配信日時 2019/01/28 20:00

【戦う組織のリーダーシップ ─今に生きる海軍先輩の教え─(22)】海軍式の功罪(その3)「意思決定の問題」 ─作戦見直しの機会を奪った参謀長の独善─  堂下哲郎(元海将)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊
した即応予備自衛官でもあります。
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堂下さんのデビュー作
『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクトリン」で勝利する─』
への読者反響の一部です。

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「難しい内容をかみ砕き、例示も豊富、コンパクトにまとまって
いる」

「早速、大学の授業で活用、図書館にも入れさせてもらいました。
経営戦略、組織コミュニケーションにも有益な内容です。」

「作戦を組立てる側から理解でき目から鱗でした。防衛、外交関係
者、さらには一般の読者にとっても有益な内容を、詳細かつ分かり
やすくまとめられている。」

「政府機関の政策決定や企業経営者の意思決定にも、広く応用で
きるヒントが含まれている。」


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『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクトリン」で勝利する─』
http://okigunnji.com/url/352/



こんにちは、エンリケです。

きょうで、「海軍式リーダーシップ」は終わりです。
長きにわたり、貴重な内容の記事をご提供いただいた
堂下さんに感謝の思いでいっぱいです。


エンリケ

追伸
気付く人ならびっくりする内容が記されています。
この概念のエキスをここまで凝縮しきったことばを、
私は見たことがありません。探してみてください。


ご意見・ご感想はコチラから
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【戦う組織のリーダーシップ─今に生きる海軍先輩の教え─(21)】

 海軍式の功罪(その3)「意思決定の問題」
  ─作戦見直しの機会を奪った参謀長の独善─

 堂下哲郎(元海将)
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□はじめに
 
 リーダーとスタッフが司令部に集まっても、それだけでは組織
的な「司令部活動」はできません。「烏合(うごう)の衆」と言
わないまでも、リーダーの主観的判断による行き当たりばったり
の行動になりかねません。「戦う組織」として適切に任務を達成
するには、リーダーの意図に基づいてスタッフが有機的に機能し
て組織を動かす必要があります。この機能は長期間にわたり安定
して発揮されなければなりません。

 このための要件としては、まずリーダーを含めたスタッフ組織
を適切なものとし、その組織のなかで仕事をどのように行なうか
という基本的な業務の流れと意思決定のやり方を決めておく必要
があります。最終回となる今回は、これらの要件のうち海軍式の
意思決定を取り上げて、その欠点について考えてみます。
 
 
▼なぜ「意思決定」が重要か?
 
太平洋戦争における日本海軍は、個々の海戦の勝敗にこだわるの
は当然として、その勝敗を左右する情報や兵站については軽視す
る傾向がみられました。また、作戦における意思決定では主観的、
独善的判断や希望的観測に基づきがちで、「空気(ムード)」に
左右されることも多くみられました。
 
このような状況のもとでは、論理的な意思決定ができませんから、
指揮官は目の前の状況に対して直感的に「反応」するか、似たよ
うな状況における前例にならう「前動続行」となりかねません。
そのような対応でも、個々の海戦における戦術レベルの判断なら
ば結果的に「可」となる可能性もあるでしょうが、より高い作戦
レベル、戦略レベルでの判断場面ともなると通用しないでしょう。
 
 場当たり的な意思決定のもとでの行動は、普段から規範的とさ
れているもの、たとえば日本海軍においては「伝統」とされてい
た「指揮官先頭」「艦隊決戦」「奇襲」などといった考え方に影
響されることになりがちです。これらの「伝統」は戦術レベルに
おいて、状況に適合している場合には日本海軍の強みを発揮でき
るものになりますが、そうでない場合には敵に見透かされてしま
います。特に作戦、戦略レベルのように多くの要因を総合して判
断しなければならない場面では致命的な失敗となりかねません。


▼情勢判断を誤った海軍
 
太平洋戦争になぜ負けたのか。国力、技術力、生産力の差など原
因はさまざまですが、最大の敗因は情勢判断を誤ったことといっ
てよいと思います。そもそも無謀な対米戦争を始めたことこそが
最大の誤りで、その原因は情勢判断にあるからです。
 
 情勢判断とは、(1)自己の使命と(2)判断に関係する状況を確認
して、(3)自己のとりうる行動方針と(4)敵のとりうる行動方針を
列挙し、それを組み合わせて(5)最も起きやすい状況と(6)起きた
ら最も危険な状況を明らかにして、(7)複数の選択肢の中から自己
の行動方針を決定するというものです。
 
このような考え方の手順は、基本的には現在でも通用するもので、
意思決定の基本中の基本というべきものです。しかし、海軍では
この考え方を兵学校でも他の学校でも教えず、海軍大学校の学生
になって初めて教えました。海軍大学校に入れるのは一握りの人々
でしたから、海軍士官の大部分はそんな考え方はしなかったとい
ってよいと思います。
 
▼海軍式「意思決定」の欠点
 
では、どのような判断をしていたか。吉田俊雄は『四人の連合艦
隊司令長官』で次のように述べています。
 
「日本海軍では、海軍大学校でしか情勢判断のしかたを教えなか
った。海軍大学校に入ったものは、一クラスの一割六分前後とさ
れたから、少佐以上の八割強とそれ以下の将校の全員は、情勢判
断のしかたを知らず、ツメコミ教育に慣れて、自分自身で事態に
直面し、判断し、処置することに慣れず、とかく直感的判断や希
望的観測に陥りやすかった。
 では、その一割六分前後の者はみな正しい情勢判断ができたの
かというと、それがすこぶるあやしいのである。(中略)太平洋
戦争を有限戦争と見、無限戦争と考えなかったのもその人たちの
判断だし、海軍は昭和の時代になっても作戦研究だけしていれば
よく、戦争研究はしないでもよい、と考えたのも、エリート中の
エリートたちであった」
 
 また、吉田によると海軍のスタッフは、「時間をかけてジック
リ判断する慎重型よりも、パッと単刀直入に結論をいう直感型が
尊重され、指導部には、直感型でなければ恃(たの)むに足らず、
という空気さえできていた」といいます。「直感型」のとらえ方
にもよりますが、指導部におけるスタッフとしては驚くべきこと
です。

 さらに、リーダーについては、「長官は『選択』によって意思
決定するのでなく『イエス、ノー』をいうことによって決定する
スタイルである。長官も参謀長もウンと頷くだけで事が決まる。
『ノー』とは、ほとんどいわないから、『源田艦隊』という綽名
(あだな)も出ようというものだ」と述べています。このような
意思決定のやり方は日本海軍の大きな欠点だったといえます。
 
▼注意するから心配ない
 
次に、太平洋戦争の大きな転換点となったミッドウェー作戦にみ
る意思決定上の問題点のいくつかを見てみます。
 
ミッドウェー作戦は、準備に十分な時間がとれず、雑な計画作業
になった話は、前回紹介しました。一般的に作戦計画そのものは
大まかなもので、細部は計画を担当した司令部と現場部隊との打
ち合わせで詰めることはよくあることでした。そのような打ち合
わせの一環として、大きな作戦では図上演習という形で実際の作
戦担当者による具体的な検討が行なわれました。ミッドウェーで
は、連合艦隊の旗艦、戦艦「大和」において4日間をかけて行な
われました。

席上、日本軍の機動部隊がミッドウェー島に空襲をかけている最
中に、米軍の空母部隊が攻撃してきて、赤城と加賀が沈没と判定
されようとした。そのとき、統監であった宇垣参謀長が待ったを
かけた。
「いまの爆弾の威力を三分の一に減らす」
 このツルの一声で、沈没するはずの赤城は助かったが、それで
も加賀は助からなかった。しかし、ミッドウェーがすんで次のフ
ィジー、サモアにかかったときには、いつの間にか沈んだはずの
加賀が浮かび上がって南雲部隊に加わり、走り回っていた。
「われわれも相当心臓が強いつもりだが、宇垣参謀長には参った
な。ありゃ人間離れしとる」
 向こう意気の強い、飛行機乗りのベテランさえ呆れていた。が、
宇垣は動ずる気配もなかった。「そうならないように注意するか
ら、心配ない」
 
 吉田は図上演習の様子をこのように描き、「尊大」といわれた
宇垣の性格が、そのままあらわれたようであったと結んでいます。
この演習で起きた日本空母2隻の喪失がまさに実戦では4隻もの
喪失となって起きたわけですから、演習の結果を謙虚に受け止め
て対策をとっていればと惜しまれます。参謀長の独善が作戦見直
しの機会を奪ったといえるでしょう。
 
▼希望的観測と情報軽視

 次に情報の取扱いについてみてみます。ミッドウェー作戦の主
力となった南雲機動部隊は、内地を出撃する直前に、「敵艦隊は
出てこないだろう、いや出てこられないだろう。奇襲は成功しよ
う。敵がもし出てきても、攻略が終わってからだろう」という情
報を得ていました。彼らはこの「希望的観測」をそのまま信じて、
運命の大敗を喫する6月5日を迎えました。

それまでに、東京からは敵の緊急信がふえていることや、敵の動
きが活発になっていると知らせてきたのですが、司令部ではそれ
がなにを意味しているのか、判断できませんでした。信じられな
いようなことですが、それだけ情報を軽視し、緒戦の真珠湾攻撃
の「大勝」で驕(おご)りが生じて警戒を怠っていたとしか思え
ません。

 南雲艦隊のはるか後方を進む連合艦隊の旗艦「大和」が、米空
母らしいものがミッドウェーの北方にいることを捉えたのは、運
命の日の前夜-4日夜でした。出撃前の楽観的判断を覆し、南雲
部隊に注意を促す絶好の機会です。山本五十六長官はすぐに、
「赤城に知らせてはどうか」と幕僚に注意しましたが、電波封止
をしていたことや「赤城」でも受信しているだろうと希望的に判
断して、電報を打つことはありませんでした。南雲機動部隊がこ
の重要な情報を得ていれば、警戒を強めることができ海戦の結果
は変っていたのかもしれません。
 
 吉田は、日本海軍の情報に対する姿勢について次のように批判
しています。

 「よそから、たとえば軍令部などから入る情報は信用しても、
自分のところで捉えた情報は信用しない-というのが、事大主義、
自信過剰のエリートの常であった。
(なんだ。あいつのいうことか)
 これは、終戦期、スイス武官藤村海軍中佐が、米国のダレス機
関と連絡がとれ、講和の道が開かれようとしたとき、軍令部総長
だった豊田副武大将がいった言葉と似ている。
『なんだ、中佐か。若僧ではないか。信用ならん。アメリカにだ
まされとるんだ』」

 小が大に、弱が強に付き従うべきという事大主義なのか、自分
に都合の良い情報は受け入れても違うものは排除するという「追
認バイアス」なのか、いずれにせよこのような情報の活用におけ
る偏りは、海軍一般に見られた情報の軽視に加えて大きな欠点で
した。 
 
▼十分な反省?
 
最後に、作戦終了後の「反省」についてみてみます。海軍では、
作戦が終ったら、以後の作戦に反映させるべき教訓を得るために
「作戦戦訓研究会」を開くことが通例になっていました。作戦に
おける「PDCAサイクル」の重要な活動です。ところが、このミッ
ドウェー作戦については開かれませんでした。担当であった黒島
先任参謀は、戦後、次のように語っています。
 
「本来ならば、関係者を集めて研究会をやるべきだったが、これ
を行わなかったのは、突っつけば穴だらけであるし、みな十分反
省していることでもあり、その非を十分認めているので、いまさ
ら突っついて屍に鞭打つ必要がないと考えたからだった、と記憶
する」
 
 太平洋戦争は、ミッドウェー作戦の大敗のあと2年以上も続く
のですし、あのような大失敗から学ぶべきことは多かったはずで
あり、戦訓研究会は是非とも行なわれ、その後の作戦に反映され
るべきでした。それが日本海軍の合理主義というものだったはず
です。
 
ちなみに、連合艦隊司令部は、研究会を行なわなかった代わりに、
担当の参謀を決めて戦訓調査を行ないました。しかし、その報告
書は6部しか印刷されず配布先を局限してしまったので、戦訓が
部隊で共有されることはありませんでした。ミッドウェー作戦の
敗北はそれほど大きな衝撃を海軍に与えたということでしょうが、
ひたすら真相を隠すことにより、その危機感は国民にはもちろん、
陸軍や軍需産業にも伝わらず、資源の融通や増産といった対策を
とることを難しくさせ、海軍をさらに苦しい立場に置くことにな
りました。
 
▼戦いは人なり
 
 以上のとおり、海軍式の意思決定には大きな欠点がありました。
一方の米海軍ではすでに「健全なる情勢判断」という標準的な情
勢判断の手続きが確立されており、日本海軍の暗号を解読してそ
の作戦方針など先行的につかんだこととあいまって、日ごとに有
利な戦いを進めていました。日米海軍の差は決定的に大きくなっ
ていたといえます。

戦後、米海軍は情勢判断の手法をさらに洗練させました。そして
その手法は、米国の同盟国である日本やNATO諸国などに取り入れ
られ、情報の分析手順を含んだ意思決定、そして計画策定のやり
方を標準化することになりました。ただし、このような標準化さ
れた手法に従ったとしても、認識上のバイアスや集団思考など、
さまざまな思考上の「落とし穴」があり、正しい結論に到達でき
るとは限りません。また、最終的にはリーダーの意思が強行され
ることも多いと思われますが、リーダーの直感や判断が健全なも
のか確認する必要もあります。
 
最新の手法においては、このような問題を解決するために、論理
的思考法を徹底するのはもちろんのこと、批判的思考法の活用も
図られています。そのための仕組みとして、「レッドチーム」や
「悪魔の代弁者」などが導入されています(詳しくは拙著『作戦
司令部の意思決定』参照)。これらの手法を駆使して健全な意思
決定に至るように工夫されていますが、意思決定の重要な中間段
階ではリーダーの意図が反映されるように考えられていますし、
作戦実施の段階ともなればリーダーの闘志や勇気など「有事のリ
ーダーシップ」が試されるのですから、最終的には「戦いは人な
り」ということになるのだと思います。
 
今回で、海軍式リーダーシップの連載を終わります。長い間お付
き合いいただきありがとうございました。少しでも読者の皆様の
参考になったとすれば幸いです。今後、機会があれば、何かのテ
ーマで皆様に再びお目にかかれればと思います。


(おわり)



(どうした・てつろう)


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【著者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共政策論修士、
防衛研究所一般課程修了。護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、
護衛艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等として海上勤務。陸
上勤務として内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)出向、米中
央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長(初代)、幹部候
補生学校長、防衛監察本部監察官、自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴
地方総監、横須賀地方総監等を経て2016年退官(海将)。

 
 

 
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(代表・エンリケ航海王子)
 
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