こんにちは、エンリケです。
「ハイブリッド戦争の時代」の三回目です。
<どうも西側とロシアの間では、「ハイブリッド戦
争」という言葉が想定している世界観が違うようで
す。>とのことばは極めて重要だなあ、と思います。
覇権などをめぐる争いは、こういう目に見えないと
ころの脳内主導権争いからはじまる。と、個人的に
感じているからです。
楽しみです。
ご意見・ご感想をお待ちしています。
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さっそくどうぞ
エンリケ
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新シリーズ!
ハイブリッド戦争の時代(3)
「ハイブリッド戦争」のロシア的理解
志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに
皆さん、こんばんは。沖縄県・尖閣諸島情勢も引き
続き注視しなくてはいけませんが、東欧のベラルー
シ情勢も荒れています。ベラルーシでは、8月9日の
大統領選挙後、現職のルカシェンコ大統領に対する
不正選挙疑惑から、野党支持者が大規模な反政府デ
モを行なっています。1994年以降、一貫して大統領
の地位にあるルカシェンコ率いるベラルーシは、
「欧州最後の独裁国」とも呼ばれています。
ベラルーシは、NATOとロシアに挟まれた地政学上の
要衝で、仮にルカシェンコ政権が倒れて、西側寄り
の新生ベラルーシが誕生すれば、それは、ロシアに
とって、安全保障上、重大な脅威となります。ロシ
ア政府高官は、「外部勢力がベラルーシ情勢に介入
している」とし、アメリカやNATOがしかける体制転
換(レジーム・チェンジ)の可能性について懸念を
表明しています。こうした考え方を「カラー革命」
スタイルの体制転換と表現したりします。「カラー
革命」については、のちほど説明します。一方、西
側諸国は、ロシアがベラルーシに「ハイブリッド戦
争」をしかけ、西側寄りの勢力を駆逐するシナリオ
を恐れています。ベラルーシが「第二のウクライ
ナ」になるシナリオですね。
本メルマガの趣旨とは少し外れますが、実は、ベラ
ルーシは、中国の「一帯一路」の重要拠点の一つで
あり、習近平肝いりの工業団地「ビリーキ・カメニ
(グレート・ストーン)」が首都ミンスク近郊にあ
ります。「親露国」とはいえ、過度なプーチンへの
依存は避けたいルカシェンコ大統領は、中国にも接
近するバランス外交を展開しているのです。
いずれにせよ、ベラルーシ情勢をめぐって、西側は
「ロシアがハイブリッド戦争をしかけ、ベラルーシ
に介入してくる」シナリオ、ロシアは「西側がカラ
ー革命スタイルの体制転換をしかけている」シナリ
オを、それぞれ懸念しているのです。これものちほ
ど説明しますが、ロシアは、「カラー革命」を、敵
対勢力が「ハイブリッド戦争(ロシア語:ギブリー
ドナヤ・ヴァイナー)」を遂行するための手段とし
て捉えています。
こうした状況から分かるように、どうも西側とロ
シアの間では、「ハイブリッド戦争」という言葉が
想定している世界観が違うようです。前回までは、
アメリカとヨーロッパにおける「ハイブリッド戦
争」の言葉の定義を確認しましたが、今回のメルマ
ガでは、ロシアの考える「ハイブリッド戦争」につ
いて考えていきましょう。
▼「ゲラシモフ・ドクトリン」とは何か?
2014年のクリミア併合やウクライナ東部への介入
の際、ロシアが「ハイブリッド戦争」を遂行したと
広く認識されています。「ハイブリッド戦争」は、
それを理論的に支える命題を示したヴァレリー・ゲ
ラシモフ・ロシア軍参謀総長の名前にちなみ、「ゲ
ラシモフ・ドクトリン」と呼ばれることも多いです
が、まず指摘しておきたいのは、「ハイブリッド戦
争」や「ゲラシモフ・ドクトリン」がロシアの軍事
ドクトリンとして正式に採用されているわけではな
い、ということです。あくまで欧米がそう形容して
いるに過ぎません。
では、ゲラシモフはどのような命題を提唱したの
でしょうか。ゲラシモフは2013年に公表した論文
「予測における科学の価値」で、以下のことを述べ
ました。少々長いですが引用します。
「戦争のルール」は変わった。政治的・戦略的
目標を達成させるための、非軍事的手段の担
う役割は増加しつつあり、多くの場合、効率
の面においては、軍隊の持つ兵器のパワーを
上回ってさえもいる。(中略)戦争手法は、
住民の抗議ポテンシャルに応じて適用される
政治、経済、情報、人道、その他の非軍事的
手段の方向に変化しつつある。(中略)
21世紀においては、平時と有事の間の多様な
摩擦の傾向が続いている。戦争はもはや宣言
されるものではなく、我々に馴染んだ形式の
枠外で始まり、進行するものである。(中略)
いわゆる「カラー革命」に関連するものを含
めた紛争の経験は、まったく何の波乱もない
国家が数か月、場合によっては数日で熾烈な
武力衝突の舞台に投げ込まれ、外国勢力の介
入の犠牲となり、混乱、人道危機、内戦を背
負わされることになるのである。(中略)
もちろん、「アラブの春」は戦争ではなく、
したがって、我々軍人が研究しなくてもよい
と言うのは簡単である。だが、もしかすると、
これが21世紀の典型的な戦争ではないだろう
か?
ゲラシモフは、これからの戦争は「非軍事的手段」
が主となりつつあるとの命題を掲げました。ゲラシ
モフは、非公然の情報敵対活動および特殊作戦部隊
の活動を含む国家の正規軍は、政治・経済・情報・
人道・その他にまで及ぶ「非軍事的手段」を補完す
る目的で使用されると言います。また、公然と軍事
力を使用する場合には、平和維持活動および危機管
理という形態を装う場合があり、こうした「ハイブ
リッド性」を駆使して任務を遂行することで、敵国
内部には「継続的に機能する戦線」が出現する、と
ゲラシモフは説きました。
前々回のメルマガで紹介したアメリカ海兵隊のホ
フマンが「テロとの戦い」という現実を受けて、
「ハイブリッド戦争」という概念を編み出したよう
に、ゲラシモフは、2000年代の「カラー革命」や
「アラブの春」などの旧ソ連圏や中東・北アフリカ
の権威主義体制が民衆の反抗により打倒された出来
事に触発され、これらの出来事を「21世紀の典型的
な戦争」として捉え、上記の論文を書いたのです。
この論文の背景にある大きな問題意識として、
「カラー革命」は、プーチンが統治する権威主義的
なロシア国家にとっての脅威であり、いかにして、
こうした新たな脅威にロシアが対抗するか、という
ものがありましたが、皮肉なことに、ゲラシモフの
命題は、2014年のクリミア併合のときに、そのまま
実践されたのです。このことこそが、ウクライナ危
機以降、「ハイブリッド戦争」と「ゲラシモフ・ド
クトリン」をほぼ同義で使用する西側の安全保障専
門家が増えた原因でした。
▼「カラー革命」と「ハイブリッド戦争」
「カラー革命」とは、2000年代初頭に旧ソ連圏の
国家で発生した一連の民主化革命を指します。ジョ
ージアのバラ革命(2003年)、ウクライナのオレン
ジ革命(2004年)、キルギスのチューリップ革命
(2005年)にあるように、一連の民主化革命には、
それぞれ「色」がついている名称があるので、
「カラー革命」と呼ばれています。
ロンドン大学キングス・カレッジのオフェル・フ
リードマン博士によれば、ロシアの軍事専門家の間
では、「ギブリードナヤ・ヴァイナー(ハイブリッ
ド戦争)」は、敵対国の人々の社会・文化的まとま
りをそぎ落とす西側諸国の試みであり、究極的に
は、「カラー革命」によって、非友好的な体制を転
換させるもの、と捉えられています。まさに、ロシ
アにとっては、「カラー革命」スタイルの外部勢力
の介入は、自国の権威主義体制を維持する上で脅威
なわけですね。
こうしたことから、ロシアでは、外部勢力が軍事
力を背景に、あらゆる手段を講じ、他国の体制転換
を迫ろうとする行動に敏感です。上述のゲラシモフ
論文を読んでも、そうしたことは感じ取れます。こ
れはゲラシモフ特有のものではありません。
2014年5月23日、ロシア国防省主催のモスクワ国際
安全保障会議が開催され、西側の安全保障専門家も
多数参加しました。ここで、ゲラシモフ参謀総長、
セルゲイ・ラブロフ外相、ベラルーシのユーリー・
ジャドビン国防相、ニコライ・ボルジュジャ・ロシ
ア軍大将、ウラジミール・ザルドゥニツキー・ロシ
ア軍参謀本部作戦総局長らは一様に以下の報告を行
ないました。
湾岸戦争(1991年)、NATOのセルビア空爆(1999
年)、アフガニスタン戦争(2001年)、イラク戦争
(2003年)は暴力を用いた体制転換の典型例で、ジ
ョージアの「バラ革命」(2003年)、ウクライナの
「オレンジ革命」(2004年)、キルギスの「チュー
リップ革命」(2005年)などの「カラー革命」や
「アラブの春」は直接的に暴力を用いていないもの
の民間軍事会社、反体制派への武器供与、外国人戦
闘員の参加を通した体制転換を意図した行為である、
と発表しました。ロシア側のプレゼンテーション
に、西側諸国の出席者は驚いたそうです。なぜな
ら、他国の体制転換の背後には、すべてアメリカが
控えているとする、なかば陰謀論的な世界観を彼ら
が公然と披露したからです。ちなみに、こうした陰
謀論的な世界観はロシアの政治的言説では珍しいも
のではありません。
上記のロシアの主張を簡単に紐解いてみましょ
う。そもそも、実際の武力行使に相当するため、湾
岸戦争、セルビア空爆、アフガニスタン戦争、イラ
ク戦争を西側が体制転換のためにしかけた「ハイブ
リッド戦争」と理解することは難しいですね。
では「カラー革命」について言えば、フリードマ
ン博士が指摘するように、ロシアは、やはり「ギブ
リードナヤ・ヴァイナー(ハイブリッド戦争)」を
遂行するための一手段と捉えていることが分かりま
す。ちなみに、昨今の香港情勢を「カラー革命(中
国語:顔色革命)」スタイルの「ハイブリッド戦争
(中国語:混合戦争)」と捉えている中国は、「顔
色革命」を用いた「混合戦争」というロシア的理解
を共有しています。
▼「さかさま」な二つの解釈
実際には、ホフマン論文もゲラシモフ論文も、着
眼点も内容も似ている個所が多いのですが、決定的
に異なる点は、外部勢力(ほとんどの場合は民主主
義勢力)の権威主義諸国に対する「カラー革命」を
重視するかどうかの点です。ホフマン論文をベース
にしたEUやNATOの議論では、外部勢力(この場合は
権威主義勢力)が民主主義の「開かれた社会」の脆
弱性につけこみ「ハイブリッド脅威」を及ぼしてい
る点に、問題意識があります。なかなかうまく表現
できませんが、二つの解釈はまるで「さかさま」で
すね。私たちの知っているアルファベットが、「さ
かさま」にひっくり返っているロシア語のアルファ
ベットのようです。
西側とロシアの間では「ハイブリッド戦争」とい
う言葉で想定される世界観は重なり合っていないの
です。このことをしっかりと理解できれば、冒頭で
紹介したベラルーシ情勢をめぐる西側とロシアの間
の「舌戦」が、より深く分かると思いますが、いか
がでしょうか。
今後のメルマガでも、もう少し、「ハイブリッド
戦争」の定義の問題について考えたいと思いますの
で、お付き合いください。次回のメルマガでは、日
本は「ハイブリッド戦争」という言葉をどのように
捉え、そして日本の外交・安全保障政策の構想に、
「ハイブリッド戦争」概念をどうインプットしてい
けばよいか、について考えていきたいと思います。
(つづく)
(しだ・じゅんじろう)
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【著者紹介】
志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)
国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。
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