配信日時 2020/05/04 20:00

【戦略航空偵察(14)】「ル・メイ将軍の大作戦」 西山邦夫(元空将補)

こんにちは、エンリケです。

「戦略航空偵察」十四回目です。

さてきょうの記事。

<しっかりした対処能力がなければ、まともな抗議も
できない、厳しい国際関係>

などなど、今も活きる感覚を実例を通じて掴めます。

情報史は、歴史の闇を照らし、
後世に生きるものが歴史から養分を得る核心になる。
改めてそう感じます。


それにしても、RB6機のシベリア東行。
読んでいるだけで寒気がし、鳥肌が立ちました。


実にありがたいですね。

さっそくどうぞ


エンリケ



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戦略航空偵察(14)

ル・メイ将軍の大作戦

西山邦夫(元空将補)

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□ご挨拶

 今回のメルマガは、対日戦略爆撃を指揮した
ル・メイ将軍が、冷戦期に実行した作戦についてで
す。

 ル・メイ将軍は、第2次大戦末期に第21爆撃集団
司令官に就任し、1945年3月10日の東京大空襲を指
揮しました。日本は死者行方不明含め10万人以上、
被災者100万人以上、25万戸の家屋が焼失するとい
う大きな損害を被り、首都としての機能を半ば失い
ました。民間人の被害が多かったことから、日本人
の戦意への影響も大きく、都市爆撃で戦略的な効果
を意図したル・メイ司令官の狙いが的中したものと
米国では評価されている一方で、民間人の犠牲を多
く出たことで人道面の非難を浴びた面がありました。

 1961年、空軍参謀総長に就任したル・メイ将軍は、
1954年に発足した航空自衛隊の建設を積極的に支援
しました。教官の派遣など教育支援、航空機など諸
機材の供与など、黎明期の航空自衛隊の成長には
ル・メイの援助が欠かせないものでした。彼はこの
功績で1965年に日本政府から勲1等旭日大綬章を授
与されています。


▼ソ連の防空体制を探る「ホームラン作戦」

 1949年から1957年まで戦略航空軍団司令官を務め
たル・メイ将軍は、1956年にグリーンランドのチュ
ーレ基地にRB-47と空中給油機を多数集合させ、ソ連
に対する一大偵察作戦を開始しました。ソ連北極海
沿岸から領土内に侵入し、写真撮影を行なうと同時
に、北極海沿岸沖に電子偵察装備を搭載したRB-47を
飛行させ、ソ連の防空体制を探る計画で、ホームラ
ン作戦と呼称しました。

 B-47は、第2次世界大戦後に開発・製造されたジェ
ット推進の爆撃機で、初めて後退翼が採用され、流
麗なフォルムと優れた性能で2千機余りが製造され
ました。

 B-47を後継したのがB-52ですが、B-47はB-52と比
べると爆弾搭載量、行動半径ともに約1/2の能力
で、本格的な戦略爆撃機としての力に欠けていまし
たが、1950年代の主力爆撃機として運用され、1965
年に退役しました。偵察型のRB-47も50機が製造され、
1960年代まで戦略偵察機の主力として活躍しました。

▼戦略的偵察の中で最も危険な作戦

 1950年代、米国は、ソ連の戦略爆撃機による核攻
撃に深刻な懸念を抱きました。1954年にソ連が航空
ショーを実施し、新型戦略爆撃機M-4バイソンを駐モ
スクワ米武官に披露、観察させたのです。武官の報
告を受けた米国首脳たちは大変なショックを受け、
核戦略の練り直しを迫られました。M-4は米本土を
攻撃できる能力があると見積もられたからです。
ル・メイ将軍は、ソ連の戦略爆撃機の対米攻撃能力
と、米国の対ソ連攻撃能力を比較検証しなければ彼
の任務を完遂できないと考えました。

 ホームラン作戦は、米国が実施した戦略的偵察作
戦の中でも、おそらく一番重大で危険なものと言え
るかもしれません。その内容は未だに秘密になって
おり、詳細は不明のままですが、多少漏れてきた情
報もあります。チューレ基地に50機近くのRB-47と空
中給油機が集められ、ソ連極北地域から何回か侵入
飛行が行なわれました。

 あるパイロットの述懐によれば、目標めがけて30
マイル侵入したが、厚い雲で撮影できない。危険を
冒してもう一度360度旋回して撮影をやってみるか、
と同乗の同僚に尋ねたところ、彼は「将軍は360度
旋回するのは危険だからやるな、と言っていた、だ
が我々がやらなければ、他の偵察機を指向するだろ
う」と言ったので、再び目標に向かった。最後尾の
RB-47が目標から離脱しようとする時、MiGが接近し
てきたが、逃げおおせた、とのことでした。

多数機によるソ連領侵入偵察作戦は、7週間にわたっ
てほとんど毎日行なわれました。8機から10機が発
進し、北極点上空で給油を受け、ソ連領内を飛行し
て写真撮影を行ないました。核実験場と目されるノ
ーバヤゼムリア島は防空体制が厳しい場所でしたが、
ここも目標になりました。

 ホームラン作戦の中で最大の偵察飛行が1956年5月
6日に行なわれました。6機の武装したRB-47偵察機
が編隊で北極点を通過し、ソ連北極海沿岸の町アン
バルチク付近から領内へ侵入し、シベリアを東進、
ベーリング海に面したアナドイリまで飛行し、アラ
スカのイールソン基地に着陸しました。この間、ソ
連の空軍基地、ミサイル基地を撮影する12時間の飛
行でした。ソ連側から見れば、米国が核攻撃の大編
隊を侵入させたと判断しても、おかしくない行動で
した。

▼ホームラン作戦実施の意味

 米空軍はなぜこのような大胆で危険な行動を行な
ったのか? それはソ連のレーダー網の穴を探すの
が最大の目的でした。核武装した戦略爆撃機を無傷
でソ連領内の目標へ侵入させるには、レーダーによ
る探知をできるだけ避けなければなりません。当時
のソ連の対空レーダー網は完成しておらず、ところ
どころに穴が開いていたのです。

 着陸後、SIGINTの記録テープはNSAで分析されまし
たが、ソ連のレーダー波はほとんど記録されていませ
んでした。ソ連極北地域には防空レーダー施設がま
だ十分には配置されていなかったのです。しかし、
ソ連はRB-47の編隊による侵入飛行の概要を探知し
ており、1週間後に抗議文書を米大使館へ手渡しまし
たが、それは形式的なものでした。有効な防空がで
きなかったので、面目を失ったと考えたのでしょう。
しっかりした対処能力がなければ、まともな抗議も
できない、厳しい国際関係を示した例と言えましょ
う。

▼リスクを冒す

 ホームラン作戦を、ソ連が米国の奇襲攻撃だとは
判断しない、という予測は極めて危ういものでした。
現実にMiGの要撃がありましたし、ソ連政府の抗議も
行なわれました。ル・メイ将軍の提案した作戦をア
イゼンハワー大統領は認可したのは、米国の首脳部
がその作戦を実行するだけの価値を認めたからに違
いありません。

 共産圏諸国は鉄のカーテンの中で厳重な保全処置
を講じたので、HUMINT(人を介して収集する情報)
の利用がほとんどできなくなり、ソ連の核戦力に関
しても、いわゆるスパイによる情報は勿論、報道な
どの公開情報までもが絶たれていました。

 米国の戦略爆撃機の攻撃に対するソ連の防衛態勢
がどのような状態にあるか、逆にソ連の核攻撃は何
機の爆撃機を使ってどこから米国に侵攻してくるの
か、具体的な情報がなければ作戦計画は立てられま
せん。核戦争が迫っているという恐怖感が存在し、
アイゼンハワー大統領は、ル・メイ将軍の作戦に同
意して敢えて大胆かつ危険な偵察作戦に踏み切った
のです。


(つづく)


(にしやま・くにお)


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□著者略歴

西山邦夫(にしやま・くにお)
1936年生まれ。防衛大学校卒(4期・空)。
情報関係略歴:航空幕僚監部調査2課収集1班長、航
空総隊司令部情報課長、陸幕調査別室主任調整官、
航空自衛隊幹部学校主任教官。著書に『肥大化する
中国軍(空軍部分を執筆)』(晃洋書房、2012年)、
『中国をめぐる安全保障(空軍部分を執筆)』(ミ
ネルバ書房、2007年)。研究論文に『中国空軍の戦
力構成とドクトリン』『中国空軍のSu-30MKKとイン
ド空軍のSu-30MKI』『韓国空軍の増強と近代化』
『中露合同軍事演習』『中国の主要航空兵器の装備
化実績と将来予測』『中国空軍の戦力とドクトリン』
『チベットにおける中国の軍事態勢整備』など多数。


 
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