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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
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こんにちは、エンリケです。
「ハイブリッド戦争とインテリジェンス」三回目です。
この連載はいかがでしょうか?
兵器や武器の話に比べると、
違う部分の頭や想像力を幅広く使わなければいけないので
少し勝手が違うかと思いますが、
インテリジェンス・情報戦のいま、を最高レベルの分析で
覗き見るという「唯一で稀有で超贅沢な機会」にいま自分は
接している、ことだけは忘れないでください。
さっそくどうぞ。
エンリケ
山中さんへの感想や疑問・質問やご意見は、
こちらから⇒
https://okigunnji.com/url/7/
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短期集中連載・ハイブリッド戦争とインテリジェンス(3)
「ハイブリッド戦争におけるインテリジェンスの役割」
山中祥三(インテリジェンス研究家)
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□はじめに
先回まででハイブリッド戦争とは何かということを考察してき
ました。
まとめると「ハイブリッド戦争とは、正規と非正規の戦力、戦
闘員と民間人、物理的破壊と情報戦(サイバー戦、情報操作など
含む)が絡み合った戦い方で、その手段としてインターネットや
SNSが最大限に活用されている」と言うことができます。
そして、それらは、もはや平時やグレーゾーンで行なわれ、そ
の中でインテリジェンスが占める位置は極めて重要です。
▼ハイブリッド戦争におけるインテリジェンスの役割
平時やグレーゾーンから行なわれる情報の収集、情報操作、工
作活動、サイバー戦(主に情報窃取、攻撃)は、まさにインテリ
ジェンスの役割であり、ハイブリッド戦争におけるその役割は、
ますます重要になってきている。
ちなみに、ロシアにおいては、インテリジェンス機関の中にサ
イバー担当組織が存在する。アメリカにおいてもNSA長官が、
サイバー軍司令官を兼務しており、2018年5月にはサイバー
軍が統合軍の1つに昇格している。
収集したインフォメーションを同じインテリジェンス機関内の
別の部門が、攻撃や防御に活用しているのである。
我が国でも少しずつ、サイバー組織の充実が図られている。し
かし、歩みは遅く、しかもサイバー組織とインテリジェンス機関
とを切り離している。我が国は、諸外国の進化に対応していける
のであろうか。
【ハイブリッド戦争時代におけるスパイや工作員の活動とその隠蔽】
ロシアの事例で見られるように、ハイブリッド戦争においても
スパイや工作員は、今なお重要な役割を占めている。
ウクライナでは、クリミアの親ロ勢力に長い年月をかけて秘密
工作が行なわれていたし、ウクライナの自警団の中には、ロシア
の覆面兵士が活動していた。
また、OPCWのシステムに対しては遠隔では侵入できず、現
地でスパイにより「近接アクセスハッキング」せざるを得なかっ
たようである。
今なお、遠隔ではどうにもできない部分があり、スパイや工作
員が現地で活動する余地がある。
もっともスパイ活動の際も、彼らは事前調査にインターネット
を有用なツールとして活用している。
しかし、一方でそのインターネットと至るところに張り巡らさ
れた防犯カメラは、従来なら秘匿できたであろうスパイや工作員
の正体および活動を暴露するツールにもなっている。
スパイすらSNSや防犯カメラから逃れることはできない。そ
れらはスパイにとっても諸刃の剣である。
▼英国における元GRU殺害未遂実行犯の正体は?
2018年3月4日ロンドンから南西約130kmにあるソー
ルズベリーでロシア連邦参謀本部情報総局(GRU)の元大佐セ
ルゲイ・スクリパリとその娘が神経剤「ノビチョク」により殺害
されそうになった。
その後の調査で、半年後(9月5日)イギリス政府は、セルゲ
イ・スクリパリ大佐暗殺未遂の容疑者として「アレクサンドル・
ペトロフ」と「ルスラン・ボシロフ」を偽名の可能性が大としつ
つもGRUの将校だとして旅券を公表した。
この疑惑に対し、ロシア側は反発し、9月12日にプーチン大
統領が「彼らは誰か分かっている。情報部員ではなく、民間人で
ある」と発言した。さらに、両容疑者は翌13日旅券の名前でロ
シアの国営テレビ番組「RT」に出演した。
そこで本人たちが語ったところによると、旅券の名義は彼らの
本名であり、職業は軍人ではなくフィットネス業界とサプリメン
ト業界の企業家とのことだった。
彼らがソールズベリーを訪れたのは、同地の大聖堂を見るため
で、純粋に観光旅行ということだった。ロシア側は、2人を犯人
とするのはイギリス側の陰謀だと指摘した。
【スパイの経歴がオシントにより暴露】
しかし、同26日「ジ・インサイダー」と「ベリングキャット」
が容疑者に関する合同調査結果を発表した。
「ジ・インサイダー」は、2014年9月に開設されたロシア
の民間の独立系ニュースWebサイトで、政治および社会問題に
ついて、ロシアおよび関連の問題に対し主流のニュースとは異な
る見方を提供すると主張している。
また、「ベリングキャット」は、イギリス人ブロガーが201
2年に始めたサイトで、ネット上で入手できる公開情報を使って
フェイク情報を検証するというマニアックな活動をしている。
両者の発表では、スクリパリ毒殺未遂事件の2人の容疑者のう
ちの1人「ルスラン・ボシロフ」という人物の本名は、「アナト
リー・チェピーガ」でありGRUの大佐だとしている。
チェピーガ氏は「1979年5月5日アムール州ニコラエフカ
村生まれ、2001年ロコソフスキー・ソ連元帥記念極東軍事司
令高等アカデミー卒。その後ハバロフスクにあるGRU指揮下の
特殊作戦旅団(第14スペツナッズ旅団)に入隊。チェチェンに
は3回派遣。20回以上軍で勲章の受賞歴あり。2014年12
月、平和ミッション遂行により『ロシア連邦英雄』の称号を授与
された」としている。
この「平和ミッション」とは、あらゆる情報から判断するに、
ウクライナ侵攻のことであるとも説明している。大佐の具体的な
功績は不明だが、チェピーガ氏の所属部隊は、2014年末にウ
クライナの国境付近で確認されている。
チェピーガ氏の偽名「ルスラン・ボシロフ」は、GRUアカデ
ミー(GRU内のスラングで「音楽院」と呼ばれている学校)を
卒業した時に与えられたものだとも指摘している。
さらに「ベリングキャット」は、2018年10月8日には、
もう1人の容疑者「アレクサンドル・ペトロフ」とされる男の身
元は、GRUの軍医「アレクサンドル・ミシュキン」だと発表した。
翌9日、ベリングキャットの創設者エリオット・ヒギンズと研
究員のクリスト・グロゼフ氏は、英議会で開いた記者会見で、ミ
シュキン容疑者がウクライナや、モルドバからの分離独立を主張
する親ロシア地域「沿ドニエストル共和国」で秘密工作に関与し
ていたことを突き止めたことも公表した。
両氏によると、ミシュキン容疑者も、先に発表されたアナトリ
ー・チェピーガ大佐と同様に2014年に、プーチン大統領から
ロシア最高の栄誉勲章である「ロシア連邦英雄」を授与されてい
たとも公表している。
ちなみに「ロシア連邦英雄」勲章は、国家の職務で、著しい勇
敢さをともなう目立った活動や行為をする者に対して、ロシア連
邦大統領から授けられる。
主に、チェチェン地区の軍事活動に関係した者、宇宙飛行士の
ほか、芸術家、政治家、エコノミスト、および運動選手がこの称
号を授与されている。
連邦英雄受賞者は、公共サービスの無償化、年金の増額、一部
の課税の免除などさまざまな特典があり、特典の一部は受賞者の
家族にも及ぶ。
【ベリングキャットによる具体的解明要領】
「ベリングキャット」は、もともと一般に入手可能な公開情報を
基にフェイクニュースを暴き真実を追求する活動を行なっている。
「ベリングキャット」は、当初英国政府が公表した2人の写真と
偽名を参考に一般的な画像検索や名前による検索を始めた。しか
し、その方法では身元を特定することはできなかった。
2人の旅券を詳しく調べると、ロシア中部での住民登録と旅券
発給記録は、2009年の同時期に発給されている。また、通常
のロシア国民とは異なる特例的な発給が行なわれている。そして
両者の旅券情報には、情報機関員に使われる特殊なマーキングが
複数見られることが判明した。
2人の偽名で各出入国記録を照合すると、とても民間の企業家
とは思えないレベルのスケジュールで移動し、西欧各国、中国、
イスラエルと目まぐるしく飛び回っていることが分かった。
そこで、2人がヨーロッパ主体に隠密作戦を遂行するGRUの
将校であるとの仮説を立て、演繹的に検索に取り組んだ。
ロシアの元将校から、GRUの工作員になるための学校の1つ
が極東軍司令官学校である情報を入手した。そこで、旅券情報な
どを参考に卒業年などを推測し卒業生年鑑などを調べていった。
すぐには、判明しなかったが、学校の歴史についてのWebサ
イトにチェチェンに派遣された卒業生の集合写真があった。その
記事には、7人の卒業生が「ロシア英雄賞」を受賞したとの発表
があった。
ロシア英雄賞受賞者は、Webサイトでも公表されており、そ
のうち最後の2人の受賞者だけが名前は公表されているものの詳
細な説明がなされておらず不自然だった。その名前の1つが「ア
ナトリー・チェピーガ」だった。
その名前を基にパスポートのデータベースから2009年以前
(03年)のパスポート写真やデータが入手でき、本名や本籍地
などを確定し、そこを端緒として経歴などを解明していったよう
である。
「ベリングキャット」がウェブサイトに掲載した男の顔写真は、
2003年からパスポートに使用されていたものであった。これ
は、英当局が公開した「ボシロフ」そっくりで、素人が見てもボ
シロフが若いころの顔だったと推測できるものだった。
本名が分かるとチェピーガの名前は、他のデータベースの中で
も見つかり、2003~05年に彼がハバロフスク市に居住して
いたことが判明、なおかつ同市のGRU第14旅団の基地の住所
とも一致した。これにより、「ボシロフ」氏とチェピーガ氏が同
一人物である可能性がさらに高まったと指摘している。
カバーストーリーで身元を隠している人物の経歴が簡単に判明
するはずはないが、学校の卒業生の集合写真といった何気ないオ
ープンソースの中にスパイが隠し切れない情報が公開されている
のである。
▼OPCWの犯人たちのオシントによる解明
OPCWへのハッキングにおいてもGRUの要員たちがミスを
犯していたことが明らかになった。
オランダ当局へは英国の捜査当局から情報提供がなされ、それ
を受けたオランダ捜査当局によりスパイ活動が阻止されてしまっ
た。
しかし、なぜスパイであることがバレてしまったのか?
その理由の1つには、実行犯のアレクセイ・ミニン、オレグ・ソ
トニコフ、エブゲニー・セレブリャコフ、アレクセイ・モリニェ
ツの4人が、ロシアのエリートスパイ養成学校の卒業生であるこ
とがグーグル検索のレベルで分かってしまったからである。
欧州に亡命した元GRU工作員の1人はこの基地について、
「極秘の存在で、ロシア市民はその存在を明かすだけでも投獄さ
れる可能性がある」と語っているにもかかわらずである。
この学校は、前述のアナトリー・チェピーガの出身校ともされ
ている。
今回の工作員の1人は、自らの車(日本車のホンダ「シビック」)
購入の際、「水族館」という名称で知られるGRU本部のある基
地の住所を登録しており、そのうえ基地の電話番号も記載していた。
ロシアの車両登録データベースは、正式には公開されていないが、
ネット上では簡単に見つけることができるそうである。
ちなみに、GRUの本部庁舎は、モスクワ近郊に位置するガラ
ス張りの9階建ての建物である。職員からは、ステクリャーシュ
カ(ガラスビル)と呼ばれているが、一般にはアクワリウム(水
族館)として知られている。
また、工作員の1人であるセレブリャコフは、2011~13
年まで「Radiks」の選手だったとして、モスクワアマチュアフッ
トボールリーグ(LFL)のウェブサイトにも掲載されている。
元チームメイトのヤン・イェルショフは『モスクワ・タイムズ』
紙に対し、彼が「『何らか政府のエージェント』だったのは、公
然の秘密だった」と語っている。
このチームについても、「ほとんどのメンバーがロシアの諜報
機関で働いており、『セキュリティサービス』チームとして知ら
れていた」としている。イェルショフによれば、セレブリャコフ
は、今でもチームにときどき励ましのメッセージを送ってくるそ
うである。
また、オランダの捜査当局は、工作員たちがGRUの官舎から
直接モスクワの空港に向かったことを示す、タクシーの領収書も
発見した。おそらく彼らは帰ってから、タクシー代を経費として
請求するつもりだったと考えられる。
それにしても、どこか間が抜けており、ロシアのスパイの凄み
が感じられないと思うのは、冷戦時代のスパイのイメージに対す
る、筆者だけの感覚的なものであろうか。
それとも、インタ―ネットやSNSといった新しく強力な影響
力を有する技術を利用しているはずのインテリジェンス機関が、
自らに使われることはあまり考えていないからであろうか。
インターネットと防犯カメラとを組み合わせることにより、敵
対国のスパイ活動も赤裸々に明らかにすることができる。しかも、
それが今や国家レベルではなく、小さなブロガーレベルの集団で、
オシントによって暴かれるのである。
次回は、もとゲームオタクでブロガーが作ったこのベリング
キャットについて述べることとしたい。
(やまなか・しょうぞう)
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