こんにちは、エンリケです。
「ハイブリッド戦争の時代」の十一回目です。
この連載を読む中で、
「人種対立」「民族対立」は、ハイブリッド戦争で
つけ入れられやすいテーマだ、ということにあらた
めて気づかされています。
今のわが国でも、同様の工作が展開されているかも
しれませんね。
さっそくどうぞ
エンリケ
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新シリーズ!
ハイブリッド戦争の時代(11)
ウクライナ西部における「ハイブリッド戦争」(前
編)
志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに
皆さん、こんばんは。前回までは、バルカンの小
国、モンテネグロと北マケドニアにおけるロシア発
の「ハイブリッド戦争」について、学んできました。
お気づきだと思いますが、2014年のクリミア併合
のときの「ハイブリッド戦争」に比べて、モンテネ
グロや北マケドニアでの「ハイブリッド戦争」は、
ますます「グレー」なオペレーションになっている
ことが分かります。クリミア併合プロセスで「活躍」
したのは、謎の武装集団「リトル・グリーン・メン」
(実際はロシア軍特殊部隊)でしたね。
ところが、バルカンでは、「リトル・グリーン・
メン」すら出現せず、ロシアの情報機関の工作員や、
ロシアにシンパシーを感じる現地の過激民族主義
団体が「活躍」したのです。
ウクライナ西部における「ハイブリッド戦争」は、
バルカンの事例に比べて、もっと「グレー」で、か
つ複雑なものです。
あれ、ハイブリッド戦争のウクライナの戦場は「
ドンバスがある東部ではなかったっけ?」と思った
読者の皆さん。実は、ウクライナでは、東部だけで
はなく、西部も、ロシア発の「ハイブリッド戦争」
のオペレーションの舞台となっているのです。
ここで重要になってくるのが、やはり「歴史」。
そして、ウクライナ西部と国境を接する隣国ハンガ
リー(NATO加盟国)との関係です。
今日から3回にわたって、ウクライナ西部におけ
る「ハイブリッド戦争」について学んでいきましょ
う。この事例のなかにも、日本が考えるべき、多く
の教訓が隠されています。
▼ウクライナNATO加盟問題
2014年のクリミア併合やウクライナ東部紛争、そ
の後のウクライナ西部におけるロシア発の「ハイブ
リッド戦争」の発生原因は、何といっても、ロシア
がいやがるNATOの東方拡大、より具体的には、ウク
ライナのNATO加盟問題と、きわめて密接に関係して
います。
ですので、今回のメルマガでは、このウクライナ
のNATO加盟問題を、「ハイブリッド戦争」の「前史」
として確認しておきましょう。
モンテネグロも北マケドニアも、NATOに加盟した
わけですから、結果として、バルカン半島方面のNA
TO東方拡大を阻止できなかったロシアですが、何と
いっても、ウクライナのNATO加盟は、ロシア周辺の
安全保障環境の激変を意味します。
そんなウクライナのNATO加盟が本格的に議論され
たのは、2008年4月のNATOブカレスト首脳会議でし
た。ブカレスト首脳会議では、クロアチア、アルバ
ニアについての正式なNATO加盟招請が認められ、マ
ケドニアについても、ギリシアとの間で、国名変更
問題が解決すれば、加盟招請をするという方針が決
まりました。
2009年に、クロアチアとアルバニアはNATOに加盟
し、マケドニアについても、前回のメルマガで学ん
だように、ギリシアとの国名変更論争を決着し、20
20年に「北マケドニア共和国」としてNATOに加盟し
ています。
2008年当時、世界大の民主化を重視していたアメ
リカのジョージ・W・ブッシュ大統領は、一方で、
「民主国家ウクライナがNATO加盟を希望している以
上、断るわけにはいかない」との考えがありました。
他方で、ブカレスト首脳会議後、プーチン大統領と
の米露首脳会談を控えていたことから、「ウクライ
ナのNATO加盟はロシアを刺激しかねない」との考え
もありました。
結果、クロアチアとアルバニアとは異なり、ウク
ライナの加盟招請は決定されず、代わりに、同年12
月、アメリカはウクライナと個別に「戦略的パート
ナーシップ憲章」を締結しましたが、具体的な安全
保障協力を約束していない同憲章は、ブカレストで
NATO加盟招請されなかったウクライナへの「残念賞」
だったと、アメリカのスティーブン・パイファー元
ウクライナ大使は指摘しています。
とはいえ、ブカレストでは、将来的に、ウクライ
ナのNATO加盟はあり得ることも決定されていたこと
から、ウクライナのNATO加盟問題は、「加盟するか
ではなく、いつ加盟するかの問題」となったのです。
2014年のウクライナ危機を受け、2015年4月、ウク
ライナ政府は『5ヵ年安全保障要領』を公表し、自
国の主権と領土一体性を確実にするには、NATO加盟
こそが「唯一の外的保証」であるとし、安全保障政
策の基軸を、冷戦後の「中立」政策からNATO重視に
切り替えました。
クリミアをロシアに併合され、さらに東部紛争も
抱えているなかでも、ウクライナは「中立」から
「同盟」へと、安全保障政策の基軸を本格的に切り
替えたのです。ウクライナはNATOとの共同軍事演
習(Rapid TridentやSea Breeze)に参加し、両軍
の相互運用能力(インターオペラビリティー)向上
を図りはじめました。
ロシアとしては、クリミア半島を併合したとはい
え、こうしたウクライナの急速なNATOへの接近は、
近い将来のウクライナのNATO加盟を想起させます。
ロシアとしては、これを、なんとしても、阻止した
い。
そんななか、ロシアが「ハイブリッド戦争」を駆
使し、対象国内部に「継続的に機能する前線」を生
み出せる場所が、ウクライナにありました。それは、
クリミア半島でも、ロシア系住民が多数住むドンバ
スなどの東部でもありません。
そこは、ハンガリーと国境を接するウクライナ西
部のザカルパッチャ州でした。
▼次回予告
さあ、ロシアは、ザカルパッチャ州をめぐって、
どのように「ハイブリッド戦争」をしかけたのでし
ょうか。少々「ネタバレ」をしておくと、ロシアは、
ザカルパッチャ州に住むハンガリー系住民のウクラ
イナ国内での地位を国際問題化し、ウクライナとハ
ンガリー関係の悪化をはかったのです。しかも、そ
のオペレーションに、ロシア人ではなく、ポーラン
ド人を動員したのです。次回、ご期待ください!
(つづく)
(しだ・じゅんじろう)
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【著者紹介】
志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)
国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。
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