配信日時 2019/03/01 09:00

【短期集中連載・ハイブリッド戦争とインテリジェンス(4)】「「ベリングキャット」によるオシント分析」 山中祥三(インテリジェンス研究家)

───────────────────
ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
でもあります。お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気
軽にどうぞ
 
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
───────────────────

こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争とインテリジェンス」の最終回です。

この連載、すごく面白かったですね。
あなたはいかがでしたか?

最後となるきょうは、
「べリングキャット」のはなしや
「中共のハイブリッド戦」などが
語られています。

「中共のハイブリッド戦」
についてはある程度予想通りでしたが、
「べリングキャット」の話と併せ聞くと、
思うところ多いですね。

山中さんに感謝申し上げます。
次回を楽しみにしています。

さっそくどうぞ。


エンリケ


山中さんへの感想や疑問・質問やご意見は、
こちらから⇒ https://okigunnji.com/url/7/

──────────────────────────────
短期集中連載・ハイブリッド戦争とインテリジェンス(4)

「「ベリングキャット」によるオシント分析」

山中祥三(インテリジェンス研究家)
──────────────────────────────

□はじめに

 2016年の米大統領選における「ロシア疑惑」をめぐり、マ
ラー特別検察官が近く捜査報告書をまとめ、バー司法長官に機密
文書として提出するようです。

 トランプ側関係者とロシアとの関係の解明が焦点となっていま
す。バー司法長官は、捜査に批判的でトランプ大統領寄りとの指
摘もあり、報告書が一部しか開示されない懸念も出ています。

 情報機関(CIA、NSA、FBI三者による)などは201
7年1月に、米大統領選挙におけるロシアの活動と意図に関する
評価について秘密の報告書を提出しています。その一部は公開さ
れていますが、外国のアクターの意図、能力、行動についての分
析は行なうが、アメリカの政治過程や世論については分析しない
と明記してあります。

 報告書では、ロシアのメッセージ戦略に基づくモスクワの影響
キャンペーンにおいて公然(ロシアの政府機関、国営メディア、
有料のソーシャルメディアユーザー)、非公然(サイバー活動な
ど)など多様な手段が用いられたことが明らかにされていますが、
その具体的な影響力を証明するのは極めて困難でしょう。

 最終的には、司法の判断になると思いますが、今回の報告書の
重要な部分の開示をめぐる時点で共和党、民主党、司法省の攻防
があり、トランプ大統領も自分に都合の悪い情報は何としてでも
抑えようとすると考えられることから、この問題は長期化するこ
とが予想されます。

 したがって、このロシア疑惑が、真に明らかになるとすれば、
早くてもトランプ大統領の任期後になるでしょう。その意味でも、
次の2020年の大統領選挙で再選されるかどうかは、トランプ
氏にとっても極めて重要な問題となるでしょう。

 その際、トランプ氏とその有力な対抗馬のどちらが御しやすい
とプーチン大統領が考えるかによって、標的が決まりロシアのハ
イブリッド戦争が仕掛けられることでしょう。

 さて、先回のメルマガではスパイの活動が、インターネットで
暴露されてしまうという実態について記述しましたが、今回はそ
れを解明した「ベリングキャット」についてまとめて見たいと思
います。

▼それは無職の元ゲーマーのブログから始まった

 ベリングキャットは、2014年エリオット・ヒギンズによっ
て立ち上げられたウェブサイトである。

 ベリングキャットとは、イソップ物語の「ネズミの相談(The 
Mice in Council)」の中のフレーズから取ったものである。

 「ネズミが猫の首に鈴をつける(Bell the Cat)」は、いくらア
イデアが良くても実際に行なおうとするものはおらず、「実行す
るのは至難のわざ」「できない相談」の喩えになっている。

 しかし、ヒギンズは猫の首に鈴をつけること、つまり自分たち
が(勇気あるネズミになり)フェイクニュースを明らかにして警
鐘を鳴らそうという意味で名づけたとしている。

 2013年には無職だったエリオット・ヒギンズは、18年に
は、ロンドン大学キングス・カレッジ戦争学部のCSSS(科学
と安全保障研究センター)およびカリフォルニア大学バークレー
校人権センターの客員研究員になった。

 しかし、彼はもともと研究者でもジャーナリストでもなく、ゲ
ーマーで、大学を中退後、銀行、石油関連会社などを経てランジ
ェリー会社で勤務していたが、何と2013年にはその会社を解
雇され無職となった。

 ヒギンズは、学生時代からオンラインゲームに熱中し、「ワー
ルド・オブ・ウォークラフト」では40人を率いるリーダー役と
してプレーしたという。連続36時間プレーの経験もあるようだ。
加えて、オンラインフォーラムへのコメントにも夢中になるとい
った性格である。

 「アラブの春」(2010~11年頃)で大きな変革を迎えた中
東に興味を持ち、ガーディアンの記事に「ブラウン・モーゼス」
の名前で精力的にコメントを書き込んでいった。そのコメントを
めぐり時には論争になり、議論の応酬をするうち、ネット上でオ
ープンに閲覧できる動画や写真が、現場の詳細を物語る強力な証
拠になることに気づいたという。

 そのデータ収集拠点として、2012年春にブラウン・モーゼ
スのブログを立ち上げ、中東情勢に関連する動画、とくに兵器関
係の情報を投稿し続けた。

 2013年に失業した彼は、日々、子供(2歳の娘)の世話を
行なっていたが、皮肉なことに前にもまして時間的な余裕ができ
た。育児の合間にノートパソコンで中東における兵器について徹
底的に調べたのである。

 毎日450以上のユーチューブを監視して武器の画像を探しだ
し、新しいタイプの武器が出てきた時期、場所、使用者などを追
跡した。

 ヒギンズはアラビア語ができるわけではない。また、軍の経験
や武器に関する訓練を受けたこともなく、「アラブの春」以前は
一般のゲームユーザーと同程度の知識しかなかったが、兵器など
に関する知識を独学で身につけた。

 ヒギンズは、シリア政府によるバレル爆弾、クラスター爆弾の
使用などをオシントによって解明した。(バレル爆弾:ドラム缶
などに、燃焼して高熱を発するガソリンや化学物質と釘などを詰
め、航空機から人口密集地に投下して爆発させる大量殺傷兵器)

 とくに2013年、シリアでアサド政権が化学兵器を使用した
ことを現場で撮影した写真や動画などをもとに証明した。その情
報の確からしさから、「ニューヨーク・タイムズ」の記者も、情
報源として記事に引用するようになっていった。

▼ベリングキャットの立ち上げ

 2014年7月15日に、ヒギンズはビデオ、地図、写真など
の公開情報を使って現在の出来事を調査するため、「ベリングキ
ャット」というウェブサイトを立ち上げた。

 そのサイトはクラウドファンディングにより資金を調達して運
営され、ヒギンズのほか8人のボランティアにより分析がなされ
ている。

 サイト立ち上げと同時期に東ウクライナで発生したマレーシア
航空機(MH17)撃墜事件に関する調査で早くも成果を発揮し
た。この事件は当初から、親ロシア派による対空ミサイルの誤射
説が語られていた。しかし、ロシア側はそれを否定するだけでは
なく、逆にウクライナ軍の戦闘機による撃墜だとする偽情報を流
していた。

 この時、ベリングキャットは公開情報を詳細に検証し、ロシア
側の主張を突き崩す調査結果を次々に発表していった。2016
年には、この事件に関与していたのがロシアの正規軍で第53対
空ミサイル旅団第2大隊であることも証明した。

 その後もベリングキャットはさまざまなフェイク情報を公開情
報で検証する作業を続けている。最近での活躍は、先回のメルマ
ガで紹介した英国ソールズベリーでの元GRUの暗殺未遂事件の
犯人の解明である。

 なお、この事件の犯人については、ベリングキャットが以前に
明らかにした2人の犯人のほかに、2019年2月7日の記事で
は、第三番目のGRUの将校が活動していたとして、45歳の男
の素性や行動を公表している。

▼ソーシャルメディアの信頼性は?

 ヒギンズは、従来のジャーナリストのような現場における取材
ではなく、いわゆる「アームチェア分析(机上の空論的分析)」
を使用している。これは、現場に行くことなく、フェイスブック、
ツイッター、グーグルアースといったネット上の公開情報を活用
することである。

 ソーシャルメディアには現場の当事者しか発信できない事実も
ある。一方で、現場の当事者を名乗って発信されるデマもある。
発信量が膨大なら、仕分け作業にも膨大な時間が要求される。し
かし、失業中で育児中のヒギンズには、その時間があり、さらに
ゲーマーだったという経験が役に立った。

 だから、徹底的に動画をチェックし、信頼できる情報とそうで
ないものを見分ける忍耐力があった。450以上ものユーチュー
ブチャンネルを、毎日ひたすらチェックするだけの時間は、どん
な専門家にもない。そこがヒギンズの特異で有利な点だ。

 情報の精度は評判を呼び、次第に専門家筋の読者がつくように
なり、現在の活躍に結びついたのである。

 今では、彼の分析の要領を広めて、フェイクニュースを見分け
るべくロンドンだけでなくワシントンなどで彼の分析のやり方に
ついて、ワークショップも開催している。

▼中国はハイブリッド戦争を行なうのか?

 その答えは、「とっくの昔からやっている」である。

 中国の南シナ海や東シナ海をめぐる活動や一帯一路構想などは、
まさに「超限戦」であり「ハイブリッド戦争」である。

 1999年、人民解放軍の空軍大佐2人によって書かれた
『超限戦』では、超限戦とはグローバル化と技術の総合を特徴と
する21世紀の戦争であり、すべての境界と限度を超えた戦争で
ある。

 このような戦争ではあらゆるものが手段となり、あらゆる領域
が戦場となり得る。すべての兵器と技術が組み合わされ、戦争と
非戦争、軍事と非軍事、軍人と非軍人という境界がなくなるとし
ている。

 「非軍事の戦争行動」には、貿易戦争、金融戦争、新テロ戦争
(ビンラディンによるケニアなどにおけるアメリカ大使館爆破事
件に見られたように、超大国が小さなテロ組織に攻撃を受ける。
9.11テロはこの本の出版後に起こり、『超限戦』が改めて評価
された)、生態戦争(人工的に地震を起こしたり「エルニーニョ」
現象を作り出したりして地球環境を破壊して、地球全体や特定の
地域に打撃を与えること)といったものも含まれるとしている。

 この概念は、すでに見てきたようにハイブリッド戦争の概念と
全く同じである。

 さらに、中国は2003年頃には、三戦(輿論戦、心理戦、法
律戦)という非対称戦の概念も積極的に取り入れるようになった。

 もっとも、紀元前500年頃の中国の春秋時代の孫子の兵法で
は、戦わずして勝つ謀略の重要性が説かれ、その後の戦国時代の
韓非子は、目的のためには手段を選ばないということをすでに述
べている。

 ロシアがNATO側に近いところで行なった行為が、印象的で
目立ったため、欧米においてハイブリッド戦争が新たな概念とし
て注目されたが、実は我が国の近くではずっと前からハイブリッ
ド戦争が目立たぬように行なわれていたのである。

 結局ハイブリッド戦争は、タブーを超えて正規・非正規の戦力
を平時・有事の区別なく使用し、インタ―ネットといった新たな
技術を活用するところに従来との差異が見られた。しかし、今後
はこの戦いが当たり前と認識されることだろう。

 したがって「ハイブリッド戦争」という言葉も一つの流行り言
葉で終わってしまうかもしれない。

 また、中国はサイバー戦においても、サイバー戦部隊を急速に
整備し、情報搾取を主体に著しい力をつけてきている。今後重点
的な研究が必要である。

 報道によれば、ロシア軍のサイバー要員は約1000人、米国
のサイバー軍の要員は約6000人、北朝鮮では7000人の規
模のサイバー要員がいるとされる。

 しかし、中国はなんと13万人の要員を有するとされる。自衛
隊のサイバー部隊は現行110人、平成31年度から5年間の中
期防衛力整備計画で500人に拡大するとしている。

 全く桁が違う。これでまともに戦えるのであろうか。

□最後に

 これで、今回の短期集中連載記事は終わります。

 「ハイブリッド戦争とインテリジェンス」に対して、読者の皆様
からもコメントをいただきました。ありがとうございました。

 その中で、「ロシアのGRUは敢えてその活動を暴露している
のではないか? 二重スパイなどに対し、恐怖を与えてスパイの活
動を制限しようとしているのではないのか?」という考え方も提
示されたことをお伝えしておきたいと思います。

 いろいろな仮説を立てて、自分なりに情報を収集し立証する作
業を行なうことで、読者のインテリジェンス・リテラシーがます
ます向上することを期待しております。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 また、面白いテーマを見つけたら、投稿させていただきます。
その節は、よろしくお願いします。



(「ハイブリッド戦争とインテリジェンス」おわり)


(やまなか・しょうぞう)



山中さんへの感想や疑問・質問やご意見は、
こちらから⇒ https://okigunnji.com/url/7/
 



PS
弊マガジンへのご意見、投稿は、投稿者氏名等の個人情報を伏
せたうえで、メルマガ誌上及びメールマガジン「軍事情報」が
主催運営するインターネット上のサービス(携帯サイトを含む)
で紹介させて頂くことがございます。あらかじめご了承くださ
い。
 
PPS
投稿文の著作権は各投稿者に帰属します。
その他すべての文章・記事の著作権はメールマガジン「軍事情
報」発行人に帰属します。
 
 
最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝しています。
マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感謝していま
す。そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、心か
ら感謝しています。ありがとうございました。


 
●配信停止はこちらから
https://1lejend.com/d.php?t=test&m=example%40example.com 
 
 
---------------------------------------
 
発行:
おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)
 
メインサイト
https://okigunnji.com/
 
問い合わせはこちら
https://okigunnji.com/url/7/
 
 

Copyright(c) 2000-2019 Gunjijouhou.All rights reserved