配信日時 2019/08/30 20:00

【二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉(22)】「赤い大地の戦士」 加藤喬

ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
でもあります。
お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気軽にどうぞ
 
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
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こんにちは。エンリケです。

加藤さんが翻訳した武器本シリーズ最新刊が出ました。
今回はMP5です。

「MP5サブマシンガン」
L.トンプソン (著), 床井 雅美 (監訳), 加藤 喬 (翻訳)
発売日: 2019/2/5
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加藤さんの手になる書き下ろしノンフィクション
『二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉─』
の第二十二話。

新しい人物が登場します。

さっそくどうぞ。


エンリケ


追伸
ご意見ご質問はこちらから
https://okigunnji.com/url/7/


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『二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉』(22)
 
「赤い大地の戦士」

Takashi Kato

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□はじめに

 書下ろしノンフィクション『二つの愛国心──アメリカで母国
を取り戻した日本人大尉』の22回目です。「国とは?」「祖国
とは?」「愛国心とは?」など日本人の帰属感を問う作品です。
 
 学生時代、わたしは心を燃え立たせるゴールを見つけることが
できず、日本人としてのアイデンティティも誇りも身につけるこ
とがありませんでした。そんな「しらけ世代の若者」に進むべき
道を示し、勢いを与えたのはアメリカで出逢った恩師、友人、そ
して US ARMY。なにより、戦後日本の残滓である空想的平和主義
のまどろみから叩き起こしてくれたのは、日常のいたるところに
ある銃と、アメリカ人に成りきろうとする過程で芽生えた日本へ
の祖国愛だったのです。
 
 最終的に「紙の本」として出版することを目指していますので、
ご意見、ご感想をお聞かせいただければ大いに助かります。また、
当連載を本にしてくれる出版社を探しています。


□今週の「トランプ・ツイッター」8月21日付

 学生の頃、世界地図を見ていて「アメリカは、なぜアラスカ州
だけ切り離されているんだろう?」と不思議でした。ずいぶん後
になって、ロシア帝国の植民地だったアラスカを米政府が19世
紀後半に購入したことを知りました。当時のアラスカは不毛の荒
野に過ぎず、「巨大冷凍庫を買うようなものだ」と揶揄されたそ
うです。しかし、仮にアラスカがそのままソビエト連邦の一部に
なっていたら? ソ連はアメリカの喉元に短剣を突き付けたも同
じで、冷戦構造とその結末はまったく違っていたでしょう。アラ
スカ購入はアメリカと自由主義圏にとって、まさに「地政学的バ
ーゲン」だったのです。

 先日、トランプ大統領の「グリーンランド買収発言」が世界を
駆け巡りました。旧宗主国であるデンマークのフレデリクセン首
相は「ばかばかしい」と即座に拒否。日本の6倍近い面積を持つ
デンマークの自治領購入計画は胡散霧消したかに見えます。が、
ワイルドカード大統領の真意は一過性の思い付きではないと感じ
ます。米国覇権を脅かす存在となった中国に対し、グリーンラン
ドが「第二の地政学的バーゲン」になるかも知れないからです。

 冷戦以降、米国の歴代政権は中国に対し「関与政策」をとって
きました。共産国の勢力拡大を防ぐために封じ込める「孤立化政
策」とは真逆の外交です。積極的に国際社会の一員として迎え入
れることで、利害共有者としての自制と大国に相応しい責任を自
覚させるとの発想・・・背景には、「米国が中国の経済発展を支
援することで人民が豊かになり、必然的に自由と民主主義を求め
る機運が高まる」とのユートピア的期待感がありました。

 中国は日本を抜いて世界第2位の経済大国になったものの、国
内の政治的自由と民主化運動は容赦なく弾圧されています。対外
的にも、台湾の武力制圧示唆、チベット独立運動抑圧、南シナ海
における人工島の軍事基地化、尖閣諸島での領海侵犯などを繰り
返しており、国際規範を順守する意図が皆無であることは明らか
です。対米貿易不均衡や知的財産の盗用、為替操作などを通じア
メリカ経済に巨額損失を与えただけでなく、米国の機密情報を流
用し、陸・海・空、そして今や宇宙での軍事的優位も狙っていま
す。おまけに、習近平国家主席が「終身指導者」になったことも
考え合わせると、トランプ大統領が中国民主化に見切りをつけ、
新冷戦へと舵をとったのも頷けます。

 習主席の虎の子経済圏プロジェクト「一帯一路」にグリーンラ
ンドを組み込もうとする「関心」は、当然、トランプ氏にとって
看過できるものではありません。デンマーク本国にとっては負担
の割に利益が薄いグリーンランドをアメリカが買い取り、中国の
領土拡張願望に永久に歯止めをかける。この意味では、本ツイッ
ターの表向きのメッセージとは裏腹に、トランプ氏のグリーンラ
ンド購入意欲は衰えていないでしょう。

 本日のトランプ・ツイッター、キーワードは direct。日本語で
ダイレクトという場合は「直接」ですが、今回の文脈では「はっ
きりとした」「率直な」「単刀直入な」が適当です。

The Prime Minister (of Denmark) was able to save a great 
deal of expense and effort for both the United States and 
Denmark by being so direct. I thank her for that and look 
forward to rescheduling sometime in the future!


「(デンマークの)首相の極めて率直な返答で、アメリカもデン
マークも多大な経費と外交努力を無駄にしないで済んだ。これに
対し、お礼を申し上げる。またの機会にお会いするのを楽しみに
している!」



「二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉」(22)

(前号までのあらすじ)
 少尉任官後、軍服に身を包んで哲学部に向かった。自分なりの
メッセージを込めた「いとま乞い」のつもりだった。待ち受けて
いた2人の戦争体験者は「軍隊という組織が持つ非情さ」と「人
を殺(あや)めない決意」を諭した。反発心が湧いたものの、
「竹林の七賢」と見紛う大らかで誠実な笑顔の前に、わたしは反
論する気力を失った。


▼赤い大地の戦士

ハイウェイ40号線は、北米大陸の西と東をほぼ一直線に横断す
る。この道に沿い、アリゾナからニューメキシコのアルバカーキ
市まで高原砂漠が続く。南西部地域の土壌には鉄分が多く、長年
の風雨にさらされた岩肌は酸化して赤茶けている。西部劇に出て
くる荒野。駅馬車やカウボーイ、インディアンに騎兵隊を彷彿と
させる光景が広がる。視界をさえぎるものが少なく、空気も乾燥
しているせいかこのあたりの風景には奥行きがある。なかでも目
立つのは外縁が急傾斜で頂上が平らなメサ台地。スペイン語でテ
ーブルのことだ。どこまででも歩いていけそうな大地の存在感に
は圧倒される。ニューメキシコ大学アルバカーキ校のキャンパス
はそんな風景の中にある。

哲学部大学院の屋上には、今日もその女性の姿が見えた。小柄で
黒髪。年の頃は50代半ば。木綿のシャツにロングスカートとい
う質素な身なりだが、黒い革紐で吊したトルコ石のペンダントが
上品なアクセントになっている。宝石の爽やかな緑が、彼女の赤
みがかった肌に映えた。10メートルほど後ろに立って女性の視
線をたどると、黄色く色づいたリオグランデ川の河原に行きつく。
その先の荒野には死火山の朽ちた火口が3つ連なっている。心持
ち両腕を広げ秋口の夕日を全身に浴びる様子は、大地に向けて五
感を開け放つ儀式のようだ。

トルコ石の女性はそんな広漠無辺の土地をこよなく愛しているら
しい。赤い大地に溶けこむ女性はビオラ・コルドバ。古株の大学
院生だ。四六時中、学部図書室に籠り博士論文に没頭している。

わたしはアラスカ大学を卒業すると同時に、武器科少尉に任官し
た。武器科というのは、小火器から戦車、大砲、ミサイルまで、
陸軍が使う兵器システムと弾薬の開発・製造・整備を行なう兵科
だ。戦場では爆発物処理も任務に入る。しかし実を言えば、わた
しは交差したライフルやサーベルをあしらった歩兵科や騎兵科の
徽章に憧れ、これら戦闘職種を第一志望にしていた。空挺学校に
志願したのも戦闘部隊に入るためだ。ところがふたを開けてみる
と配属先は後方支援部門。落胆したが、拳銃や小銃、機関銃の開
発・製造・整備に関わることができるならとひとまず納得した。

80年代当時、武器科学校はメリーランド州のアバディーン性能
試験場にあった。M1主力戦車やAH64アパッチ攻撃ヘリもこ
こで性能を評価され実戦配備された。兵器開発のメッカであるこ
の基地で、6か月間に及ぶ武器科士官基礎課程を修了後、わたし
はベニッシュ教授の助言に従い予備役に転属した。軍務をパート
タイムで続けつつ、哲学博士号を目指す作戦だった。

米南西部のニューメキシコを選んだのには理由がある。東洋哲学
の学会で頻繁に論文を発表したクレイチー、ベニッシュ両教授が
「ニューメキシコ州立大学アルバカーキ校には、禅や道教に造詣
が深く東洋の視点に好意的なベテラン教授がいる」とよく言って
いたからだ。ここなら、白夜の哲学教室で始まった「平和と共存
の哲学」探求を続けられるかもしれない。また南西部と言えば、
人口に占めるナバホ族やアパッチ族などのアメリカ先住民とスペ
イン系植民者子孫の比率が多いことで知られ、多言語・多文化の
風土でもある。19世紀に西部開拓の舞台となった土地柄にも惹
かれるものがあった。

そんな希望的観測はあっけなく潰えた。ニューメキシコ大哲学科
で指導的立場にあった東洋志向の教授たちは、すでに現職を退い
ていたのだ。代わって、論理学や言語哲学を専門とする中堅教授
らが台頭しており、いきおい、大学院の学風は現実から乖離して
いた。教授陣も学生も、哲学が世界平和で果たすべき役割にはと
んと興味がない様子だった。

わたしが白夜の哲学教室で学んだのは、言葉の遊びのようなアカ
デミック哲学ではなかった。物事の真贋を見抜く批判的思考を養
い、より良い社会、正義、ひいては人類の繁栄を追求し行動する。
これが恩師クレイチーとベニッシュが示した規範だった。それは
「哲学なき人生は生きるに値しない」としたソクラテスや、ナチ
ス強制収容所体験をもとに著した『夜と霧』で、「人生の最重要
事は生きる意味を見出し実践することだ」と説いたヴィクトール・
フランクルらの流れを汲んだ実践哲学だった。

ところがニューメキシコでは、古今東西の哲学者たちの言葉を単
語や句読点レベルにまで切り刻み、その意味を延々と議論するだ
けの日課。教授も学生も、たとえば倫理について論を尽くしなが
ら、良心に従って行動することにはさして関心を見せない。知識
と行動のあいだの深い断層に面食らい、授業の合間、屋上に上が
っては恩師らの待つ北の方角を仰ぎ見る日々が続いた。

そんな象牙の塔にあって、ビオラは違っていた。ディスカッショ
ンでは舌鋒鋭く教授や後輩らの矛盾を突く論客で、しかも彼女の
議論は言語学的ゲームではない。先住民としてのアイデンティテ
ィに裏打ちされた言葉だった。ビオラには一種近寄りがたい孤高
さもある。頑固とも自己中心とも違う魂のしたたかさ。静かに燃
える闘争心。彼女のそばにいると、丹念に研がれた日本刀への畏
怖に近いものを覚える。哲学者を志す知的女性がもつ戦士の一面。
わたしはこの不思議な組み合わせに惹かれた。

夕日が地平線に没する寸前、ダウンタウンの高層ビルも、アドー
ビ造りの大学校舎も、アルバカーキ市東端に屏風のように聳える
サンディア山脈もすべて赤一色に染まる。赤い大地にビオラの横
顔がすっと溶け込む。心が共鳴し、しばし恍惚状態に陥る。我に
返ると、目の前に誇り高いアパッチ族の戦士が立っていた。

白人がやってくるずっと以前から、ビオラの祖先たちはこの赤い
大地、山河、空、そして空気に宿る精霊を感じ、敬い、その中で
ヒトの役目を自覚して生きてきた。無言のまま荒野を見つめ、心
強い同胞といる一体感に浸る。
「タカシ、我々は似ているね」
符牒めいた言葉を残しビオラは図書室に降りていった。その一言
の余韻は象牙の塔にいる違和感と孤独を和らげてくれた。しかし
ビオラが何を指して「似ている」と言ったものかは謎だった。

ゼミに出席しては場違いな気持ちに苛まれ、高原砂漠の風景に癒
される毎日。再び顔を合わせた時、
「ここの空気は合う?」
と尋ねてきた。本音しか受け入れない真摯な眼差しに、教授も学
生も言葉の遊びをしているように思えると答えた。自然と話は白
夜の哲学教室におよび、クレイチーの話をすると女戦士の表情に
百万の援軍を得たかの驚きが浮かんだ。
「ガッツがあるね、アラスカのレジスタンス哲学者」
 恩師を評した言葉に、アパッチ族の戦士も行動する哲学者だろ
うと応じる。友は静かに微笑んだ。


(つづく)


加藤喬(たかし)



●著者略歴
 
加藤喬(かとう・たかし)
元米陸軍大尉。都立新宿高校卒業後、1979年に渡米。アラスカ
州立大学フェアバンクス校他で学ぶ。88年空挺学校を卒業。
91年湾岸戦争「砂漠の嵐」作戦に参加。米国防総省外国語学校
日本語学部准教授(2014年7月退官)。
著訳書に第3回開高健賞奨励賞受賞作の『LT―ある“日本
製”米軍将校の青春』(TBSブリタニカ)、『名誉除隊』
『加藤大尉の英語ブートキャンプ』『レックス 戦場をかける
犬』『チューズデーに逢うまで』『ガントリビア99─知られざ
る銃器と弾薬』『M16ライフル』『AK―47ライフル』
『MP5サブマシンガン』『ミニミ機関銃(近刊)』(いずれも
並木書房)がある。 
 
 
追記
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『チューズデーに逢うまで』関係の夕刊フジ
電子版記事(桜林美佐氏):
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20150617/plt1506170830002-n1.htm
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20150624/plt1506240830003-n1.htm
 
『レックス 戦場をかける犬』発売中
http://www.amazon.co.jp/dp/489063309X 
 
『レックス 戦場をかける犬』の書評です
http://honz.jp/33320

オランダの「介護犬」を扱ったテレビコマーシャル。
チューズデー同様、戦場で心の傷を負った兵士を助ける様子が
見事に描かれています。
ナレーションは「介護犬は目が見えない人々だけではなく、
見すぎてしまった兵士たちも助けているのです」
http://www.youtube.com/watch?v=cziqmGdN4n8&feature=share
 
 
 
きょうの記事への感想はこちらから
 ⇒ https://okigunnji.com/url/7/
 
 
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日本語でも英語でも、日常使う言葉の他に様々な専門用語があ
ります。
軍事用語もそのひとつ。例えば、軍事知識のない日本人が自衛
隊のブリーフィングに出たとしましょう。「我が部隊は1300時
に米軍と超越交代 (passage of lines) を行う」とか「我が
ほう戦車部隊は射撃後、超信地旋回 (pivot turn) を行って離
脱する」と言われても意味が判然としないでしょう。
 
 同様に軍隊英語では「もう一度言ってください」は
 "Repeat" ではなく "Say again" です。なぜなら前者は
砲兵隊に「再砲撃」を要請するときに使う言葉だからです。
 
 兵科によっても言葉が変ってきます。陸軍や空軍では建物の
「階」は日常会話と同じく "floor"ですが、海軍では船にちな
んで "deck"と呼びます。 また軍隊で 「食堂」は "mess 
hall"、「トイレ」は "latrine"、「野営・キャンプする」は 
"to bivouac" と表現します。
 
 『軍隊式英会話』ではこのような単語や表現を取りあげ、
軍事用語理解の一助になることを目指しています。
 
加藤 喬
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最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝しています。
マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感謝しています。
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しています。ありがとうございました。

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(代表・エンリケ航海王子)

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