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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官で
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エンリケ
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わが国の情報史(39)
秘密戦と陸軍中野学校(その1)
-秘密戦の本質とは何か-
インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
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□はじめに
少し長めの夏休みをいただきましたが、本日から再開します。
今回から「わが国の情報史」の最終テーマとして陸軍中野学校に
ついて数回に分けて書きます。当初は2回程度の解説を予定して
いましたが、書き始めるとそれではおさまらず、やや回数を増や
してお伝えします。
さて、陸軍中野学校では秘密戦士を育成しました。秘密戦とは諜
報、防諜、謀略、宣伝のことであり、これらについてはその概要
を述べてきました。
したがって陸軍中野学校において行なわれた秘密戦の教育、秘密
戦士の育成とはどういうものかは、およそイメージできると思い
ますが、ここではもう一度整理したいと考えています。
戦後、中野学校について、「謀略機関であった」「北朝鮮の情
報組織の母体になった」などの誤った風説が流されています。こ
れについても追々是正していきたいと思います。
▼秘密戦の概要
まず、復習になるかもしれないが、秘密戦という用語について
解説する。なにやら、物騒な語感ではあるが、字義からすれば
「秘密の戦い」「非公然な戦い」「水面下の戦争」などというこ
とになろう。
1930年代末に創立された陸軍中野学校(以下、中野学校)で
は、従来いわゆる情報活動や情報勤務といわれていた各種業務を
総括して、創立後しばらくたった頃から、秘密戦と呼ぶようにな
った。
ただし、その呼称は各地域により、また各軍により、必ずしも統
一的につかわれていたわけではない。(中野学校校友会編『陸軍
中野学校』(以下、校史『陸軍中野学校』))
つまり秘密戦は中野学校による造語である。そこで当時の中野学
校関係者が執筆した書籍などから、まずは秘密戦の全体像を把握
することとしたい。
中野学校教官であった伊藤貞利は、自著で次のように述べている。
「秘密戦とは武力戦と併用されるか、あるいは単独で行使される
戦争手段であって、諜報・謀略・防諜などを包含している。諜報、
謀略、防諜が秘密戦と呼ばれるのは一体どういうわけだろうか。
それは一般的に言って秘密の「目的」を持ち、その目的を達成す
るための「行動」に秘密性が要請されるからだ」(伊藤貞利『中
野学校の秘密戦』)
また、伊藤は次のようにも述べている。
「謀略の場合には『目的』はあくまで秘密とするが、「行為」は
大びらに行わなければならないことが少なくない。例えばある秘
密目的を達成するためには物件を爆破・焼却したり、暴動を起こ
したり、デモ行進をしたり、暴露宣伝を行ったりするなど、大び
らな行動をするような場合が比較的多い」(前掲『中野学校の秘
密戦』)
伊藤著書から要点を整理すれば、秘密戦とは以下のようなもので
ある。
目的が秘密であり、行動にも秘密性が要求される。
謀略のような一部の秘密戦における行動(行為)は公開されるが、
その場合でも目的は秘匿される。
武力を主体として行動が常に公開される武力戦とは対極をなす。
いわば非武力戦である。
武力戦と併用されるか、あるいは単独で行使される。
この中でもっとも重要な点は目的の秘匿性である。すなわち、目
的が秘匿される戦い、これが秘密戦の本質である。
▼秘密戦の目的は何か?
次に「秘密戦はいかなる目的は想定しているか、すなわち目的
は何か?」について考察したい。
校史『陸軍中野学校』によれば以下の件(くだり)がある。
「原始的な情報活動にはじまる諜報、宣伝、謀略、防諜などの各
種手法は、“姿なき戦い”として、洋間東西と如何なる国家の態
様たるとを問わず歴史と共に発達し進化し続けてきた。
これらの“姿なき戦い”は、平和な時代においては友好国間の修
好をより一層確実なものとするために、また敵性国家間との力の
バランスを確保して、平和に役立つ働きをした。
ひとたび戦争を決意した場合においては、同盟国間の盟約をより
確実なものとすると共に、敵国を孤立せしめ不利な条件のもとに
誘い込むためにも役立てられた。
戦争段階における秘密戦の役割はさらに峻烈になるが、武力戦の
ように戦争の主役になることはない。
武力戦よりもさらに根深く戦争のあらゆる場面の部隊裏で暗躍を
続け、ある時は敵の致命的部分に攻撃を集中し、ある時は和戦を
決する講和交渉の陰に強大な力をもって活動することになる。
だから、「秘密戦とは歴史に記録されない裏面の戦争」である。」
(校史『陸軍中野学校』)
ここには、秘密戦が戦時も平時も行なわれるものであり、歴史
の表沙汰にならない水面下で行なわれる戦争であり、戦争抑止や
早期講和などにも貢献すると述べられている。
以上の記述から思い起こされるのは「孫子」の兵法である。
『孫子』第3編には、
「百戦百勝は、善の善なる者にあらず。戦わずして人の兵を屈す
るは善の善なる者なり」「故に上兵は謀を伐つ。その次は交わり
を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む」との記述がある。
『孫子』によれば、武力戦で勝利を得るのではなく、謀略や外交
謀略によって「戦わずして勝つ」のが最善である。
上述のように、ひとたび戦争が決意されれば、秘密戦は武力戦と
同時並行的に行なわれるが、その場合においも「戦わずして勝つ」
は継続して追求されることになる。つまり、武力戦のように敵国
戦力を物理的に破壊するのではなく、心理工作をもって敵国内に
不協和音や厭戦気運などを生起させて、早期に講和交渉などに持
っていくことが、秘密戦の目的となるのである。
要するに秘密戦は、平時・戦時を問わず「戦わずして勝つ」を戦
略および作戦、戦術の全局面において追求する戦いであり、その
目的は「戦わずして勝つ」ことである。
この点については、中野学校出身者であり、今日も健在にて情勢
研究の会を主催する牟田照雄氏は「秘密戦とは、戦わずして勝つ
である」と喝破している。
▼秘密戦と遊撃戦との違い
中野学校の創設目的は秘密戦の戦士を養成することであった。し
かしながら、大東亜戦争末期においては彼我戦力の優劣差が決定
的となり、日本軍が守勢に立たされた。これは、1942年6月
のミドゥエー会戦あたりが分水嶺となり、43年2月のガダルカ
ナル島の戦闘で決定的となった。
すると、参謀本部は1943年8月、中野学校に対し、遊撃戦教
令(案)の起案及び「遊撃隊幹部要員の教育」を命じた。つまり、
中野学校の教育が「秘密戦士」から「遊撃戦士」の養成へと転換
されたのであった。
これに関して、前出の牟田氏は「秘密戦は戦わずして勝つである。
だから、日本が米国と戦争を開始して以降(1940年12月)の
中野学校の教育は、本来目指す教育ではなかった」旨と述べてい
る。(平成28年度慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研
究所都倉研究会『陸軍中野学校の虚像と実像』)
そこで、秘密戦をより明確に理解するために、遊撃戦についても
言及しておこう。
校史『陸軍中野学校』は「遊撃戦」について次のように記述する。
「遊撃とは、あらかじめ攻撃すべき敵を定めないで、正規軍隊の
戦列外にあって、臨機に敵を討ち、あるいは敵の軍事施設を破壊
し、もって友軍の作戦を有利に導くことである。
したがって遊撃戦とは、遊撃に任ずる部隊の行う戦いであって、
いわゆる『ゲリラ戦』のことである。
遊撃戦は、一見武力戦の分野に属するかのように見えるが、その
内容は、一時的には武力戦を展開するが、長期的にはその準備お
よび実施の方法手段を通じて主として秘密戦活動を展開する。し
たがって遊撃戦の本質は、秘密戦的性格が主であって、武力戦的
性格が従である。
遊撃部隊は、わが武力作戦の一翼を担い、少数兵力を以て、神出
鬼没、秘密戦活動と武力戦活動とを最大限に展開して、以てわが
武力戦を有利に導くのである。したがって遊撃部隊、わが綜合的
大敵戦力の増強に寄与するものである」(以上、引用終わり)
以上から、遊撃戦は目的や行動において秘密戦的な要素が大きい、
また武力戦を有利にするなどの秘密戦との類似性がある。しかし、
以下の点が大きく異なることを理解しなければならない。
◇ 遊撃戦は平時には行なわれない。戦時において武力戦と併用
される。
◇ 秘密戦のように単独で目的を達成することはない。
わが国における現代の国土防衛戦に当てはめれば、秘密戦は平
時から単独で行なうことができるが、遊撃戦は防衛出動下令以降
に防衛作戦と連接して、その一環として行なわれることになる。
つまり、秘密戦とは、平時から、単独で「戦わずして勝つ」との
目的を達成する情報活動であるといえる。
▼秘密戦の形態
すでに述べたとおり、中野学校では秘密戦を「諜報」「宣伝」
「謀略」「防諜」と定義した。すなわち、秘密戦はこれら4つの
形態を包含した情報活動である。
これら4つの用語については、明治以来の軍事用語としてすでに、
その淵源などを説明したが、もう一度、簡単にここで整理してお
こう。
(1)諜報
相手側の企図や動性を探ること。公然諜報と非公然諜報にわけ
られる。
(2)宣伝
相手側及び作戦地住民あるいは中立国などに対し、我に有利な形
成、雰囲気を醸成するために、ある事実を宣明伝布すること。
(3)謀略
相手側を不利な状態に導くような各種工作を施すこと。
(4)防諜
相手側がわが方に対して行なう諜報または謀略を事前に察知し、
これを防止すること。
以上の4つの秘密戦の発祥や相互関係について校史『陸軍中野学
校』における記述を、現代風に解釈すれば以下のとおりとなる。
情報活動とは内外の環境条件を広範囲に把握し、状況判断や意志
決定を行なうことを目的とする。この目的追求は、彼我ともに指
向していることであるので、自ずと「敵の情報を知り、我の情報
を隠す」という情報争奪の闘いが開始される。相手側が情報を隠
そうとするので、我は不完全な情報から総合的に判断することが
必要となる。同時に非合法的な手段を用いて真相情報を入手する
必要性も生じてくる。これが諜報活動の本質である。
情報活動が平時の外交や武力的抗争の中においても重要な地位を
占めるようになったことから、情報活動の多元性、複雑性が着目
されるようになった。このため、情報操作による「宣伝活動」が
行なわれるようになった。またそれらの積み重ねによって、いわ
ゆる「謀略活動」も可能であることが実証されるようになった。
さらにまた、相手国からのこれら各種の策謀を防衛するためには、
防諜も必要になってきた。
ようするに、彼我の情報争奪の情報戦の中で、敵が厳重に守って
いる情報を非合法手段によって獲得する必要性から諜報活動が発
達し、平時・戦時の活動において情報がより重要な役割を帯びる
ようになるにつれて宣伝や謀略が発達した。そして、それら活動
を守るために防諜が同時に発達したということである。
(次回に続く)
(うえだあつもり)
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【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係
論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査
学校の語学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年から95年に
かけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務
し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、調査学校教官
をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。その後、防衛省
情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定
年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連
載中。著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11
月)、『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、
2008年9月)、『戦略的インテリジェンス入門―分析手法の手引
き』(並木書房、2016年1月)、『中国が仕掛けるインテリジェ
ンス戦争―国家戦略に基づく分析』(並木書房、2016年4月)、
『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
(並木書房、2016年10月)、『情報戦と女性スパイ─インテリジ
ェンス秘史』(並木書房、2018年4月)、『武器になる情報分析
力─インテリジェンス実践マニュアル』(並木書房、2019年6月)
など。
ブログ:「インテリジェンスの匠」
http://Atsumori.shop
『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
※女性という斬り口から描き出す世界情報史
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