配信日時 2020/09/22 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(6)】モンテネグロにおける「ハイブリッド戦争」(後編)  志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の六回目です。

いやあ、面白いですねえ。
国際政治や最先端の戦争軍事、と聞くと
身構えますが、そんな気持ちを吹っ飛ばし
てくれます。

何が成功し、何が失敗したか?
がわかるのもありがたいことです。


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さっそくどうぞ



エンリケ


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新シリーズ!

ハイブリッド戦争の時代(6)

モンテネグロにおける「ハイブリッド戦争」(後編)

志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに

 皆さん、こんばんは。前回のメルマガでは、バル
カンの小国モンテネグロの基礎を学んできました。
いまでこそ、モンテネグロは、アメリカ主導の軍事
同盟システムであるNATOに加盟していますが、
2016年当時は、まだ未加盟でした。

 そんなモンテネグロで、2016年10月、ロシ
ア発の「ハイブリッド戦争」が展開されました。今
回は、その詳細を見ていきましょう。


▼2016年の議会選挙

 当時、モンテネグロ首相(DPS所属)のミロ・
ジュカノビッチは、対内的には反汚職、反政府の声
の高まりを浴びながら、対外的には2014年のウ
クライナ危機を受け、モンテネグロのNATO加盟
を早期に実現したい思いに駆られていました。この
意味で、2016年10月の議会選挙(4年に一度)は
モンテネグロのNATO加盟の是非を問う国民投票の
性格を帯びていました。

 歴史的にバルカン半島に権益を持つロシアは、バ
ルカンの小国モンテネグロのNATO加盟を、快く
思うはずはありません。ロシアの下院に相当する国
家院の代議員たちはモンテネグロの首都ポドゴリツ
ァを相次いで訪問し、DF(民主戦線)との連帯を
表明しました。

 前回のメルマガでもお話ししましたが、DFは、
与党DPS(モンテネグロ社会主義者民主党)に対
抗する、新セルビア人民主主義とモンテネグロ人民
民主主義党を母体にする野党です。DFは、DFは
モンテネグロのNATO加盟に反対の立場であり、
DFはロシアに感じるシンパシーが強いです。

 2016年5月、DFの指導者の一人ミラン・ク
ジェネヴィッチは、ロシアのセルゲイ・ゼレスニャ
ック国家院副議長とともに「バルカンの軍事的中立
」を要請する文書に署名しました。翌月には、DF
のもう一人の指導者アンドリヤ・マンディッチとク
ジェネヴィッチは、バルカン諸国の親露派政党の代
表者たちと同趣旨の文書に共同署名し、ロシア連邦
院に提出しました。

 つまり、2016年10月16日の議会選挙を控
えたモンテネグロでは、NATO加盟を目指すDP
Sとロシアのバックアップを得たDF、という2つ
の勢力の対立構図が出来上がっていたわけです。

▼クーデタ未遂事件発生

 議会選挙前日の15日、首都ポドゴリツァで議会
選挙中、モンテネグロ議会占拠後、ジュカノビッチ
首相を暗殺し、モンテネグロに反NATO、親露派
政権を樹立させるクーデタ計画に関与した14人の
人物がモンテネグロ当局により逮捕されました。

 クーデタ計画にDFのクジェネヴィッチとマンデ
ィッチが加担していたほか、2人のロシア人GRU
(ロシア軍参謀本部情報総局)工作員エドワルド・
シシュマコフとウラジミール・ポポフから20万ユ
ーロ相当の資金援助を受けた、9人のセルビア人
(うち2人は過激民族主義団体構成員)と1人のモン
テネグロ人運転手も関与していました。

 モンテネグロ検察によれば、シシュマコフは、以
前、GRU工作員であることが判明して、ポーラン
ドから国外追放された男です。2019年5月、モ
ンテネグロ最高裁判所は上記14人が、2016年
のクーデタ計画に関与していたとし、全員に有罪判
決を下しました。

 ロシアは「クーデタ未遂事件」への関与を否定し
続けています。

 クーデタ計画が未遂に終わった翌日、モンテネグ
ロで議会選挙が実施されましたが、モンテネグロ情
報通信大臣によれば、当日、国内主要メディア(C
afé del Montenegro、Radio “Antena M”)や与党
DPSウェブサイトがサイバー攻撃を受けました。NGO
「民主化移行センター」のウェブサイトは、10月13日
から断続的にDDoS攻撃を受けました。DDoS攻
撃とは、攻撃目標に対し、大量のメールを送りつけ
ることで、負荷に耐えられなくなったウェブサイト
やサーバーがダウンするという、古典的なサイバー
攻撃の一つです。

 結局、選挙では与党DPSが勝利しました。そし
て2017年6月、モンテネグロは29番目の加盟
国としてNATOに加盟しました。

 この間もモンテネグロはサイバー攻撃を受け続け
ています。2017年1月、モンテネグロ国防省に
NATO発のメールと思われる偽装メールが複数回
送りつけられました。偽装メールの件名タイトルは、
「NATO事務局会議.doc」「モンテネグロを訪問予
定のイギリス軍に関するスケジュール草案」「ヨー
ロッパ軍事支援計画のスケジュール」といったもの
でした。

 ぱっと見たところ、NATOからのメールに見え
ますね。しかし、これは、偽装メール(いわゆる「
ルアー」)でした。いったん添付ファイルを開いて
しまうと、コンピューターウイルスに感染したり、
コンピューターへの侵入を許してしまうことになり
ます。

 サイバーセキュリティーの主要3社(Fire Eye、
Trend Micro、ESET)は、偽装メールの発信源は、
西側諸国がGRUとの結びつきを疑っているロシア
国内のサイバー攻撃組織APT28と分析しました。
議会選挙前後のサイバー攻撃もロシア発のもの
とみられています。

▼CHSTの今後の活躍やいかに?

 さらなるNATO東方拡大を阻止したいロシアは
GRU工作員をはじめとする非国家主体やサイバー
攻撃などの手段を駆使して、モンテネグロのNAT
O加盟プロセスを遅らせようとしましたが、これは
失敗に終わりました。

以降、NATOでは、クリミアタイプのオペレーシ
ョンとは異なる「ハイブリッド戦争」として、モン
テネグロの事例を扱うようになりました。

 このように見てみると、モンテネグロが、NAT
OのCHST(カウンター・ハイブリッド・サポー
トチーム)の最初の派遣先だったことが、よくわか
ります。

 今年10月、モンテネグロでは、4年に一度の議
会選挙があります。ロシア発の「ハイブリッド戦争
」に目を光らせているCHSTの活躍を、私たちも
、しっかりとウォッチしたいところです。

 もし、今年10月、モンテネグロでロシア発の「
ハイブリッド戦争」が発生しなければ、4年前との
比較から、NATO同盟の「抑止力」が効果を発揮
したと評価できることでしょう。

 次回のメルマガでは、バルカンの小国マケドニア
(正式名称:北マケドニア共和国)の事例を学んで
いきます。実は、今年に入って、NATOのCHSTを
マケドニアに派遣するという議論も、ブリュッセルで
議論されています。

 なぜ、マケドニアへのCHST派遣の議論がある
のか、それは、マケドニアもロシア発の「ハイブリ
ッド戦争」に見舞われたことがあるからです。この
点を、次回のメルマガで詳しく学んでいきましょう


(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有信堂、
2020年)。研究論文に「クリミア併合後の『ハイブリッド戦
争』の展開―モンテネグロ、マケドニア、ハンガリーの諸事
例を手がかりに」『国際安全保障』第47巻、第4号(2020
年3月)21-35頁。「アメリカのウクライナ政策史―底流す
る『ロシア要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年
1月)144-158頁ほか多数。




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