配信日時 2020/09/15 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(5) 】 モンテネグロにおける「ハイブリッド戦争」(前編) 志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の五回目です。

きょうは、欧州の小国・モンテネグロのはなしです。
実に興味深いです。

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さっそくどうぞ



エンリケ


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新シリーズ!

ハイブリッド戦争の時代(5)

モンテネグロにおける「ハイブリッド戦争」(前編)

志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに
 
 皆さん、こんばんは。今日、ご紹介するのは、皆さ
んにあまり馴染みのないかもしれない、バルカン半島
の小国モンテネグロのお話です。モンテネグロの人口
は約62万人で、面積は日本の福島県ほどです。
 
 前回のメルマガで、クリミア併合スタイルのオペ
レーションよりも、さらに「平時」に近い「グレー」
な事態であっても、ヨーロッパでは「ハイブリッド戦
争」として認識されていることをご紹介したと思いま
すが、覚えているでしょうか?
 
 2017年、モンテネグロはNATOに29番目の加盟国と
して加盟しています。実はモンテネグロは、NATOに
とって、「ハイブリッド戦争」の最前線の一つなので
す。
 
 
▼NATOカウンター・ハイブリッド・サポートチーム
(CHST)の最初の派遣先
 
 アメリカ軍の準機関紙『星条旗新聞』(2019年11月
8日付)は、ロシア発の「ハイブリッド戦争」に対抗
するためのカウンター・ハイブリッド・サポートチー
ム(CHST)が、モンテネグロに派遣される予定だと
報じました。
 
 2020年1月、ブリュッセルで開催されたNATO軍事委
員会で、軍事委員会委員長のスチュアート・ピーチ英
空軍大将が、すでにCHSTが2019年11月にモンテネグ
ロに派遣されたことを報告しました。モンテネグロ国
防省代表によれば、CHST派遣の目的は、2020年10月
に自国で予定されている議会選挙(4年に一度)に際
し、外国からの「ハイブリッド脅威」に備えるためだ
といいます。
 
 2018年に、CHSTはNATO内の組織として発足しま
した。モンテネグロに派遣された人員の詳細について
は明らかではありませんが、当初のCHST発足の目的
に照らして考えてみれば、戦略的コミュニケーション
やカウンター・インテリジェンス、そして、重要イン
フラ保護を専門とする文民が複数名であると考えられ
ます。
 
 なぜモンテネグロがCHSTの最初の派遣先だったか
というと、今から4年前の2016年の議会選挙の際、ロ
シア発の「ハイブリッド戦争」に見舞われたからで
す。なんと、ロシアがしかけた「クーデタ未遂事件」
があったのです。
 
 今回のメルマガでは、事例研究として、モンテネグ
ロにおける「ハイブリッド戦争」を取り上げます。と
はいっても、モンテネグロがどういう国かイメージが
つきませんよね。
 
 ですので、今回のメルマガは「前編」と題し、モン
テネグロの基礎情報と2016年の「ハイブリッド戦争」
に見舞われるまでの経緯を紹介していきたいと思いま
す。
 
▼モンテネグロ「国家」の「歴史」
 
 主権国家としてのモンテネグロの「歴史」はとても
浅く、しかし、複雑です。もともとは、今はなき、
ユーゴスラビア連邦の中の一つの共和国でした。その
ユーゴスラビアも、冷戦後の内戦によって解体してし
まいます。その後、セルビア人が主導的地位にあった
「ユーゴスラビア連邦共和国」(1992~2003年)、
「セルビア・モンテネグロ」(2003~2006年)という
名称の国がそれぞれ成立したこともありました。
 
 モンテネグロは、これまで、自分の「国家」を形成
していたわけではなく、こうした連邦国家や国家連合
を構成する一共和国の地位にとどまっていたわけで
す。
 
 やがて、セルビアからの分離独立の声が高まり、
2006年6月3日、晴れて、モンテネグロは、「モンテネ
グロ共和国」として独立しました。6月5日、セルビア
がモンテネグロの独立を追認し、12日にはEUもモン
テネグロの国家承認を行ないました。
 
 短い間のことなのに、結構複雑ですね。こうした複
雑な歴史を持つ国は、「自分たちの民族や国家はこう
いうものだ!」と考える国民のアイデンティティが確
立していないこともあり、「ハイブリッド戦争」が遂
行されやすい場所でもあるのです。
 
▼モンテネグロは「スラブ文明」ではなく「ヨーロッ
パ文明」!
 
 自分たちの国を持ってからは、モンテネグロは、自
分のアイデンティティを、ロシアを主導とする「スラ
ブ世界」でなく、西側に求めていきます。『文明の衝
突』を著したハンチントン風にいうと、「スラブ文
明」ではなく「ヨーロッパ文明」に属しようとしたわ
けです。
 
 モンテネグロ外務・欧州統合大臣を務めたことのあ
る現NATO大使のジュロビッチ氏によれば、独立当初
からモンテネグロは、ユーゴスラビア紛争後の地域の
安定化と安全を保障させるために、早くから親欧米政
策を掲げました。2006年11月、モンテネグロは、「
NATOとは敵対関係ではなく協力関係にあるパート
ナーですよ」という精神をうたった「平和のための
パートナーシップ」に加盟します。
 
 2007年6月には、ブリュッセルのNATO本部に常設代
表部を設置し、10月にはEU、NATOへの加盟が自国の
戦略的目標であると記載するモンテネグロ憲法を制定
しました。2008年には、モンテネグロは関連国内法の
整備をしつつ、NATOとの間で各種協定を締結してい
き、2015年にNATOから加盟交渉開始の招請を正式に
受けました。
 
 モンテネグロのNATO加盟が、いよいよ現実味を帯
びてきたのです。この動きを快く思わない国がありま
す。そうです。ロシアです。ロシアの目には、歴史的
権益を持つバルカンの小国が、NATOに加盟すること
は、「さらなるNATOの東方拡大」「西側の拡張主
義」と映ります。
 
「さらなるNATOの東方拡大」を阻止するためには、
どうすればよいか? すでにウクライナで戦端を開
き、シリア内戦にも介入しているため、直接的な軍事
行動はとりにくい。ならば「ハイブリッド戦争」で
す。当時のモンテネグロには、2014年のウクライナに
も存在していたような、国内の政治・社会的亀裂が存
在していました。 
 
 こうした亀裂に外から刺激を与えれば、モンテネグ
ロ世論は分裂し、NATO加盟の道は遠のくだろう。ロ
シア側の資料が公開されていないので、何とも言えま
せんが、おそらく、ロシアはこう考えていたことで
しょう。
 
▼モンテネグロ国内の政治・社会的亀裂
 
 ブルガリアのソフィア大学のベチェフ助教授によれ
ば、当時のモンテネグロ国内には政治・社会的亀裂が
存在し、こうした亀裂は、政党関係に反映されていま
した。
 
 社会主義連邦共和国時代末期から一貫して政権与党
の地位にあるモンテネグロ社会主義者民主党(DPS)
に対抗する新セルビア人民主主義とモンテネグロ人民
民主主義党は野党連合、民主戦線(DF)を結成しまし
た。DFはモンテネグロのNATO加盟に反対しており、
このことから、DFはロシアへのシンパシーが強いもの
でした。またDFは、政権与党DPS所属政治家の汚職を
批判し続けてきました。
 
 2012年の議会選挙(4年に一度)では、こうした批
判を受け、与党DPSは81議席のうち7議席を野党連合
DFに奪われたことがありました。
 
 2年後には、東欧ウクライナがロシアの「ハイブ
リッド戦争」の餌食になり、混乱していく様子を、バ
ルカンの小国モンテネグロはつぶさに見ていました。
このことから、政権与党DPSは、NATOの早期加盟の
必要性を痛感するに至ります。
 
 こうしたことから、2016年の議会選挙は、モンテネ
グロのNATO加盟の是非を問う国民投票の性格を帯び
るものになりました。この議会選挙に合わせて、モン
テネグロの首都ポドゴリツァでは、「クーデタ未遂事
件」が発生します。これは、ロシア発の「ハイブリッ
ド戦争」でした。
 
 2016年、バルカンの小国モンテネグロでに何があっ
たのでしょうか? 今回のメルマガの内容を理解して
いただいたうえで、来週のメルマガで、その全貌を明
らかにしていきたいと思います。


(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。




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