配信日時 2020/11/03 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(12)】ウクライナ西部における「ハイブリッド戦争」(後編)  志田淳二郎(国際政治学者)



こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の十二回目です。

民族対立激化の背後には、
「意図的な何か」があると見たほうがいいようです。


さっそくどうぞ


エンリケ


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新シリーズ!

ハイブリッド戦争の時代(12)

ウクライナ西部における「ハイブリッド戦争」(後
編)


志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに

 皆さん、こんばんは。前回からは、ウクライナ西
部における「ハイブリッド戦争」についての学習を
はじめました。前回のメルマガでは、とにかく、ウ
クライナのNATO加盟が、ロシアにとっては、最悪の
シナリオであることが分かったかと思います。

 ウクライナのNATO加盟を阻止することは、ロシア
にとっては、安全保障上の至上命題です。しかし、
こうした動きを止めるために、軍事力を公然とは行
使できません。

 そこで、2014年には、「クリミア型」の「ハイブ
リッド戦争」のオペレーションを行いました。とこ
ろが、幸か不幸か、ウクライナや西側諸国は、「ク
リミア型」の「ハイブリッド戦争」の研究を蓄積し
ており、再度、同様のオペレーションを、ウクライ
ナにしかけることはできません。

 そんななか、ロシアにとってみれば、「継続的に
機能する前線」を作り出せる場所が、ウクライナに
あったのです。それが、ウクライナ西部のザカルパ
ッチャ州という場所であることは、前回、指摘しま
した。

 今回のメルマガでは、このザカルパッチャ州をめ
ぐって、ウクライナと、隣国ハンガリー(NATO加盟
国)の関係が急速に悪化していった事例を紹介しま
す。この事例の背後に、ロシアがいることは、皆さ
ん、すでに察していると思いますが、ロシアの影響
については、メルマガ後編で紹介します。

 それでは、まず、ザカルパッチャ州とはどういう
ところなのか、についてから学んでいきましょう!


▼ザカルパッチャ州について

 現在、ハンガリー国境に接するウクライナ西部の
ザカルパッチャ州は、複雑な歴史を持っています。
もともと、ザカルパッチャ州は、オーストリア=ハ
ンガリー帝国の一部でしたが、第一次世界大戦後の
オーストリア=ハンガリー帝国の解体によって独立
したチェコスロバキアの領域に組み込まれました。

 やがて第二次世界大戦が発生し、独ソ戦終了後の
1945年6月29日、ソ連は、チェコスロバキアとの条
約により、ザカルパッチャ州を獲得します。その後、
1946年1月22日、当地をソ連の連邦構成共和国であ
ったウクライナに編入しました。

うーん、実に複雑です(笑)。ですが、バルカンの
複雑な歴史を学ばれてきた皆さんですから、バルカ
ンの事例に比べれば、そこまで複雑ではないかもし
れませんね。

 こうした経緯から、現在でも、ザカルパッチャ州
には10万人以上のハンガリー系住民が暮らしていま
す。

 そんななか、ウクライナで新たな動きが起こりま
す。ウクライナ議会は、新しい教育法を採択したの
です。

▼ウクライナ新しい教育法を採択

 2017年9月5日、ウクライナ議会は新しい教育法を
採択し、中等教育以降の教育現場で使用する言語は
ウクライナ語に統一することを決定しました。2014
年以降、ロシアが実質的に関与するウクライナ危機
を経験しているキエフ政府としては、ウクライナ語
のみを使用する中等教育を徹底することで、ウクラ
イナ社会の一体性を維持したい理由がありました。

 新しい教育法は、主として、中等教育以降のロシ
ア語の排除を企図したものでしたが、ウクライナの
法整備に、ザカルパッチャ州に多くの在外同胞を抱
えるハンガリー政府が、「ハンガリー系住民の権利
を侵害している」とウクライナに強く抗議し始めま
した。

 これは、ウクライナ政府が予想していなかった動
きでした。

▼二度の襲撃事件の発生

 ウクライナの新しい教育法採択とザカルパッチャ
州のハンガリー系住民の権利をめぐり、ハンガリー
とウクライナの関係は悪化の一途をたどりました。
私は、当時、ハンガリーの中央ヨーロッパ大学とい
うところで留学をしており、中央ヨーロッパ大学が
主催する研究会に参加していました。(2017年11月
下旬に開催したものです)

 その研究会のテーマは「ウクライナにおける、ウ
クライナのための戦い」というもので、ウクライナ
危機がヨーロッパの安全保障秩序に及ぼす影響を、
研究者や外交官が討論する、というものでした。

 ところが、ハンガリーとウクライナの政府関係者
が、研究会の最中、新しい教育法をめぐって、おた
がいをののしり合う口論をはじめてしまったのです。
お互いが履いている革靴を床に叩きつけながら、非
難の応酬を繰り広げていたことを、鮮明に覚えてい
ます。

 ハンガリーの元外務大臣で中央ヨーロッパ大学の
ペーター・バラージュ教授が、「お互い敬意をもっ
て議論するように。これは私のゼミナールでの指導
方針でもあります」と非難合戦を止めるよう仲裁に
入り、双方を叱責したほどでした。彼の毅然とした
態度に、両国関係者は、気持ちをおさめ、その後は、
滞りなく、研究会は進みました。教授の毅然とした
姿に、心を動かされるものがありました。

 さて、そうしたなか、2018年2月、ザカルパッチャ
州のトランスカルパチア・ハンガリー文化協会(KM
KS)が、何者かに襲撃される事件が二度発生しまし
た。

 一度目の襲撃(2月4日)では、KMKSの建物の窓に
火炎瓶が投げ込まれ、二度目の襲撃(2月27日)で
も数名の人物が爆発物をKMKSの建物の窓付近に設置
し、爆発により、1階のフロア25平方メートルが焼
失する事件が発生したのです。

 事件発生当初、犯行グループの全貌は浮かび上が
って来ず、KMKSへの二度目の襲撃を受け、ハンガリ
ー外務省はウクライナ大使を召還し、ウクライナに
おける過激主義の台頭を厳重注意しました。

 なぜ、「ウクライナにおける過激主義」なのかと
いうと、ウクライナ西部は、独ソ戦の最中に、スタ
ーリン体制への反発から、ウクライナ民族主義者が
多く住んでいた場所で、一部は、ヒトラーのナチス
と協力するなど、「過激主義」に走った経緯があっ
たからです。

 KMKS襲撃事件の衝撃もあり、ザカルパッチャ州の
ハンガリー系住民の権利状況について、ハンガリー
政府は、ますます敏感になっていきました。

▼「パスポートスキャンダル」

 今度は、別の事件が発生します。2018年9月19日、
ザカルパッチャ州ハンガリー総領事館が当地のハン
ガリー系住民にハンガリーのパスポートを発行し、
ウクライナ政府にはパスポート取得を報告しないよ
う説明していたことが判明しました。ウクライナ政
府は、事態を「独自のルート」――ウクライナ情報
機関によるものとみられています――で入手した隠
しカメラの映像を公開し、これを「パスポートスキ
ャンダル」として、ハンガリー政府への非難を開始
しました。

 ウクライナでは二重国籍取得は禁止されています。
翌週の国連総会の場を利用し、ハンガリーのペー
ター・シーヤールトー外務大臣は、ウクライナのパ
ブロ・クリムキン外務大臣と会談を持ちましたが、
「パスポートスキャンダル」をめぐり、結局、物別
れに終わりました。

 ちなみに、このときの国連総会は、安倍晋三首相
(当時)のイニシアティブの下、北朝鮮の核・ミサ
イル開発が中心的話題でしたね。

 10月4日、ウクライナ政府は、「パスポートスキャ
ンダル」を引き起こしたとして、ハンガリーのエル
ノ・ケシュケン総領事を「好ましからざる人物」
(ペリソナ・ノン・グラータ)として、国外退去処
分に処しました。ハンガリー政府も、ブダペスト駐
在のウクライナ大使を召還し、ウクライナ大使館に
勤務する領事一人を国外退去処分とすることを通告
しました。

 結構、激しい外交戦に発展したことが分かります。
ちなみに、ハンガリー・ウクライナ関係を報道した
日本のメディアや国際政治研究者は、「皆無」でし
た。

▼遠のくウクライナのNATO加盟問題

 ウクライナの新しい教育法採択をきっかけに、ザ
カルパッチャ州におけるハンガリー系住民の地位を
めぐる両国関係の悪化によって、ウクライナの安全
保障自体にも深刻な影響が出始めていました。

 ウクライナ危機を受け、ウクライナはNATOへの接
近を図っていましたが、ハンガリーは、新しい教育
法が撤回されない限り、ウクライナのNATO加盟を支
持しないと表明し、ウクライナ政府とNATOとのあら
ゆるレベルでの会合の開催にハンガリー政府は一貫
して反対しました。

 NATOの最高意思決定機関である北大西洋理事会は
全会一致の原則を採用しているため、ウクライナの
NATO加盟にハンガリーが反対すれば、それはすぐさ
ま、ウクライナにとって、NATO加盟への道筋が遠の
くことを意味し、ウクライナの安全保障そのものへ
の影響は甚大でした。

 これ、皆さん、「北マケドニア」の事例と非常に
似ていますね。「北マケドニア」の場合も、マケド
ニアのNATO加盟を、隣国ギリシア(NATO加盟国)が
ずっと、ブロックしていました。

▼次回予告

 現在も、ウクライナとハンガリーの関係は悪化し
たままですが、やがて、このザカルパッチャ州をめ
ぐるハンガリー系住民問題をめぐって、ロシアの情
報機関の関与が次第に明るみになります。次回のメ
ルマガでは、この点を解説していきますので、引き
続き、ご愛顧のほどよろしくお願いします!




(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。




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