配信日時 2019/08/09 20:00

【二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉(19)】「兵士の鉄則」 加藤喬

ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
でもあります。
お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気軽にどうぞ
 
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
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こんにちは。エンリケです。

加藤さんが翻訳した武器本シリーズ最新刊が出ました。
今回はMP5です。

「MP5サブマシンガン」
L.トンプソン (著), 床井 雅美 (監訳), 加藤 喬 (翻訳)
発売日: 2019/2/5
http://okigunnji.com/url/14/
※大好評発売中


加藤さんの手になる書き下ろしノンフィクション
『二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉─』
の第十九話です。

貴重なお話しです。

さっそくどうぞ。


エンリケ


追伸
ご意見ご質問はこちらから
https://okigunnji.com/url/7/


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『二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉』(19)
 
兵士の鉄則

Takashi Kato

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□読者の方々からの反響

 前回の内容に関し、お二人の読者からメールをいただきました。
丁寧に読んでくださっていることが伝わってくる文面は、非常に
励みになりました。

 FRさんは、「世界の嫌われ者扱いされがちなトランプ大統領に
対する著者の視線はまっとうで、新鮮な空気を吸っているような
気持になる」というトランプ・ツイッターの読後感を書いてくだ
さいました。

 KKさんからのメールには「圧倒的な破壊力を保持することで戦
いを未然に防ぐ、という理論が核兵器だけでなく軍隊そのものに
も当てはまる。そこに軍隊の存在価値がある。このロジカルな事
実を多くの人に知ってほしい」とありました。

 お二人ともわたしの真意を汲み取ってくださっています。著者
冥利に尽きる反響でした。この場を借りて、お礼申し上げます。

加藤 喬 アリゾナ州ハーフォードにて


□はじめに

 書下ろしノンフィクション『二つの愛国心──アメリカで母国
を取り戻した日本人大尉』の19回目です。「国とは?」「祖国
とは?」「愛国心とは?」など日本人の帰属感を問う作品です。

 学生時代、わたしは心を燃え立たせるゴールを見つけることが
できず、日本人としてのアイデンティティも誇りも身につけるこ
とがありませんでした。そんな「しらけ世代の若者」に進むべき
道を示し、勢いを与えたのはアメリカで出逢った恩師、友人、そ
して US ARMY。なにより、戦後日本の残滓である空想的平和主義
のまどろみから叩き起こしてくれたのは、日常のいたるところに
ある銃と、アメリカ人に成りきろうとする過程で芽生えた日本へ
の祖国愛だったのです。

 最終的に「紙の本」として出版することを目指していますので、
ご意見、ご感想をお聞かせいただければ大いに助かります。また、
当連載を本にしてくれる出版社を探しています。


□今週の「トランプ・ツイッター」7月28日付

 「人種カードを切る」。日本では耳慣れないこの表現は、意見を
たがえる相手に「人種差別主義者」のレッテルを貼り、その人物
の信頼性と評判を貶(おとし)める中傷、誹謗のことです。昨今
アメリカでは政治家やマスコミの常套手段。通常やり玉にあがる
のは共和党の支持基盤である白人保守層。2016年の大統領選挙で
民主党のヒラリー・クリントン候補が「嘆かわしい人々」と呼ん
だトランプ支持者らとほぼ重なります。

 前回のトランプ・ツイッターで採りあげましたが、「アメリカ
が嫌いなら出て行って構わない。まず、機能不全に陥っている母
国再建に献身し、しかるのちにアメリカに帰ってきてはどうか」
というトランプ発言に、移民二世と元難民の民主党下院議員らが
「人種カード」を切りました。しかし、トランプ氏の言葉に人種
差別の要素は皆無。彼女たちの方から率先して皮膚の色を持ち出
した背景には、被害者意識と被害者の立場を政治的テコに利用す
る打算があったように思えます。

 日を置かずして、野党とマスコミはトランプ氏に新たな「人種
カード」を切りました。ことの発端は、国境保全政策に批判的な
民主党下院議員と大統領の確執。イライジャ・カミングス議員は
弁護士出身。1996年に初当選したベテランで、下院監視・政府改
革委員長を務める有力者です。国境で拘束された不法移民の取り
扱いと拘留施設の衛生環境に関し、カミングス議員が国境警備隊
員たちを公然と非難したことにトランプ氏が強く反発。カミング
ス氏の選挙区を「ネズミがはびこる汚らしい場所だ」と呼び「彼
が地元バルチモアで時間を過ごせば、もっと清潔で安全な街にで
きるだろうに」とツイートしたのです。

 間髪を入れず、民主党重鎮のペロシ下院議長は大統領を「人種
差別主義者」と断じました。カミングス氏がたまたま黒人で、有
権者の大部分が黒人である地区から選出されていたからだと思わ
れますが、腑に落ちない論法です。

 人種差別とは、ある人種や民族が先天的に優れているとする考
え方。皮膚の色によって、人々の基本的人権や自由に制約を加え
る主義主張を指します。しかし、トランプ発言のどこをどうとっ
ても人種による優劣の示唆は見当たりません。目玉公約である国
境警備強化の立役者ボーダーパトロールを貶(けな)されれば、
相手が白人だろうがアジア系だろうがヒスパニック系だろうが黒
人だろうが、十倍返しで反撃するのがトランプ流。したがって
「特定の人種を狙い撃ちした」とする日米の報道は正確ではあり
ません。

ちなみに、先日テキサス州エルパソ市で20人が犠牲となった乱射
事件に関し、民主党大統領候補指名を狙う元議員が「トランプ大
統領の人種差別発言が、ヒスパニック系を狙った国内テロにつな
がった」と発言しています。犯罪者を糾弾せず大統領に罪を着せ
る論法は、もっとも軽蔑すべき「人種カード」と言えましょう。

 事程左様に、昨今の米国ではさまざまな「少数派カード」を政
治的、社会的テコに使う向きが目立ちます。しかし、少数派の人
々を「自己向上能力に欠ける被害者」と見なす行為そのものが、
実は、新手の蔑視であり差別を助長している・・・・わたしには
そう思えます。

 本日のトランプ・ツイッター、キーワードは play the race 
card。「人種カードを(切り札に)使う」という意味の慣用表現
です。

There is nothing racist in stating plainly what most people 
already know, that Elijah Cummings has done a terrible job 
for the people of his district, and of Baltimore itself. 
Dems always play the race card when they are unable to win 
with facts. Shame!

「周知の事実をありのままに言うことは人種差別ではない。イラ
イジャ・カミングス議員が彼の選挙民とバルチモア市に対して為
してきた仕事は劣悪だ。事実をもってして勝ち目がないとき、人
種カードを切り札にするのが民主党議員らの常套手段だ。恥を知
れ!」



「二つの愛国心─アメリカで母国を取り戻した日本人大尉」(19)

(前号までのあらすじ)
 新兵訓練は「娑婆の人間を兵士につくりかえる」ところだ。人
を殺(あや)めることへの躊躇を取り除く儀式と言ってもいい。
平和を愛するがゆえに武器を手放せない人間の矛盾、つまり、敵
を撃つという行為と殺生を厭うヒューマニティの板挟みに身を置
くのが兵。訓練とは言え、わたしはこの二律背反を生まれて初め
て味わっていた。

▼「兵士の鉄則」

ヘリボーン作戦とはヘリコプターで敵地に侵入したり奇襲をかけ
たりすることだ。落下傘を使う空挺降下と違い、特殊訓練を受け
ていない通常歩兵が行なえることから、この基礎訓練でも最終段
階に組み込まれている。この日、我々の大隊は数機の大型輸送ヘ
リCH47チヌークに分乗した。カデットに着陸地点は知らされ
ていない。地形を読み、地図とコンパスで位置を確認し目的地に
向かう陸路運行能力が試されるのだ。夜間に各小隊で目標偵察を
行なったあと再結集。未明の30キロ大隊行軍を行なう。つまり
最後の難関で、これが終われば卒業は近い。

仕上げの訓練は最初から波乱含みだった。ヘリが着陸地点に向け
高度を下げ始めたとき、タック・オフィーサー(戦術担当教官)
が座席ベルトを外して立ち上がった。背後の窓から着陸地点周辺
の地形を確認するためだ。

「サー、座席にもどって下さい」
小柄な女性クルーチーフがきっぱり言う。階級は軍曹の下の特技
兵だが、クルーチーフは操縦を除くヘリの安全に全責任を負って
いる。座席や積み荷の位置を指定するのも、戦時にはドア銃手と
して敵を制圧するのもクルーチーフだ。士官も機内では指示に従
わなければならない。だが大尉は眼下をみつめたまま動かない。
目印になる丘や稜線くぼ地などを頭に叩き込んでいるのだ。
「大尉殿、席へ!」
「チーフ、もうちょっと・・」
言い終わる前に、特技兵が大尉の両肩に飛びつき力任せに座席へ
押し戻した。爆音が一瞬鳴り止んだかと感じた。顔が緊張でこわ
ばるのが分かった。全員の視線が二人に注がれる。想定外のハプ
ニングに直面したベテラン大尉が、士官にぞんざいな態度をとっ
たチーフにどう出るか・・・
「ラジャーダット、チーフ」
非難も謝罪もひかえ「了解」とだけ言って受け流した。カデット
の手前、ことを荒立てるのは得策ではないと判断したのだろう。
間もなくヘリが着陸しチーフが後部ドアを開けた。ここからはカ
デット指揮官の独壇場だ。

「全員外へ!敵襲に備えろ!作戦保全だ!」
爆音に負けじと叫ぶのはカデット・リー。父親が韓国陸軍の高級
将校だったという。父を見返そうという闘志が痛いほど伝わって
くる。我々はチヌークの周囲に円陣を組んで伏せ撃ちの姿勢を取
った。戦場で離陸直後のヘリは小火器や携帯対戦車榴弾発射器R
PGの格好の標的になる。動きの鈍い大型ヘリならなおさらだ。
安全な高度に達するまで敵兵の接近を防ぐのが地上に残る側の責
任なのだ。

爆音が高まり猛烈な粉塵が舞い上がって両目を直撃する。仰ぎ見
ると、涙でかすんだ視界に例のクルーチーフが見えた。前部ドア
から上半身を乗り出して警戒に余念がない。実戦なら敵弾に身を
さらし機関銃を構えているはずだ。

ヘリが飛び去り、小隊は偵察目標に向けて行軍に移った。タック・
オフィーサー(戦術担当教官)は脱落者が出たり小隊が完全に迷
子になったりしないよう、少し離れた位置で目を光らす。これか
ら24時間、不眠不休の野戦訓練が続く。辛いのは評価する側も
される側も同様だ。

行軍中、敵のパトロールに遭遇する場合に備え、M60汎用機関
銃が1丁装備されている。ベトナムの過酷なジャングル環境では
作動不良が頻発したが、数度にわたる改良で信頼性が向上してい
る。発射速度は毎分500発以上で、歩兵が持ち運べる小火器の
中ではもっとも強大な火力を誇る。強力な30口径ライフル弾の
連射で待ち伏せ攻撃を制圧することも可能だ。もっとも重量は1
0キロ以上もあり、使いこなすにはかなりの体力が要求される。

グラントというカデットがM60射手を志願した。南部出身。高
校時代はアメフトのスター選手だったというのが自慢で、何事も
力で解決するタイプ。暑い夜など兵舎にひとつしかない扇風機は
いつも彼のベッドの横に置かれていた。

M60は通常、射手と副射手の二人一組で運用する。副射手が予
備銃身と600発から900発の弾薬を遂行するのだ。しかしグ
ラントは一人で十分だと言い張る。
「ジョン・ウェインになる必要はない」
リーの説得にも
「この小隊で一番大きく体力があるのは自分だ。やらせてくれ」
と譲らない。
「分かった。任せる」

巨漢の言い分にも一理あると考えたのか、リーは承諾した。弾薬
ベルトを身体に斜に巻きつけ機関銃を持った姿はまさにランボー。
銃と弾薬合わせ30キロ以上になるはずだ。この重装備での行軍
は、元フットボール選手の体力も優に超えていた。にもかかわら
ず、グラントは誰の助けも借りようとしない。男らしさと名誉に
固執する南部人気質だ。

行軍が長くなるにつれ、体力を消耗したグラントはバランスを失
い、林の下生えに足を取られ何回も転倒した。銃身や切り株にぶ
つけたのか、顔面は泥と血で汚れ目も当てられない。見かねたリ
ーの指示で、予備銃身と弾薬の半分は他のカデットが引き受けた。

数回の小休止を経て、小隊は偵察地点の近くの開けた土地にたど
り着いた。ここで日が暮れるまで待ち、夜陰に紛れて目標に接近。
必要な情報を得たなら迅速に離脱する。敵の追撃を避けつつ他の
小隊と合流後、行軍して駐屯地に戻る計画だ。

順番に歩哨と食事、そして細切れの仮眠を繰り返し、我々は真夜
中に偵察を開始した。天空には夥しい数の星々が瞬きもせずはり
ついている。地表を蠢く自分たちと、仰ぎ見る荘厳な銀河の対比
に心が問いかける。「いったいここで何をしているのだ?」しか
し、いま哲学的思索は後回しだ。足元を這うトリップワイヤーに
意識を集中する。照明弾や仕掛け爆弾のトリガーにうっかり引っ
かかれば小隊全体がやられる。

夜間行軍で仲間を見失わないよう、ヘルメットの後ろにはキャッ
ツ・アイズと呼ばれる蛍光パッチが二枚付いている。わたしは目
の前で揺れる「猫の目」を頼りに前進を続けた。20分あまり経
った頃、夜空にロケットのようなものが打ち上げられ、そしてオ
レンジ色に輝きながらゆっくり降下を始めた。照明弾に照らされ
た木立とその陰影が刻々と姿を変え、百鬼夜行の様相だ。

「フレアーを見るな!」
リーが叫ぶ。が、すでに遅い。夜間視力は完全に失われていた。
照明弾が上がったら即、片目を抑えて伏せることは習っていた。
しかし身体が対応しなかった。こんなザマでは実戦ではすぐお陀
仏だ。

ついで探照灯が我々に向けて投射された。幾本もの銀色のビーム
が地面と木立を行き交い、踊り狂う。森の中に設置されているら
しい拡声器が「それで隠れているつもりか?丸見えだぞ」とがな
りたてる。どこか非現実的な光と音の共演。顔に迷彩をほどこし
自動小銃を持っていなかったら、ロックコンサートにでも迷い込
んだと思うところだ。

背後で起こった爆発にわたしは飛び上がった。爆風はなかったが
鼓膜が痛む。振り返ると、暗視装置をつけたタック・オフィーサ
ー(戦術担当教官)らが訓練用スタン・グレネードを投げている。
人質救出作戦などでテロリストを一時的に戦闘不能にするための
手榴弾だ。非致死性とは言え、破裂音と閃光は激烈だ。

「グラント、制圧射撃!森に向かって撃ちまくれ!撃て!」
リーの命令が飛ぶ。乱舞する光の中、グラントの巨体が小隊の先
頭を目指して突進した・・・・しかし、マシンガンは沈黙したま
まだ。
「グラント、撃て! 撃て!」
容赦なく探照灯に照らし出されたグラントは、機関銃の装填不良
を直そうと躍起だ。身体から弾薬ベルトを外して再装弾。しかし
数発で目詰まりを起こした。
「リー、ダメだ。撃てない」

「任務中止!全員、ラリーポイントまで退却しろ!ゴー、ゴー、
ゴー!」
小隊は総崩れになった。各分隊が互いを援護しながら離脱する余
裕はなく、誰もが無我夢中で集結地点に駈けだした。軍隊という
よりパニックに駆られた群衆にちかい。

息を切らせてラリーポイント(再結集地)にたどり着くと、すで
に赤い懐中電灯を持ったタック・オフィーサー(戦術担当教官)
が待ち受けていた。
「カデット・リー、人数を確認。AARを行なう」
アフター・アクション・リビュー。作戦後に行なう事情聴取と反
省会だ。作戦中断に追い込まれたことを考えれば、容赦ない質問
攻めと辛辣な批評に遭うのは間違いない。赤い光に浮かび上がる
仲間たちの顔は、無念と落胆にまみれている。

「大尉殿、全員揃いました」
円陣の中央でタック・オフィーサーが頷き、各カデットを順繰り
に見つめる。目と目が合った。この瞬間まで、彼がアラスカ大学
のROTC軍事学教授であることに気づいていなかった。生真面
目で妥協を知らない空挺レインジャー。右肩には戦争に行ったこ
とを示す参戦パッチを付けている。キャンパスでも誰ひとりこの
男の笑顔を見たことがない。辛辣な言葉を予期し、わたしはひと
り身構えた。
「任務は危険にさらされた」
「サー、失敗は自分の責任です。機関銃を任されていたのに援護
射撃できなかった・・・」
「私は『失敗』とは言っていない、カデット・グラント」
意外な返答だ。叱責を覚悟していたグラントも我々も困惑した。
「カデット・カトー、きみは全体が見渡せる位置にいた。意見を
聞こう。何が起きた?」
「ブラウン大尉殿、フレアーで敵に発見され偵察は中断。退却せ
ざるを得ませんでした」
「あの状況下、カデット・リーの下した判断は正しい。しかし諸
君らは『退却』したのではない」
「はい・・・・我々は逃げ出しました。申し訳ありません」
「謝る相手はわたしではない。お互いだ。諸君らは一人残らず、
兵士の鉄則を破った。分かるか?」
「何があっても仲間を護ることです、キャプテン」
「そうだ」
戦友は絶対見捨てず、自分を犠牲にしても救う。軍の根幹をなす
原則を、大尉は実戦体験から心得ている。
「見たまえ」
大尉がグラントの足下にあったM60を軽々と拾い上げる。白色
ライトに照らし出された機関部と弾薬ベルトは泥にまみれている。
「この機関銃が砂や泥に弱いのは知っているな。カデット・グラ
ントが疲れて転倒し始めたとき、指揮官の判断を待つまでもなく、
最初に気づいた者が交代すべきだった。そうしていれば、弾薬ベ
ルトのよじれや機関部の汚れで装弾不良を起こさずに済んだ。仲
間を助けるとは、部隊全体を救うこと。それが自らの生還にもつ
ながる。はっきり言っておこう。戦場で弾が飛び始めたら、お国
のためにと思って戦う兵などいない。『合衆国憲法を守るために』
は平時の建前だ。兵が敵弾に身をさらすのは銃後の人々のためで
もない。ともに塹壕にいる戦友を死なせないため、ただそれだけ
のために、戦う。それが兵だ」
「イエッサー」
全員が口々に答え、頷いた。実戦に裏打ちされたベテラン歩兵の
言葉がカデットの心を掴んだ。

「退却命令についても同様だ」
 図上演習で小隊レベルの戦術を教わった際、まず仲間の退路を
確保するため弾幕を張って援護すると教わった。次に、後退した
分隊が制圧射撃で残った分隊の退却を助ける。安全地帯にたどり
着くまでこれを繰り返すのだ。しかし戦場では・・・

「誰しも爆発や銃声で動転し、判断力を失う。指揮官の命令が聞
こえないこともある。だが、一人一人が仲間の援護を優先して行
動すればどうだ? 指揮系統はいっとき崩壊しても、部隊が烏合
(うごう)の衆と化すことはない。兵卒から士官まで、各人が状
況に応じ最良の判断を下す。これが米陸軍を世界最強にしている
のだ。諸君はそういう軍隊に属している」

 ブラウン大尉はカデットらが実戦に抱く不安を見事に見抜いて
いた。共感と信頼が生まれ、円陣が強い一体感に包まれていく。
このときわたしは、近くにいたリーやグラントの表情に凄まじい
決意がみなぎるのを見逃さなかった。何が何でも士官になってみ
せる。おそらく小隊全員が自らにそう言い聞かせていたはずだ。
「AARはこれで終了する。各自、行軍の準備にかかれ」
「イエッサー。サンキュウ、サー」
「キャリー オン(任務を続行せよ)」
暗闇に消えていく後ろ姿に、全員がいつまでも敬礼を送り続けた。



(つづく)


加藤喬(たかし)



●著者略歴
 
加藤喬(かとう・たかし)
元米陸軍大尉。都立新宿高校卒業後、1979年に渡米。アラスカ
州立大学フェアバンクス校他で学ぶ。88年空挺学校を卒業。
91年湾岸戦争「砂漠の嵐」作戦に参加。米国防総省外国語学校
日本語学部准教授(2014年7月退官)。
著訳書に第3回開高健賞奨励賞受賞作の『LT―ある“日本
製”米軍将校の青春』(TBSブリタニカ)、『名誉除隊』
『加藤大尉の英語ブートキャンプ』『レックス 戦場をかける
犬』『チューズデーに逢うまで』『ガントリビア99─知られざ
る銃器と弾薬』『M16ライフル』『AK―47ライフル』
『MP5サブマシンガン』『ミニミ機関銃(近刊)』(いずれも
並木書房)がある。 
 
 
追記
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『チューズデーに逢うまで』関係の夕刊フジ
電子版記事(桜林美佐氏):
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20150617/plt1506170830002-n1.htm
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20150624/plt1506240830003-n1.htm
 
『レックス 戦場をかける犬』発売中
http://www.amazon.co.jp/dp/489063309X 
 
『レックス 戦場をかける犬』の書評です
http://honz.jp/33320

オランダの「介護犬」を扱ったテレビコマーシャル。
チューズデー同様、戦場で心の傷を負った兵士を助ける様子が
見事に描かれています。
ナレーションは「介護犬は目が見えない人々だけではなく、
見すぎてしまった兵士たちも助けているのです」
http://www.youtube.com/watch?v=cziqmGdN4n8&feature=share
 
 
 
きょうの記事への感想はこちらから
 ⇒ https://okigunnji.com/url/7/
 
 
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日本語でも英語でも、日常使う言葉の他に様々な専門用語があ
ります。
軍事用語もそのひとつ。例えば、軍事知識のない日本人が自衛
隊のブリーフィングに出たとしましょう。「我が部隊は1300時
に米軍と超越交代 (passage of lines) を行う」とか「我が
ほう戦車部隊は射撃後、超信地旋回 (pivot turn) を行って離
脱する」と言われても意味が判然としないでしょう。
 
 同様に軍隊英語では「もう一度言ってください」は
 "Repeat" ではなく "Say again" です。なぜなら前者は
砲兵隊に「再砲撃」を要請するときに使う言葉だからです。
 
 兵科によっても言葉が変ってきます。陸軍や空軍では建物の
「階」は日常会話と同じく "floor"ですが、海軍では船にちな
んで "deck"と呼びます。 また軍隊で 「食堂」は "mess 
hall"、「トイレ」は "latrine"、「野営・キャンプする」は 
"to bivouac" と表現します。
 
 『軍隊式英会話』ではこのような単語や表現を取りあげ、
軍事用語理解の一助になることを目指しています。
 
加藤 喬
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しています。ありがとうございました。

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