配信日時 2020/02/13 20:00

【ライター・渡邉陽子のコラム (265)】  ― 神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(7)―

こんにちは、エンリケです。

元陸将 元陸幕長・火箱さんの半生を辿る

「神は賽子を振らないー元
陸上自衛隊幕僚長火箱芳文の半生―」

のつづきです。

第一混成団創設当初の隊員たちの
「非常な苦労と忍耐がしのばれます。

さっそくどうぞ

エンリケ



「ライター・渡邉陽子のコラム」バックナンバー
https://okigunnji.com/watanabe/



ご意見・ご感想はコチラから
 ↓
https://okigunnji.com/url/7/


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『ライター・渡邉陽子のコラム (265)
 ―神は賽子を振らない
    第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(7)―

         渡邉陽子
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

こんばんは。渡邉陽子です。
今週も「PANZER」に連載中の元陸上幕僚長火箱芳文氏の半生を振り
返る「神は賽子を振らない-第32代陸上幕僚長 火箱芳文の半生-」
の最初の赴任地、沖縄時代のお話です。
今回は、この時代の沖縄の部隊がいかに苦労の連続であったかとい
う内容です。


■神は賽子を振らない 第32代陸上幕僚長火箱芳文の半生(7)


沖縄での部隊勤務は、毎日が新しいことの連続で、学ぶことが山の
ようにあった。
最初は地図判読もろくにできず、後ろで黙って見ていた花岡正明中
隊長から「おい、通り過ぎたんじゃないのか」と声をかけられ、初
めてミスに気づくといったことも珍しくなかった。この中隊長は軍
神と呼ばれ部下の誰からも慕われ、火箱が幹部としての心得を一か
ら教わった人だった。また、父親の年くらいの小隊陸曹は、火箱が
訓練中にどうしたものかと困っていると「こっちから進むといいで
すよ」など、いつも助けてくれた。

第1混成団はさまざまな部隊から集められた隊員で構成されていた
ので最初こそまとまりにくい面があったが、返還されて間もない沖
縄という特殊な環境で同じ苦労を共有していくうちに団結していっ
た。火箱はそういう部隊で上官や部下にさまざまなことを教わりな
がら育ててもらった。今でも年賀状のやりとりが続いている相手も
いる。

だが、沖縄時代の訓練の様子を写した写真はほとんど持っていない。
「住民を刺激する」と、制服や作業服で駐屯地の外に出ることがま
まならなかったからだ。訓練する場所自体もなく、行進の訓練とな
ると駐屯地の中を何十周もぐるぐる回るだけ。栗栖弘臣陸幕長が沖
縄に視察に来たとき、火箱は大胆不敵にも「日常われわれは駐屯地
外で訓練もできません。九州でなく沖縄で訓練できるようお願いし
ます」と直訴したほどだった。

自衛隊への風当たりも相変わらず強かった。住民登録拒否はよく知
られているが、隊員の車を焼かれたり盗まれたりといった物騒な出
来事も起こっていたため、官舎では自警団を組んでいた。デモも相
変わらずひんぱんに行なわれ、数万人規模で駐屯地にやってきた。
乱入されて武器を奪われるようなことがあってはならないから、火
箱らはライナー、手甲・すね当てを着け、警棒を持ち、いざという
ときのために建物の影に潜んで待機した。

デモを仕切っているのは本土からやって来た革新活動家勢力で、沖
縄の人たちは個人で話せば人懐こくてやさしい人がたくさんいた。
飲みに行っても歓迎されたし、沖縄の女性と結婚した隊員もいる。
だからこそ、デモで「人殺し自衛隊帰れ」と罵られたときのショッ
クは大きかった。その言葉を発したのが本土からの人間だとしても、
火箱の胸に刺さった。
「俺たちがなにをしたっていうんだよ。いつ人を殺したんだよ」
たまらなく悔しかった。
「米国との戦争で沖縄が戦場になったのは事実だけれど、それとこ
れとは違うじゃないか。沖縄を護りに来たのに、なんで人殺しと言
われなければいけないんだ」
悔しくて、腹立たしくて、駐屯地に投げ込まれた石やプラカードを
「畜生」と思いながら片付けた。おそらくほかの隊員たちも同じ思
いだったのだろう。桑江団長は「プラカードは捨てずに取っておけ、
いつか『こういうこともあった』と記念になる」と言い、さらに
「同じ日本人、いずれ自衛隊が認められる日も来る。それまで我々
は沖縄のためにただ黙々と防衛任務を続けていけばいい」。
自衛隊がやった、俺たちがやったと声高に言わず、沖縄を陰から支
える。そこに本質があると火箱は感じ、団長の言葉に救われる思い
だった。

沖縄のメディアも自衛隊のポジティブな面は完全に無視した。米軍
が実施していた離島無医村からの緊急患者空輸は自衛隊が引き継い
だが、新聞は急患空輸があったという事実は書いても、それを自衛
隊が行なっているということにはまったく触れなかった。
不発弾処理についても同様である。それでも第1混成団は黙々と任
務を遂行し、1979(昭和54)年7月には急患空輸が無事故で1000回
を達成している。そして2019(平成31)年4月1日 現在、第15旅団
の急患空輸は9451件、不発弾処理は3万7487件となっている。



(つづく)


(わたなべ・ようこ)

「神は賽子を振らないー元陸上自衛隊幕僚長火箱芳文の半生―」
http://okigunnji.com/watanabe/category1/category45/


※現在連載中

「PANZER」1月号
「神は賽子を振らない」第9回
https://amzn.to/33CaB8Y

「正論」12月号
「自衛隊あってのオリンピック」第6回
https://amzn.to/31UaMf4



「ライター・渡邉陽子のコラム」バックナンバー
https://okigunnji.com/watanabe/

ご意見・ご感想はコチラから
 ↓
http://okigunnji.com/url/7/



□著者略歴

渡邉陽子(わたなべ・ようこ)
神奈川県出身。大学卒業後、IT企業、編集プロダクション勤
務を経て2001年よりフリーランス。2003年から月刊
『セキュリタリアン』『MAMOR』などに寄稿。
現在は自衛隊関連の情報誌などで記事を発表。メルマガ「軍事
情報」で自衛隊関連の記事を配信中。
 
2016年6月、デビュー作
『オリンピックと自衛隊 1964-2020』を刊行。

 
PS
弊マガジンへのご意見、投稿は、投稿者氏名等の個人情報を伏せ
たうえで、メルマガ誌上及びメールマガジン「軍事情報」が主催
運営するインターネット上のサービス(携帯サイトを含む)で紹
介させて頂くことがございます。あらかじめご了承ください。


最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝しています。
マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感謝しています。
そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、心から感謝
しています。ありがとうございました。

 
----------------------------------------
メールマガジン「軍事情報」
発行:おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)
メインサイト:https://okigunnji.com/
問い合わせはこちら:
http://okigunnji.com/url/7/
メールアドレス:
okirakumagmag■■gmail.com(■■を@に
置き換えてください)
----------------------------------------
 

 
●配信停止はこちらから
https://1lejend.com/d.php?t=test&m=example%40example.com


<丸谷 元人の講演録&電子書籍>
謀略・洗脳・支配 世界的企業のテロ対策のプロが明かす…
知ってはいけない「世界の裏側」を見る
 http://okigunnji.com/url/13/
---------------------

投稿文の著作権は各投稿者に帰属します。
その他すべての文章・記事の著作権は
メールマガジン「軍事情報」発行人に帰
属します。
 
Copyright(c) 2000-2020 Gunjijouhou.All rights reserved