配信日時 2018/11/27 20:00

【わが国の情報史(22)】総括「日露戦争におけるインテリジェンス」 上田篤盛

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官で
もあります。
お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気軽にどうぞ
 
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
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上田さんの最新刊
『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
http://okigunnji.com/url/312/
は、女性という切り口からインテリジェンスの歴史
(情報戦史)を描き出した作品です。

本編はもちろん、充実したインテリジェンスをめぐる
資料集がすごく面白いです


こんにちは、エンリケです。

冒頭部における上田さんの提言は、
誠に納得ゆくもので、関係者はぜひ読んで実行してほしいです。

社会のAI化が淘汰するのは、
肉体労働者でなく中間層である、
との指摘は意外に盲点かもしれません。

本文では、日露戦期の我が情報活動への批判や反省点など、
大東亜戦争で、いや今も活かすべき必要な教訓が記されています。

なかでも、「戦略情報と作戦情報の峻別」という視座は、
非常に重要です。見落としがちです。

きょうの記事は超おススメです。
時間をとって、最後までお読みください。

あなたはどう思うでしょう?
ぜひ知りたいです。


エンリケ


ご意見・ご感想はコチラから
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わが国の情報史(22)

総括「日露戦争におけるインテリジェンス」

     インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
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□はじめに

 現在、ある企画の執筆のため、少子高齢化やAIの発展などの
資料や書籍を集中して読んでいます。

 日本は2010年から有史以来初の人口減少に向かい始めたようで
す。少子化の方は、それよりもずっと早くから始まっていました。
しかし、医療技術の発達や栄養状態の改善、健康指導などによっ
て長寿化が進み、それが人口減少を食い止めていました。
 
 つまり、少子高齢化は2010年のずっと前から始まっていました。
少子高齢化は、都市への人口集中と地方の空洞化などの副次的な
影響をもたらしますが、なんといっても最大の問題点は労働市場
における人手不足です。

 この対策には、女性の雇用、高齢者の雇用、外国人労働者の雇
用、そしてAIの雇用などの対策があげられています。

 しかし、女性の雇用を進む一方で、子育て支援といった政府対
策、男性の育児休暇などの職場の理解がなければ、さらなる少子
化の原因となります。つまり、負のフィード・バック・ループに
陥ることになります。

 高齢者の雇用については、確かに50年前の65歳と現在の65歳を
比べるのは問題ですが、そうはいっても企業側としては健康面で
のリスクを抱えることになります。ましてや、防衛・消防・警察
といった面においては、一部のスーパー高齢者は別にして、60歳
以上を正規雇用するなど、筆者の経験からして、「あり得ない」
と考えます。

 外国人労働者あるいは移民政策についても、治安問題、社会に
おける受け入れ体制、言葉の障碍など、早急には改善できない問
題が山積しています。先に移民政策をとったヨーロッパにおいて
は、移民政策が誘因となるテロなども問題となっています。

 AIの導入いかんによっては、世の中の労働市場は高度専門技
術者と肉体労働者を残し、今日の大部分を占める中間層の事務・
管理などの業務は淘汰されるとされています。

 これら中間層のほとんどは肉体労働に向かうしかない、といわ
れています。しかし、問題は中間層が自分の能力を過大評価して
いる点です。つまり、多くの中間層がうまくシフトができないで、
無職になって世捨て人になってしまう可能性があります。

 かつての蒸気機関の発明による産業革命時期のように、労働者
による暴動が起こる可能性も懸念されるわけです。

 さて、世の中が、こういう状況に移っているのですから、自衛
隊における要因確保が困難になっているのも頷けます。そこで、
防衛省は新隊員の採用年限を32歳まで引き上げるなどの応急策を
とろうとしていますが、はたして、どうなることでしょうか? 
これが、どのような悪影響を及ぼすかについては、あまり検討さ
れていないようです。

 私の娘は現在、地方公務員です。8年前に自衛隊の幹部候補生
にも合格しました。入隊を進めましたが、自衛隊の幹部候補生は
生涯賃金などを比較しても、高卒が対象の初級職公務員より待遇
が悪い、という評価のようです。それを言われると、納得せざる
を得ません。

 私も55歳で自衛隊を定年退職しましたが、幹部自衛官といって
も2佐以下であれば、損保、警備職がほとんどです。年収は半分
以下になります。かつては60歳から年金が支給されていましたが、
現在は65歳です。つまり、10年間は新たな職業によって生活を保
持し続けなければなりません。ここで、一般公務員との待遇格差
が生じることになります。

 また、ほとんどの幹部自衛官は高度専門職ではなく、事務・管
理職です。だから、AIが導入されれば、ますます潰しが効かず、
再就職では不利です。しかも、自衛隊は秘密保全などの理由から、
積極的に外部社会と関わる環境を推進しているとは言い難い状況
にあります。つまり人脈を増やす、スキルアップができる有利な
環境にあるとはいえません。

 一般社会のどの階層と比較するのかという問題はありますが、
少なくとも一般幹部候補生からの幹部自衛官を、他の大卒の一般
公務員と比較した場合、その処遇は全く十分とは言えません。
 
 それでも自衛官に入隊するとしたら、国民からの信頼と誇りで
す。自衛隊が災害派遣などで国民から高い信頼と評価を受けてい
ます。これは防衛基盤の育成として重要なことですが、災害派遣
のために自衛隊を選択する者はほとんどいません。あくまでも、
他国の侵略やその他の脅威から国民の生命・財産を国防という第
一義的任務を全うすることを誇りに入隊します。

 幹部自衛官がこのような状況ですから、ましてや一般の自衛官
の募集はさらに困難でしょう。それに加え、これからIT社会、
AI導入により、自衛隊の職場環境や、未来の戦場環境は変わっ
てきます。ますます、質の高い要員の確保が求められます。

 高質の要員を確保・育成するためには処遇改善が不可欠です。
入隊枠の年齢制限を広げることではないと思います。そして、職
場や居住環境の改善が必要不可欠です。現代青年に不可欠な隊員
個室、Wi-Fi環境、こういった整備を整えなければ現代青年は定着
しません。そして、AI環境下における戦士の育成はできません。

 私の現役時代、厳しい生活環境で隊員を鍛えるといった上級指
導者がいましたが、時代錯誤です。生活環境はゆとりを、訓練は
厳しく、そのメリハリが重要であることは、米軍、ドイツ軍など
では伝統的になっています。

 かりに一般社会に先駆けて、ドローン操縦、自動運転などの技
術が修得できるとすれば、それは新たな魅力になるかもしれませ
ん。一般社会とは違う、先験的な魅力化政策と、処遇改善、それ
が要員確保の本質であると考えます。


▼わが国の情報活動に問題はなかったのか?

 日露戦争においてわが国は、日英同盟を背景とするグローバル
な情報収集と的確な情勢判断によって、日露に対する世界の思惑
を見誤ることなく、戦争前からの和平工作とあいまってロシアに
辛勝した。
 
 しかし、すべてのインテリジェンスに問題がなかったわけでは
ない。

 大江志乃夫氏は自著『日本の参謀本部』において、日露戦争に
おける情報活動の問題点を以下のとおり指弾している。

◇「ドイツの大井中佐と英国の宇都宮中佐が軍源として活躍した
が、総司令部がその情報を活用した形跡はあまりない。瀋陽会戦
後の沙河の会戦の初期、黒溝台の会戦の際、宇都宮中佐及び大井
中佐から、ロシア軍による兵力集中や大攻勢に関わる真相情報が
総司令部に伝えられたにもかかわらず、総司令部はそれらの情報
を無視した。

◇参謀本部第二部は韓国、清国に情報網を張り巡らしていたが、
第二部の情報将校はロシア軍に関する知識と戦術的な判断能力に
かけていたため、作戦情報の役に立たなかった。シベリア鉄道の
輸送能力に関する情報は、判断資料たりえなかった。

◇作戦部は情報部の活動に信頼をおくことができず、作戦に必要
な軍事情報活動を作戦部自身が行なうことになった。すなわち、
情報活動は、情報部が行なう謀略活動と作戦部が行なう軍事情報
活動に二分化し、作戦部は主観にもとづく情報無視の作戦を行な
い、作戦面における苦戦を招いた。作戦部系と情報部系の情報組
織が対立して派閥争いまで演じ、情報作戦に反映されることを困
難にした。

▼外務省の暗号がロシアに筒抜け

 このほか、当時のわが国の暗号解読の能力は、西欧列強やロシ
アに比べて格段に劣り、ロシアの軍暗号や外交暗号は解読できな
かった。逆に日本の外交暗号は完全に解読されていたとの指摘が
ある。

 開戦日の1904年2月6日、ペテルスブルクで栗野慎一朗公
使がロシア外務省を訪れ、ラムズドルフ外相に国交断絶の公文書
を手渡したとき(明石が同行)は、同外相は口を滑らして「ニコ
ライ皇帝は日本が国交断絶をすることをすでに承知している」旨
のことを述べたとされる。

 明石は日記のなかで、「ロシアは既に日本の暗号解読に成功し、
この国交断絶の通告以前から、日本の企図の大部分はロシアに筒
濡れであったものと判断する」と明記している(島貫重節『戦略・
日露戦争』)。

 パリの本野一郎公使によれば、日露戦争の前年、ロシアと本国
との暗号通信がロシアの手に渡ったとされる。その事件現場はオ
ランダの日本公使館であった。在オランダの日本公使は独身であ
ったので、ロシアの情報機関はロシア人美女をオランダ人と偽っ
て女中として住み込ませた。この女中が公使の熟睡中に、公使の
机から合鍵を使って暗号書を盗み出し、それを諜報員に手渡し、
諜報員が夜明けまでに写真を撮って、女性が暗号書を金庫に戻し
ておくという方法であった。この方法により、5日間で暗号書の
全ページを複写されてしまったのであるが、公使は盗まれたこと
を全く気づかなかったという。

 この秘密は、暗号書を盗み出させたロシアの諜報主任が開戦直
後、こともあろうに、パリの本野公使のところへ、それを5千フ
ランで売りに来たことから発覚した。外務省は慌てて暗号書を更
新し、それ以降、在外公館では特殊な金庫に保管させるようにし
た。

 しかし、この新暗号も今度はフランス警察庁によって解読され
た。同警察庁の警視で片手間に暗号解読作業に従事していたアベ
ルナが、たった2か月の作業で1600ページにわたる日本外交
暗号書のほとんどを再現した。親ロ中立国であったフランスはそ
のコピーを日露戦争後半にロシア側に手渡したという。

▼戦略情報の重要性

 安全保障および軍事の情報は、使用者と使用目的によって、戦
略情報(戦略的インテリジェンス)と作戦情報(作戦的インテリ
ジェンス)に区分できる。前者は、国家戦略などの決定者が国家
戦略など(政略、国家政策を含む)を決定するために使用し、後
者は作戦指揮官が作戦・戦闘のために使用する。

 両者にはインテリジェンスとしての共通性はあるが、その特性
はやや異なる。

 戦略情報では、「相手国がいかなる能力をもっているか」「い
かなること意図を有しているか」「将来的にいかなる行動をとる
のか」「中立国がどのような思惑を有しているか」などを明らか
にする必要がある。

 だから時間をかけて、慎重に生情報(インフォメーション)を
分析してインテリジェンスを生成する必要がある。戦略情報には
「知る深さ」が必要といわれる所以である。

 他方、作戦戦場では作戦指揮官は刻一刻と変化する状況を瞬時
に判断して、意思決定を行なわなくてはならない。したがって、
作戦指揮官は完全なインテリジェンスを待っている余裕などない。
だから、正確なインテリジェンスよりも、生情報の迅速かつ正確
な伝達の方がより重要となる。すなわち作戦情報には「知る速さ」
が求められる。

 現代戦は双方の歩兵が徒歩前進して戦闘を交えるといった様相
にならない。航空機、ミサイルなどが大量出現した。偵察衛星、
航空機、無人機、地上監視レーダーなど、さまざまな敵状監視シ
ステムが開発された。また無線、衛星電話などの情報伝達機器も
発達した。

 これらにより、戦況速度は格段に速くなり、意思決定にはさら
なる迅速性が求められるようになった。そこには敵の意図的な欺
瞞や、我の錯誤が生じる。迅速性の要請から、戦場指揮官はさま
ざまな真偽錯綜の生情報から、戦闘の“勝ち目”を判断すること
が増えていく。つまり、独断専行が求められるのである。

 かのクラウゼヴィツは「戦争中に得られる情報の大部分は相互
に矛盾しており、誤報はそれ以上に多く、その他のものとても何
らかの意味で不確実だ。言ってしまえばたいていの情報は間違っ
ている」(『戦争論』)と述べている。 

 これは基本的には日露戦争当時も現代も変化はないということ
である。

 太平洋戦争における失敗の原因を「情報無視の独断専行」とい
う一言で片づける傾向にある。政略・戦略の立案では、これは絶
対に回避すべきである。回避することもできる。しかし、作戦・
戦闘では必要な情報が入手できない、あるいは真偽錯綜する情報
のなか独断専行的に作戦指導することもあるということである。

 結果論で言えば、「おろかな無謀な戦い」ということになるが、
致し方のない面もある。

 日露戦争においては「戦略情報が勝利した」といっても過言で
はない。つまり、官・軍・民が一体となってグローバルな情報活
動により、良質のインテリジェンスを生成して、それを「6分4
分」の戦闘勝利で即時停戦という国家戦略に生かしたのである。

 他方、戦術情報の面では、通信網などの組織化が不十分なため
に必要な情報を得られなかったなどという状況が、さまざまな局
面で生起したことが伝えられている。また、大江氏の指摘するよ
うな問題点もあったのであろう。

 つまり、日露戦争では作戦情報では問題もあったが、戦略情報
では勝利した。太平洋戦争の敗因は、戦略情報と作戦情報の両方
の失敗である。ここが違っていた。

 戦略情報が成功すれば、作戦情報の失敗は挽回できる。しかし、
戦略情報が失敗すれば、作戦情報が成功しても意味はない。作戦
情報の成功が、誤った戦略の遂行を助長し、やがては墓穴を掘る
ことにもなりかねない。

 日清・日露戦争においては、日英同盟にもとづくグローバルな
情報収集体制と、獲得した情報をインテリジェンスに昇華させる
国家・軍事指導者の国際感覚と戦略眼があった。無謀な泥沼戦争
に突入させないために、戦争の潮時を心得ていた。このことは現
代日本にとっての重要な教訓である。

 昨今、中国の台頭、北朝鮮の暴走、ロシアの不透明な行動など
が安全保障上の脅威になっている。こうしたなか、わが国が進路
を誤ることなく、万一の侵略事態に適切に対応するためには、安
全保障・軍事常識に裏打ちされた戦略情報が不可欠である。

 是非とも、国家を挙げての戦略情報を強化していただきたいし、
陸上自衛隊にもこのことを申し述べたい。

▼情報と作戦の分化の問題

 明治期の参謀本部の沿革をみるに、情報と作戦の分離独立とい
う問題にはいろいろと紆余曲折があったようである。

 日露戦争では、満洲軍司令部の作戦課と情報課を分離独立した
が、松川敏胤(まつかわとしたね)作戦課長は部下の田中義一少
佐(のちの首相)の進言を受け入れ、満洲・朝鮮の作戦地域にお
ける情報活動は作戦課で担当することを主張した。

 作戦課の情報活動は、敵情に関する詳細な情報を収集しその活
躍は明治天皇に上奏され、感状まで授けられた(柏原竜一『イン
テリジェンス入門』)。しかし、ここでは情報将校に松川系と福
島(安正)系の両派が生じ、暗闘、反目するという結果を生んだ
という。

 松川派は「福島派の情報など、しょせん馬賊情報に過ぎない。
戦術眼のない馬賊のもたらした情報など、およそ不正確でタイミ
ングも遅すぎ、とても作戦の役に立たないと」主張した。福島派
も「諜報には長い経験が必要なのだ。速成の情報将校が役に立つ
か」と反発した。

 その結果、日本軍の情報には、拮抗する二種類が存在すること
になり、状況判断の上で混乱が生じる一因ともなった、という。

 情報部が作戦部から独立しないことの弊害は、とかく作戦担当
者が、自ら策案した作戦に都合がいいような情報ばかりを選択し
て、主観的で独りよがりなものになりがちな傾向を生むこと、で
あるとされる。よって「組織構造から、情報部と作戦部は分離さ
れるのが望ましい」とされている。
 
 この主張は戦略レベルではまったく異論がない。戦略情報の作
成には歴史観に裏打ちされた情報分析力や国情情勢に対する専門
的知識などが不可欠である。いくら偵察衛星やシギント(通信情
報)機能が発達したからといっても、敵対国の意図を洞察できな
い。それらの解明には、情報部署に所属する専門の情報分析官の
力が必要である。まさに「諜報には長い経験が必要だ」との福島
派の言葉が身にしみる。

 また、「インテリジェンスの政治化」(※)という問題もある。
仮に、作戦部がインテリジェンスを独自に生成するとなれば、作
戦部は作戦指揮官の作戦構想に合致したインテリジェンスを提供
する傾向が強まり、インテリジェンスの客観性は失われる。

 しかし、作戦戦場における作戦・戦術レベルでは、第一線部隊
を指揮する作戦部がもっとも最新の状況を認知しているのが通常
である。無人機やレーダーなどの戦場監視機器が発達し、それを
管理・運用する者の専門的知識も必要ではあるが、戦略レベルの
情報分析官のような長年の経験と広範な知識の蓄積は必要とされ
ない。基本的には、あったこと、見たことを、諸元にもとづいて
処理すればよいのである。しかも、上述のように、現代戦は戦況
速度が格段に速まり、戦場監視がデジタル化している。

 つまり、戦場では過去にもまして、作戦部と情報部の垣根がな
くなっている。作戦指揮官がインフォメーションに基づき、独断
専行的に意思決定を行ない、作戦部にその実行を命じるという状
況が増えると考えられる。

 日露戦争後の軍事の流れのなかで、情報部門と作戦部門の未分
化が作戦部門の唯我独尊、自閉的集団化を引き起こし、ノモンハ
ン事件以降はまったくの情報軽視が生起して、それが太平洋戦争
の敗北に向かったという。

 しかし筆者は情報と作戦の分化という問題は、戦略レベルと作
戦・戦術レペルに分けて、よくよく考える必要があると考える。

 作戦戦場における情報部門の独立、すなわち現在の陸上自衛隊
の情報科の新編独立(2010年3月26日、陸上自衛隊に情報
科職種が新設)についても、この日露戦争の戦史をひも解き、問
題点を創造的に見いだし、改善していくことが必要であると考え
る。

(※)インテリジェンスの政治化 政策決定者がその政策や好み
に合致した情報を出すよう圧力、誘導をし、情報機関の側にも権
力におもねって、それに取り入ろうとする動き。情報分析官個人
が自分の利益のために政策決定者が好むインテリジェンスを意識、
無意識に生成することなどをいう。

▼謀略の問題

 前出の大江氏は、「情報操作・情勢作為によって自己の政治的
地位を高めてきた山県(有朋)のもとで育った情報将校たちは、
正確な軍事情報の入手よりも、情勢を作為するための謀略に重き
を置く傾向を強めた」と厳しく指弾している。この問題について
も、筆者の私見を述べたい。

 明石工作については、最近の戦史研究によって明石の自著『落
花流水』には相当の事実相違があることが判明している。稲葉千
晴氏が北欧の研究者として共同して行なった最近の歴史検証では
「明石の大半の工作は失敗に終わった」とされている。

 稲葉氏は「明石がおこなった反ツァーリ抵抗諸党への援助は、
ロシア1905年革命に、そしてツァーリ政府の弱体化に、ほと
んど影響を及ぼしていない。勿論、日露戦争での日本の勝利とは
まったく結びつかなかったのである」(稲葉千晴『明石工作』)
と述べている。

 しかし、緻密な研究に異を唱えるものではないが、謀略の成果
があったか、なかったのかを検証するという作業には、非常に困
難性がともなうし、それを断定的に述べることは学問では是とさ
れても、それを実務に取り入れることには注意が必要だと考える。

 作家の佐藤優氏は、稲葉氏の研究資料となったパヴロフ・ペト
ロフ共著(左近毅訳)『日露戦争の秘密─ロシア側資料で明るみ
に出た諜報戦の内幕』(成文社、1994年)について、「そも
そもロシア側の原資料は、明石工作はたいして意味がなかったと
いうように情報操作している」と指摘している。

 もちろん、これも佐藤氏の思い込みだと排斥することも可能で
あるが、諜報・謀略の世界では情報操作は当たり前であり、日本
軍のマニュアルにも謀略宣伝のやり方は書かれていた。

 筆者は、次のことにも付言したい。謀略は心理戦の様相が大勢
を占めるということである。つまり、いかなる経緯や事象が民衆
心理に対して、どの程度の影響をもたらしたのかなどは緻密な歴
史研究によっても解明が困難であるということである。

 暴動やパニックは、一つの嘘から引き起こされる場合もある。
この嘘が偶然だったのか、それとも情報機関が周到に仕組んだ偽
情報だったのかは分からない。現在のテロが起こるたびに、IS
は犯行声明を発出するがその関係性もよくわからない。ただし、
ISによって心理面の影響を受けている可能性は否定できない。

 このように謀略やテロといった代物は、因果関係が立証できな
くても、因果を一応の前提として、その対処を研究する必要があ
る。

 日露戦争後、日本は謀略を組織的に管理するという方向に向か
わなかった。昭和初期まで諜報、謀略を担当する部署はまったく
の子所帯であった。参謀本部第5課第4班でやっと謀略を扱うよ
うになったのは1926年(大正14年)末のことである。

 参謀本部に謀略課(第8課)が設置されたのは支那事変後の19
37年10月である。謀略によって泥沼の日中戦争に向かい、太平洋
戦争に敗北したとする、のであれば、それは謀略自体を悪と決め
つけることによって問題解決するのであってはならない。むしろ
適切に謀略を管理する組織体制がなかったことに問題の所在をお
くべきだと考える。
 
 今日、「専守防衛」を基本とするわが国には、日露戦争当時に
明石工作や青木工作のような謀略は不向きである。しかしながら、
南京事件などをみるにつけ、中国が謀略、宣伝戦を仕掛けている
と思われる節がいくつもみえる。謀略を阻止するという観点から
も、軍事部門を司る組織において、謀略の研究がなされる必要は
あると考える。

▼おわりに

 さて、今回をもって明治期のインテリジェンスは終了とします。
しばらく充電期間をいただき、次回は1月8日(火)から再開し
ます。

 次回からは、上述のような前振りをしましたが、明治から昭和
へと継承される、謀略を含む秘密戦に焦点をあてて「わが国の情
報史」を語ります。

 ここでは、秘密戦とは何か、日本軍はなぜ秘密戦を研究したの
か、秘密戦に関与する組織にはどのようなものがあったのか、秘
密戦は成果を挙げたのか、日本にとってどのような影響があった
のか、を考察する予定です。

 では、少し気が早いようですが、今年1年のご愛顧ありがとう
ございました。どうぞ、皆様良いお年をお迎えください。



(次回は1月8日を予定)



(うえだあつもり)

上田さんへのメッセージ、ご意見・ご感想は、
このURLからお知らせください。

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【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関係
論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査
学校の語学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年から95年に
かけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤務
し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、調査学校教官
をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。その後、防衛省
情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定
年退官。現在、軍事アナリストとしてメルマガ「軍事情報」に連
載中。著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11
月)、『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』(蒼蒼社、
2008年9月)、『戦略的インテリジェンス入門―分析手法の手引
き』(並木書房、2016年1月)、『中国が仕掛けるインテリジェ
ンス戦争―国家戦略に基づく分析』(並木書房、2016年4月)、
『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
(並木書房、2016年10月)など。

ブログ:「インテリジェンスの匠」
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『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
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※女性という斬り口から描き出す世界情報史

『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
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※兵法をインテリジェンスに活かす
 
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
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『戦略的インテリジェンス入門』
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