配信日時 2020/04/29 09:00

【自衛隊警務官(20)】陸軍憲兵から自衛隊警務官に(20)― 宣戦布告について― 荒木肇

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自衛隊警務官(20)
陸軍憲兵から自衛隊警務官に(20)

宣戦布告について

荒木 肇

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□はじめに

 憲兵史から少し外れますが、国際人道法(戦争法
規)について、不勉強を反省しながら自分がまとめ
たいと思っています。陸上自衛隊でもその研究の最
高権威だった佐藤庫八(さとう・くらはち)元1佐
のお許しをいただき、その研究成果をご紹介させて
いただきます。

 近頃の話題ですが、ある県の知事さんが「国民へ
の給付金」を県庁職員から取り上げてコロナ・ウィ
ルスへの対策資金にしたいなどと言いました。中に
は支持者の方もおられるのでしょうが、そういう施
策のねらいを理解しない発想が出ることに驚かされ
ます。

 まず、給付金の性格です。もちろん、一つの目的
として生活に窮している方への援助があります。そ
ういう意味では県庁職員は公務員であり、給与が下
がることもなく、生活も安定しているでしょう。だ
から棚ぼたの10万円を県政のために出せというの
はおかしくはありませんか。そういうことではない
でしょう。

 消費を少しでも増やして、景気の刺激にしようと
いうことではありませんか。また、最高権力者であ
る知事がそういうことを言いだしたら、仕方なく応
じる人も出てきます。これはわが国社会の現況から
考えれば十分にあり得ます。

 さすがに翌日には「言葉選びを誤った」と撤回し
たそうです。しかし、間違ったのは言葉選びではな
く、最高責任者としての判断でしょう。県庁の職員
方は懸命に働かれていたと思います。また、市区町
村の方々も同様です。そういう事態の中にあって、
知事の言葉にはリーダーシップのかけらもありませ
んね。


▼なぜ「戦争法規」は必要か?

 有賀博士は佐藤元1佐の著作によれば、「開戦の
詔勅」を解釈されたという。なぜ、日露は開戦しな
くてはならなかったかである。

歴史学界の大勢はいまも、わが国の大陸への野望、
侵略への道という見方のようだ。教科書もそうした
書きぶりが主流になっている。たとえば、検定に合
格している中学校歴史教科書(日本文教出版)には
次のように書かれている。
「ロシアは満州(中国東北部)に軍隊をとどめ、清
や朝鮮への影響力を強めました。そのため、朝鮮へ
勢力をのばそうとしていた日本は、ロシアとの対立
を深めました。(中略)日本は、満州はロシアの、
朝鮮は日本の支配下におくという交渉を行いました
が、両者の対立は大きく・・・」
という書き方で開戦の理由づけをしている。

 教科書であるから学会の通説を当然、反映してい
るだけである。しかも、教科書はページ数も少ない
ので、簡単にもなっている。ここで当時の国際法の
権威である有賀博士の書かれた解説を佐藤元1佐の
教えに従って読んでみよう。当事者がどのように考
えていたか理解できるからである。歴史学者の語る
論評の多くは「後出しジャンケン」であり、結果論
からさかのぼることが多い。そこで、当時の人たち
がどういう思い、考えで判断を下したかを知ってお
くことは事実に迫る重要な手だてになる。

「いずれの国の政府も国家、国民の発達を図る責任
がある。独立国家として、ある条件がこの発達のた
めに必要やむを得ないと認めながら、たまたま、そ
の条件が他の国の発達条件と衝突したときに、これ
を貫徹しないで止めてしまった場合、国家、国民と
して果たすべき義務に背くものと言わざるを得ない。
清国の満洲における主権を維持させること、韓国を
いずれの国の勢力にも屈服させないことは、日本の
国家、国民の将来のために必要やむを得ない条件で
ある」

 当時、ロシアは満洲から撤兵せず、むしろ兵力を
増加し、南下する意欲を十分にもっていた。それも
またロシアからすれば、国家、国民の発達の最大要
件なのだ。朝鮮を統御し、アジアに勢力を伸ばすこ
とがロシアの意思だったのだ。わが国の話し合いの
要求にも、それを譲ることもなく、さらに朝鮮との
国境に備えを始めた。わが国の政府、軍は武力攻撃
を受ける切迫事態にあると認識していた。

 戦争法規の制定について有賀博士は、その要因を
述べている(「日露戦争国際法論」を読み解く-武
力紛争法の研究:佐藤庫八・2016年、並木書房)。

「戦争は二国間の衝突を解決する最後の手段として、
反対の一方の意思を屈服させることを唯一の目的と
するものであるから、交戦する軍隊はこの目的を達
するに必要以上の強力を用いず、また、その必要以
上の惨害を加えることは必要ないのである」

▼ロシアは「陽に平和を唱道し・・・」

 開戦をロシアの立場に立って非難した「国際公法
学者」に対して、有賀博士は反論している。
「(ロシアの態度は)陽に平和を唱道し、陰に海陸
の軍備を増大し、我を屈従しようとした」というこ
とだ。以下、佐藤元1佐の論稿から引く。

 具体的には、1903(明治36)年4月には、
2回目の満洲からの撤兵に際して、ロシアはその約
束を守らなかった。しかも、それ以後、ロシアの軍
備増強はどうか。

 戦闘艦3隻、装甲巡洋艦1、巡洋艦5、駆逐艦7、
砲艦1、水雷敷設艦2の合計19隻、排水量の合計
は8万2415トンにのぼった。ほかに駆逐艦の建
造材料を鉄道で旅順にまで急送し、すでに竣工して
いるのが7隻ある。また、義勇艦隊に属する汽船2
隻をウラジオストックで武装させ、軍艦旗を揚げて
いる。さらには戦闘艦1、巡洋艦3、駆逐艦7と水
雷艇4の合計3万740トンがウラジオストックに
回航中である。これらを合計すれば、増強される艦
隊は、総排水量約11万3000トンにもなる。

 陸軍は、やはり1903(明治36)年6月29
日に、西シベリア鉄道輸送試験を口実にして、歩兵
2個旅団、砲兵2個大隊、騎兵、輜重兵各若干を送
ったのを始めとして、その後も将兵を輸送し、本年
2月上旬までにその兵員数すでに4万人に達し、な
お必要な場合は20万余の兵士を輸送することを計
画している。

 具体的にさらに旅順、ウラジオストックの戦備の
状況を書いた。2月3日にはウラジオストック軍港
の知事が、本国政府の命令によりいつでも「戒厳令」
を布告することができることをうけて、在留日本人
にハバロフスクに退去するように日本貿易事務官に
要求した。

 これらから有賀博士は堂々と、自衛のためにわが
国が立ち上がったことの正当性を主張したのだ。

▼「宣戦布告」とは何か?

 アメリカでは、日本は宣戦布告もしない開戦の常
習者だった。日清戦争も日露戦争もそうである。卑
怯な国民であり、国際法を守らない。そんなことを
聞かされたこともあるだろう。これらはおおよそ大
東亜戦争後の占領軍の意図から出たものである。
1941(昭和16)年の真珠湾攻撃を「卑怯な騙
し撃ち」とするアメリカの宣伝を広めたものだ。敗
戦国民だった日本人の多くは、そうだったのかと肩
を落とした。自信を失わされたのである。

 しかし、事実は異なった。なぜなら、「開戦に関
する條約」は日露戦争後の1907(明治40)年
の第2回万国平和会議に制定されたものだった。

「文明国の国民」は不意に他の国民を襲撃する権利
はない、と主張したのはロシアのマルテンス博士だ
った。しかし、博士は同時に開戦のための宣言は必
要としないという信念はもっているという。その開
戦宣言を必要としない条件は次の通りである。
(1)双方が確固たる事実により、相互の間に交戦
状態があること。(2)いつ敵対行為が始まるかど
うか分からないことを承知していること。だから
「宣戦」が必要ではないと言えるのは、明らかな目
前の事実によって、一方がいつ敵対行為を受けるか
計り知れないと承知する場合においてだけである。

ロシアの側から言えばとマルテンス博士はいう。日
本公使館の通牒の提出で、日露の関係に断絶が生ま
れたのを知ったのは2月6日の午後だった。ただし、
この通牒には、一言も「抗敵」が始まることは書か
れていなかった。もしも通牒にこれについての数語
があれば、公明な戦争が行なわれたのだと博士は主
張した。

▼事実の解説をしておこう。

 小国・日本が大国ロシアに勝つためには、緒戦で
勝利を得ることはきわめて有利になる。差し迫った
必須要件は、陸軍にとっては韓国の制圧であり、海
軍にとってはロシア太平洋艦隊(旅順)に対する一
撃である。兵力が少ない日本は、やはり奇襲がもっ
とも有利だった。とはいえ、条約にはないといえ、
やはり国際的な非難は受けたくない。

 2月5日、陸軍が動き出す。韓国の京城に進出す
る韓国臨時派遣隊の出発である。これは第23旅団
長木越少将が指揮をとっていた。輸送船に乗り組み、
やがて連合艦隊とともに佐世保を出港することにな
っている。

 この派遣隊は、福岡の歩兵第24聯隊、小倉(北
九州市)の同14聯隊、大村(長崎県)の同46聯
隊、大分の第47聯隊から各1個大隊が抽出されて
いた。計2252人、馬は26頭、資材53駄とい
うことだ。午前6時には各大隊は営門を出て、汽車
で佐世保に向かった。
 
 午前11時には、海軍大臣山本権兵衛中将、軍令
部長伊東祐享(いとう・ゆうこう)大将、軍令部次
長伊集院五郎中将が参内して天皇に「大海令第一号」
の裁可を求めた。その内容は、(1)聯合艦隊司令
長官と第三艦隊司令長官は、東洋に在る露国艦隊の
全滅を図るべし。(2)聯合艦隊司令長官は速やか
に発進し、先ず黄海方面に在る露国艦隊を撃破すべ
し。(3)第三艦隊司令長官は、速やかに鎮海湾を
占領し、先ず朝鮮海峡を警戒すべし。

 この命令は既に封緘(ふうかん)命令として聯合
艦隊、第三艦隊司令部に渡されていたその開封時刻
は午後1時30分である。その理由は、小村寿太郎
外相が駐ロシア栗野公使に断交訓令電報を打つ予定
が午後2時だったからだった。

 この後に起こる交戦の内容は、まさに「戦時国際
法」に関わることばかりである。次回は時系列でそ
れを追って見よう。わが国の陸海軍が国際非難を浴
びるようなものだったかを調べなければならない。



(以下次号)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同
大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。日露
戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸海軍
教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を行な
う。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』(並木書
房)がある。
 

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