配信日時 2020/08/12 09:00

【自衛隊警務官(35)】陸軍憲兵から自衛隊警務官に(35)― 宣誓解放とは何か?― 荒木肇

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自衛隊警務官(35)
陸軍憲兵から自衛隊警務官に(35)

宣誓解放とは何か?

荒木 肇

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□はじめに

 前回では森林太郎の衛生部員の送還について書き
ました。今日は、その後の森軍医総監の国際法教育
のこと赤十字条約の普及への貢献をお話します。ま
た、旅順要塞の降伏にともなっての捕虜の宣誓解放
についてお知らせしましょう。


□緊急反論「軍民離間」の工作

 戦前憲兵隊が恐れていたのは「軍民離間(ぐんみ
んりかん)」ということでした。それは国民の財産
である軍隊と、それを支える国民の間の信頼関係を
壊すことをいいました。敵対勢力が軍隊に不信感を
もたせる情報を意図的に出す場合もありました。あ
るいはうかつにも軍の関係者が、部外者には理解さ
れにくい実態の一部をもらしてしまうことなどが原
因でした。

 たとえば、陸軍の内務班では毎晩のように私的制
裁がある。学校を出ている新兵は小学校出の下士官
や上等兵からいじめられる。俸給だけでは必要な金
が足りないので送金しなくてはならない。こうした
話が世の中に流布されると、軍隊への信頼感が薄
れ、軍隊と民間、一般社会との間が離れてしまうと
いうのです。

 先日、B社のオンラインから陸上自衛隊第1空挺
団についての配信記事がありました。それは、まさ
に陸上自衛隊への国民の信頼を損なう記事でした。
以前からこの筆者の存在は、防衛大学校への批判的
記事などでわたしも知っていました。それもいささ
か的外れな防衛大学生の能力批判でした。自衛隊を
憂えるといった正義感からと主張されていました
が、今回の空挺団長をパワハラの実行者として糾弾
する記事にはまったく納得がいきません。

 筆者は十分な取材も調査もした上で、多くの内部
からの証言も得ていると言っています。空挺団の隊
員からも、防衛省内部からも情報を得たそうです。
そうしてパワハラで部下を苦しめるような人間が、
陸上幕僚監部の人事部長に異動するのが許せないと
いった主張につなげています。

彼が部下に対する団長のパワハラの事実だと挙げた
いくつかの事例は、誤解されることを覚悟でいえ
ば、わたしのように少しでも自衛隊の仕事の中身を
知る人間にとっては珍しい話ではありません。

 一般企業と、法令によって生命を捧げることが義
務となっている自衛隊と異なるところはたくさんあ
ります。よく誤解されているところがあるので書い
ておきます。

危険な職務に従事するのは警察官や消防官も同じで
はないかという人がいます。ところが、服務の宣誓
で「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の
完遂に努め」というのは自衛官だけです。警察官も
消防官もいずれの宣誓でも「警察職務を遂行」「消
防職務を遂行」するという言葉になっています。

 自衛官だけが「事に臨んで危険を顧みず・・・」
という文言が入っているのです。それは自衛官が
行動する戦場は、非人間的な環境、不条理と無理が
まかり通る所だからでしょう。そうであればこそ、
日ごろの勤務も世間の会社勤めとは違います。民間
企業では、書類のミスや、手順の間違いがあっても
命まで失うことは滅多にありません。自衛隊の部隊
では、そうしたことが自分の、仲間の生命を失う結
果になることばかりです。戦場では全軍の不利をも
たらしてしまうこともあります。

 だから、注意の仕方も、指導の言葉も、ふつうに
考えたら乱暴な厳しいものに見えがちです。実名を
出されて誹謗されたK団長は、わたしの知る限り、
真っ正直で、公平で、部下に優しく、自分には厳し
い人です。記事の中には多くの部下が残業を当たり
前にしているなかで、自分だけ5時になったら帰
る、土曜日にはラーメン屋で朝から並んでいたなど
とあります。

 当たり前のことでしょう。残業は部署ごとのこと
だろうし、団長が用もないのに勤務時間を過ぎて隊
内にいたら部下にとっては迷惑です。また、休日の
土曜日に団長がラーメンを食べたらいけないのでし
ょうか。

 筆者はとくとくと書いています。防衛大臣に記事
の中身を通告し、調査・回答を要求した。1週間待
たされたと。おかげで空挺団は大変だったことでし
ょう。調査が入り、業務が妨げられ、多くの時間を
使わされたのです。こうした人はよくおります。自
己紹介をみると、どんなことにも一家言あるような
高名なジャーナリストのようです。

こういう人の中には内部の人間も知らないことを、
さも知っているかのように語る人もおります。ま
た、自分の筆の、文章の力で世の中を、自分が属し
てもいない組織を改革したいという使命感があるよ
うです。

残念ながらK団長は陸幕の人事部長にはなりません
でした。予言は外れていましたが、軍(自衛隊)と
民(一般社会)の信頼関係を損なうデマゴーグと言
ってよいでしょう。


▼鴎外は軍医総監として戦時法規を教育した

 1907(明治40)年11月、?外森林太郎は
陸軍軍医総監となり陸軍省医務局長となった。軍
医としては最高のポストであり、兵科の中将相当官
である。翌年4月には「陸軍軍医学校教育綱領」が
出される。そのなかに軍医学生に与える学術科目が
ある。

軍陣衛生学 (2)軍陣防疫学 (3)軍陣外科
学 (4)軍陣内科学 (5)選兵医学(徴兵検査
等に関する医学) (6)戦術学、地形学 (7)
野戦衛生勤務学 (8)国際法大意並びに赤十字条


 また同じく将校相当官である薬剤官(大学薬学
部、薬科専門学校を出た薬剤師資格をもつ)には、
軍陣衛生学、軍陣衛生化学、比較薬局方学、軍陣製
剤学、医科器械学の他に、医官と同じく、国際法大
意と赤十字条約を学ばせることにしていた。

▼教授の要目

 1909(明治42)年の教育細則を読むと興味
深い。週の実施時間の配分がある。軍陣衛生学は9
時間(以下、時間を省く)、防疫学7、外科学
6.5、内科学5、選兵医学7、戦術学・地形学
1.5、野戦衛生勤務学1.5、国際法附赤十字条
約1.5となる。合計39時間で、軍陣衛生学と同
防疫学の比重が高く、同じく選兵医学も多い。

 軍陣衛生学とは何か。条例を見ると、「兵衣、兵
食、兵営、兵薬等に関する衛生」と書いてある。軍
陣防疫学とは「軍隊に多発する伝染病の蔓延(まん
えん)及びその予防に関する学説及び実習を行う」
とあり、「平戦両時においての病原体検診」を練熟
させるもの。

軍陣外科学こそ戦時の軍医官の専門である。やはり
「戦傷に関する主要の学説を講授して戦時において
の軍医の外科的作業を講授し大小手術を実習させ
る」とされた。レントゲンに関する学習もあり、診
断治療上の応用も学ばせる。口腔外科もここに入
る。歯牙疾患も一応の領域に入っている。軍陣内科
学には、精神疾患に関する内容が含まれている。

選兵医学は範囲も広く、内容も多いので意訳してみ
よう。眼科では屈折機検定、視力、視野、色神、光
神の測定、詐偽(さぎ)眼病看破(かんぱ)法を学
ぶ。耳鼻咽喉科では聴器診断、聴力検査、偽聾(ぎ
ろう・耳が不自由と嘘をつく)の看破法を学ぶ。皮
膚科泌尿器科では、花柳病(かりゅうびょう・性病
のこと)の診断・治療法が重視された。

こうしてみると、徴兵逃れのために詐病(さびょ
う)をする者が案外多かったことが分かる。偽の眼
病や耳が聞こえないなどの嘘を看破する方法を学ん
でいたのだ。

戦術学や地形学をなぜ学ぶか。戦術の原則を知り、
地形を考え、地図の見方などを学ぶのは、やはり軍
医も軍人であり、戦時の衛生機関の運用をするから
である。

このように、国際法のおよその知識と、衛生要員を
非戦闘員とし保護をうたった赤十字条約と陸戦法規
について森軍医総監は衛生部員に徹底しようとして
いたのだ。

▼捕虜の宣誓とは

 宣誓をした捕虜は解放し帰国させるという慣例が
あった。日露戦争のロシア軍捕虜の中にも宣誓をし
て解放された者たちがいた。

 旅順要塞は「開城」することになったが、佐藤庫
八氏が紹介された有賀長雄博士によって起草された
規約にも次の規定があった。第7条である。そこに
は「将校と所属官吏に帯剣と直接生活に必要な私有
品の携帯を許す」ことと、「将校、官吏と義勇兵に
ついては筆記宣誓すれば本国に帰還できる」という
記載があった。

 筆記宣誓の中身は次のようなことである。戦争が
終わるまで武器を取らない、日本軍の不利益になる
ようなどんな行為もしない。これを約束すれば将校
と相当官は、同じく宣誓した従卒とともに帰国でき
たのである。

 旅順要塞の最高司令官ステッセル中将は、ただち
に皇帝に電報で許可を願った。皇帝もまた、宣誓し
て帰国するか、それとも敢えて部下の兵士たちと捕
虜生活を送るか自由であると返電した。

 おかげで、4万3975名のロシア軍捕虜のう
ち、陸軍将官7名海軍将官4名と陸海軍将校550
名と文官下士卒など877名は宣誓の上で帰国した
のである。

 こうした宣誓解放はどのような経緯で生まれたの
か。次回は歴史的な考察を加えてみよう。



(以下次号)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同
大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。日露
戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍
教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行な
う。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『(仮)
警務隊逮捕術(近刊)』(並木書房)がある。
 

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