配信日時 2018/11/05 20:00

【戦う組織のリーダーシップ ─今に生きる海軍先輩の教え─(12)】「平時と有事のリーダーシップ(その1)」 ─難局に出遭ってもすぐに決断できる「機智」─ 堂下哲郎(元海将)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊
した即応予備自衛官でもあります。
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堂下さんのデビュー作
『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクトリン」で勝利する─』
への読者反響の一部です。

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「難しい内容をかみ砕き、例示も豊富、コンパクトにまとまって
いる」

「早速、大学の授業で活用、図書館にも入れさせてもらいました。
経営戦略、組織コミュニケーションにも有益な内容です。」

「作戦を組立てる側から理解でき目から鱗でした。防衛、外交関係
者、さらには一般の読者にとっても有益な内容を、詳細かつ分かり
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「政府機関の政策決定や企業経営者の意思決定にも、広く応用で
きるヒントが含まれている。」


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『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクトリン」で勝利する─』
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こんにちは、エンリケです。

海軍こぼれ話の四回目です。

さっそくどうぞ。



エンリケ


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【戦う組織のリーダーシップ─今に生きる海軍先輩の教え─(12)】

「平時と有事のリーダーシップ(その1)」

─難局に出遭ってもすぐに決断できる「機智」─

堂下哲郎(元海将)
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□はじめに

海軍こぼれ話を一つ。水兵の着るセーラー服といえば、背に垂れ
た幅広の四角い襟が大きな特徴ですが、いったい何のためだと思
われますか?

風よけとか落水時の引き上げ用など諸説あるようですが、正解は
その昔のセーラーたちが長髪を束ね、弁髪のように後ろへ垂らし
ていた時代に上着が汚れないようにスカーフを使った名残である
とされています。また、裾広がりのセーラー・パンツはもう一つ
の特徴ですが、こちらは水兵が落水時に脱ぎやすいように考えら
れたものです。このズボンはバイキングの伝統的スタイルで北欧
全体に受け継がれ、短い上着にゆったりしたラッパ・ズボンが船
乗りや漁師のスタイルになっています。

1857年、イギリス海軍がそれまで自前だった制服をすべての乗組
員に支給することになった時、水兵用として艦名入りのジャケッ
トと白いズボンのいわゆるセーラー服が採用されました。同じこ
ろ王室ヨットの水兵たちがセーラー服を手作りして当時5歳の皇
太子に献上したところ、これを着た姿が凛々しいと評判を呼び、
中流階級以上の男子の服として広まり、のちに女子用にもなりま
した。日本では帝国海軍が採用したのはもちろんですが、大正時
代になると女学生用の制服として取り入れられ、どちらも今日に
至っているのはご存知のとおりです。

 さて、今回は「私見:海軍式リーダーシップ」の最後として平
時と有事のリーダーシップについて海軍での教えを見てゆきたい
と思います。


▼平時と有事の違い

戦う組織において成功したリーダーとなるためには、その人なり
のリーダーシップの発揮のしかたを「象徴」「決裁者」「先輩」
という役割に応じて変えたように、平時と有事というような場面
にあわせて工夫する必要があることは当然といってよいと思いま
す。

有事の究極の姿として戦争を考えてみると、奇略、策略を巡らせ
て敵をだますこと、戦闘員を傷つけ殺すことが正当なこととされ
ます。戦争が国家間の問題解決のための最終手段であり、国家、
国民の存亡をかけるものである以上、やらなければやられる非情
なものです。平時においては悪徳、犯罪と考えられることが有事
においては正当化されますから、平時と有事では道徳や行動規範
が逆転ないしは優先順位が入れ替わることを理解して行動するこ
とが必要となります。

このように道徳や規範が変化することに加えて、有事においては
時間の要素が極めて重要になることも容易に理解できることでは
ないでしょうか。緊急時には時間やタイミングの感覚を研ぎ澄ま
し、素早い決断とタイムリーな行動をとることが求められます。
与えられた時間一杯を使って満点の対応策を追求するよりも半分
の時間で合格点ギリギリの行動をとることのほうが評価される場
面もあるでしょう。孫子は「兵は拙速を聞く」といい、マキャベ
リも「次善の策の欠点を嫌うあまり、最悪の策をとることの愚か
さ」を説いています。

また、組織の動かし方も変わらざるを得ません。平時においては、
組織、事業の存続や発展のために努力するのが普通でしょうが、
有事には組織の存亡をかけてでも思い切った行動をとる場面があ
るかもしれません。まさに「百年兵を養うは一日これを用いんが
ためなり」です。

組織の動かし方が変われば、これにあわせて部下の使い方も変わ
ってくるでしょう。海軍の先輩は戦国武将の言葉を借りて、「敵
が近くなったら兵は手荒く扱え」と教えています。これは武田信
繁という武将(武田信玄の弟、川中島の戦いで戦死)の言葉ですが、
その裏には、「平素は兵を可愛がっておけ」という意味が込めら
れています。自分の部下は、平素は愛情をもって育て鍛えておく
ものですが、有事においては叱咤激励し、場合によっては危地に
向かわせないと任務を果たすことはできないことを教えています。

戦う組織のリーダーとしては、状況の変化を適切に判断して、
「象徴」「決裁者」「先輩」いずれの役割においても、自らのリ
ーダーシップの「平時モード」と「有事モード」の切り替えを間
違わないように行動する能力が求められます。


▼有事に資質を生かすもの

 以前の回でリーダーに求められる資質として「知識」「見識」
「胆識」が必要であるということを書きました。平時はともかく
として、有事、しかも戦闘場面のような身の危険を感じるほどの
場面に直面した場合には、沈着さとか勇気とかがない限りこれら
の資質は生かされないのは当然です。

 ナポレオンの有名な言葉に「戦争においては士気と有形的な力
とは三と一の比である」というのがありますが、多くの古典兵学
でも将兵の資質として精神的要素を重視しています。最近では精
神的要素を論じたものはあまりないようですが、新たに論じる余
地が少ない、論じ尽くされているということかもしれません。い
ずれにせよ、いかに兵器や戦術が進歩しても、戦いが人によって
なされる以上は、これら古典的な兵学で指摘されている精神面の
重要性は何ら変化していないと思います。

 プロシア兵学の代表であるクラウゼヴィッツは『戦争論』(18
32年)において、軍人の最も高貴な徳は勇気と自信であるとしま
した。その中でも第一の特性を「勇気」とし、個人的な危険を無
視する勇気、自身の行動に対して責任を負う勇気などに分類して
います。また戦争における不確実性や偶然の連続する中でかすか
な光明を頼りに真実を把握する鋭い「知性」や、このかすかな光
に頼って行動する「果断」が重要な大切な素質として説かれてい
ます。さらに第四の素質として「沈着」を予期せぬ事件を即座の
機転で適切に処理する心の働きとして挙げています。

フランス兵学のほうではクラウゼヴィッツの好敵手であった名参
謀ジョミニが『戦争概論』(1838年)において、将軍の資質とし
て第一のものは、重大な決定を下しうる高度の「責任感」、第二
に危機にたじろがぬ「勇猛心」であるとしました。軍事上の「識
能」や戦いの基本となる原則を体得していることがこれに次ぎ、
公正、剛直かつ廉潔、他人の器量才能を尊重、包容する「度量」
も重要であるとしています。

海軍兵学の分野では帝政ロシアのマカロフ提督は『海軍戦術論』
において精神的要素の影響を大いに追究しました。陸戦では戦闘
の経過が漸進的であって観察の余裕があるものの、海戦ではもの
ごとが短時間に相次いで起ってくるので、寸秒を争って決断と処
置を要するため、陸戦よりも海戦のほうが精神的要素の及ぼす関
係は重大だと論じています。マカロフは、海軍として特にネルソ
ンに学ぶことの多いことを強調し、軍事的に貴重な精神力は、第
一に難局に出遭ってもすぐに決断できる「機智」、次いで「剛毅
果断」、そして危急に臨んで冷静を失わぬ「判断力」であるとし
ました。

以上の考え方をまとめると、ジョミニの「責任感」「勇猛心」
「識能」は、それぞれクラウゼヴィッツの「勇気」「沈着」「知
性」と重なる部分が多いと考えられます。また、マカロフが強調
した「機智」や「判断力」は、クラウゼヴィッツのいう「沈着」
に相当し、「剛毅果断」も「果断」とほぼ重なると考えられます。
これらの兵学者が論じる対象が一般の将兵であったり、将軍その
ものであったりという違いはありますが、いずれにせよ古典兵学
では、精神的要素として「勇気」「沈着」「剛毅」などを重視し
ているといえます。

これらの精神的要素は生まれつきということもあるでしょうが、
多くは経験の積み重ねや鍛錬によって得られるものだと思います。
次回はこの問題を論じたいと思います。


(つづく)


(どうした・てつろう)


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【著者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共政策論修士、
防衛研究所一般課程修了。護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、
護衛艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等として海上勤務。陸
上勤務として内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)出向、米中
央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長(初代)、幹部候
補生学校長、防衛監察本部監察官、自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴
地方総監、横須賀地方総監等を経て2016年退官(海将)。

 
 

 
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