも予告した通り、中東欧、とり
わけハンガリーを起点に近年、影響力を増大させて
いるのが、中国です。ハンガリーもハンガリーで、
中国やロシアをモデルにした「非リベラル民主主義」
の国として歩むことを目指しているので、中国に
対する警戒感は、アメリカの同盟国のなかで、もっ
とも低い国といえます。

 今回のメルマガでは、ハンガリーに触手を伸ばし
ている中国の動向をレポートしていきます。今回の
メルマガを通して、ハンガリーという「ヨーロッパ
の玄関口」からヨーロッパ全体に影響力を及ぼし、
近年、ヨーロッパで、ロシアと並ぶ「ハイブリッド
脅威」として中国が認識されはじめた背景がわかる
ことでしょう。


▼米中パワー・シフトと戦略上の拠点ハンガリー

 中国がヨーロッパに目を向け始めたきっかけは、
ユーラシア大陸の端から端まで結びつける中国主導
のメガ地政学・地経学プロジェクトである「一帯一
路」と深い関係があります。地図をご覧になれば分
かるように、ハンガリーは、アジアとヨーロッパを
結ぶ「玄関口」として、戦略的に重要な場所に位置
しています。

 ハンガリーのオルバーン政権も、中国の一帯一路
への積極的な協力姿勢を示しています。オルバーン
政権は、アメリカのパワーの衰退と中国のパワーの
増大というパワー・シフトの考えに基づき、「これ
からは東側の国が重要だ!」と考え、国内政策とし
て「非リベラル民主主義」を宣言すると同時に、対
外的には、「東方開放政策」を推進します。ロシア、
中国、中央アジアの国々との経済関係強化を目指す
というものです。

 2011年、「第1回 中国・中東欧諸国経済貿
易フォーラム」をハンガリーはホストしました。こ
こで、中東欧諸国(当時は16か国)と中国の関係
強化についての枠組みを作ることで、合意があり、
これが、「16+1」として結実します。「16」
は中東欧、「1」は中国を指します。現在では、こ
れにギリシアが加わり、「17+1」と呼ばれてい
ます。

「17+1」は、2012年以降、毎年、首脳会議
を開催しており、内訳は次の通りです。ポーランド
・ワルシャワ(12年)、ルーマニア・ブカレスト
(13年)、セルビア・ベオグラード(14年)、
中国・蘇州(15年)、ラトビア・リガ(16年)、
ハンガリー・ブダペスト(17年)、ブルガリア・ソ
フィア(18年)、クロアチア・ドブロブニク(19年)。
今年は、北京で大規模なセレモニーを行なう予定で
したが、新型コロナウイルスの感染拡大にともない、
「延期」となり、そのかわりに、今年3月にテレビ
会議方式になり、習近平じきじきで、中国がいかに
コロナを封じ込めたかをレクチャーするという内容
のものになりました。

 このように、「17+1」という枠組みは、米中
パワー・シフトの時代にあって、一帯一路でヨーロ
ッパへ進出したい中国と、経済力のある東側諸国と
関係を強化したいハンガリーの利害が一致した形で、
推進されたものでした。

▼「17+1」は多国間協力枠組みではない!中国
主導の秩序形成の枠組み

 ここで、「中国と中東欧諸国が一緒になって協力
する多国間協力枠組みが『17+1』なのね」と素
直に考えてしまうと、落とし穴があります。近年、
米欧の専門家が指摘しているのですが、「17+1」
は、多国間協力枠組みのように見えますが、本質
的には、中国とハンガリー、中国とセルビア、中国
とギリシア、といったように、中国を起点とする1
7の中東欧諸国との二国間関係の集まりだというこ
とです。

 ですので、米欧の専門家は、「17+1」それ自
体を、中国発の「ハイブリッド脅威」と認識し始め
ています。「17+1」の枠組みを利用して、中国
は、鉄道・港湾・空港などの重要拠点の開発に投資
し、ファーウェイ製品を輸出し、さらには、中東欧
のNATO同盟国に対して、多くの留学生や観光客、研
究者を動員し、浸透工作を試みています。

 コロナショックもあり、中東欧諸国のなかには、
中国を脅威として捉え始めた国もあるにはあるので
すが、ハンガリーのように、どっぷり中国と仲良し
の国は、中国との関係を一層強化しています。ハン
ガリー政府は、中国が開発したワクチンを購入する
予定だと公表している始末です。

▼新たな「3B」?

 その一つの例が、21世紀版の「3B政策」です。
(と私が勝手に命名しているものです)。世界史
に関心がある読者の皆様は、「3B政策」と聞いて
ピンときますね。

 そうです。かつて19世紀の帝国主義の時代に、ド
イツ帝国が大英帝国への対抗上、ベルリン、ビザン
チウム、バグダードを結ぶ鉄道網を整備したことが
ありました。これは、各都市の頭文字をとって、
「3B政策」と呼ばれました。

 21世紀版の「3B政策」は、ずばり、北京(ベ
イジン)、ベオグラード(セルビア)、そしてブダ
ペストです。どういうルートかというと、まず、中
国は、ギリシアのピレウス港までの海洋ルートをす
でに確保しています。そこからセルビアのベオグラ
ードへ向かい、やがてブダペストに到達、その後、
西ヨーロッパへ行く輸送ルートです。

 現在、一帯一路や「17+1」の基幹事業として、
ブダペスト・ベオグラード間の高速鉄道計画が中国
資本で整備が進んでいます。北京~ピレウス~ベオ
グラード~ブダペストは、まさに、かつて、ドイツ
帝国が大英帝国に対抗するために推進した「3B政策」
と重なるものがあります。中国は、ユーラシア大陸
におけるアメリカの影響力をそぎ落とすために、
21世紀版「3B政策」を進めていると、私は分析し
ています。

「3B政策」のルートは、ヨーロッパへ中国発の
「ハイブリッド脅威」が及ぶルートにもなっていま
す。皆さんもぜひ、「17+1」とあわせて、しっか
りと覚えてほしいと思います。

▼America is back? それはトランプ政権のとき!

 このように、中東欧への中国の浸透工作を許した
背景には、アメリカの責任もあります。オバマ政権
が中東欧の頭越しで「ロシア第一主義」をとったこ
とは、すでにメルマガでふれましたね。

 実は、こうした中東欧諸国に、政治的にも軍事的
にもコミットメントを強めたのが、トランプ政権だ
ったのです。トランプ大統領は、中東欧の首脳と頻
繁に首脳会談を開催しましたし、ペンス副大統領や
ポンペイオ国務長官も、相次いで、中東欧の同盟国
の首都を訪問しました。

 2020年大統領選挙で「勝利」したと報じられてい
るバイデン氏は、ツイッター上で、「America is
back」とツイートしました。トランプ政権とは反対
に、「同盟国を重視するぜ!」というメッセージが
あったのですが、ちょっと苦笑してしまいます。

 オバマ政権期の「米露リセット外交」の発案者は
バイデン氏張本人であり、中東欧でアメリカが「不
在」だったのは、オバマ外交の結果でした。トラン
プ政権のときに、「America is back」だったのです。
バイデン氏のツイッターには、強い違和感を感じざ
るをえません。

 いずれにしても、ハンガリーを中心とする中東欧
が、今後の国際政治を左右する地政学上、戦略上、
重要な場所であることがお分かりいただけたかと思
います。

▼次回予告

 次回は、ハンガリーとアメリカの関係を勉強して
いきたいと思います。以前のメルマガで紹介したウ
クライナ西部のザカルパッチャ州における「ハイブ
リッド戦争」のときに、ウクライナのNATO加盟に強
硬に反対したハンガリーが、結果的に、ロシアに利
する行動をしたことは、すでに勉強してきました。

 このとき、トランプ政権も、両国関係改善の仲介
を試みるのですが、ハンガリーと交渉したアメリカ
政府高官も、「まあ確かに、オバマ前政権のときに
相手にされなかったアメリカから色々言われても困
るよね。気持ち分かるよ」という感じで、ウクライ
ナのNATO加盟を妨害するなと強く言えなかったエピ
ソードなども紹介したいと思います。

 また、トランプ大統領とオルバーン首相が「似た
者同士」であること、彼らの言っていることは、行
き過ぎたリベラリズムやグローバリズムの影響にさ
らされている私たち日本人にとっても、理解できる
点があることについても指摘していきたいと思いま
す。

 私がハンガリー情勢の連載を通して皆さんにお伝
えしたいことは、「ポリコレの観点から、一方を悪
者と決めつけないこと」「現実はそんなに単純では
ないこと」、そして「歴史は本当に大切であること」
です。今後も、どうぞよろしくお願いします




(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。




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