こんにちは。エンリケです。
「すぐそこにある国際情勢」を
味わえるドラマになりそうなものがたり。
「サムライ先生、日本語を教える」
きょうは3回目です。
ワクワクします!
さっそくどうぞ。
エンリケ
ご意見・ご感想・ご要望はこちらからどうぞ。
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新シリーズ!
サムライ先生、日本語を教える(3)
始動──しばらくはオレの天下かも……
山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)
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□はじめに
今年の冬は、暖かいのでしょうか? 昨今の気候は、
どうも予測がつきません。
私の武術道場はとても小さいのですが、他道場の師
範など、門派にとらわれない求道者が集って、毎週
稽古に励んでいます。
抗がん剤治療でフラフラの高齢者も随時休憩をとり
ながら練習に参加。「誰しも限られた人生。一歩で
も先に進みたいのです」という彼の胆力に、こちら
こそ、色いろと学んでいます。
コロナ・ヒステリーで、大きく国が傾きつつあるこ
のごろ。日常を犠牲にした御身大事が、本当に豊か
な人生や社会をまねくのか? 我われは今一度、お
のれの死生観を問い直すべきではないでしょうか。
日本語学校の留学生とも、時どきそんな雑談をして
います。
▼主任は月末までに送り込みます
日本語学校は、 出入国在留管理庁の定める「日
本語教育機関の告示基準」に従って運営しなければ
ならない。告示基準には、教室の広さやクラスの定
員、授業時間数といった細かい規定も書いてある。
詳しい話ははしょるけれども、「専任教員が1人」
という状況は、明らかにこの告示基準違反だった。
当然、本部に問い合わせてみたが、「申し訳ない
んですけどね、しょうがないんですよ。私たちだっ
て困ってるんですから」と、採用面接で顔を合わせ
た行政書士に逆ギレされてしまった。
しかし、教務主任すら不在という現状はさすがに
マズいと考えているらしく、「主任は月末までに送
り込みますから」となだめられた。その実、それか
ら半年近くも教員補充がなかったのだが、この時点
では「よし、しばらくはオレの天下ってことだな」
と、気楽に考えることにした。
また、たった1人残された事務員の田中さんが、
手とり足とり助言をくれたので、仕事は少しずつ前
進させることができた。その田中さんはまだ20代
の若さでまことに愛くるしく、細身ながらも非常に
タフだった。思ったことをズバッと口にする明朗さ
があり、頼りがいがあって、唯一の救いになってい
った。
▼あっ、金と申します
5日目の朝一番、業務スケジュールについて田中
さんの指示を求めた。
「出席簿の準備とかは私がやるから、山下先生は授
業計画を立てたらどうですか? 私の手があいたら、
校内の案内をしますんで」
彼女はそういったせつな、「あっ」と手をたたいた。
「そういえば今日、新しい事務長が来るんだっけ?
だとしたら、校内を回るのは、事務長と一緒のほ
うがいいな。うん、そうしましょう」
「事務長?」
私が首をかしげると、田中さんは後任の事務長に
ついて手短に話してくれた。事務長とは、事務方を
統括する局長なのだが、新顔の事務長は金さんとい
う中国人で、いくつかの日本語学校を切り盛りして
きたやり手らしい。この業界では顔も広く、西丘日
本語学園改革のキーマンとして、社長もたいへん期
待しているという話だった。
「へぇ。本部は、事務方から足場を固めようという
計画なんだな」
田中さんの話を聞いて、私は少し安心した。
その日の午後、慣れない手つきで授業スケジュー
ルを作成していると、ハイテンションにまくしたて
る赤ら顔の中国人が現れた。
「おう、おう、素晴らしい学校でしゅねぇ! じぇ
いたくですよ、じぇいたく! あっ、金と申します。
こんにちはぁ!」
彼は、古いマンガに登場する「声のかん高い、猪
突猛進型の中国人」のイメージそのままのキャラク
ターで、朝鮮族の出身なのだとアピールした。
「私ね、満州のまずしい家で育ちましたから、留学
生時代は苦労しましたよ。でもね、今の学生は甘や
かされてるでしょ? ダメでしゅよ! そうでしょ
う?」と、相好をくずしてまくしたてた。私と田中
さんが自己紹介しても、まったく聞いていない様子
だった。
中国語はいうにおよばず、コリア語も自在だとい
う金さんは、ちょっとしたメモにはハングル文字を
使用していた。それに気づき、「中国語じゃなくて、
ハングルを使うんですね?」と聞くと、「それ、
常識でしょ?」と、なぜか私を哀れむような目で見
た。
▼はじめまして。ルスタムといいます
さて、田中さんの先導で教室や上階の学生寮を視
察したところ、思った以上にボロい校舎だというこ
とが判明した。教室は合計5室。3人がけの長机と
イスがならんでおり、各部屋の広さは結構あったが、
エアコンや換気設備が故障していたり、電気コー
ドをつなぐ差し込み口が半分くらい欠損していた。
上階の学生寮は作りかけの建築現場みたいな安普
請で、床はおぞましいほどに汚れていた。各室2人
から4人のドミトリーなのだが、部屋にはベッドが
置かれているのみで、勉強机を置くようなスペース
は皆無だ。むろん、共用の自習室もなく、本当に寝
るためだけの施設に思えた。
また、シャワー室には放置された公衆便所のごと
き異臭が漂っており、トイレはタバコの吸殻が散乱
し、洋式便器の便座が半分くらいなくなっていた。
「じぇいたくですねぇ、じぇいたく! 学生にはも
ったいない環境ですよ」。上機嫌でホメたたえる金
さんをしり目に、私はヌルヌルとした床の上を注意
深く歩いていた。あまりの不潔さに気分が悪くなっ
たが、田中さんはそれに慣れている様子だった。
「ゴミ捨てや掃除は、有志の学生にアルバイトでお
願いしてるんです。でも、いい加減でダメなんです
よね。『清掃業者に頼もうか?』って話も出ている
んですけど」。田中さんは、そういって顔をしかめ
た。
入学した学生は最低6か月間、学校の寮に入るこ
とが義務づけられているという。現在は全学生が入
寮しているが、そろそろ自分でアパートを借りて引
っ越す学生が出てくるはずだ……と、田中さんは説
明した。
生ゴミの散乱する共同キッチンからチャバネゴキ
ブリがはい出し、何匹も足下でうごめいていた。私
は田中さんから見えぬように、虫を踏みつぶして歩
いた。すると不意に「私たちの友達を殺さないでく
ださい。死んだらゴミがまた増えます」という、妙
にくぐもった高い声がした。
通路の先には、腰にバスタオルを巻いただけの青
年がいたずらっぽい笑みを浮かべて立っていた。背
はさほど高くなく、体格はがっしりしていた。トム
・クルーズに似た西洋系の顔立ちで、シャワーを浴
びたばかりの黒い髪はビショビショだった。
「はじめまして。ルスタムといいます。ウズベキス
タン人です」。彼はからかうような口ぶりで、バカ
丁寧に頭を下げた。私はこの時、ウズベキスタンと
いう中央アジアの国をほとんど知らなかった。
「たしか、ルーマニアのとなりにある国だよな?」
いい加減な世界地図が、頭の中に広がっていた。
▼ゴミをもらう、それは横領罪です
「ちょっとアナタ。その掃除機、どうしたのっ!」
田中さんの目線は、壁に立てかけてある古い掃除機
に向けられていた。
ルスタムと名乗ったウズベキスタン人学生は、そ
れに手を伸ばしたところだった。彼はムッとした目
つきで、「アルバイトにいく時、ゴミ捨て場で拾っ
た。私の部屋の掃除で使う」と、ぶっきらぼうに返
事した。
それを聞くなり金さんが割り込み、「それ、ドロ
ボーだよ! 警察につかまりましゅよ」と一喝した。
ルスタムは野ザルのようなけわしい表情で金さん
をにらみ返した。
「ゴミをもらう、それは横領罪です。ドロボーと同
じになる。でも、ゴミを捨てた人が、あなたにあげ
ます、といえば、大丈夫だ。あなたはそれを聞きま
したか?」
私が日本語教師として外国人に話しかけたのは、こ
の時が初めてだった。ルスタムは無遠慮に私を見つ
めたが、プイッと目をそらすと自室に入っていって
しまった。
バタンと閉まったドアを指さした田中さんは、「は
ぁ」とため息をついた。
「授業料や寮費の取りたてが急に厳しくなったんで、
学生たちはみんなカリカリしてるんですよ。前の
先生たちも突然いなくなって、ちょっとかわいそう
なんですけどね。でも、あのルスタムはかなりの問
題児ですよ。山下先生、注意してください」。田中
さんはそう言うと、再び歩き出した。
最後に屋上のコインランドリーを覗き、吹きさら
しの床にバーベルや鉄アレイが転がっているのをな
がめた。それらは運動不足を感じたウズベキスタン
人学生らが、やはりどこからか拾ってきて、勝手に
置いたものなのだそうだ。
そうして、校内一周は5分もかからずに終了した
。
職員ブースに戻ってくると、金さんがいきなり
「ヨシッ。掃除をしましょ! 先生がたの机とか、
本棚とかを、じぇーんぶ動かします。ここを新しく
しますよ」と宣言した。大掃除によって、停滞した
現場の空気を改めようというだろうか?
なるほど。3人しかいない職員が手始めにする共
同作業としては、確かに打ってつけのような気がし
た。
田中さんの提案で、まずは各教室の床からキレイ
にすることとした。となると、ずっと使われていな
かったカーペット敷きの第5教室が問題だった。学
校備品に、掃除機がなかったからである。
すると、金さんが上を指さしながら私に言った。
「山下先生。さっきの学生から掃除機を借りてきて
くだしゃい」
金さんに言われずとも、ルスタムが拾ってきた掃
除機のことは頭に浮かんでいた。が、横領罪をとが
めた手前、「それを貸してくれ」と願い出るのはき
まりが悪かった。
どこからとり出したのか、真新しいタオルを頭に
巻いた金さんは、すでに机を動かし始めていた。そ
の勢いに負け、私はすごすごと寮へとひき返し、ベ
ッドに寝転んでいたルスタムに話しかけた。
「あの掃除機、どうしました?」
「わかっている。あとで捨てます。問題ない」彼は
いじっていたケイタイから目をそらさずに返事した
。
「いや、次から気をつける。それでオッケーだよ」
「えっ? 次から? なぜ?」彼は顔をあげて、い
ぶかしげに私を見た。
「ホラ、大事に使えば、掃除機も喜ぶだろう? 今
回は返さないでいい。みんなで大事に使おう」
しどろもどろに言う私から、ルスタムは目を離さな
かった。
「でさ、その掃除機を、いま、貸してくれないかな?」
それを聞いたルスタムは、ベッドの上にケイタイを
投げ置き、黙ったまま非常階段わきへと私を連れて
いった。そこには、車輪の欠けた先ほどの小汚い掃
除機が置いてあった。
(つづく)
(やました・ともお)
【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。
≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術
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