配信日時 2018/10/17 20:00

【意外と知られていない面白兵器技術(35)】「軍事用車両の技術(2)高い不整地走破性能」 市川文一

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官
でもあります。
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【10月6日配信】桜林美佐の国防ニュース最前線
「イージス・アショアは再検討するべき~装備品
老朽化で災害派遣に支障が出る!?」
市川文一元陸自武器学校長 
 https://youtu.be/aEOhNJ3twN0


こんにちは、エンリケです。

三十五回目の面白兵器技術は、
「軍事用車両の技術」の二回目です。


さっそくどうぞ。


エンリケ

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意外と知られていない面白兵器技術(35)

「軍事用車両の技術(2)高い不整地走破性能」

市川文一(元武器学校長・陸将補)
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□はじめに

 前回まで、31年度防衛予算概算要求のコメントをしましたが、
このコメントにあたっては前提があります。それは、陸上自衛隊
が非常に疲弊している現状です。陸上総隊や水陸機動団の新編、
オスプレイ、水陸両用車など新規装備品の導入、重要正面に機動
展開できる態勢の整備など、現中期期間中、陸自は大きな改革を
推し進めてきました。

 しかしながら、改革を行なうためには膨大な費用が必要です。
それは、防衛費の1~2%程度の増加で対応できるものではあり
ません。今まで陸自で使用していた予算の中から、まさに、骨身
を削って経費を捻出してきたのです。「南西正面に即応できる態
勢の整備」のプラス部分に目がいってしまい、マイナスの部分が
ほとんど取り上げられませんが、間違いなく、この5年間で部隊
は疲弊しました。

 さらにこのことは、体制改革前においても、部隊を維持するた
めギリギリ最低限の予算しかなかったことも前提としてあります。
平成11年から十数年にわたった防衛費の削減、平成18~22
年の総人件費改革から始まった隊員の低充足化は、ボディブロー
のように自衛隊の体力を奪ってきました。その中でも、効率化や
創意工夫を重ね、なんとか部隊の精強化に努めてきました。

 まだ、改革は終わっていませんが、本中期間の大改革で犠牲と
なった部分を、次期中期から逐次取り戻していかなければ、せっ
かくできあがった態勢も機能することができません。装備品の損
耗更新は遅れ、駐屯地の隅には朽ち果てそうな装備品が並べられ
ています。部品の取得が満足にできないため、修理されずに眠っ
ている装備品も多数あります。十分な弾薬もないため、射撃訓練
にも支障をきたしています。

 そういった状況の中での、ミサイル防衛に対する巨額な予算の
投入です。臭いものには蓋をする、嫌なものは見てみないふりを
する状態にあるといって、間違いないと思われます。この状態を
改善するには、まず、政治トップの人間が現状をよく認識するこ
とから始めなければなりません。(続く)

 読者のYHさんから、コメントをいただきました。ありがとうご
ざいます。第2次世界大戦中に、ソ連が戦車用の軽油とトラック
用のガソリンと2種類の燃料を使用せざるを得なかったことで作
戦に支障を来したという、戦史での実例を紹介していただきまし
た。最近では、アメリカが戦車にガスタービンを使用したことで、
燃費が悪く燃料補給に支障を来したという例もあります。兵站ま
で考えた兵器開発というのが非常に大切であることを再認識させ
られます。

さて、本題の兵器技術ですが、車両技術の2回目です。車両技術
については、民間の少し特殊な技術が、軍用車両に使用されてい
ると理解していただければよいと思います。今回紹介する技術も、
特殊な民間車両には使われているものです。

▼トランスファー、デファレンシャル、最新のLSD

 軍用車両と民間用車両の大きな違いに不整地走破性能がありま
す。民間用の車両が走るのは、今ではほとんどが舗装された道路
です。平らで、極端な坂道もありません。雪国での積雪時を除け
ば、通常の走行でスリップすることもありません。民間用車両の
性能として求められるのは、不整地走破性能ではなく乗り心地や
安定性ですが、さらに今ではこれらの性能は当然で、安全性や燃
費、環境性に重点が移ってきています。

 軍用車両も一般道を走りますが、一般道から外れて舗装されて
いない道路や道路以外の不整地も走る必要があります。不整地を
走るのに、駆動力と最低地上高(タイヤ以外の車体の高さ:車高
とも呼ぶ)は絶対条件です。

凹みや急斜面を上り、滑りやすい路面を走ることができる駆動力
に必要な機構がトランスファーです。車両の速度を上げるための
ギヤチェンジをするのがトランスミッションで、動力を前後の車
輪に伝え低速と高速の切り替えもするのがトランスファーです。
要するに全輪駆動(小型車両では4輪駆動)と2輪駆動の切り替
えを行なうとともに、通常のギヤチェンジの1速(ローギヤ)以
下の低速のギヤチェンジができる機構です(低速にすることで駆
動力が上がります)。

乗用車では4輪駆動はかなり普及しているので珍しくはありませ
んが、大型トラックで前輪まで駆動する車両はほとんどありませ
ん。大型のトラックでは3軸、6輪になりますから、6輪駆動で
す。自衛隊で使用している大型のトラックも6輪です。滑りやす
い路面や凹みがある路面を走るのに前輪が駆動するのは圧倒的な
力を示します。また急斜面を上るときや凹みから脱出するときの
全輪駆動と低速によるパワーも必須です。

デファレンシャルとは、エンジンからの動力を左右の車輪に「回
転差をつけて」配分する機構です(このため差動装置と呼ばれま
す)。車両が曲がるときは、内側と外側の車輪が走る距離が違い
ます。外側が長く、内側は短くなります。つまり、内側の車輪よ
りも外側の車輪は多く回転する訳です。デファレンシャルがなく
左右均等に動力を配分すると車両はうまく曲がれません。2輪車
や動力がない車両には必要ない装置です。

デファレンシャルは、3種類のギヤを組み合わせた機構により、
左右の車輪のうち負荷の少ない方に動力が配分されるようになっ
ています。車両が曲がるときは内側の車輪に負荷がかかるため外
側の車輪に多く動力が配分され、左右の車輪に回転差ができて、
うまく曲がることができます(「デファレンシャル 構造」で検
索)。

このように車両には不可欠なデファレンシャルですが、軍用車両
にとっては大きな問題点があります。どちらかの車輪が脱輪した
場合や滑りやすい状態になった場合、片側の車輪の負荷が極端に
少なくなり負荷の少ない方に動力が全て配分されるため、片側車
輪が空転してしまいます。民間車両でこのような状態になること
は希有ですが、不整地走行する軍用車ではよく起こります。ちな
みに、このようにスリップして脱出できない状態を「亀の子」と
呼びます。

 そこで、片側のみに動力が伝わらないように、左右の車輪に均
等に動力を配分することができる装置が必要となります。デファ
レンシャル機構をロックするという意味で、これを「デフロック」
と呼びます。車両が脱輪した場合や極端に滑りやすい路面を走る
場合には効果を発揮しますが、やはり旋回性能が低下するため車
両は曲がりにくく走行性能は落ちます。

 そして、デフロックの欠点を改善したのが「リミテッド(ノン)
・スリップ・デフ(LSD)」です。通常走行で曲がるときには通
常のデファレンシャルとして機能しますが、片側車輪が空転する
ような負荷の差が発生すると、デファレンシャルの差動機能を制
限して両方の車輪に動力を伝えます。最新式のLSDはコンピュータ
ーが走行状態を感知して、最適の差動制限をします。ラリーなど
のスピードを競う車両に主に使われていますが、軍用車両ではそ
こまでの機能は必要ありません。



(次回に続く)

(いちかわ・ふみかず)

 
【著者紹介】
市川文一(いちかわ・ふみかず)
1961年生まれ。長野県出身。防衛大学校27期生。1983年、陸上自
衛隊に入隊。
2002年に1等陸佐に昇任後、第13後方支援隊長、統合幕僚監部
人事室長、装備施設本部武器課長、陸上幕僚監部武器・化学課
長、東北方面後方支援隊長、愛知地方協力本部長として勤務、
2015年陸将補に昇任後、陸上自衛隊武器学校長の勤務を最後に
2017年8月に退官。

退官後の9月にはYouTube
「桜林美佐の国防ニュース最前線」に出演。
 https://youtu.be/6hPY3vgpidw
2017/10/21「桜林美佐の国防ニュース最前線」に出演
 https://youtu.be/jESYh1lIeSE
2018/2/10「桜林美佐の国防ニュース最前線」に出演
  https://youtu.be/D_md0ZSJNds
2018/6/9「桜林美佐の国防ニュース最前線」に出演
 https://youtu.be/eHnT9jvqQjk
2018/10/6「桜林美佐の国防ニュース最前線」に出演
  https://youtu.be/aEOhNJ3twN0

著書に『猫でもわかる防衛論』(大陽出版)がある。
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