こんにちは、エンリケです。
「戦略航空偵察」三十二回目です。
実に興味深い話です。
きょうの内容は以下のとおりです
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□ご挨拶
▼高性能偵察機が必要だ
▼高性能偵察機の設計競争
▼A-12(OXCART)の誕生
▼摩擦熱への対処
▼A-12をどう使うか?
▼A-12のソ連新ミサイル偵察計画
▼大西洋を一挙に往復する飛行計画
▼実現しなかった挑発的な偵察飛行
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さっそくどうぞ
エンリケ
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戦略航空偵察(32)
戦略偵察機A-12(1)
西山邦夫(元空将補)
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□ご挨拶
今回からマッハ3以上の速度で8万フィート(25km)
以上の超高空を飛行する戦略偵察機A-12とSR-71
を取り上げます。この2つの機種は既に退役しました
が、未だにこの速度、高度を超える偵察機は出現し
ていません。今後もこれを超える機種の計画は具体
化していませんから、まさに空前絶後の航空機です。
▼高性能偵察機が必要だ
U-2は1956年に就役しましたが、その当時すでに
U-2のSAM(地対空ミサイル)に対する脆弱性が議
論されていました。CIAはソ連の防空レーダーの能
力を評価した結果、ソ連上空の飛行の安全が保てる
のはせいぜい2年程度だろうと想定しました。この
期間を延ばすために、U-2のレーダー反射率を減
少させるプロジェクトを行ないましたが、成功しま
せんでした。米国にとって、被撃墜のリスクを避け
られるU-2に代る新偵察機の開発は喫緊の課題と
なりました。
▼高性能偵察機の設計競争
1957年にU-2の後継機を設計・製造する事業が開
始され、いくつかの航空機製造会社がこのプロジェ
クトに参加しました。選定作業の結果、残されたの
がロッキードとコンベアの2社で、どちらの提案も
速度マッハ3以上、飛行高度は8万フィート以上を
提示しました。コンベアの提案は、同社開発の超音
速爆撃機B-58ハスラーから偵察機を発進させ、
ラム・ジェット・エンジンで超音速飛行をさせよう
というものでしたが、解決しなければならない問題
がいくつかありました。重い偵察機を運搬し、かつ
空中で発進させる際、ラム・ジェット・エンジンが
作動する速度までB-58を加速できるかなど、技術的
な困難性です。一方、ロッキードの提案は、滑走路
から発進する機体ですが、レーダー反射率が大きい
ことを空軍は懸念しました。
▼A-12(OXCART)の誕生
1959年までに両社は当初の案にさまざまな改善を加
えましたが、コスト面で優り、かつU-2の製造で
秘匿性の高い業務を経験したロッキード社の案が採
用されることになりました。プロジェクト名は
OXCART(牛車)で、機体名はA-12ですが、OXCART
(牛車)とも呼ばれました。2基のJ-57エンジンを
搭載し、機体はチタン合金で覆われました。アルミ
ニウムの外板ではマッハ3以上の速度で生ずる熱に
耐えられなかったからです。A-12 は速度マッハ3.2、
高度は84,500フィートから97,600フィートまで上昇
することができました。U-2の飛行高度より15,000
フィート上空を飛行し、被撃墜のリスクをほとんど
なくしました。
▼摩擦熱への対処
A-12 の高々度・高速飛行は機体の表面温度が上昇
するなど、さまざまな問題が生じました。主なもの
は燃料とパイロットに対する影響でした。ライフル
銃の弾丸より早い速度で飛行するA-12 は、空気との
摩擦熱による機体表面温度は500°F(270°C)まで上
昇します。この温度に耐えるため、チタン合金の外
板が必要でした。
機体が高温になることは、パイロットの身体の安全
にも影響します。飛行中コックピット内はあたかも
オーブン内のように加熱されましたが、重量軽減の
ため空調は装備されず、パイロットは宇宙服のよう
な衣服を着用し、その内部だけが温度調節されまし
た。
その他、A-12には特殊な燃料が必要なこと、運
用経費が莫大にかかることなど多くの問題がありま
したが、何とかこれを克服して運用可能状態に仕上
げられ、初飛行は1962年4月に行なわれました。
▼A-12をどう使うか?
A-12はソ連上空を偵察飛行する目的で、U-2の後継
としてデザインされました。しかし、1960年にU-2
がソ連領内で撃墜された事件を受けてアイゼンハワ
ー大統領が、ソ連領内の飛行を行なわないと表明し
たので、その目的では使われませんでした。アイゼ
ンハワー大統領を後継したケネディ大統領も、この
公約を守る姿勢を維持しました。
1962年、当時のマクナマラ国防長官はCIAのマッコー
ン長官に運用に高額の経費がかかるA-12は、偵察衛
星で代替えできるのではないかと質しましたが、長
官は強く反対の意を示しました。写真偵察衛星はこ
れまで多くの失敗を重ねており、ソ連の戦略ミサイ
ル・システムの詳細を知るためには偵察機による精
密な写真が必要だというのがその理由でした。ケネ
ディ大統領は、偵察衛星の改良を進めるべきだとし、
偵察機の運用は慎重であるべきだと述べました。
大統領の方針で、その後ソ連領空飛行は計画されま
せんでしたが、1962年のキューバ危機は有人偵察機
の存在価値を再認識する機会となりました。U-2
は価値ある写真を提供しましたが、SAMにより1機が
撃墜され、SAMに対する脆弱性が再び露呈しました。
キューバ偵察にA-12の投入が検討されましたが、そ
の時点ではA-12の運用の可否について政府内の調整
が進んでおらず、実現しませんでした。
その理由は、もしA-12が撃墜された場合、搭載して
いる電子戦装置が敵性国側に渡る強い懸念が存在し
たからでした。空軍が保有する作戦機に搭載してい
る電子戦装置は、A-12に搭載しているものとほぼ同
じであり、撃墜された場合に空軍の作戦力を大幅に
減退させる恐れがありました。
▼A-12のソ連新ミサイル偵察計画
1967年、CIAはソ連の新しいミサイル・システムを
目標としてA-12を用いたいという計画を関係部署
に提示しました。1962年にエストニアのタリンに設
置されたレーダーの運用目的が不明だとされ、偵察
が必要になったのです。
CIAはタリンに設置されたレーダーは長距離対空ミ
サイルのレーダーで、米戦略爆撃機をターゲットに
したものと考え、空軍は戦略弾道ミサイルへの対抗
ミサイルと推定しました。写真判読の専門員は、ミ
サイル・システムを特定するには12~18インチの分
解能のある写真が必要であり、ELINTの専門員は、
このレーダーが出す電波を収集することが必要と主
張しました。
▼大西洋を一挙に往復する飛行計画
この疑問を解決するため、U-2が収集したELINTの
データによる目標の位置情報を利用し、A-12の高分
解能のカメラで目標を撮影しようとするプロジェク
トが計画されました。A-12はネバダ州のエリア51基
地を発進し、グリーンランド上空を経てノルウェー
の北からソ連とフインランドの国境沿いを南下する。
レニングラード近くまで達したら南西方向に方向を
変え、バレンツ海に出、エストニア、ラトビア、リ
トアニア、ポーランドの海岸沿いから東ドイツを経
て、再び大西洋を横断し、エリア51に帰投する。全
飛行距離は11,000浬、8時間38分の飛行で、4回の空
中給油を予定するものでした。
最新のボーイング787旅客機の最大航続距離が
約8,500浬、この距離を飛行する所要時間は概算16時
間かかりますから、A-12の高性能ぶりが分かります。
そもそも大西洋を無着陸で往復するなどということ
は、1962年当時にはA-12以外では考えられません。
▼実現しなかった挑発的な偵察飛行
この飛行ではソ連領に侵入しないけれども、レニン
グラード近傍では領空侵入を思わせるコースをとっ
てソ連のレーダー網を挑発し、タリンのレーダー・
オペレータが遠方を高々度・高速で飛行するA-12を
追尾するために電波を発射することを期待しました。
タリンのレーダーから発射された電波は、それを収
集できる距離を飛行するU-2によって捕捉する計
画でした。そもそも、A-12には電波収集の器材は搭
載されていないからです。しかし、このプロジェク
トはラスク国務長官の強い反対で実現しませんでし
た。長官はこの作戦があまりに挑発的と考えたので
す。
この作戦はA-12とU-2の両者の長所を生かして組
み上げられた緻密、かつ壮大なものでした。大西洋
を渡ってきたA-12と英国基地を発進したU-2がバ
レンツ海で会合し、偵察活動を協力して行なわなけ
ればならない。A-12はマッハ3以上の速度で飛行し
て来る。これに対し、時速800kmのU-2が適切な位
置に占位している必要がある。両者がそれぞれ搭載
するセンサーにより、A-12は映像を、U-2は電波
を収集するという、冷戦期の戦略的偵察活動を総括
するような緻密な作戦でした。
(つづく)
(にしやま・くにお)
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□著者略歴
西山邦夫(にしやま・くにお)
1936年生まれ。防衛大学校卒(4期・空)。
情報関係略歴:航空幕僚監部調査2課収集1班長、航
空総隊司令部情報課長、陸幕調査別室主任調整官、
航空自衛隊幹部学校主任教官。著書に『肥大化する
中国軍(空軍部分を執筆)』(晃洋書房、2012年)、
『中国をめぐる安全保障(空軍部分を執筆)』(ミ
ネルバ書房、2007年)。研究論文に『中国空軍の戦
力構成とドクトリン』『中国空軍のSu-30MKKとイン
ド空軍のSu-30MKI』『韓国空軍の増強と近代化』
『中露合同軍事演習』『中国の主要航空兵器の装備
化実績と将来予測』『中国空軍の戦力とドクトリン』
『チベットにおける中国の軍事態勢整備』など多数。
近刊予定『知られざる戦略航空偵察(仮)』。
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