配信日時 2018/10/16 20:00

【わが国の情報史(19)】日露戦争勝利の要因(その1)-日英軍事協商と通信網の整備- 上田篤盛

─────────────────────────────
ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官で
もあります。
お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気軽にどうぞ
 
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
────────────────────────────

上田さんの最新刊
『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
http://okigunnji.com/url/312/
は、女性という切り口からインテリジェンスの歴史
(情報戦史)を描き出した作品です。

本編はもちろん、充実したインテリジェンスをめぐる
資料集がすごく面白いです

あなたの感想はこちらから
⇒ http://okigunnji.com/url/169/



こんにちは、エンリケです。

日露戦争を見る目が変わります。

さっそくどうぞ


エンリケ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
わが国の情報史(19)

日露戦争勝利の要因(その1)

-日英軍事協商と通信網の整備-


     インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


□はじめに

 昨日(10日)は、ある独立行政法人様に情報分析の講演に出か
けました。そこでは、情報分析には基礎インテリジェンス、動態
インテリジェンス、そして見積インテリジェンスの3つがあり、
最後の見積インテリジェンスが究極的な目標であるが、そのため
には平素の基礎インテリジェンスと、臨機の動態インテリジェン
スを作成することが重要であることをお話ししました。

 見積インテリジェンスとは主として、「~かもしれない」とい
った体系的な未来予測です。すべての行動は現在から未来に向か
っています。だから、この未来予測が重要なわけです。

 未来予測のための見積インテリジェンスは、物事を断定的に述
べるものではありません。いくつかの未来仮説や、仮説に至るス
トーリー(シナリオ)を書くのです。

 このためには、「アウトサイド・イン」の思考法がとくに重要
です。つまり、世界の環境を幅広く、ある種のフレームワークに
基づき分析する。それを次に、自分の環境に落とし込む、そして、
戦略・戦術まで考えていくのです。

 この考え方が「シナリオ・プランニング」といい、戦略設定や
危機管理の場面で使われているわけです。

 この続きは、近いうちに筆者の『インテリジェンスの匠』で公
開する予定です。

「インテリジェンスの匠」
http://Atsumori.shop

 さて、今回から日露戦争における勝利の要因についてインテリジ
ェンスの視点から考えてみます。


▼日露戦争の勝利の要因

 日露戦争の勝利について、著名な兵法家である大橋武夫は自著
『戦略と謀略』(1978年)において、以下の6つの要因を挙げて
いる。

(1)英国との同盟(1902年)
(2)開戦から始められた金子堅太郎の終戦工作
(3)高橋是清の資金獲得とロシアに対する資金枯渇
(4)明石元二郎(大佐)の謀略工作
(5)特務機関の活動(青木宣純)
(6)奉天会戦、日本海海戦の勝利

 その後の日露戦争史の研究によって、明石大佐の謀略工作に対
する否定な見方や、特務機関の活動効果に疑義を呈する意見も出
てきている。ただし以下の点についてはほぼ異論があるまい。

(1)日英同盟が、露仏同盟によるフランスの参戦とロシアに対
する戦争協力を抑制した。
(2)日英軍事協商によりグローバルな戦略的インテリジェンス
を獲得し、それが開戦当初から着手された終戦工作とあいまって、
わが国の勝利に貢献した。

 つまり、日英同盟による協力体制と、日英軍事協商による情報
体制が日露戦争の最大の要因であった。

▼日英同盟の背景

 日本が英国との間で同盟を締結できた理由について、当時の地
政学的環境よりひも解けば、まずロシアの拡張主義が挙げられる。
ロシアの極東進出により、英国は清国の東北部での経済利益が阻
害されることを警戒したのである。

 また、ロシアによる南下政策により、英国のトルコに対する影
響力が低下することも懸念された。

 こうしたロシアの拡張主義に対して、英国は当初、米国やドイ
ツとの同盟を模索したのであるが、両国が英国との同盟に前向き
でなかった。そのため、ロシアの極東進出を警戒する日本との利
害が一致し、英国はわが国との同盟へと向ったのである。

 なお、日英同盟締結の陰で柴五郎中佐の八面六臂の活躍があっ
たことについてはすでに『わが国の情報史(18)』において触れ
た。

▼日英軍事協商の締結

 とくに日英同盟に基づき、水面下での日英軍事協商が締結され
たことは、日露戦争勝利の大きな要因であった。

 日英同盟成立から約4か月たった1902年5月14日、海軍横須賀
鎮守府内で英国側からブリッジ東洋艦隊司令長官、日本側から山
本権兵衛海相、陸軍からは田村怡与造参謀本部次長、福島安正同
第二部次長らが出席して「日英軍事協商」の秘密会議が開催され
た。

 続いて7月7日にはイギリス陸軍省で伊集院五郎海軍軍令部次
長、福島第二部長らが出席して「日英軍事協商」が合意された。

 この協商では「両国は、ロンドン・東京の日英公使館付海陸軍
武官を通して、すべての情報を相互に自由に交換する」「両国の
公使館付武官はいずれの任地でも自由に情報を交換する」などが
規定された。これによって、日本陸軍は、ロンドン駐在陸軍武官
の対ロシア戦略情報とインド方面のロシア陸軍の情報などが人手
可能となった。

 この協商の具体的な合意事項は、主に海軍の協力が中心の、次
の「陸海軍協約」8項目であった。

(1)共同信号法を定めること。
(2)電信用共同暗号を定めること。
(3)情報を交換すること。
(4)戦時における石炭(日本炭、カーディフ炭)の供給方法を
定めること。
(5)戦時陸軍輸送におけるイギリス船の雇用をはかること。
(6)艦船に対する入渠修繕の便宜供与をはかること。 
(7)戦時両国の官報をイギリスの電信で送付すること。
(8)英国側は予備備海底ケーブルの敷設につとめること。

 これらの協定をみてわかるとおり、過半が通信関連の事項であ
った。つまり日英の参謀本部のトップは、きたるべき日露戦争は、
「情報戦争」「インテリジェンス戦争」であるという共通認識を
持っていたのである。

 当時、英国は世界の全海域に海底ケーブルを施設し、ロシア海
軍の動きを察知していた。そうした英国から「日英軍事協商」に
より、インテリジェンスの全面協力が受けられるようになった意
義は大きい。

 日露戦争前には、わが国は大陸と日本の間の海底ケーブルを敷
設し、インテリジェンスの連絡体制を確保した。これに最大の貢
献をしたのが児玉源太郎である。

 日本最初の海底ケーブルは、1871年、大北電信会社によって長
崎~上海間および長崎~ウラジオストク間に敷設された。さらに
1883年、大北電信会社は呼子(よぶこ、佐賀県の最北端にあった
町、現在は唐津市呼子町)~釜山間にも海底ケーブルを敷設した。

 しかし日清戦争後、呼子~釜山間の海底ケーブルは軍が独占で
きなかったため、ここを切られたら通信が途絶えてしまうことを
児玉は警戒した。また、大北電信はデンマークの会社であり、そ
の背後にロシアが存在していたため、情報が筒抜けになることが
懸念された。

 そこで児玉は独力で、海底ケーブルを本土から台湾(基隆)、
本土から朝鮮半島・中国まで施設し、世界中にはりめぐらせた英
国の世界通信ネットワークとの連接をはかった。同時に、無線通
信の有用性を認識し、艦艇~艦艇、陸上~艦艇の間の無線通信連
絡を確保した。

 なお川上操六も、日清戦争直前に東京・下関間の直通電信線、
釜山~京城問の電信線を最初に提案し、児玉が先頭に立って敷い
た九州~台湾間海底ケーブルにも川上が深く関与した。

 こうしてロンドンでもスピーディーに日露戦争の全情報を収集
できる態勢が整備された。東京とロンドン間の電報は、東京→九
州(大隅半島)→台湾(基隆)→台湾(淡水)→福建省(福州)
と伝達され、イギリスの植民地の香港を介して、南シナ海からボ
ルネオを経由し、マラッカ海峡を通り、インド洋を横断して紅海
から地中海に抜け、そしてロンドンへという経路で伝達された。

 バルチック艦隊が喜望峰やインド洋を周回している情報は、イ
ギリスのインド・アフリカ回線で、ロシアに秘密で月々に日本に
送られた。「明石工作」の暗号電報も施設した回線を経由して東
京に速報されたのであった。

▼日英同盟から得たインテリジェンスの恩恵

 わが国は日英同盟から、いかなるインテリジェンスの恩恵を受
けたのか、ここでひとまず整理しておこう。

 日露が開戦すると、英国は22人の観戦武官を戦場に送り込ん
で情報を収集し、日英両国に伝達した。「明石工作」の暗号電報
も、施設した回線を経由して東京に速報された。

 英国における情報活動では、宇都宮太郎・在英陸軍武官と鏑木
誠・同海軍武官の活躍があった。

 とくに宇都宮中佐は戦争中、英陸軍参謀本部作戦部のエドワー
ド・エドモンズ少佐と親交を深めていた。エドモンズは、世界中
からロンドンに集まる各国の陸軍情報を英参謀本部内で掌握でき
る立場にあった。エドモンド少佐から得たロシア陸軍部隊の動向
を、宇都宮中佐は逐次に東京に報告した。

 それに基づき大本営が満洲の露軍兵力を算定し、英陸軍情報は
参謀本部の作戦計画策定に寄与したのである。

▼グローバルな情報収集体制の確立

 日英同盟による政治協力体制と日英軍事協商によるグローバル
な情報収集体制により、わが国は戦局を判断するためのインテリ
ジェンスを獲得した。

 なかでも、英国で得られた情報を迅速に大本営と満洲軍総司令
部に伝達するための通信連絡体制を早くから構築していた点が、
日露戦争における勝利要因であった。

 このほか、ロシアと同盟国にありながら複雑な思想を秘めてい
た独・仏の情報も得られた。とくにロシア宮廷や軍内部の情報は
このルートから入手できた。さらには、世界中に張り巡らされて
いるユダヤ・コネクションから貴重な情報が得られた、という。

 戦争開戦後は、各国がロシア側に派遣した観戦武官、新聞・通
信社を通じて貴重な戦術情報を入手した。また、軍と官が一体と
なった各国の在外公館による密接な協力があった。ロンドンの林
公使、パリの本野一郎公使、スペインの新井書記官などは、バル
チック艦隊の極東回航の状況に対する詳細な情報に入手して日本
に報告したという。




(次号に続く)



(うえだあつもり)

 
【著者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大学校(国際関
係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調
査学校の語学課程に入校以降、情報関係職に従事。92年から95年
にかけて在バングラデシュ日本国大使館において警備官として勤
務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国後、調査学校教
官をへて戦略情報課程および総合情報課程を履修。その後、防衛
省情報分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。現在、インテリジェンス研究家としてメルマガ
「軍事情報」に連載中。

ブログ:「インテリジェンスの匠」
http://Atsumori.shop

 
著書に
『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社、2006年11月)、
『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』
(蒼蒼社、2008年9月)、
『戦略的インテリジェンス入門―分析手法の手引き』
(並木書房、2016年1月)、
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争―国家戦略に基づく分析』
(並木書房、2016年4月)、
『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
(並木書房、2016年10月)
『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
(並木書房、2018年4月)など。
 
 
『情報戦と女性スパイ─インテリジェンス秘史』
http://okigunnji.com/url/312/ 
※女性という斬り口から描き出す世界情報史

『中国戦略“悪”の教科書―兵法三十六計で読み解く対日工作』
http://okigunnji.com/url/161/
※兵法をインテリジェンスに活かす
 
『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
http://okigunnji.com/url/93/
※インテリジェンス戦争に負けない心構えを築く
 
『戦略的インテリジェンス入門』
http://okigunnji.com/url/38/
※キーワードは「成果を出す、一般国民、教科書」
 

■上田さんのホームページ

 「インテリジェンスの匠」
  ⇒ http://Atsumori.shop


■ご意見・ご感想はいつでも受け付けてます
http://okigunnji.com/url/169/
 
 
PS
弊マガジンへのご意見、投稿は、投稿者氏名等の個人情報を伏せ
たうえで、メルマガ誌上及びメールマガジン「軍事情報」が主催
運営するインターネット上のサービス(携帯サイトを含む)で紹
介させて頂くことがございます。あらかじめご了承ください。
 
PPS
投稿文の著作権は各投稿者に帰属します。その他すべての文章・
記事の著作権はメールマガジン「軍事情報」発行人に帰属します。
 
 
最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝しています。
マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感謝しています。
そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、心から感謝
しています。ありがとうございました。
 
 
●配信停止はこちらから
https://1lejend.com/d.php?t=test&m=example%40example.com
 
 
---------------------------------------------------------
 
発行:おきらく軍事研究会(代表・エンリケ航海王子)
 
メインサイト
http://okigunnji.com/
 
問い合わせはこちら
http://okigunnji.com/url/169/
 
 
Copyright(c) 2000-2018 Gunjijouhou.All rights reserved