配信日時 2020/08/25 20:00

【ハイブリッド戦争の時代(2)】「ハイブリッド戦争」の定義   志田淳二郎(国際政治学者)

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争の時代」の二回目です。

「ハイブリッド戦争」
について考える第一歩の教養がわかります。

換骨奪胎という言葉を改めて思い起こしました。


ご意見・ご感想をお待ちしています。
コチラからどうぞ
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さっそくどうぞ



エンリケ


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新シリーズ!

ハイブリッド戦争の時代(2)

「ハイブリッド戦争」の定義

志田淳二郎(国際政治学者)
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□はじめに

皆さん、こんばんは。新型コロナウイルスと連日の
酷暑が、報道の中心となっていますが、いま、沖縄
県・尖閣諸島で緊張が高まっていることはご存知で
しょうか。8月16日に中国政府が東シナ海に設けた
禁漁期間が終わり、17日以降、大量の中国の漁船が
中国海警局の船とともに尖閣諸島の周辺海域に押し
寄せてくることが懸念されています。

中国にとって尖閣諸島を奪取するのに、「ハイブリ
ッド戦争」はうってつけの方法のように思えます。
いろいろなシナリオがありますが、たとえば、次の
ようなものが考えられます。

 漁船に乗っていた中国人の謎の武装集団(little
blue men)が尖閣諸島に「船の故障」を理由に上陸
し、そこに日本人は居住していないのに、「日本人
の手により尖閣諸島の中国人民が殺傷された」とす
る虚偽情報が世界中に発信され、「在外自国民保護
のため」中国人民解放軍が尖閣諸島に上陸、中国の
領有が既成事実化するシナリオです。このシナリオ
は、結構、現実味を帯びていると私は考えています。

 そうしたなか、尖閣諸島防衛をにらんだ「日米統
合機動展開部隊」常設構想のニュースが報じられま
した。ウクライナ危機の教訓から、NATO同盟国は、
米軍とともに即応態勢の強化に取り組んでいます。
その狙いは、「ハイブリッド戦争」を駆使し、現状
変更の既成事実化を避けるために、「同盟の抑止
力」の枠内で、即応能力を強化することが重要にな
るからです。

 私たちが「ハイブリッド戦争」をしっかり理解す
ることが、「銃後」を守る上でも大切であることは
言うまでもありません。


▼クリミア併合(2014)における「ハイブリッド戦争」

 「ハイブリッド戦争」というと、ロシアの参謀総
長ゲラシモフの論文が頻繁に言及されます。もちろ
ん、今後のメルマガでゲラシモフ論文が登場した背
景にも触れますが、あまり、ゲラシモフ論文ばかり
に注目していると、「ロシアの伝統芸としてのハイ
ブリッド戦争」という認識に引き寄せられ、民主主
義体制やリベラルな国際秩序への影響という、より
大きな絵の中での「ハイブリッド戦争」のインパク
トを見落としてしまいます。

 そこで、まずは、クリミア併合(2014)プロセス
を振り返った後、ヨーロッパでどのように「ハイブ
リッド戦争」の定義が精緻化されていったかを本日
のメルマガで確認したいと思います。

 2013年11月以降、ウクライナでは親欧米派の市民
運動(ユーロ・マイダン)による反体制デモが激化
し、内政が混乱していました。

 2014年2月27日、クリミアに「リトル・グリーン・
メン」が出現、3月1日、プーチン大統領はクリミア
のロシア系住民の保護を名目に、ウクライナ領内に
ロシア軍を展開させることへの承認をロシア上院に
求め、これが承認され、2日には、ロシア正規軍が
派遣されました。

 この間、ウクライナへのロシアからのサイバー攻
撃が断続的に行なわれています。16日の住民投票で
は、ロシアへの編入支持が96.6%と圧倒的多数だった
結果を受け、17日、クリミア議会はウクライナから
の「独立」を宣言、18日、「クリミア共和国」とし
てロシアに編入されました。

 3月1日、東部ドネツクでは、「ドネツク人民共和
国」と名乗る親露派住民の武装蜂起が散発し、ウク
ライナ政府はドネツクの状況を武力で鎮圧する意向
を示しました。4月12日、覆面をした完全装備の武装
勢力がドネツク北部に侵入を開始し、5月以降、ロシ
アからコサックやチェチェン人義勇兵が流入、8月、
ロシア軍が人道援助と平和維持の名目で、ウクライ
ナ東部に送り込まれ、紛争が激化しました。現在で
も当地の紛争は続いています。

 クリミアやドネツクに出現した武装勢力は、ロシ
ア軍であったことはプーチンものちに認めており、
周知の事実となっています。

▼ヨーロッパにおける「ハイブリッド戦争」をめぐ
る議論

 ロシアと地理的に近接し、国内に多くのロシア系
住民を擁する加盟国を持つNATOやEUは、ハイブリッ
ド戦争に強い警戒感を示しました。

 2016年4月、欧州委員会は、「宣戦布告がなされる
戦争の敷居よりも低い状態で、国家または非国家主
体が特定の目標を達成するために、調整のとれた形
態での、強制・破壊活動、伝統的手法、あるいは外
交・軍事・経済・技術などの非伝統的手法の混合」
とするハイブリッド戦争の定義を公表します。

 この定義には、前回のメルマガで紹介したホフマ
ン論文の一節「ハイブリッド戦争は、国家・非国家
主体双方がかかわるものであり、(その範囲は)通
常能力、非正規戦術形態、無差別暴力や強制を含む
テロリスト、犯罪、秩序攪乱行為など様々な形態に
及ぶ」がベースとなっていることが分かります。

 2017年秋には、フィンランドの首都ヘルシンキに
NATO・EU協力の下、研究機関Hybrid CoE(ハイブリ
ッド脅威対策センター)が設立されました。NATOに
は、さまざまな研究機関COE(センター・オブ・エ
クセレンス)がありますが、Hybrid CoEもそのうち
の一つです。

 やがて、Hybrid CoEは、2014年以降に急速に進ん
だ「ハイブリッド戦争」研究における言葉の定義を
数多く調査し、「ハイブリッド戦争」ではなく、よ
り包括的な「ハイブリッド脅威」という言葉を編み
出します。Hybrid CoEによれば、「ハイブリッド脅
威」とは、国家と非国家主体が協働で次のような行
動をとることで発生します。

(1)広範な手段を通じて民主主義国家の脆弱性を
意図的に狙った調整の取れた同時多発的行動。
(2)有事/平時、対内/対外、地域/国家、国
内/国際、友/敵といった境界や属性の敷居をなく
すような行動。
(3)こうした行動の目的は、相手に害を加えなが
ら、地域、国家、制度レベルで自らの戦略的目標を
達成することである。

 2018年10月、NATO議会会議・市民安全保障委員会
は、他国への政治介入、スパイ活動、犯罪行為、虚
偽情報、プロパガンダ、サイバー攻撃などが「ハイ
ブリッド脅威」の諸要素であると報告しました。

 ここまでの議論をまとめると、ヨーロッパでは、
「ハイブリッド戦争」という場合、「有事」とはい
えないものの、武装集団による戦闘・暴力行為をと
もなうクリミア併合スタイルのオペレーションか
ら、「平時」から「ハイブリッド脅威」が及ぶ事態
までを想定していることが分かります。「ハイブリ
ッド戦争」という言葉の中にも、いくつかのグラデ
ーションがある、ということですね。

▼次回の内容予告

 日本は民主主義国家であり、これまで、リベラル
な国際秩序の中で平和と繁栄を享受してきたわけで
すから、昨今、動揺が叫ばれているリベラルな国際
秩序の担い手としての自覚を持たなくてはなりませ
ん。そのためには、秩序の動揺要因となっている
「ハイブリッド戦争」の定義を理解する必要があり
ます。今回のメルマガで紹介したヨーロッパにおけ
る議論は、多くの示唆を私たちに与えてくれること
が分かります。

 ところが、こうした議論を「そのまま」受け入れ
るわけにはいきません。日本の外交・安全保障政策
をめぐる議論や我が国における国際政治学研究につ
なげられるよう、より意味のある言葉として「輸
入」する必要があります。次回メルマガでは、この
点を考えていきたいと思います。



(つづく)



(しだ・じゅんじろう)


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【著者紹介】

志田淳二郎(しだ・じゅんじろう)

国際政治学者。中央ヨーロッパ大学(ハンガリー・
ブダペスト)政治学部修士課程修了、M.A. in
Political Science with Merit、中央大学大学院法
学研究科博士後期課程修了、博士(政治学)。中央
大学法学部助教、笹川平和財団米国(ワシントンD.C.)
客員準研究員等を経て、現在、東京福祉大学留学生
教育センター特任講師、拓殖大学大学院国際協力学
研究科非常勤講師。主著に『米国の冷戦終結外交―
ジョージ・H・W・ブッシュ政権とドイツ統一』(有
信堂、2020年)。研究論文に「クリミア併合後の
『ハイブリッド戦争』の展開―モンテネグロ、マケ
ドニア、ハンガリーの諸事例を手がかりに」『国際
安全保障』第47巻、第4号(2020年3月)21-35頁。
「アメリカのウクライナ政策史―底流する『ロシア
要因』」『海外事情』第67巻、第1号(2019年1月)
144-158頁ほか多数。




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