配信日時 2020/10/20 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(10)】北マケドニアにおける「ハイブリッド戦争」(後編)  志田淳二郎(国際政治学者)



こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の十回目です。

毎回目からウロコの連続ですが、今回も
重大な「目からウロコ」がありました。

楽しみながら、深く鋭い視野を得られる
連載ですね。ありがたいことです。

さっそくどうぞ


エンリケ


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新シリーズ!

ハイブリッド戦争の時代(10)

北マケドニアにおける「ハイブリッド戦争」(後編)


志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに

 こんばんは。前回のメルマガでは、緊急報告「ア
ゼルバイジャン・アルメニア戦争」のテーマでメル
マガをお届けしました。今回のメルマガは、北マケ
ドニアにおける「ハイブリッド戦争」の最終回です


2週間前のメルマガで、エンリケさんもおっしゃっ
ておりましたが、「小国が世界で生き延びている現
実」を、日本のケーススタディとして、深く皆様に
も考えてほしいと思います。

それでは、北マケドニアの事例をみていきましょう。
今日のメルマガは、ちょっと長いですが、お付き
合いください。


▼これまでの復習

 まず、マケドニアの基本情報のおさらいです。正
式名称「北マケドニア共和国」は、バルカン半島に
位置し、面積は九州の三分の二ほどで、人口208万人
の国です。1991年のユーゴスラビア解体により独立
しました。

 なぜ、「北」か、というと、古代マケドニア王国
は、現在のマケドニアよりも、もっと南、つまり、
現在のギリシア国内の地域に位置していました。ギ
リシアとしては、国名に「マケドニア」を使用すれ
ば、マケドニアが、将来的に、「ギリシア国内のマ
ケドニア」の領土割譲を要求してくるかもしれない
と懸念していました。

 こうしたことから、1991年の独立後、マケドニア
は、「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」という
名前を用いていました。マケドニアは、ずっとNATO
に加盟したいと思っていました。国名も「北マケド
ニア共和国」に変えたいと思っていました。

 ところが、NATOの最高意思決定機関である北大西
洋理事会は、全会一致の原則です。ギリシアが、マ
ケドニアの「国名問題」を理由に、ずーっと、マケ
ドニアのNATO加盟に反対票を投じてきました。その
ため、2014年にウクライナがロシア発の「ハイブリ
ッド戦争」によりクリミアを奪取されても、2016年
にバルカンの小国モンテネグロがロシア発の「ハイ
ブリッド戦争」によりクーデタ未遂事件に見舞われ
ても、マケドニアのNATO加盟は達成されることはあ
りませんでした。

 ギリシアが、しつこく、「国名問題」を理由に、
反対していたのです。

 でも、皆さん、おかしいと思いませんか? ギリ
シアが、こんなに、しつこく、マケドニアのNATO加
盟を「国名問題」を理由に反対し続けるの。なんか
裏がありそうですね。ギリシアとマケドニアの関係
悪化をのぞむ、どこかの外国勢力が、関与している
のかもしれませんね。

 実はこれ、事実でした。バルカンへのNATO拡大を
阻止したい、ロシアが、あの手この手で関与してい
たのです。

▼ようやく気付いたギリシア

 2015年にギリシアで発足したポピュリズム政権で
あるチプラス政権は、相変わらず、マケドニアのNA
TO加盟反対、親露的政策を展開していました。2018
年3月にイギリス南部で、ロシアの元スパイが、ロ
シアの情報機関の手により、神経剤「ノビチョク」
を使用した襲撃にみまわれても、ギリシアは、自国
のロシア人外交官追放措置を行いませんでした。

 しかし、事態は急展開します。2018年6月17日、
ギリシアは、マケドニアと、同国の正式名称を
「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」から「北マ
ケドニア共和国」へと変える合意「プレスパ合意」
に達しました。7月6日には、ギリシア政府は、ロシ
ア人外交官2人と、民間のロシア人2人を国外追放し
ました。

 ギリシアはようやく気付いたのです。ロシアが関
与し、両国関係の悪化が状態していたのだと。

▼マケドニアでの国民投票の実施

 2018年9月30日、自国名を「北マケドニア共和国」
に変更する是非を問う国民投票がマケドニアで行わ
れました。国民投票の際、「スラブ人国家としての
マケドニア」を強調する復古的ナショナリズムを掲
げる「内部マケドニア革命組織・民族統一民主党連
合」(VMRO-DPMNE)やプーチン大統領の所属政党、
「統一ロシア」を擬して結成された「統一マケドニ
ア」などの野党は、国名変更は西側の陰謀であり、
「西側諸国はマケドニアを世界地図から消し去ろう
としている」と主張し、マケドニア国民に対し投票
ボイコットを訴えていました。

 即日開票の結果、賛成は約9割に上りましたが、
投票率は投票成立要件の50%に届かず(36.86%)、
国名変更は達成されませんでした。

 投票日を月末に控えた9月中、やはり国名変更論
争へのロシアの干渉が疑われていました。9月14日、
ワシントンD.C.のヘリテージ財団を訪問したイェン
ス・ストルテンベルグNATO事務総長は、国名変更論
争を決着させたマケドニアがNATOに加盟することを
阻止するため、ロシアがSNSを通じた虚偽情報キャ
ンペーンをしていると訴えました。17日、マケドニ
アの首都スコピエを訪問していた当時のジェームズ・
マティス国防長官も、国名変更反対派のマケドニア
人にロシアから資金が流れていることは「疑いの余
地はない」と指摘しました。ロシアの国民投票への
干渉については、のちに、マケドニア情報機関(UB
K)ゴラン・ニコロフスキ長官は、ロシア側の大規
模かつ組織的な虚偽情報キャンペーンがあったと断
定しています。

 国民投票結果は法的拘束力をもたないことから、
マケドニアのザエフ首相は、国名変更のために必要
な憲法改正の手続きを行いました。2019年1月には、
ギリシア議会でもマケドニア政府との国名変更合意
が承認され、約4半世紀に及ぶマケドニア国名変更論
争は収束した。

2020年3月27日、NATOは、北マケドニア共和国の正式
加盟を発表しました。ストルテンベルグ事務総長は、
「どんな困難に直面しようとも、我々は、みな、と
もに強くなり安全になる」と歓迎しました。

▼本当に「バルカンの軍事的中立」を目指していた
ロシア

 さて、モンテネグロに続き、マケドニアでも、N
ATO加盟を阻止するために、ロシアは、干渉してい
たのですが、リークされたモンテネグロ情報機関
(UBK)の文書から、実際に、ロシアが、バルカン
半島の国々のNATO加盟を阻止するための工作活動を
行っていたことが明らかになりました。

 イギリスの『ガーディアン』紙(2017年6月4日付)
は、リークされたマケドニア情報機関の文書を掲載
しました。文書によると、マケドニアのロシア大使
館の指令の下で、GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)
やSVR(対外情報庁)の工作員が、首都スコピエで活
動しており、たとえば、マケドニアのメディアに資
金提供し、虚偽情報拡散を企図したほか、マケドニ
アの政治家に対し、モンテネグロ、ボスニア・ヘル
ツェゴビナ、セルビアとともに、「バルカンの軍事
的中立」を創り上げるよう、話を持ちかけていまし
た。

 オープンソース・インテリジェンス(OSINT)のプ
ロ集団「ベリングキャット」によれば、ギリシア系
ロシア人の実業家イワン・サヴィディスの関与があ
りました。サヴィディスは、プーチン大統領の所属
政党である「統一ロシア」の党員で、ロシア議会の
国家院副議長を歴任した人物です。サヴィディスは、
「プレスパ合意」に反対するよう、マケドニアの極
右民族主義団体やサッカーフーリガンのみならず、
ギリシアの聖職者や政府高官に賄賂を贈っていた疑
いがもたれています。

 2018年6月にスコピエで発生した「プレスパ合意」
に反対する暴力的なデモに際し、サヴィディスは、
少なくとも30万ユーロを、同年9月の国民投票にあ
わせ、「プレスパ合意」に反対する世論形成の一環
として、ソーシャル・メディアキャンペーンに出資
していました。実際、6月のデモには、サッカーチ
ーム「バルダル」のフーリガンが多数参加していま
した。

 「バルダル」のオーナーは、ロシア人の富豪セル
ゲイ・サムソネンコという人物です。サムソネンコ
は、マケドニアのビトラ市の「ロシア名誉領事」で
もあります。

 さらに、「ベリングキャット」は、『ガーディア
ン』が公表したマケドニア情報機関(UBK)のリーク
文書の詳細な分析も発表しました。彼らの分析によ
れば、ロシアは、「ソフト・パワー」を用いて、バ
ルカン諸国におけるロシアの戦略の一環として、マ
ケドニアを西側から孤立させる目標が記載されてお
り、その方法として次のようなものがありました。

 以下、要点を簡単に、まとめます。

(1)ロシアは、バルカン諸国とのパートナーシッ
プを通じて、エネルギー資源を、先着的にコントロ
ールしようとしている。たとえば、ロシア企業スト
ロイトランスガスは、ロシアのエネルギーの影響圏
にマケドニアを取り込むため、同国で2015年にパイ
プラインの建設をはじめた。

(2)ロシアのインテリジェンス活動は、セルビア
の首都ベオグラードの監督のもとでスコピエのロシ
ア大使館を拠点とするSVRの3人の工作員によって、
そしてブルガリアの首都ソフィアからの指令で動く
4人のGRU工作員によって、行われている。さらに、
クレムリンは、TASS通信とRossotrudnichestvo――
ロシア国外のロシア系住民への「同胞政策」を遂行
する政府機関――の地元クルー、さらに、「インテ
リジェンス拠点」として機能する名誉領事館を、ビ
トラ市とオフリド市に設置した。→そういえば、ビ
トラ市「名誉領事」は、サムソネンコでしたね!

(3)マケドニアの軍や警察のメンバーをリクルー
トし、マケドニアにおける社会運動が、発生した際、
こうした軍事訓練をうけた人員を動員しようとして
いる。

(4)マケドニアのメディア媒体への影響力行使と
資金援助が、ロシアの目標を支持する「情報と虚偽
情報」を拡散させるため、企図された。

 メルマガで勉強してきましたが、ロシアは、モン
テネグロにも、マケドニアにも、NATO加盟を阻止す
るために、「ハイブリッド戦争」をしかけていまし
た。その目標は、「バルカンの軍事的中立」だった
のです。

 この事実から、軍事大国があらゆる手段を用いて、
自国の戦略的目標を達成するために、ヒト、モノ、
カネ、情報の自由移動を保障する民主主義体制の脆
弱性、つまり、民主主義であることそのものの脆弱
性を利用し、「ハイブリッド戦争」を遂行していた
という教訓を学び取れます。

 これ、日本にとっても、非常に重要だと思うので
すが、皆さんは、どう、思いますか。

 私たちは、東欧の小国の事例から、学ぶことが少
なくないのです。


▼次回予告

 次回は、ウクライナ「西部」におけるロシアの
「ハイブリッド戦争」を、報告する予定です。
「あれ、ウクライナで問題になっているのは、クリ
ミア(ウクライナ南部)とドンバスなどの東部では
なかったっけ」と思った読者の皆さん、実は、ウク
ライナ「西部」でも、事件があったのですよ。次回
は、この点を詳しく学んでいきたいと思います。




(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、
2020年)。研究論文に「クリミア併合後の『ハイブリッド戦
争』の展開―モンテネグロ、マケドニア、ハンガリーの諸事
例を手がかりに」『国際安全保障』第47巻、第4号(2020
年3月)21-35頁。「アメリカのウクライナ政策史―底流す
る『ロシア要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年
1月)144-158頁ほか多数。




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