配信日時 2019/02/08 09:00

【短期集中連載・ハイブリッド戦争とインテリジェンス(1)】「カラー革命からウクライナ危機まで─ハイブリッド戦争の実態」 山中祥三(インテリジェンス研究家)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
でもあります。お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気
軽にどうぞ
 
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
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こんにちは、エンリケです。

山中祥三さんの久しぶりの連載です。

テーマは「ハイブリッド戦争」です。

2014年のクリミア紛争で一気に
注目を浴びることとなった
「ハイブリッド戦争」
という概念ですが、

一見すると新しそうに見えますが、
注意深く見ると、別に目新しいことはありません。

古来からあるものともいえますし、
新たなものともいえます。

そのあたりの整理が今回の記事を読むとできるはずです。
こういう整理はいま誰もできてませんので、
読者のあなたは貴重な経験をすることになると
言えましょう。

もしかしたら、今わが国はハイブリッド戦の
真っただ中に置かれているのかもしれません。

さっそくどうぞ。


エンリケ


山中さんへの感想や疑問・質問やご意見は、
こちらから⇒ https://okigunnji.com/url/7/

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短期集中連載・ハイブリッド戦争とインテリジェンス(1)

「カラー革命からウクライナ危機まで─ハイブリッド戦争の実態」

山中祥三(インテリジェンス研究家)
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□はじめに

 ハイブリッドとは「雑種、異種のものを組み合わせたもの」と
いう意味であるが、近年「ハイブリッド戦争」という言葉をしば
しば目にする。異種のものが組み合わされた戦争ということであ
ろうが、その実態は明確ではない。また、ハイブリッド戦争とイ
ンテリジェンスとの関係もよく分からない。

 今回のメルマガでは、ハイブリッド戦争について「ハイブリッ
ド戦争とインテリジェンス」と題してシリーズで述べていく。

 初回は、ハイブリッド戦争とは何かを明らかにするため、ハイ
ブリッド戦争の定義のほかに、事例研究によりハイブリッド戦争
の様相を明らかにする。さらにハイブリッド戦争におけるインテ
リジェンスの役割を明らかにしたい。

▼ハイブリッド戦争とは何か?

 ハイブリッド戦争という言葉は、2014年2月のロシアのク
リミア半島併合により注目を浴びるようになった。IISS(英
国際戦略研究所)は、2015年5月19日、世界の武力紛争を
分析したアームド・コンフリクト・サーベイ2015(Armed 
Conflict Survey)を発表し、ロシアが非正規軍を送り込み、クリ
ミア半島を併合した手法を「ハイブリッド戦争」と規定した。

 オハイオ州立大学のピーター・マンスール教授は、ハイブリッ
ド戦争とは、共通の政治的目的を達成するために国家および非国
家の在来型手段と非在来型手段(ゲリラ、反乱軍、テロリスト)
を巻き込む紛争であると定義した。(2012年)

 ハーバード大のジョセフ・ナイ教授によれば、ハイブリッド戦
争の特徴とは、正規と非正規の兵力、戦闘員と民間人、物理的破
壊と情報戦が完全に絡み合っていることにあるとする。

 この流れを見ると、ロシアがハイブリッド戦争を生み出したよ
うに思えるが、明確には違う。2013年、ロシア連邦軍ゲラシ
モフ参謀総長は「予測における科学の価値」という論文を発表し
た。その中で「カラー革命」や「アラブの春」のような事例は、
21世紀における戦争であり、国民国家体制の下で築かれた古典
的な戦争の形式および手順には当てはまらないものとなりつつあ
り、今後は非軍事的手段が主となると指摘した。

 ゲラシモフ参謀総長は、カラー革命やアラブの春は、こうした
モデルに従って西側が引き起こした「戦争に見えない戦争」でロ
シアはこれらに備えるべきだとしている。参謀総長は、論文にお
いてこれらの手法をロシア軍自身が用いるべきであると主張して
いるわけではない。

 正規軍と非正規軍を組み合わせて行なう戦い方は、紀元前5世
紀のペロポネソス戦争やそれ以前の孫子の兵法の時代から行なわ
れていた。そのため、ハイブリッド戦争は決して新しいものでは
なく古くからあったという意見もある。

 また「ハイブリッド戦争」という用語も、少なくとも2005
年には登場し、2006年のレバノン戦争で、ヒズボラが使用し
た戦略を表すのに使われた。

 さらに、2008年2月米陸軍野外教範『作戦』(FM3-0)
には、初めて「ハイブリッド脅威」という概念が盛り込まれてい
る。ここでは「ハイブリッド脅威とは、正規の兵力、非正規の兵
力、犯罪勢力などの多様で動的な組み合わせ、または相互に有益
な成果を得るためにそれら兵力やグループ全てを組み合わせたも
の」と定義してある。

 しかし、このようにハイブリッド戦争や脅威の定義や特徴を見
ても、目新しいものではないとする主張のように、ハイブリッド
戦争と過去の戦争のどこが違うのかは明確ではない。そこで、ハ
イブリッド戦争の例として報道などで紹介されている事例を概観
する。

 ハイブリッド戦争の事例としてよく挙げられるのは、カラー革
命、第2次レバノン戦争、アラブの春、ウクライナ危機、ロシア
の官民組織による米大統領選挙におけるサイバー攻撃などがある。

▼カラー革命──背後に民主化ドミノを起こさせたいという思惑

 カラー革命とは、2000年代に複数の旧ソ連国家で独裁的政
権の交代を求めて起こった民主化運動である。非暴力の象徴とし
て色や花の名を冠した。2003年グルジア(現ジョージア)の
バラ革命、2004年ウクライナのオレンジ革命、2005年キ
ルギスのチューリップ革命などがある。

【バラ革命】
 グルジアでのバラ革命は、2003年の議会選挙の結果がきっ
かけとなって旧ソ連の外相からグルジアの大統領となったシェワ
ルナゼが退陣し、翌年3月に行なわれた議会再選挙の後にミヘイ
ル・サアカシュヴィリが大統領に選出された事例である。

 バラ革命では市民団体が中心となり、その後の旧ソ連諸国で相
次いだ「民主化運動」の先駆けとして知られる。しかし次第にサ
アカシュヴィリ大統領の強権的でグルジア民族主義的な政策によ
り、野党やメディアに対する抑圧が行なわれ、民主主義の後退と
いう印象を強めさせることとなっていった。

【オレンジ革命】
 ウクライナのオレンジ革命は、2004年の大統領選挙の決選
投票をめぐって混乱し、10万人規模の非暴力的な集会は1か月
近く続いた。その後、やり直し決選投票が実施され、野党の指導
者ユーシチェンコがヤヌコビッチを破って当選者となった。オレ
ンジ革命では民主化活動家が中心となって活動し、成功を収めた
ように見えた。

 しかしウクライナ東部ではこの革命を歓迎せず、東西分離をち
らつかすなど混乱は残された。その後、オレンジ革命を主導した
ユーシチェンコとティモシェンコが対立し、政治が停滞、国民の
革命への期待はしぼみ、ユーシチェンコ政権は支持率が低迷、2
010年の大統領選挙ではヤヌコビッチが当選している。

【チューリップ革命】
 チューリップ革命は、2005年2月27日と3月13日、キ
ルギスで議会選挙が行なわれ、アカエフ大統領を支持する与党が
約7割の議席を確保した。しかし野党側からは選挙に不正があっ
たとして、抗議運動が各地で広がり、一部が暴徒化して3月24
日に政府庁舎になだれ込んだ。

 武力による弾圧手段をそれほど用いなかったアカエフ大統領は
政権を事実上放棄してロシアに避難、15年続いたアカエフ政権
は崩壊した。7月10日バキエフ元首相が大統領選挙で当選した。
このキルギスの政変が、チューリップ革命である。

 以上のような、カラー革命は、いずれも選挙に不正があったと
して、そのやり直しを求めて市民団体が活動しているという特徴
がある。

 そして、その背後には、中東欧や中央アジアの独裁・圧政的政
権において民主化ドミノを起こさせたいと考えていたアメリカ国
務省や著名な投資家として知られるジョージ・ソロスが主宰する
NGOなどの存在が繰り返し指摘されている。

 さらに、デモなどを活発化させる手段として、SNSの活用な
どが挙げられている。

▼第2次レバノン戦争─ヒズボラがとった巧妙な作戦

 第2次レバノン戦争は、2006年7月レバノン所在するヒズ
ボラ(シーア派系非国家軍事組織)が、イスラエル・レバノン間
の国境を侵犯してイスラエル軍兵士を誘拐した事件に端を発して
いる。

 誘拐された兵士を奪還しようとイスラエル軍はヒズボラをレバ
ノン領内に追跡する形で侵攻し、次第に大規模な戦争へと発展し
た。約1か月後、国連の停戦案を受けて8月14日に停戦した。
 
【レバノン戦争の経緯と戦略】

 まず、イスラエル軍兵士の誘拐により、イスラエルをレバノン
に侵攻させ、さらにイスラエル国境付近の町々への無差別な迫撃
砲およびロケット砲による攻撃により戦闘を拡大させた。

 ヒズボラはレバノン市民に紛れて、住宅地の中にある根拠地や
国連関連施設の近くからイスラエルをロケット砲や射程を延伸し
たミサイルなどによる攻撃、執拗なゲリラ攻撃を行ない、それに
過剰に反撃するイスラエル軍の攻撃によりレバノン住民や国連レ
バノン暫定軍(UNIFIL)への被害を誘った。(国連レバノン暫定
軍は、イスラエル軍のレバノンからの撤退を監視し、レバノン政
府の統治体制を安定化させることを目的とし1978年から展開
している)

 イスラエルのレバノン侵攻から1か月後、レバノンのシニオラ
首相は、一般市民の死傷者が4000人近くであること、とくに
その1/3は子供であることを強調した。さらに、ユニセフなど
も100万人近くのレバノン人が避難民となっており、その45
%が子供だとした。

 このようにヒズボラは、イスラエルを非難する国際世論を醸成
して、国連による停戦案を引き出し、さらにアラブ寄りのロシア・
中国をうまく活用して軍事部門を解体されることなく兵力を温存
した。

 この戦争でイスラエル軍は累計100人以上の戦死者を出しな
がら、ヒズボラの拠点建物や地下施設を完全に破壊することはで
きず、イスラエル北部の軍事的安定はおろか、元々の発端であっ
た拉致兵士2名の解放すら実現できなかった。

 ここでイスラエル軍に対し戦力的にはるかに劣るヒズボラがと
った戦い方は、「非対称戦」によりイスラエルに過剰な攻撃をさ
せ、「プロパガンダ(宣伝)戦」により、国際社会を味方につけ
る戦略であった。
 
▼アラブの春─ロシアはアメリカの謀略と見ている

 2010年12月17日、チュニジア中部の町において失業中
だった若者(26歳男性)が、果物や野菜を街頭で販売し始めた
ところ、販売の許可がないとして警察が商品を没収。若者はこれ
に抗議するため焼身自殺を図った。この事件が若者を中心に、職
の権利、発言の自由化などを求めて全国各地でストライキやデモ
を起こすきっかけになった。次第にデモは全年齢層に拡大し、ベ
ン・アリ長期政権(23年間)そのものに対するデモへと発展、
翌年1月ベン・アリ政権は崩壊した(ジャスミン革命)。

 チュニジアのジャスミン革命は、またたく間にアラブ諸国へ伝
わった。エジプトでは2011年1月25日に発生した反政府デ
モが全国各地へと拡大し、30年に及ぶムバラク政権が崩壊した。
イエメンでも2月から頻発していた抗議運動の高まりにより、3
0年以上にわたり政権を維持してきたサーレハ大統領が権限を委
譲し辞職するに至った。同年8月にはリビアのカダフィ政権も瓦
解した。

 そのほかバーレーン、オマーン、クウェート、ヨルダン、モロ
ッコ、アルジェリアなどの国々でも、一時は大規模な反政府デモ
が発生し、反政府側の民主化要求に対し、各国政府は憲法改正な
どさまざまな対応を行なってきた。

 アラブの春が拡大した大きな要因の1つとして西側諸国では、
SNSが挙げられている。つまり、独裁政権下で政治的腐敗や経
済的不公平ゆえに高学歴や能力を活かすことができなかった若者
たちが、フェイスブックやツイッターを駆使して、国民の不平や
疎外感を共有し、多くの人が動員されたのだといわれている。

 しかし、当時のアラブ諸国におけるインターネット普及率は、
それほど高くはなく「インターネットを通じて動員がなされた」
との報道を繰り返しつつ、大規模な反政府デモとそれを弾圧する
様子を何度も報道した衛星テレビ放送こそが、真の要因だとする
意見もある。

 また、ロシアの立場からすれば、これらは西側、とくにアメリ
カの謀略と映る。

 ロシア連邦軍のゲラシモフ参謀総長は「アラブの春と呼ばれる
一連の政変は、カラー革命と同様にアメリカが民主主義の普及の
名の下に、それぞれの国の野党や政治団体にNGOなどを通じて
資金提供を行なって抗議行動を扇動した」「同時にインターネッ
トを利用した情報戦を通じて反政府世論を形成し、さらに民間軍
事会社や諜報機関などを通じてアメリカにとって都合の悪い政権
の転覆を図った結果である」と主張した。

▼ウクライナ危機─ロシアが仕掛けるハイブリッド戦争

 ウクライナ危機は次の3つの危機を経て展開してきた。201
3年の「ユーロマイダン」運動から2014年2月のビクトル・
ヤヌコビッチ大統領の失脚までの第1の危機。それを受けてロシ
ア特殊部隊がウクライナのクリミアに展開して3月にロシアがク
リミアを併合した第2の危機。そして、ウクライナ東部のドンバ
ス地方で分離独立運動が発生し、内戦にまで至った第3の危機で
ある。この、第2、第3の危機においてロシアは、西側から「ハ
イブリッド戦争」と指摘される手法をとった。

【ユーロマイダン運動】

 ウクライナの親ロ派のヤヌコビッチ政権が2013年11月、
EUとの連携協定調印をキャンセルしたことにより、キエフのマ
イダンと呼ばれる独立広場を中心に抗議活動が発生した。11月
24日、抗議者と警察の間で衝突が始まり、数日後大学生が抗議
に参加しデモが拡大した。

 「Euromaidan」という用語は、当初Twitterのハッシュタグ(#)
として使用されていた。ユーロマイダンという名前のTwitterア
カウントは、抗議の最初の日に作成されたが、すぐに国際的なメ
ディアで人気となった。「ユーロは」欧州の略であり、「マイダ
ン」とは、独立広場の意味である。「マイダン」という単語は、
もともと「正方形」または「広場」を意味するトルコ語である。
抗議行動は、主にこのキエフの繁華街にある大きな独立広場で行
なわれた。抗議行動の間は、マイダンは政府の転覆や革命という
意味で使われた。

 また、「アラブの春」という言葉をもじって「ウクライナの春」
という言葉も時々使用された。

 抗議活動参加者は当初5万から20万人のレベルだったが、11月
30日早朝に政府軍による暴力が激化し、12月1日の週末は40万か
ら80万人の抗議者が集まり、キエフで大規模なデモが行なわれた。
翌2014年2月、政権側の弾圧を受けて、親欧米派デモ隊が過激化
したことから一気に情勢が緊迫した。デモ隊は大統領府など主要
施設に乱入し、身の危険を感じたヤヌコビッチ大統領は、2月21
日深夜ロシアに脱出した。

【クリミア併合】

 このキエフの政変を受けて、クリミアでは2月26日から「自
警団」と称したロシア軍の武器と装備品を装備した徽章を付けて
いない覆面兵士の部隊(リトルグリーンメン)が登場し、自治共
和国主要施設を掌握した。翌27日には、黒装束の部隊が議会を
制圧する中、親ロ派の弱小政党「ロシアの統一」のアクショーノ
フ党首を自治共和国首相に選出した。自警団は徐々に増加しつつ
クリミア各地に展開して、28日までにほぼ全土を掌握した。

 この自警団は、当初クリミア住民(民兵)とされていたが、の
ちにプーチン大統領自らが自警団の中にロシア将兵がいることを
認めている。ロシア将兵の実体は、ロシアとウクライナとの二国
間合意で25000人まで駐留が認められている黒海艦隊所属の
部隊の一部、さらにはロシアから派遣された特殊部隊(スペツナ
ッズ)だとされている。

 自警団と称する軍がクリミア半島へ展開する際には、同半島に
所在する国営通信社のサービスが遮断され、インターネットや携
帯電話が不通となるなどのサイバー戦が実施されている。

 3月16日に実施されたロシア編入を問う住民投票では、95
%の賛成で編入が承認された。その2日後、プーチン大統領は、
ウクライナ政府の頭ごなしにクリミア指導部と編入条約に調印し
た。ロシア軍は戦わずしてクリミアを手中に収めた。

 今回プーチン政権が、クリミアを強引に併合し、東部への介入
に着手したのはヤヌコビッチ政権崩壊で、ウクライナが一気に欧
米化するのに恐怖を抱いたことが主な原因の1つであろう。ウク
ライナが欧米化すれば、ロシアの黒海艦隊の母港であるクリミア
半島のセバストポリ港にNATOの軍艦が停泊し、まさに黒海が
NATOの海になることを恐れたためとされる。
 
 ここでロシアは、親ロ派の民兵、ロシア軍の特殊部隊などの軍
事的手段だけでなく、世論操作、プロパガンダ、政治工作といっ
た非軍事的手段とを組み合わせた戦争を展開した。
 
 ロシアの工作活動は、2004年のオレンジ革命以降水面下で継続
されていたのである。オレンジ革命で親欧米派のユーシェンコ政
権が発足したあと、ロシアはクリミアの親ロ派勢力に資金を提供
し、少数派のウクライナ人やタタール人を挑発していた。そのこ
とは、ウィキリークスによって暴露された2006年12月7日付の在
ウクライナ米大使の公電でも「ロシアの秘密工作活動による世論
操作と情報操作は成功を収めている」と評価されている。
 
 また、クリミアにおいて人権侵害が行なわれた形跡はなかった
にもかかわらず、ロシアの政権に近いメディアは、ロシア系住民
の人権状況が悪化し、彼らがウクライナ新政権に不安を抱いてい
るなどの宣伝工作も展開した。
 
【ドンバス地方分離独立運動】

 ウクライナ東部ドンバス地方のドネツク、ルガンスク州での混
乱はクリミア併合が落ち着いた2014年4月初めに始まり、ドネツ
ク、ルガンスク両州の親ロ派デモ隊が武装蜂起して議会や行政機
関を占拠した。デモ隊は、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民
共和国の設立を宣言した。

 これに対しウクライナ政府は退去を要求したが、親ロ派は立て
こもりを続けたため、戦闘が始まった。クリミアとは異なり、こ
ちらでは、分離をめざす親ロ派武装勢力とウクライナ政府軍の激
しい戦闘が続いた。2015年9月初めまでに市民を含めた双方の死
者7000人以上、負傷者約1万8000人、難民は数十万人と
される。
 
 2014年7月17日には、オランダのアムステルダム・スキポール
空港からマレーシアのクアラルンプール国際空港に向かっていた
マレーシア航空の定期旅客便であるマレーシア航空17便が、何者
かが発射したとされる地対空ミサイルによって撃墜され、ウクラ
イナ東部のドネツク州グラボヴォ村に墜落し乗客乗員298名が
死亡するという航空事故が起きた。
 
 この事故を調査してきたオランダ安全委員会は、2015年10月13
日に最終報告書を発表。事故機はロシア製の「ブーク」ミサイル
によって撃墜されたと結論付けた。委員会はミサイルを発射した
組織については言及しなかったが、欧米やウクライナ政府は親ロ
派武装勢力がミサイルを発射したと主張し、ロシア側はウクライ
ナ政府軍による撃墜だと反論している。

 戦況は、2014年8月中旬まではウクライナ軍が優勢だったが、
8月末にロシア軍が大規模介入し、戦況が逆転。9月5日に停戦
合意が調印された。戦闘は一旦下火になったものの、2015年1月
に再燃し、親ロ派が要衝を制圧、ドイツのメルケル首相の米ロ両
国訪問によるシャトル外交により2月に二度目の停戦合意が結ば
れた。

【まとめ】

 クリミアとドンバス地方における戦い方は、いずれもロシアの
ハイブリッド戦争と言われているが、両者には次のような違いが
ある。

 クリミアでは当初ロシア軍人であることを隠した「自警団」と
される覆面兵士に先導させて主要な施設を占拠させた。その後大
規模なロシア正規軍を全国に展開して同様な活動を実施させ、間
髪を入れず住民投票を行ない、その勢いをもって一挙にロシアの
併合を受け入れた。

 ドンバス地方では、ウクライナ軍と戦っているのは親ロ派の義
勇軍だとしてロシア軍は直接の関与を否定した。しかし国境地帯
のロシア側では正規軍が常時軍事演習を実施してウクライナ政府
軍に圧力をかけるとともに、自由に国境を往来して義勇軍に、兵
器、物資、資金の供給を行なった。また、ロシアのメディアを通
じて親ロ派の英雄的戦いを紹介したり、ロシアに逃れた難民の苦
境を伝えるなどの情報操作を行なった。

▼カラー革命からウクライナ危機─市民団体と称するNGOの暗躍

 カラー革命、アラブの春、ウクライナ危機をまとめると、市民
団体と称するNGOなどが、SNSやメディアを通じて扇動し、
大衆が民主化などを求めたデモを起こし、そのデモが拡大するこ
とによって政権が不安定になった。それらを背景に(やり直し)
選挙などの民主的手段(一部小規模の軍事的介入)により政府が
転覆するという共通的な流れが見える。
 
 戦い方としては「プロパガンダ戦」「非正規戦・非対称戦」で
ありであった。

 第2次レバノン戦争においてもイスラエル軍に対し戦力的には
るかに劣るヒズボラがとった戦い方は、「非対称戦」によりイス
ラエルに過剰な攻撃をさせ、「プロパガンダ戦」により、国際社
会を味方につける戦略であった。ただし、この戦争においては、
SNSなどの活用はあまり指摘されていない。

 ウクライナ危機に関しては、西側諸国はロシアを非難し、経済
制裁を強化するがNATOが本格的に軍事力でそれを阻止するこ
とは考えられない。NATOはウクライナ東部以外での地域紛争
以上の拡大は望まないような動きが見える。

 ロシア側もウクライナ全土を力で奪取することを企図するより
も、ウクライナ艦艇を拿捕するなど陸上だけでなく海上も含めて
ウクライナ東側で緊張状態を維持し、ウクライナがNATO側に
完全に取り込まれないような状況を作為しているように見える。

 ウクライナが他国との紛争を抱えている限りNATOへの加盟
は困難で、ロシアとしてはウクライナのNATO加盟を阻止する
という最低限の目標は達成している。

 ウクライナ危機では、「プロパガンダ戦」「サイバー戦」「政
治工作」「非正規軍と正規軍の組み合わせ」などの戦い方が用い
られている。

 次回は、「ロシアの官民組織による米大統領選挙におけるサイ
バー攻撃」事例について分析することとしたい。


(やまなか・しょうぞう)

 


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