配信日時 2019/02/15 09:00

【短期集中連載・ハイブリッド戦争とインテリジェンス(2)】「米大統領選挙にみるハイブリッド戦争の実態」 山中祥三(インテリジェンス研究家)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
でもあります。お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気
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WEB http://wos.cool.coocan.jp
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こんにちは、エンリケです。

「ハイブリッド戦争とインテリジェンス」二回目です。

この連載でお届けしている
現在進行形の情報戦、スパイ戦は、

メルマガという媒体でないと
お伝えできないテーマでしょう。
他のどの媒体でも、取り扱えないでしょう。

さてきょうは、
ロシアはなぜトランプを応援したのか?
そのあたりの事情を解説してもらいましょう。

さっそくどうぞ。


エンリケ


山中さんへの感想や疑問・質問やご意見は、
こちらから⇒ https://okigunnji.com/url/7/

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短期集中連載・ハイブリッド戦争とインテリジェンス(2)

「米大統領選挙にみるハイブリッド戦争の実態」

山中祥三(インテリジェンス研究家)
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□はじめに

 先回はハイブリッド戦争の定義とカラー革命からウクライナ危
機までの事例を概観したが、今回はロシアの官民組織による米大
統領選挙におけるサイバー攻撃について焦点を当てて事例を研究
する。

 西側がハイブリッド戦争と指摘するウクライナ危機においては、
非正規戦と正規戦が組み合わされており、最終的には武力行使が
あった。ところが2018年になると、以前から指摘はされてい
たものの、2014年以降ロシアが米大統領選挙へ介入してきた
活動が、米当局によって次々と公表されるようになった。

 それらの活動では、武力が使われることはなかったが、軍の情
報組織と民間企業とが組み合わさって行なわれたサイバー攻撃や
情報操作であった。

▼ロシア民間企業による米大統領選挙へのサイバー攻撃

 2018年2月16日、米モラー連邦特別検察官は大陪審がロ
シアの3団体(インターネット・リサーチ・エージェンシー
〔IRA〕、コンコード・マネージメント・コンサルティング会
社、コンコード・ケータリング会社)とロシア国籍の13人を起
訴したと発表した。
 
 モラー連邦特別検察官が提出した起訴状は全37ページ。その
中では、インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)
というインターネット関連会社、および複数のロシア人が14年
から16年の大統領選挙までドナルド・トランプ氏がヒラリー・
クリントン氏に対して有利になるようさまざまな手段を通して介
入したとしている。

【起訴された団体と個人の正体】
 起訴された団体の1つであるIRAは、サンクトペテルブルク
に拠点を置き2013年7月にロシアで企業登録。同社は架空の
人物を創り出す人員やテクニカルエキスパートなど数百人を雇用。
サンクトペテルブルクの社屋は米大統領選を含む米国のシステム
に対する介入活動が行なわれた「運営上のハブ」となっていた。

 ロシア側による選挙介入プロジェクトは「プロジェクト・ラフ
タ(Project Lakhta)」と呼ばれ、2014年5月には始まって
おり、潤沢な資金が投入されおり、その額は16年9月までに1
20万ドルを超えていた。

 検察当局によると、IRAはロシアのプーチン大統領と親しい
エフゲニー・プリゴジン氏が、コンコード・マネジメント・アン
ド・コンサルティンググループを通じて管理している。起訴され
ているIRAを含む3団体は、いずれもプリゴジン氏のコントロ
ール下にある組織である。

 そのプリゴジン氏は、プーチン大統領向けのケータリングサー
ビス会社も運営していることから「プーチンのシェフ」とも呼ば
れる人物である。同氏と同時に訴追された他の12人はいずれも
IRAの従業員である。

 また、2018年10月には新たにIRAの従業員であるエレ
ーナ・アレクセーブナ・クシエノバ容疑者が訴追された。

 同容疑者は「プロジェクト・ラフタ」の会計主任を務め、米大
統領選挙後も米国を標的とした政治的な干渉と影響力行使の取り
組みのため資金を割り当てた。

 クシエノバ容疑者に対する訴追請求状によると、同容疑者は2
018年1月から6月までプロジェクト・ラフタに毎月予算を割
り当て、その総額は6億5000万ルーブル(約11億1700
万円)を超えていた。
 
 資金の使途には、IRAの要員の活動費やソーシャルメディア
上の広告費、ドメイン名の登録費、プロキシサーバ(中継として
利用するためのサーバ)の購入費など、プロジェクトに必要なあ
らゆる出費が含まれていた。
 
【IRAの介入の要領】
 プロジェクト・ラフタによる大統領選挙への介入方法は、架空
の人物になりすまし重要なメッセージをネット上で拡散させたり、
米国人になりすまして政治集会を開いたりすることで、米国の選
挙を混乱させようとしたものである。

 プロジェクト・ラフタに関与していたロシア人たちは、米国市
民の政治活動家を装い、仮想プライベート・ネットワーク(VPN)
を利用することで正体を隠し、偽のソーシャルメディア・アカウ
ントや電子メール・アカウントを数千件作成していた。

 こうしたアカウントから、銃規制、人種問題、移民問題といっ
た対立を生む問題を扱うコンテンツが流された。工作員は、議論
においてしばしば、賛成の立場からも反対の立場からも投稿し、
意図的に議論を混乱させたり、恨みを煽ったりしていた。

 具体的には、ロシア国籍を有するIARの社員は、本物の米国
人の社会保障番号や誕生日などの情報を不正に入手し、ネット決
済サービス「ペイパル」のアカウントを取得。その人物になりす
ましソーシャルメディアでニュースを拡散させたほか、ソーシャ
ルメディア上で「ドナルドはテロを撲滅、ヒラリーは支援」とい
ったトランプ候補を称賛しクリントン候補を貶(おとし)める政
治的な広告も作成、拡散していた。

 さらに、ロシアの国営放送であるRTやスプートニクといった
マスメディアが、反クリントン報道でネガティブな報道を繰り返
した。

▼ロシア軍による米大統領選挙へのサイバー攻撃

 米大統領選挙には、ロシアの民間企業だけではなく軍のGRU
も介入していた。

 米司法省は2018年7月13日、16年の米大統領選介入疑
惑で、連邦大陪審がロシア軍情報部の当局者12人を起訴したと
発表した。同大統領選で民主党候補だったヒラリー・クリントン
氏や民主党のコンピューターネットワークをハッキングしたとさ
れる。

 ロシアのGRU所属の「26165部隊」は米大統領選投票の
7カ月前(2016年4月ごろ)に、議会選挙対策委員会の職員
に対し、ネットワークからの通知メールの体裁で、パスワードの
再入力を促すリンクを表示。リンク先には本物の入力画面を模し
た偽サイトを用意し、パスワードを入力させる、という手順で議
会選挙対策委員会の職員から、同委員会のネットワークにログイ
ンするためのパスワードを入手し(スピアフィッシング:特定の
標的を狙ったサイバー攻撃のこと)ハッキングした。

 同じくGRUの「74455部隊」は、「26165部隊」が
盗み出したメールや文書を、ウィキリークスなどのネット上に暴
露していった。

 起訴の発表を受け、ロシア外務省は「起訴された12人が軍情
報部と関連していた確証やハッキング行為に関与していた証拠は
ない」とのコメントを発表。週明けの7月16日にヘルシンキで
開催される米ロ首脳会談のムードを台無しにする試みだと批判し
た。

▼GRUによる国際機関等へのサイバー攻撃

 GRUは、大統領選挙だけでなくその他の機関等へもサイバー
攻撃を行なっていることが判明している。米司法省は2018年
10月4日、世界反ドーピング機関(WADA)や原子力発電企
業ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)などにハッキン
グ行為を行なったなどとして、連邦大陪審がGRUの要員7人を
起訴したと発表した。

 そのほか米国反ドーピング機関(USADA)や国際サッカー
連盟(FIFA)なども被害を受けた。
 
 司法省によると、GRUの要員らは2014年4月~18年5
月にかけて、これらの機関や企業のコンピューターシステムに侵
入。架空人物になりすまし、プロキシサーバやスピアフィッシン
グメール、マルウェア(悪意のあるソフトウェア)を使い「持続
的で高度なコンピュータ侵入」を共謀して行なったとされる。

 過去にロシア政府が関与した同国の運動選手らによる大規模ド
ーピングの事実を暴(あば)いたWADAに対して、同機関に不
利となるような情報を入手して信用性を失墜させるような情報工
作を展開しようとした。

 つい最近もアメリカ以外でも、GRUによるサイバー攻撃未遂
が発覚し公表されている。
 
 オランダ当局は2018年10月4日、ロシアが4月に化学兵
器禁止機関(OPCW)(ハーグ)へのサイバー攻撃を試みたが、
オランダ当局はその攻撃を阻止し、ロシア軍GRUの男性工作員
4人を国外退去処分にしたと発表した。

【OPCWへのサイバー攻撃未遂で明らかになった工作員の氏名
と所属組織】
 オランダ当局が公開したパスポートによれば、4人の氏名はア
レクセイ・モリニェツ(Alexei Morenets)、エブゲニー・セレ
ブリャコフ(Yevgeny Serebryakov)、オレグ・ソトニコフ(Oleg 
Sotnikov)、アレクセイ・ミニン(Alexei Minin)である。

 アレクセイ・モリニェツとエブゲニー・セレブリャコフがIT
専門家でオレグ・ソトニコフとアレクセイ・ミニンはその補佐役
である。
 
 4人の所属は、米国で起訴を受けたのと同様の組織、GRUの
「26165部隊」で「APT28」とも呼ばれる。ピーター・
ウイルソン在オランダ英国大使によるとその組織は「世界中に隊
員を送り込み、恥ずかしげもなく近接アクセスによるサイバー攻
撃を行なっている」部隊だという。

【ファイブアイズ以外に提供された英国情報】
 2018年4月10日、4人はモスクワからオランダのアムス
テルダム近郊にあるスキポール空港に到着し入国。空港ではロシ
ア大使館の職員1人が出迎えた。

 オランダ治安当局は、すでに4人を「近接アクセスハッキング」
(インターネットを介さず直接的に侵入するハッキング)を実行
するロシアの情報工作員と特定し、監視を開始した。

 11日、容疑者らは乗用車(シトロエン)をレンタル。11、
12両日には、容疑者らがOPCW周辺を偵察し、隣接するマリ
オット・ホテルの客室の窓から同機関の写真を撮る様子が確認さ
れた。

 13日、容疑者らはシトロエンの荷台に電子機器を置き、車両
後部をOPCWの建物に向けるようにマリオット・ホテルの駐車
スペースに停車。同日午後4時30分に機器のスイッチを入れた
ところを、オランダ軍情報部門の部隊が急襲した。

 オランダ当局が、このように迅速な対応ができたのは、事前に
英国からの情報提供があったからである。英国がファイブアイズ
以外の国にこのような情報を提供するのは、極めてまれだとされ
るが、GRUによる最近の活動には目に余るものがあったのであ
ろう。

 しかし、いずれも外交旅券を持っていたため、オランダ当局は
逮捕できなかったとしている。

【英国でのスパイ暗殺未遂事件との関係】
 オランダ当局は車の荷台からアンテナや、コンピュータ、バッ
テリーを発見した。当局によれば、容疑者らは一連の機器を使い、
OPCWのWi-Fi電波とログイン情報の傍受を試みていたとい
う。

 容疑者の1人は現金4万ユーロ(約520万円)と2万ドル
(約230万円)を所持していた。
 
 押収された携帯電話の1つが4月9日にモスクワのGRU本部
付近で起動されていたことが判明している。
 
 モリニェツ容疑者は、10日にモスクワのGRUの官舎がある
通りからシェレメチェボ空港(モスクワ市内にある国際空港)ま
でタクシーで移動した際の領収書を所持していた。
 
 容疑者の1人が所持していたノートパソコンには、ブラジル、
スイス、マレーシアでの記録があった。

 スイス・ローザンヌではWADAが所有するパソコンへのハッ
キングを行なった形跡も見られた。WADAはロシア人選手のド
ーピングを指摘していた。

 マレーシアでのサイバー攻撃では、同国の司法長官事務所や警
察に加え、ウクライナで起きたマレーシア航空MH17便撃墜事
件の調査も標的になっていた。
 
 セレブリャコフ容疑者のノートパソコンからは、4月9日にマ
リオット・ホテルとOPCWについて検索していたことが判明し
ている。
 
 容疑者らはさらに、OPCW認定のスイス・シュピーツの研究
所にも行こうとしていたが、そこまでたどり着けずすぐに国外追
放となった。

 2018年3月に英南部ソールズベリーで、ロシアのGRU所
属の元スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリアが毒殺未遂
に遭った。この事件で使用された有毒の神経剤「ノビチョク」を
調査していたのがOPCWである。

 シュピーツの研究所では、OPCWの依頼によりノビチョクと
思われる毒物の特定や同年4月にシリア政府軍がダマスカス近郊
のドゥーマで使用したとされる化学兵器について捜査をしていた
のである。(この事件の詳細については、拙稿のメルマガ「裏切
りのスパイ戦」を参照されたい)

▼軍隊同士の戦いの前に勝負はついている

 以上のようにハイブリッド戦争といわれている事例を研究する
と、「ハイブリッド戦争とは、正規と非正規の戦力、戦闘員と民
間人、物理的破壊と情報戦(サイバー戦、情報操作など含む)が
絡み合った戦い方で、その手段としてインターネットやSNSが
特に平時やグレーゾーンにおいて最大限に活用されている」

 そして、国家対国家の本格的な戦争が起こることが想定しにく
い現代では、従来の一般的概念である物理的破壊をともなう戦争
に比べて情報戦の比重が極めて大きくなっている。サイバー戦は、
平時から常続的に行なわれ、「目に見えない戦い」である。

 軍隊同士の戦いによる物理的な破壊の前にすでに目に見えない
ところで戦いは行なわれていて、仮に軍が出動するところまで発
展した時には、すでに戦いの趨勢は決まっている可能性があると
いうことである。

 証明することは極めて困難であろうが、仮にロシアによるハイ
ブリッド戦争により、米大統領選挙で前評判では有利だったヒラ
リー・クリントン候補に代わって、ドナルド・トランプ氏が大統
領に選出されたのであれば、ロシアのハイブリッド戦争は、国際
社会全体に極めて大きな影響を及ぼすものであったということが
言える。

 次回は、「ハイブリッド戦争におけるインテリジェンス」につ
いて分析することとしたい。


(やまなか・しょうぞう)




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