配信日時 2019/02/05 20:00

【わが国の情報史(25)】昭和のインテリジェンス(その1)─軍事教範の制定─ 上田篤盛

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官で
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『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
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は、女性という切り口からインテリジェンスの歴史
(情報戦史)を描き出した作品です。

本編はもちろん、充実したインテリジェンスをめぐる
資料集がすごく面白いです


こんにちは、エンリケです。

「いずも」の韓国訪問中止には、
正直ガッカリしました。

この種の外交戦がわが国にはできないようですね。

その背景として上田さんの指摘は
実に納得ゆくものです。


エンリケ


ご意見・ご感想はコチラから
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わが国の情報史(25)

 昭和のインテリジェンス(その1)
  ─軍事教範の制定─

     インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
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□はじめに

 韓国側は自衛隊機が韓国海軍の艦艇に対し、低空で威嚇飛行を
したと主張しています。レーダー照射事件がすっかり低空飛行事
件にすり替わったようです。

 韓国軍合同参謀本部の朴漢基議長は1月25日、海上自衛隊の
哨戒機の低空飛行に迅速に対応するよう、関係部隊に指示したと
されます。そして26日、鄭景斗国防相が海軍作戦司令部を訪れ、
海上自衛隊哨戒機の「超低空、超近接飛行」に、軍の規則に応じ
て強力に対応するよう指示しとされます。

 わが国が適切な離隔距離と高度を保持した、通常の哨戒任務を
行なっているのに対して、偽りの高度と距離を捏造して、「甚大
な挑発行為だ」と日本側を非難して、今後は軍の規則に応じて強
力に対応するよう指示したというのです。

 ですから、日本側がこれまでどおりの哨戒任務を継続すれば、
韓国側から何らかの危険行為(次は警告射撃か?)が生起する可
能性があることになります。

 日本側は、韓国は何らかの危険行為をやりかねない、と警戒し
ているかもしれません。そのうえで、わが国はどのように対応す
るのでしょうか?

 まさか、ひょっとして、これまで以上の離隔距離や高度をとる
のでしょうか? そうなれば、まさに韓国の“思うつぼ”という
ことになります。それとも、強硬発言の一方で、レーダー照射か
らの一連の事件は内々で終着点をみたのでしょうか?

 筆者には、これらのことは分析できません。ただ、これまでの
韓国側の対応をみてきて、「外交とは軍事力である」という原則
が改めて認識させられます。ただし、ここで強調したい軍事力と
は国家および国民としての揺るぎない国防意識、すなわち気概で
す。

 日本は韓国軍よりもすぐれた装備を持っているかもしれません。
訓練も充実して、隊員のスキルや士気も高いものがあるかもしれ
ません。しかし、韓国は人口約5000万人の中から常備軍60
万人を保持して、北との臨戦態勢をずっと維持しています。だか
ら、韓国は何をやらかすかわからない、という不気味な恐ろしさ
があります。それが単なる“舌戦”以上の外交的な重みを持つの
です。

 それに対して、2倍以上の人口を有するわが国は、約25万人
の要員を確保することに苦心しています。最近の少子化により、
隊員募集も思うようにならないと伝えられます。つまり、国防意
識という点からは、韓国に逆立ちしたって勝てません。

 そうした状況を鑑みれば、韓国は強硬な対応をとり続ければ、
日本は譲歩して、屈服するとみているかしれません。“紳士的な
対応”や“大人の対応”と称して腰砕けになる、それが日本だと
みているかもしれません。

 その韓国側の思想の根底には日本における国家および国民の国
防意識に対する侮りがあり、それが歪(ゆが)んで暴虐的な外交を
生み出している根源ではないかと思われます。

 国家が厳然とした外交を示すことの大前提が軍事力です。つま
り、現在のように隊員募集もままならないような状況を早急に改
善することこそが、外交力を回復する手段であると、筆者は考え
ます。それは、ロシアとの北方領土の問題でも、また然りです。

 さて、いよいよ昭和期のインテリジェンスに入ります。今回は
陸軍教範の制定についてのお話です。少々、無味乾燥な内容では
ありますが、ご容赦ください。


▼大正期から昭和へと移行

 大正天皇は1926年(大正15年/昭和元年)12月25日
に崩御された。この時、新たな元号は「光文」と報じられたが、
誤報として「昭和」に訂正された(わが国の情報史(23))。

 大正期におけるわが国の対外情勢の大きな変化の一つは、ロシ
アで社会主義革命が起きて共産主義国家ソ連が誕生したことであ
る。そのソ連はコミンテルンを結成して世界に対する共産主義革
命の輸出に乗り出した。それに対する地政学上の防波堤となった
のが満洲であり、国内における共産主義の浸透を食い止める活動
が諜報・防諜であった。こうした活動の中心となったのが陸軍で
あった。

 大正期におけるもう一つの重大な対外情勢の変化は、アメリカ
による日本に対する封じ込めが顕著になったことである。アメリ
カは、米国内における日本人移民の排斥、海軍艦艇をはじめとす
る軍縮、わが国による中国進出に対する容喙(ようかい)など、
さまざまな対日圧力を仕掛けてきた。

 このアメリカを仮想敵国の第1位として、将来の対米決戦を視
野において準備を開始したのが海軍であった。

 つまり、日本陸軍と日本海軍は、異なる情勢認識の下で、軍事
力の整備や軍事戦略および作戦計画を立案していったのである。

▼陸軍教範の制定

 昭和期に入り、新たな陸軍教範が制定された。つまり、いかな
る戦いをするのかという用兵思想、すなわちドクトリンが固まっ
たのである。その傑作は『統帥綱領』『統帥参考』および『作戦
要務令』である。

 『統帥綱領』は1928年(昭和3年)に制定された。同綱領は
日本陸軍の将軍および参謀のために国軍統帥の大綱を説いたもの
である。

 また『統帥綱領』を陸軍大学で講義するために使用する参考(解
説)書として『統帥参考』があり、こちらの方は1932年に作
成された。

 一方の『作戦要務令』は軍隊の勤務や作戦・戦闘の要領などに
ついて規定したものである。これは少尉以上の軍幹部に対する公
開教範である。

 『作戦要務令』は1938年(昭和13年)9月に制定された。
これは大正期に編纂された『陣中要務令』(大正3年)と『戦闘
綱要』(昭和4年)の重複部分を削除・統合するとともに、19
37年の日中戦争の戦訓を採り入れ、対ソ連を仮想敵として制定
された。

 なお、海軍にも『海戦要務令』があり、こちらの方は1901
年に制定され、その後の日露戦争のときの連合艦隊参謀・秋山真
之が改正し、大艦巨砲による艦隊決戦の思想を確定した。その後、
大正期に2回、昭和期に2回改正されたが、全体が海軍機密に指
定されていたので、一般には知られていない。

▼『統帥綱領』および『統帥参考』の概要

 統帥綱領や統帥参考は、将帥、すなわち将軍と参謀の心構えを
規定し、国軍統帥の大綱、つまりわが国の戦略や作戦遂行の在り
方を定めたものである。

 『統帥綱領』は、第1「統帥の要義」、第2「将帥」、第3「作
戦軍の編組」、第4「作戦指導の要領」、第5「集中」、第6
「会戦」、第7「特異の作戦」、第8「陸海空軍協同作戦」、第
9「連合作戦」の全9篇176条からなる。

 『統帥綱領』は「軍事機密」書であったので、陸軍大学校卒の一
部のエリートのみしか閲覧ができなかった。むろん『作戦要務令』
のような公開本ではなかった。

 この綱領は、一部のエリート将校の集まりであった参謀本部が、
天皇の有する統帥権を逸脱して「超法的」に日中戦争などを遂行
した根拠になったという批判が強い。一方、部下統率の在り方な
どについては参考すべき点が多々あり、戦後のビジネス本などと
しても活用されている。

 もう一つの『統帥参考』は、第1篇「一般統帥」と第2篇「特
殊作戦の統帥」に分かれ、さらに第1篇は第1章「将帥」、第2
章「幕僚」、第3章「統帥組織」、第4章「統帥の要綱」、第5
章「情報収集」、第6章「集中」、第7章「会戦」の195条か
らなる(なお、第2編については割愛)。

 こちらの方は「軍事機密」に次ぐ「軍事極秘」という扱いにな
っている。さすがに参考書という位置づけなので『統帥綱領』に
比して記述内容の具体性が随所にうかがえる。

▼インテリジェンスの視点からの注目点

 『統帥綱領』の第4「作戦指導の要領」の以下の条文が注目され
る。

・25、捜索は主として航空部隊及び騎兵の任ずるところとす。
両者の捜索に関する能力には互いに長短あるをもって、高級指揮
官はその特性及び状況に応じて、任務の配当を適切ならしめ、か
つ相互の連携を緊密にならしむること肝要なり。(以下、略)

・26、諜報は捜索の結果を確認、補足するほか、縷々(るる)
捜索の端緒を捉え、捜索の手段を持ってならし得ざる各種の重要
なる情報をも収集し得るものにして、捜索部隊の不足に伴い、ま
すますその価値を向上す。(以下、略)

 つまり、この2つの条文から、捜索と諜報がともに情報を収集
する手段であることがわかるのである。

 ただし、1914年の『陣中要務令』(計13編)の中の第3
編「捜索」、第4編「諜報」において、すでに「捜索」と「諜報」
の定義や、その内容は具体的に規定されている。

 『統帥綱領』の25条と26条は、『陣中要務令』の「捜索」と
「諜報」の記述内容の要旨を抽出し、それを方面軍の統帥に適用
したものであり、内容に何ら目新しさはない。

 他方の『統帥参考』では第5章「情報収集」があり、ここには
次のような趣旨の内容が記述されている。要点を抜粋し、要約す
る。

◇「情報収集において敵に優越することが勝利の発端」「情報収
集は敵情判断の基礎にして」と情報収集の重要性について記述し
ている。しかしその一方で「情報の収集は必ずしも常に所望の効
果を期待できないので、高級指揮官はいたずらにその成果を待つ
ことなく、状況によっては、任務に基づき主導的行動に出ること
に躊躇してはならない」として、敵情を詳しく知りたいがために
戦機を逃してならない旨の戒(いまし)めを記述している。

◇情報を戦略的情報と戦術的情報に区分している。方面軍は主と
して戦略的情報、軍団は戦略的情報と戦術的情報の両者、軍内師
団は主として戦術的情報を収集するとしている。

◇情報収集の手段には諜報勤務と軍隊の行なう捜索に分けている。
戦術的情報は主として捜索により、これは騎兵、航空部隊、装甲
部隊、第一線部隊などを使用するほか、砲兵情報班、無線諜報班、
諜報機関などを適宜使用するとして、一方の戦略的情報は主とし
て航空部隊および諜報による、と規定している。

◇諜報についてはとくに紙面を割いて規定している。「最高統帥
の情報収集は作戦の効果によるほか、専(もっぱ)ら諜報による」
としているほか、作戦軍においても諜報の価値は大きい旨を規定
している。

◇諜報勤務の要領について、脈絡一貫した組織の下に行なう、作
戦軍のための諜報機関といえどもその骨幹は開戦前より編成配置
して開戦後速やかに捕捉拡張するように準備するなどを規定して
いる。

◇諜報勤務は宣伝謀略および保安の諸勤務と密接なる関係がある
として、これらの機関に資料を提供するとともに、その成果を利
用することの必要性を規定している。

 明治時期以降において形成されてきた情報収集、捜索、諜報の
個々の内容や相互の関係性などが、『統帥参考』の作成により、
ようやく体系的に整理したといえる。

 次回は、もう1つの陸軍教範の柱である『作戦要務令』につい
て考察するこことしよう。


(次回に続く)



(うえだあつもり)

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【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係
論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査
学校の語学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年から95年に
かけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務
し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、調査学校教官
をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。その後、防衛省
情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定
年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連
載中。著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11
月)、『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、
2008年9月)、『戦略的インテリジェンス入門―分析手法の手引
き』(並木書房、2016年1月)、『中国が仕掛けるインテリジェ
ンス戦争―国家戦略に基づく分析』(並木書房、2016年4月)、
『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
(並木書房、2016年10月)、『情報戦と女性スパイ─インテリジ
ェンス秘史』(並木書房、2018年4月)など。

ブログ:「インテリジェンスの匠」
http://Atsumori.shop

 
『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
http://okigunnji.com/url/334/ 
※女性という斬り口から描き出す世界情報史

『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
http://okigunnji.com/url/161/
※兵法をインテリジェンスに活かす
 
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
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※インテリジェンス戦争に負けない心構えを築く
 
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