配信日時 2020/10/07 09:00

【自衛隊警務官(43)】陸軍憲兵から自衛隊警務官に(43)― 都合の悪い隠された事実― 荒木肇

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こんにちは。エンリケです。

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『自衛隊の災害派遣、知られざる実態に迫る-訓練
された《兵隊》、お寒い自治体』 荒木肇

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一読をおススメします。


きょうで、「自衛隊警務官」は終わりです。

今後の詳細については冒頭文をご覧いただくとして、
次回から「工兵、施設科史」がはじまることを
お伝えしておきます。

わたしにとって工兵、施設科は、
地上軍で、興味と知識のアンバランスがいちばん
大きな兵科ですね。

荒木先生の面白い工兵・施設科ばなしを
聞けると思うと今からワクワクが止まりませんw

これからもよろしくお願いします。

さっそくどうぞ。


エンリケ


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自衛隊警務官(42)
陸軍憲兵から自衛隊警務官に(最終回)

都合の悪い隠された事実


荒木 肇

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□ご挨拶とお礼

 いつもご愛読をありがとうございます。先日から
この誌上でも、熱い応援をいただき、身に余るご紹
介をいただき、多くの皆さまからご発注をいただき
ました。先日は感謝の気持ちをこめながらサインを
いれさせていただきました。

 新刊『自衛隊警務隊逮捕術』は、おかげさまで6
日以降、店頭に並びます。版元の並木書房にご注文
をいただければ、送料無料で入手いただけます。
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□次回の連載企画:陸自施設科(工兵)

 すでに調査、資料収集、陸上幕僚監部への申請も
すんでいるのが、陸上自衛隊施設科の紹介です。施
設科の徽章は、エンジニアの頭文字Eを横にして、
近世城郭をデフォルメしたデザインです。アメリカ
軍も工兵の兵科徽章は発想が同じで、西洋風城郭が
描かれています。

 施設の仕事は、陣地構築(野戦築城)、架橋(が
きょうと発声します)、坑道掘削、地雷などの敷設、
通路啓開、いわば自然地形に挑む何でもござれと
いうところ。それだけに重厚長大な機材から、小さ
な鉄舟の櫂(かい:パドル)に至るまで、装備品も
数が多いのです。これらを解説するとともに、動画
も撮影し、『自衛隊警務隊逮捕術』と同様、QRコ
ードで視聴できるようにしようと考えています。


 また、海外への技能構築支援ということで、外国
軍隊への指導、教育も行なっています。それもまた、
あまり知られていない外国への支援です。これが
わが国の安全と防衛に寄与しているのですが、報道
されることも少なく、今回はそこにも力を入れるつ
もりです。

 将来は、警務科、施設科以外の職種についても装
備や器材の紹介と教育内容を書いてみたいと思って
います。

 ということから、「陸軍憲兵から自衛隊警務官に」
のシリーズも今回で終わらせていただき、次回か
らは工兵、施設科史を思いつくままにご紹介してい
こうと考えております。


▼後味の悪い捕虜からの生還

 隠されてきたといいながら、高名な戦記作家によ
るドキュメンタリーも書かれた事件がある。海軍の
高官がフィリピンで捕虜になり、救出作戦の結果、
どうやら生還したのだ。

 移動中に乗機が墜落し、負傷して海上を漂流して
フィリピン人ゲリラに捕獲されたのが、当時の聯合
艦隊参謀長福留繁(ふくとめ・しげる、1891~
1971年)海軍中将である。同じく古賀峯一司令
長官も行方不明になり(殉職と認定)、1945年
3月31日の2人の遭難事件は海軍をゆるがせた。

 ゲリラは米軍の正規士官の指揮を受けている国際
法上も認められた準正規軍だった。福留中将以下は
機密文書(Z文書といわれた作戦計画)も運んでい
たことであり、何よりその作戦計画書などの紛失が
問題になっていた。

しかも協力要請を受けた陸軍部隊が救出したのは、
中将1名、大佐2名、中佐3名、中尉2名だった。
正式な発表はなかったものの自決者がいたわけでも
なく、おめおめと全員が陸軍部隊に無事に収容され
たのだ。このことは噂として大きく広がり、末期の
軍隊の士気に大きな影響があったに違いない。

海軍は下級将校や下士官・兵には厳しかった。捕虜
になったら、救出されても厳しい審問が行なわれ、
緒戦には陸上攻撃機の乗員がみな必死の作戦につか
われた。それに比べると、福留中将以下に対しては、
逃走に努力したなどという理由で捕虜になった事
実は公表されず、機密文書の行方もろくに調べられ
なかった。

本人や幕僚たちは、どれだけ言われても処分したと
言い張ったが、事実は戦後、米軍の手で明らかにさ
れた。彼らはしっかりゲリラに渡していたのだった
(のだろう)。ただし、このことは米軍も入手につ
いての経緯は公表していないので、戦後になっての
推測になる。

 福留中将は処分を受けなかった、どころか栄転し
たのである。戦後も長く生き抜き、旧海軍出身者の
親睦団体の水交会の会長も務めた。生存者の中で階
級順に人事をたらいまわしにしていた証拠である。

▼ビルマの大規模投降

 1944(昭和19)年6月10日のことだった
。北ビルマで21人の日本兵が集団で英国軍に投降
した。第55師団に属する歩兵第144聯隊の1個
小隊だった。『日本兵捕虜は何をしゃべったか』(
山本武利)によれば、将校に指揮された部隊の降伏
の経緯は興味深い。

 指揮官は42歳の中尉である。徳島県の商業学校
を出てと経歴にあるから、大正時代の1年志願兵も
しくは初期の兵役法による幹部候補生出身だったか
もしれない。1941(昭和16)年に入隊とある
から、歩144に召集されたのだろう。陸軍部隊の
編制表をみると、第55師団は四国の善通寺で41
年9月、歩144は高知聯隊区で編成された。

 小隊は全方位にわたって包囲されていた。英軍の
拡声器からは「投降すれば優遇する。しなければ殺
す」という声が聞こえた。自決しようかと思ったが、
部下の軍曹からそれは無駄な死というものだと説
得された。

 部下を集めて、軍隊組織を解くといった。続いて
自分は投降するといい、逃走するのも降伏するのも
自由にせよといったところ、逃亡者も自決者も出な
かった。恐ろしかったのは戦争が終わった後である。
もし、いまの政治体制が戦後も続くなら、帰国後
に自分は射殺されるだろう。陸軍刑法が禁じるとこ
ろの「奔敵(ほんてき)」にあたる行為である。処
刑は当然、予想されたに違いない。

 隊の降伏については自分には責任がないと思って
いる。なぜなら解散を宣言した後で皆が自発的意思
で降伏したからである。いまは無駄死にをしなくて
良かったと思っている。連合軍に捕まっても拷問も
ないし、残虐な死刑などもないと思っていた。

▼米軍から見た捕虜

 1944年の3月から始まったインパール作戦は
インドに侵攻しようとする作戦だった。当初から兵
站・補給に難があると予想され、反対もあった作戦
である。5~7万人が戦死したとされ、捕虜の数も
不明のままだ。その中で珍しい将校の捕虜がいた。
彼はただ一人、尋問にも進んで応じ、ひどく協力的
だった。日本軍の暗部についての憤りを強く主張し
た彼の手記は「英軍に来て」という題があり、アメ
リカの公文書館に保管されているという。

 米軍の評価によると、機密を守ろうとする意識は、
兵より下士官が高かった。そして下士官より将校
の方が高かったらしい。そうして、海軍は陸軍より
口が堅かったそうだ。このことは元の教育程度の違
いもあるが、兵は高度な秘密も知らず、また自分の
情報の価値も分からず、つい話してしまう。あるい
は、迎合してしまいやすいということもあったに違
いない。



(おわり)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業
、同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。
日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸
海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を
行なう。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)

『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊
警務隊逮捕術』(並木書房)がある。
 

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