こんにちは、エンリケです。
「ハイブリッド戦争の時代」の十三回目です。
ちなみにわたしは、「リテラシー」ということばを
「一見しただけではわからないもの・ことの真実・
キモを見抜くための知識、知恵」という感じで理解
把握してます。会計リテラシーとかインテリジェン
スリテラシーとかがそうですね。
この連載を読むようになって、国際状況の見えなか
ったところがあれこれ見えるようになっています。
思うのです。この連載が伝えているのは、単なる
「知られざる欧州事情」ではありません。「インテ
リジェンスリテラシー」そのものなのです。
さっそくどうぞ
エンリケ
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ハイブリッド戦争の時代(13)
ウクライナ西部における「ハイブリッド戦争」(後
編)
志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに
皆さん、こんばんは。前回のメルマガでは、ウク
ライナ西部ザカルパッチャ州をめぐって、ウクライ
ナとハンガリー両国関係が急速に悪化していくプロ
セスを学んできました。
前回学んだことを、簡単に復習しておきましょう。
ザカルパッチャ州には10万人以上のハンガリー系住
民が住んでいます。2017年にウクライナ政府が、新
しい教育法を採択すると、これにハンガリー政府が
「ウクライナ領内の同胞が人権侵害を受けている!」
と強く反発しました。
やがて、ザカルパッチャ州のハンガリー総領事館
が、当地の同胞に対しパスポートを発給したという
情報が、何者かによってリークされ、この「パスポ
ート・スキャンダル」をめぐって、今度はウクライ
ナが、ハンガリーに対して強く反発します。
こうしたなかで、ザカルパッチャ州にあるハンガ
リー文化協会(KMKS)が何者かによって襲撃される
事件が2018年2月に二度も発生しました。
NATOに加盟しているハンガリーは「ザカルパッチ
ャ州におけるハンガリー系住民の問題が解決されな
いかぎり、ハンガリーはウクライナのNATO加盟を支
持しない」という立場をとりました。現在も、両国
関係は改善していません。
さて、ここまで見てくると、マケドニアのNATO加
盟を阻止してきたギリシア(NATO加盟国)という
「北マケドニア」の事例と似ていますね。このとき
は、ロシアがギリシアとマケドニア両国の反NATO派
に関与し、「継続的に機能する前線」をつくりだし
ていました。
では、今回のケースはどうでしょうか? 結論を
先取りしておくと、「北マケドニア」の事例に比べ
て、ワンクッションおいたロシア側のオペレーショ
ンだったと見られています。
どういうことなのでしょうか? 実は、ロシアの
情報機関が直接手を下したわけではなく、プーチン
のロシアにシンパシーを覚えるポーランド人の過激
派が、KMKSを物理的に襲撃したのです。さあ、詳し
くみていきましょう。今日のメルマガは、少々長い
ですが、ご容赦ください!
▼3人のポーランド人―「ファランガ」構成員の暗
躍
ウクライナのNATO加盟に直接影響が及ぶハンガリ
ー・ウクライナの関係悪化は、直接的にはウクライ
ナの新しい教育法採択によるものでしたが、2018年
2月のKMKS襲撃事件を受けたハンガリーが、ザカル
パッチャ州のハンガリー系住民の地位をめぐるウク
ライナの言語政策に、ますます敏感になり始めたと
考えるのが適切でしょう。
2019年1月、ポーランドとドイツの司法当局は、
ドイツ人ジャーナリスト、マヌエル・オクセンライ
ターと彼に雇われた3人のポーランド人が、あたか
もウクライナの過激民族主義者が仕掛けたように工
作し、KMKS襲撃事件に関与していたことを発表しま
した。
1000ポーランドズウォティ(約260米ドル)でオ
クセンライターに雇われた3人のポーランド人、通
称「ミカエル・P」、「エイドリアン・M」、「トマ
ス・Sh」は、ポーランドの極右政治勢力「ファラン
ガ」の構成員でした。「ファランガ」とは、英語で
「ファランクス」を意味し、反米、反NATO、そして
プーチン礼賛の集団です。
「ミカエル・P」は、ポーランドのほかの極右政
治勢力「ズミアナ」とも関係のある人物でした。
「ズミアナ」の創設者の1人メテウス・ピスコルスキ
ーは、ロシアのクリミア併合の住民投票の「オブザ
ーバー」として現地入りしていた人物で、2015年に
は逮捕歴があります。「ミカエル・P」は、ワルシャ
ワのウクライナ大使館前で、親露派ウクライナ人団
体「ウクライナ委員会」の構成員とともに、反ウク
ライナデモを行っていた人物でした。
「トマス・Sh」は、プーチンの地政戦略を、思
想的・理論的に支えたといわれているアレクサンダ
ー・ドゥーギンのインタビュー記事を、「ファラン
ガ」のサイト「Xポータル」に掲載するなどの活動
をしていました。彼のフェイスブックのプロフィー
ル画像には、ナチスのシンボルが描かれるなど、ネ
オナチ思想の持主です。
彼らが所属する「ファランガ」の構成員のなかに
は、ウクライナ東部の分離主義勢力の側に立ち、ウ
クライナ政府軍と戦闘をする者が多くいます。また、
「ウクライナの過激民族主義者たちの動向をパト
ロールする」という名目で、「ファランガ」構成員
は、軽機関銃などで武装し、ポーランド・ウクライ
ナ国境付近で、実際にパトロール活動をしています
。
ドイツとポーランド当局によれば、KMKS襲撃(2月
4日)に彼ら3人が直接関与しており、襲撃現場にナ
チの鍵十字やネオナチのシンボル「88」――「ハイ
ル・ヒトラー」を指すコード――を書き残し、襲撃
があたかもウクライナの過激民族主義者によるもの
に見せかける工作を施していたことが発覚しました。
ちなみに、二度目のKMKS襲撃(2月27日)は、ウクラ
イナ人による犯行だったようです。
▼「ファランガ」を指揮したドイツ人
「ファランガ」に所属する3人のポーランド人を
指揮したのが、ドイツ人ジャーナリストのオクセン
ライターでした。彼は、ドイツにおける極右雑誌Z
uerst!(First!の意味、2010年1月創刊)編集長で
あり、ドイツの右翼政党AfD(ドイツのための選択
肢)所属のマルクス・フローンマイヤー議員(連邦
議会)事務所スタッフも兼職しており、ロシア・ト
ゥデイなどのロシアの主要メディアのインタビュー
にも、たびたび応じていた人物です。
オクセンライターもネオナチ思想の持ち主で、ウ
クライナ東部の分離主義勢力支持を表明しており、
ロシアのクリミア併合は、かつての東西ドイツ統一
(1990年10月)と似ているとも発言するなど、プー
チンの一連の行動を擁護する発言を繰り返してきた
ジャーナリストでした。
彼が仕えたフローンマイヤー議員もロシアとの関
係が指定されている人物です。2019年4月、ドイツ
の『シュピーゲル』誌は、ロシアの反体制派ミハイ
ル・ホドルコフスキーが出資するウェブサイトの情
報を基に、2017年にドイツ連邦議会議員に初当選し
たAfD所属のフローンマイヤー議員とロシアのつな
がりについて報じました。
連邦議会選挙前の2017年4月の時点で、出所は不
明ですが、ロシア大統領府に「当選する可能性が高
いフローンマイヤー候補を支援すれば利益になる」、
「完全に当方の統制下に置かれた議員を連邦議会に
送り込める」旨の報告がなされていたという情報が
あります。フローンマイヤーは、クリミアのウクラ
イナへの返還はあり得ず、誰もがこれを受け入れる
べきと言明したことで知られている人物でした。
▼ちらつくロシアの影
ハンガリーとウクライナの関係が悪化し、ウクラ
イナのNATO加盟の道が遠のくことで、戦略的利益を
得るのはロシアであることは言うまでもありません。
KMKS襲撃事件の首謀者オクセンライターは、ロシア
の情報機関からの指示で動いていた可能性があるこ
とから、ポーランド当局は、オクセンライターとロ
シアの情報機関の関係を捜査中とのことです。
ウクライナの情報機関(SBU)は、KMKS襲撃に関与
したポーランド人3人、ドイツ人ジャーナリスト1人
の背後には、ロシアの情報機関、具体的には旧KGB系
のFSB(連邦保安庁)の関与があったとほぼ確定して
いるとの見方を示しています。
このように、現地の過激派をプロキシー(代理人)
として使用するという、ワンクッションおいたロシ
アのオペレーションが、ウクライナ西部で展開され
たことが分かります。
もちろん、ロシアは「知らぬ存ぜぬ」という態度
なのですが、ロシアの直接的関与を証明する文書が、
4年前にリークされました。ロシアの対ウクライナ
「ハイブリッド戦争」に関する大量の文書がインタ
ーネット上で公開されたのです。
▼「スルコフ・リークス」
2016年から2017年にかけて、インターネット上で、
プーチン大統領の補佐官(当時)ウラジスラフ・ス
ルコフに関係する大量のメールが公開されました。
これを手がけたのは、ウクライナの愛国主義ハッカ
ー集団「サイバー・アライアンス」でした。
ハッキングを受け、インターネット上で公開された
関連文書は、「スルコフ・リークス」と呼ばれ、欧
米の安保専門家や情報機関は、同文書の分析にすぐ
さま取りかかりました。
「スルコフ・リークス」には、「ウクライナ政情不
安定化・議会解散占拠計画」――通称「シャトゥン
計画」――と「ザカルパッチャ連邦化計画」が含ま
れていました。「スルコフ・リークス」には、ザカ
ルパッチャ州に居住するハンガリー人やルーマニア
人などの分離運動・自治権獲得運動を創出し、ウク
ライナで少数民族に対するジェノサイドが起こって
いるという虚偽情報を国際会議やメディアを通して
拡散し、ハンガリーの右翼政党やルーマニアの政治
家を焚きつけて同胞保護を名目に、両国をザカルパ
ッチャ問題に介入させるというシナリオが描かれて
いました――2016年11月から2017年3月までにオペレ
ーションをする予定だったことも明らかになりまし
た――。
ロシア政府は、「スルコフ・リークス」を「フェイ
ク」だと一蹴しています。たしかに、「スルコフ・
リークス」の文書が、信頼に足るものであるかは、
ある程度、疑ってかかる必要はあります。文書の信
憑性は、これからも調査が進むことでしょうが、
「スルコフ・リークス」が、かりに信じるに足る文
書であるとするなら、ロシアは、ウクライナ西部の
ザカルパッチャ州を、戦略的に捉えていたことは、
断言できます。
ウクライナにおける新たな教育法採択、KMKS襲撃
事件、「パスポート・スキャンダル」をめぐって、
ロシアの目論見通りに、ハンガリーがこの論争に介
入し、ウクライナとの関係を著しく悪化させたわけ
ですから。
ウクライナの「マイダン」派(EU市民派)が嘆い
ているように、ハンガリーは、意図せず、ロシアの
虚偽情報の武器となってしまったのです。
私は、モンテネグロ、北マケドニア、そしてザカ
ルパッチャ州の事例を研究した結果、こう、考えて
います。前者2つの事例と3番目の事例の違いは、直
接的な目に見えるロシアの関与の有無であることは、
皆さん分かると思います。ただ、実際に、直接的な
目に見えるロシアの関与が観察できないからといっ
て、ザカルパッチャ州の出来事に、ロシアが無関係
であるとは言えません。
たしかに、ロシアの直接的な関与は、現段階では
断定できませんが、ロシアの行動や思想に感化され、
ロシアのシンパとなる過激派が当地にいて、彼らが
ロシアに利するような行動を起こせば、そこには、
ロシアの間接的な影響力行使があったと考えられ
るでしょう。そして、彼らをロシアのプロキシー
(代理人)と考えても、問題ないと考えます。犯行
に及んだポーランド人にしろ、ドイツ人ジャーナリ
スト、彼が仕えていた政治家にしろ、ロシアと「ず
ぶずぶ」な関係にあったことは、すでに述べた通り
です。
▼次回予告
というわけで、クリミア型の「ハイブリッド戦争」
のオペレーションよりも、ますます「グレー」な
「ハイブリッド戦争」の展開を、モンテネグロ、北
マケドニア、そしてザカルパッチャ州の諸事例を手
がかりに、学習してきました。
さて、次回は何を学習するかというと、ずばり、
「ハンガリー政治情勢」です。ハンガリーは、東欧
革命を真っ先に達成し、NATO、EUに加盟するなど、
「東欧の優等生」といわれていた国の一つです。
皆さん、ここでおかしいと思いませんか?「あれ、
親欧米派の国だったら、ハンガリーはウクライナの
NATO加盟は支持するはずなのに、なぜ、こんなにも
強硬に反対しているのか」と。
そうなんです。ここにパズルがあります。実は、
現在のハンガリーは、オルバーン政権の下で、「非
リベラル民主主義」(イ・リベラル・デモクラシー)
を実践している国なのです。「ハンガリーは民主主
義が後退している。非リベラルだ!」とリベラル勢
力から攻撃されているのではなく、オルバーン首相
自らが、「ハンガリーは、非リベラル民主主義の国
として歩んでいく」と公言しているのです。
こうした背景もあり、ザカルパッチャ州をめぐる
ハンガリー系住民の地位をめぐって、ウクライナと
ハンガリーは、いとも簡単に、悪化し、ロシア発の
「ハイブリッド戦争」の「武器」となってしまった
のです。
ということで、来週は「ハンガリー政治情勢」に
ついて学んでいきましょう!
(つづく)
(しだ・じゅんじろう)
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【著者紹介】
志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)
国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。
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(代表・エンリケ航海王子)
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