配信日時 2019/11/26 20:00

【わが国の情報史(45)】秘密戦と陸軍中野学校(その7)━ 秘密戦士に求められる精神要素とは ━ 上田篤盛

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官で
もあります。
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こんにちは、エンリケです。


沢尻エリカ

利用可能バイアス

因果関係バイアス

希望的観測


何を意味するかわかりますか?


日々巷を騒がせる様々な出来事を、
インテリジェンス的に捉えて考え、
学ぼうとする癖。

あなたにはありますか?
わたしにはありますね。
だからこの話にとても共感できます。


きょうの中野学校ばなしも
非常に濃密で他に類を見ません。
深掘り可能な上田さんならではでしょう、
こんな面白い中野学校ばなしを読んだことありませ
ん。

さっそくどうぞ。

エンリケ


ご意見・ご感想はコチラから
 ↓
https://okigunnji.com/url/7/



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わが国の情報史(45)
秘密戦と陸軍中野学校(その7)

秘密戦士に求められる精神要素とは

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
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□はじめに

 沢尻エリカ容疑者の逮捕で、「桜を見る会」から
衆目を逸らすためだという説が有識者や芸能人から
起きているようです。いつも、このような突発的な
事件(捜査関係者からすれば計画的捜査?)が起き
ると、いわゆる“陰謀論”が沸き起こります。

 「桜を見る会」と沢尻容疑者逮捕とに因果関係があ
ったのかどうかは定かではありませんが、野党など
に追及され困窮していた安倍政権にとって、この逮
捕は“渡りに船”であったのかもしれません。

 このように想像力を駆使して物事をつなげて見る
ことは重要です。2001年の9.11事件の前に
複数の事前兆候がありました。しかし、これらの有
力な兆候を個別の点として見るだけで、線を描けな
かったことから、9.11事件が予測できなかった
とされます。すなわち、想像力が欠如したとの反省
がなされました。

 逆に2003年のイラク戦争では、イラクのフセ
イン大統領が大量破壊兵器を保有していないにもか
かわらず、保有していると決めつけて、米国はイラ
クを攻撃しました。

 これは過去にイラクが大量破壊兵器を持っていた
という事実、ドイツと米国の関係者から「カーブボ
ール」というコードネームをつけられたイラク人科
学者の情報を有力視して、当時のパウエル国務長官
が、イラクは大量破壊兵器を持っていると判断した
わけです。

 のちに「カーブボール」はフセイン大統領を失脚
させたいために嘘を言ったことを自供しました。こ
のように、時機をとらえた人の発言にはさまざまな
意図が含まれている場合が多々あるので注意が必要
です。

 冒頭の発言を行なった芸能人たちが何らかの意図
をもって発言したのか、それとも純粋に思ったこと
を発したのかはわかりません。

 しかし、このような影響力のある発言を、我々は
ある種のバイアスをもって受け取ることになります。
この場合は、逮捕事件がなぜ起きたのかを自分自身
が納得したいがために、そこに因果関係を探すこと
があります。

 そこで、「桜を見る会」で困窮している安倍政権
と、安倍政権が国民の目をそらすために逮捕劇を仕
組んだという、分かりやすい構図が提示されると、
このような論理を短絡的に受け入れる「因果関係バ
イアス」が生じる可能性があります。

 また影響力のある人が発言すると、それが大量に
流布し、その情報が氾濫し、その他の情報に目が届
かなくなります。そこで目先の利用しやすい情報ば
かりによって仮説を立てることになります。これを
「利用可能バイアス」といいます。

 さらには安倍政権の支持率を下げたいと思う側は、
安倍政権による“陰謀説”に容易に飛びついて、こ
れを批判ネタにできると考える傾向にあります。こ
れを「希望的観測」といいます。

 このように、さまざまなバイアスの存在が、物事
の真実を見る目を曇らすしてしまうのです。

 なお、バイアスについて本格的に研究したい方は
心理学の本を読むのが良ろしいでしょうが、拙著
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でも一部の事例を挙げて紹介していますので、よろ
しければご参考ください。

 今回は秘密戦士に求められる精神要素について解
説します。

▼秘密戦士として要請される精神要素

 陸軍中野学校が参謀本部直轄学校となり、教育、
研究体制が整備された時点で秘密戦士の精神綱領が
次のごとく示された。

 「秘密戦士の精神とは、尽忠報国の至誠に発する
軍人精神にして、居常(きょじょう)積極敢闘、細
心剛胆、克(よ)く責任を重んじ、苦難に堪え、環
境に眤(なず)まず、名利を忘れ、只管(ひたすら)
天業恢弘(かいこう)の礎石たるに安んじ、以て悠
久の大義に生くるに在り」。(校史『陸軍中野学校』)

 伊藤貞利氏の『中野学校の秘密戦』によれば、こ
の精神綱領を次のようにかみ砕いている。

 「精神綱領による秘密戦士の精神とは君国に恩返
しをするために私心をなくして命を捧げるという
『まこごろ』から出る軍人精神である。常日頃(つ
ねひご)、ことを行うにあたっては積極的に勇敢に、
こまかく心をくばると同時に大胆に、責任をや重ん
じ、苦難にたえ、自主性を堅持し、物心の欲望を捨
て去り、ひたすら世界人類がそれぞれ自由に幸せに
生きることができる世界をつくるという天業を押し
広める土台石にとなることに満足し、たとえ自分の
肉体は滅びても、精神は普遍的な大きな道義の実現
を通して悠久に生きるということである」

▼至誠に発する軍人精神とは

 至誠の誠とは何か?軍人精神とは何か?について、
もう少し考えてみよう。まず軍人精神であるが、そ
の本質は命を賭して使命に生きることにある。

 「文民銭を愛し、武臣命を惜しめば国亡ぶ」という
諺があるように、軍人には時として命を犠牲にする
ことが求められる。これは現在でも同様であり、自
衛官の服務の宣誓にも、「・・・・・・事に臨んでは危険
を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国
民の負託にこたえることを誓います。」の一文があ
る。

 中野学校では私服で教育を受け、軍人とは思われ
ない風姿や動作が要求された。だから、「天皇陛下」
と聞いても直立不動の姿勢をとってはならなかった。

 しかし、軍人であることが否定されたわけでは決
してない。むしろ軍人精神の本質はしっかりと教育
されたのである。

 中野学校の国体学の教官であった吉原政巳氏(1
940年4月から中野学校に赴任、2期生以降を教
育)は、自著『中野学校教育-教官の回想』のなか
で、で次のように述べる。

 「軍隊教育と中野教育とは、自(おの)ずから違
う。卒業生の中には、中野の精神は、全く軍人のそ
れと違うのだ、といい切る人もある。事実、はじめ
に触れたように、両者その任務を異にしているのを、
疑うことはできない。しかし深く根源を思えば、両
者その核心は同じなのである。」と述べている。

 そして、吉原がその核心としているものが軍事勅
諭における誠の精神である。では「誠」とはいった
い何であろうか?

 1882年に明治天皇から下賜された軍人勅諭で
は、忠節、礼儀、武勇、信義、質素の5か条の徳目
が述べられている。

 そして、その後で「右の五ヶ條は、軍人たらんも
の暫(しばらく)も忽(ゆるがさ)にすべからず。
さて之を行わんには一の誠心(まごころ)こそ大切
なれ。抑此(そもそも)五ヶ條は我軍人の精神にし
て、一の誠心はまた五ヶ條の精神なり。(ふり仮名、
句濁点、現代読みに筆者改め)」とある。

 ここには五箇条の徳目の最後の締めくくりのとし
て「一つの誠心」が提示されている。つまり、誠は
「精神のなかの精神、徳目ではなく徳目を徳目たら
しめるもの」、すなわち誠は一段上位の徳目である
と解釈できる。

 ようするに。明治の軍人の人格完成の目標は、明
き・清き・直(なお)き・誠の心であり、明治天皇
は軍人に勅諭を下し給い、忠節・礼儀・武勇・信義・
質素の五徳を示し、この五徳は一誠に帰する、との
たまわれたのである。

 吉原は以下のように述べる。

 「誠は、軍人勅諭をしめくくられた言葉であり、
軍籍に身をおいた者には、忘れぬ言葉であった。そ
れは日本人伝統の、基本的心情が尊ぶものであり、
真の日本人が目指すとき、手ごたえが確かに体認せ
られるべきものであった。」(前掲『中野学校教育-
教官の回想』)

 ようするに、真の軍人、そして真の日本人たるた
めの修養を行なうことが、真の秘密戦士になりえる
のだ、ということを吉原は強調したのである。

▼中野学校教育における「誠」の重要性

 中野学校では、軍事精神の養成に立脚しつつも、
秘密戦士としてのなおいっそうの誠が要請された。

 吉原は以下のように述べる。

 「防諜・諜報・宣伝・謀略などという、尋常でな
い工作だけに、これにたずさわる精神の純度が、問
われるのである。不純な動機による権謀ほど、憎く
して憎むべきものは無い。中野学校において、
『秘密戦士は誠なり』と強調されたのは、まことに
当然のことであった」

 誠の語は「マ(真)」と「コト(事・言)」から
なっている。すなわち、「虚偽や偽りのないこと」
である。元来、中国の儒教という考え方のなかで
「誠」は用いられるようになった。儒教では、「仁、
義、礼、智、信」の5つの徳目が強調され、これら
の教えを行動として表したものが「誠」である。

 この考え方を日本で取り入れたのが「武士道」で
ある。「武士に二言はない」という言葉が象徴され
るように、正直であって主君に忠誠を誓うことが美
徳として強調された。

 このような武士道は徳川幕府が封建体制を維持す
るためにおおいに利用された。武士道に憧れた幕末
の新撰組が「誠」の字を紋章として背負って反幕府
勢力の取り締まりを行なったのである。

▼「武士道」は秘密戦にとって都合が悪かったのか?

 畠山清行著・保坂正康編『秘録 陸軍中野学校』
には次の件がある。

 「・・・・・・忍者だが、これを諸大名がかかえて諜報を
集めるということになれば、幕府の弱点や痛いとこ
ろさぐられる心配がある。そこで、伊賀者・甲賀者
の忍者をすべて幕府の直属として『お庭番』という
組織をつくりあげる一方、御用学者に命じて『武士
道』なるものを盛んにとなえさせた。つまり、『内
緒で人の欠点や弱点を探ることは、武士にあるまじ
き卑怯な行為である』とうたいあげたのである。
 太平洋戦争の敗因をさぐる場合、日本の歴史家は、
明治以前にさかのぼることを忘れているが、遠因
はじつにこの徳川幕府の政策にあるのだ。
 幕府時代の武士道精神をそのままうけついだか
ら日本の軍隊は、諜報機関を卑怯なものとして、
もっともそれが必要な陸軍大学にさえ、太平洋戦
争がはじまるまで、諜報を教える課目はなかったの
である。……」(畠山清行著・保坂正康編『秘録
 陸軍中野学校』)

 つまり、武士道によれば諜報、謀略はまことに都
合が悪いということになり、秘密戦を遂行し、秘密
戦士を養成する上で、納得できる論理が必要であっ
た。

▼武士道の真髄は秘密戦を否定せず

 しかし、実は武士道とはそのような表層的な正直
さのみを言うのではない。江戸時代、儒学者、兵法
家、道徳家の三つの顔を持つ山鹿素行(1622~
1685年)は「士道」を表した。士道は、太平天
国の徳川時代において武士がいかに生きるべきかを、
すなわち武士の道徳的な在り様を説いたものである。

 のちの軍人勅諭の五箇条の徳目(忠節、礼儀、武
勇、信義、質素)や、誠はいずれも山鹿素行が提唱
した「士道」が掲げる武士の規範に基づいていると
される。

 では、その素行が説く「誠」とは何か?

 素行は「已むことを得ざる、これを誠と謂う」と
言っている(『聖教要録』)。つまり、素行によれ
ば「誠」は抑えようにも抑えられない自然の情であ
る。

 さらに素行は次のようにいう。

 「一般に世間では、律儀に信をたてることを『誠』
だとばかり心得ているらしい。もちろん、うそをつ
いて相手をだましたり、計略を用いたりするのは君
子たる者の大いに嫌うところであり、それは勢いも
のごとを力づくでやろうとする傾向につながるのだ
から、王者の道とはいえない。だが、誠が深い場合
には、偽ったとしても誠になることがあるのである」
(田原嗣郎『山鹿素行』)

 素行が意味するところは実に深い。つまり目的が
正しければ、その手段がたとえ卑劣にみえようとも
誠を逸脱しない。すなわち誠は目的絶対性のなかに
あるのである。

 吉原は山鹿素行の『中朝事実』などの書き物を精
神教育の教材として用いた。日本の武士道の表層的
な解釈では、諜報、謀略などの秘密戦に対する正統
性はなかなか得られない。そこで、素行の士道によ
る真実の武士道を教示し、素行が主張する「誠」を
強調することで秘密戦に対する正統性を付与したの
である。

▼中野学校の目指した誠の意味

 終戦時に中野学校の解散直前に富岡(本校)にお
いて卒業した8丙によれば、吉原が教えた中野学校
における誠は、一般軍隊教育における誠とは、次の
点が異なった。

 「(軍人教育で行なわれた)『誠』の発露は天皇陛
下に対してであり、拡大した場合でも日本国民が最
大範囲であったと思われるのに対して、8丙が教え
られた『誠』はその範囲が異民族まで拡大しており、
一見『誠』とは正反対に考えられる謀略でも『誠』
から発足したものでない限り真の成功はないと教え
られた」(校史『陸軍中野学校』)

 中野教育では秘密戦士になるとともに民族解放の
戦士となれ、と教えられた。被圧迫民族であるアジ
ア民族を植民地より解放し、その独立と繁栄を与え
ることが任務として求められたのである。このため、
誠の範囲は異民族まで拡大する必要があった。

 前出の精神綱領の「只管天業恢弘の礎石たるに安
んじ、以て悠久の大義に生くるに在り」とある。戦
陣訓にも「死生を貫くものは崇高なる献身奉公の精
神なり。生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。
身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生
くることを悦びとすべし」とある。

 ただし、戦陣訓における悠久の大義とは、その対
象を天皇に限定している。しかし、中野学校におけ
る悠久の大義とは数百年に及ぶ白人侵略から全アジ
アを解放して、アジア民族との共存共栄の道を模索
することも包含している。

 アジア民族の解放を目的とする秘密戦は敵地、中
立地帯の異民族の中に深く入って行なわなければな
らない。当然、かかる秘密戦を行なう者には高度か
つ広範な知識技能が必要とされるが、それにまして、
「真の日本人にあらねばならない」というわけだ。

 吉原は次のように述べる。

 「……たとえば自分の人格が確立していないと、
他の人格との真の交わりが不可能であるように、ま
ず真の日本人になることが、風俗も信仰も異なる他
民族と交わり、広く世界の人々に接するに、不可欠
な要素だからである」(『中野学校教育-教官の回
想』)

 ここに吉原の教える国体学の真の意味があり、歴
史を通して真の日本人になることを要請したのであ
る。

 校史『陸軍中野学校』には、戦中おとび戦後の状
況を鑑みて、以下の件(くだり)がある。

 「実際に、中野学校卒業生は現地人に対する愛情
と責任から、みずからの現地軍に身を投じる者すら
あった。中野学校出身者がインド、ビルマ、タイ、
アンナン、マレー、インドネシア等の住民と戦後も
交流が続いているのも、戦時中に異民族に示した行
為や愛情が心の底から『誠』から出たもので、決し
て一片の謀略や、一時的な工作手段から出たもので
なかったことを実証して余りがあるのではないだろ
うか」

 しょせんは侵略戦争を正当化するための屁理屈だ!
といえばそれまでではある。ただし、国家であれ、
個人であれ、相手と共存できないとなれば、戦いは
回避できないのである。結局のところ熾烈な国益や
利益をめぐる死闘が繰り広げられることになる。

 米国は英国と独立戦争を戦い、インディアンを駆
逐し、ハワイを併合した。そして、太平洋戦争では
わが国の一般市民に対して無差別な絨毯爆撃を行な
った。そこには戦いゆえの残虐な殺生があった。

 他方、中野学校においては「誠」の精神が教育さ
れ、アジア民族に対する愛情が厳然の事実として溢
れていた。筆者はわが国の先の戦争行為を正当化す
るつもりは毛頭ないが、このことを日本人として誇
りに思わざるを得ない。

 「満蒙のローレンス」「希代の謀略家」と呼ばれ、
A級戦犯として処刑された土肥原賢二将軍(188
4~1948)は「謀略は誠なり」が信条であった。
彼は実に温厚で、中国人に寄り添うやさしい人柄で
あったという。

 軍人のなかには、現地の中国人を虐待する、ある
いは婦女子に狼藉を働く輩が世の常としていた。土
肥原はそのような輩を厳罰に処した。彼は謀略が
「誠」から生み出されるものを知っていた。

 土肥原をはじめ、当時の日本人には伝統的な誠の
心が流れていた。そして謀略などの秘密戦を教育す
る陸軍中野学校にも、そのような日本人の伝統的な
思想が受け継がれていたのである。

▼秘密戦士として名利を求めない精神

 中野教育の原点は交替しない海外の駐在武官を育
成することであった。後方勤務要員養成所の秋草所
長の第1期生に対する訓示は、「本初は替らざる駐
在武官を養成する場であり、諸子はその替らざる武
官として外地に土着し、骨を埋めることだ」という
ものである。

 時代の奔流に流されて、太平洋戦争末期になると
中野学校は秘密戦士から遊撃戦士の育成へと大きく
舵を切ることになるが、この1期生の精神は先輩か
ら後輩へと受け継がれて中野教育の伝統になった。

 軍人は命を賭して国家・民族の自主・自立を守る
という崇高な使命があるゆえに、軍人にふさわしい
名誉が与えられることになる。正規の武官であれば、
名誉の戦士として丁重に葬られる。

 しかし、替らざる武官である秘密戦士はそうはい
かない。任務の特性上、その功績を表沙汰にできな
いし、時として犯罪者の汚名を着せられ、ひそかに
抹殺される可能性もある。

 さらに「外地に土着し、骨を埋める」ことが求め
られた。つまり、残置諜者として黙々と水面下で生
き続け、親の死に目にも逢えず、やがて自身も誰に
も知れずひっそりと死んでいく運命にあった。そこ
には、精神綱領の「環境に眤(なず)まず、名利を
忘れ」の精神が必要となるのである。

 前出の8丙が受けた精神教育の大綱は、「謀略は
誠なり」「諜者は死なず」「石炭殻の如くに」の三
つの短句で表徴できるとある(校史『陸軍中野学校』)。
まさに「石炭殻の如く」人知られずに「悠久の大義」
に生きることが求められたのである。

▼戦陣訓よりも厳しい精神要素が要求

 秘密戦士には、一般軍人よりも生に対する執着が
求められた。それは死生観から来るものではなく、
使命感から生じる現実の要請であった。

 江戸時代において、山鹿素行の士道を「上方風のつ
けあがりたる武士道」と批判する「武士道と云(いう)
は死ぬ事と見つけたり」という「葉隠れ武士道」が生
まれた。これは、1716年頃、佐賀鍋島藩士の山
本常朝が口頭で言い伝えたものを、同藩士の田代陣
基が書き残したものとされる。

 「葉隠れ武士道」は、陸軍省の東条英機によって
1941年に制定された『戦陣訓』の 「生きて虜
囚の辱めを受けず。死して罪過の汚名を残すこと勿
(なか)れ」へと受け継がれることになる。

 しかし、中野学校では任務を完了するまで死んで
はならないと教えられた。1期生に忍術教育を教え
た藤田西湖は中野学校生に以下のように語ったよう
である。

 「武士道では、死ということを、はなはだりっぱな
ものにうたいあげている。しかし、忍者の道では、
死は卑劣な行為とされる。死んでしまえば、苦しみ
も悩みもいっさいなくなって、これほど安楽なこと
はないが、忍者はどんな苦しみも乗り越えて生き抜
く。足を切られ、手を切られ、舌を抜かれ、目をえ
ぐり取られても、まだ心臓が動いているうちは、こ
ろげても戦陣から逃げ帰って、味方に情報を報告す
る。生きて生き抜いて任務を果たす。それが忍者の
道だ」

 つまり、秘密戦士には「戦陣訓」では片づけられ
ない、一般軍人よりもさらに厳しい精神要素が要求
されたのである。


(次回に続く)



(うえだあつもり)

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【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係
論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査
学校の語学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年から95年に
かけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務
し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、調査学校教官
をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。その後、防衛省
情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定
年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連
載中。著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11
月)、『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、
2008年9月)、『戦略的インテリジェンス入門―分析手法の手引
き』(並木書房、2016年1月)、『中国が仕掛けるインテリジェ
ンス戦争―国家戦略に基づく分析』(並木書房、2016年4月)、
『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
(並木書房、2016年10月)、『情報戦と女性スパイ─インテリジ
ェンス秘史』(並木書房、2018年4月)、『武器になる情報分析
力─インテリジェンス実践マニュアル』(並木書房、2019年6月)
など。

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